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<title>漉林書房通信</title>
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<description>詩語り　田川紀久雄　坂井のぶこ</description>
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<item rdf:about="http://rokurin-syoboo.cocolog-nifty.com/sigatari/2009/12/post-ded7-28.html">
<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>操車場32号の印刷を始める。私は詩を書くことで自分を随分慰められてきた。そして詩...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;操車場32号の印刷を始める。私は詩を書くことで自分を随分慰められてきた。そして詩集まで上梓してきた。毎月作品を発表できることで生きる勇気がわいてきた。末期癌と宣告されてよくもここまで書き続けられた。この経験を人明かりのために役立てたいものだ。詩人に詩集をおくってもほとんど反応がない。だから初めから期待しないことである。人に褒められたいという気持が間違っているのだ。何も期待しない。ただ私はそっと差し出すこと以外は何もできない。操車場と一緒に詩集を送ることにする。詩人のできることは底までだ。それ以上何も求めないことが精神的にも良い。求めるから虚しさが生まれてくる。&lt;br /&gt;来年は『正法眼蔵』を読んでゆきたい。揺るがない心を作りたいものだ。ライブの数も減っていくだろう。苦しい生活になってゆくかもしれない。だからこそ自分の心と聲の力を掘り下げてゆくことだ。こちらから求めなければ、向こうからやってくるかもしれない。&lt;br /&gt;元旦に坂井のぶこさんのお母さんに会いにいく予定していたのだが、旦那さんの身体の調子が悪いというので中止になった。心配だ。私もこんな身体なので何にも役立てられない。私に出来ることと言ったら詩語りを行なうことしかない。何とか人の役にたつ生き方を求めてゆきたいものだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>私と同じような人がいる。昨日の朝日新聞で『私は歌う「余命」の後も』というタイトル...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;私と同じような人がいる。昨日の朝日新聞で『私は歌う「余命」の後も』というタイトルで紹介されている。小林由佳さんは「余命一年」の宣告をうけ、積極的な治療はせず、現状維持や急変予防のいための投薬などをしているだけである。六月にライブ企画の支援が拡がっている。私も全く同じであった。ライブの企画が眼の前にあったから生きる勇気をもらった。末期癌の場合強烈な生きる場があたえられると免疫力がたかまり癌を抑えてくれる効果がある。&lt;br /&gt;私が三年近くも生きてこられたのも詩語りライブが企画されてきたからである。ライブを企画されてくれた人たちに恩返しをしたい。そのためには少しでも良い語りを行なうことだと思ってここまで懸命に精進を積み重ねてきた。来年は一月八日にあるだけだ。その次の予定がまったくない。つねに夢を持って生きていると癌そのものは怖くはないのだ。ライブ公演が一番の治療なのである。&lt;br /&gt;昨日坂井信夫さんと三時に川崎駅で会う。詩集『影のサーカス』の原稿をいただく。これで何とか正月が過ごせそうだ。一時間ほど雑談をして別れる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-29T04:30:55+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://rokurin-syoboo.cocolog-nifty.com/sigatari/2009/12/post-ded7-26.html">
<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>「詩と思想」１・２月号を読んでいてなかなか共鳴する作品に出会えないものだ。いった...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「詩と思想」１・２月号を読んでいてなかなか共鳴する作品に出会えないものだ。いったい私は何を求めているのだろうか。詩という世界をもとめていないことは確かなのだろう。詩という方法や技術ではないことは間違いない。詩イコールいのちそのものの言葉である。それは書けそうで書けないことばである。朗読でも、言葉の意味を追って聴いてはいない。つまりいのちの聲を聴いていたいのだ。末期癌になってから、私はいのちにとってもっとも大切なものを追い求めてきた。いのちそのものを感じさせてくれるのが私にとってポエジーなのである。現代詩などという決められた枠など興味はない。あくまでいのちのポエジーが詩である。詩というものは永遠のテーマなのである。賞をとりたいための詩などわたしに言わせればナッセンスである。詩も語りも下手なものほど良い。それはその道を追求した果てに生まれてくる無垢な世界である。それを下手な世界と私は呼んでいる。&lt;br /&gt;私は次の詩集『祈り』に向けて書いてゆくだけだ。操車場の原稿も集まった。今月の日記が終わったら直ぐに印刷に取り掛かる予定だ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-28T05:21:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://rokurin-syoboo.cocolog-nifty.com/sigatari/2009/12/post-ded7-25.html">
<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>鳩山首相は確かにおかしいが、今は政権を守って国民の為に良い仕事をしてもらいたい。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;鳩山首相は確かにおかしいが、今は政権を守って国民の為に良い仕事をしてもらいたい。報道関係は、おかしいことだけを強調してははとやま批判を繰り返している。新聞社も倒産しそうだ。テレビ局も番組の予算が着られている。報道の社会はどうにもならないところまで追い込まれている。そのハライセには鳩山批判を繰り返しているだけだ。&lt;br /&gt;堀本恭三さんから詩集代が手紙と一緒に送られてくる。彼も生活が大変なのにありがたい。&lt;br /&gt;暮れになって一番大切に思うのは人の温もりではなかろうか。世の中では虐めが過激になっているといわれている。眼にみえないところで行なわれている。大人も子供の世界も同じだ。&lt;br /&gt;いま細胞で死なない細胞があるという。研究が進められているが、生物にはやはり死という問題は必要で大切な問題である。人間が永久に死なない細胞をもつようになったら不幸だ。死があるからこそ、生の意味が問われている。死を見つめることによってより人間存在の意味が深まられている。いくら科学は発達しても、人間の精神性はすこしも進歩しないものだ。&lt;br /&gt;詩集の発送は操車場32号と一緒に送る予定をしている。できるだけ送料をおさえたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
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<item rdf:about="http://rokurin-syoboo.cocolog-nifty.com/sigatari/2009/12/post-ded7-24.html">
<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>坂井のぶこさんの仕事が休みなので、回転寿司で私の出版記念をした。ささやかな行事で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;坂井のぶこさんの仕事が休みなので、回転寿司で私の出版記念をした。ささやかな行事であるがやはり嬉しいものだ。&lt;br /&gt;若林妙子さんから詩集の感想のお便りをいただいた。それに詩集代までも入っていた。温かい手紙をいただくと、やはり嬉しいものだ。私もいただいた詩集に返事を出さないでいる。反省をするのだが、基本的には出さないようにしている。つまり出したいという詩集がすくないからなのだろう。山本萠さんからも詩誌と手紙をいただいた。感謝。&lt;br /&gt;仏のことをあれこれ考えて本を読んだりしていても、永久に答えはえられないものだ。仏の道はただひたすら実践の道なのだからだ。頭で理解することは、何も解っていないに等しい。実践しなから書物を研究することには意味がある。これは詩語りの世界にも言えることだ。どうしたら語りが上手になれるのかを考えているだけでは、決して上手くはなれない。短い時間でもよいからつねに稽古を積み重ねることが一番大切である。道というｊ言葉があるが、この道とはひたすら精進をしている人には道ということが解るが、言葉だけで道を求めている人には道を歩く困難さがわからないだろう。道は憧れなどではない。一歩ふみだしたなら、諦めず歩き続けることだ。それ以外には道など存在しない。道の先に何があるなどと問う必要はない。道はあってないようなものだ。無であった無でない世界である。何物ももとめない。道があるから道にそってすすむのである。&lt;br /&gt;詩集受贈『ＺＯ・28号』『笛・250号』『卵と月』&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-26T05:41:00+09:00</dc:date>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>最近の報道をみていると情けないことばかりだ。日本の国の中心がどこにあるのかさっぱ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;最近の報道をみていると情けないことばかりだ。日本の国の中心がどこにあるのかさっぱりわからなくなる。私のように政治に対して疎い人間でも苦い思いをする。&lt;br /&gt;朝蒲団から起き上がるのが辛い。それは右足の太股が痛むせいである。身体のどこかがいつも痛い。運動不足である。でも足がわるいと散歩もなかなかできない。歳をとってゆくことはつらい。いま相棒がいないと何もできない状態だ。&lt;br /&gt;揺るぎない境地のことを仏の世界らしいが、人間はなかなか仏の境地に到達しないものだ。特に文学者は煩悩の世界から抜け出せない。煩悩の世界に甘んじているわけではない。いちようは仏教に関心はある。仏の世界に近づく努力はしてみる。何もしないで煩悩といっているのではない。苦しみから逃れたいと悪戦苦闘はしているつもりだ。頭で理解している仏など本物のすがたではない。ただの影を思いうかべているだけにすぎない。頭で理解している以上そこから一歩もさきにはすすめない。仏とは自然そのものである。それ以上でも以下でもない。&lt;br /&gt;心の畑を耕していくことの中で聲を鍛えていくしかない。温みのある聲を作り上げたいものだ。それには聲だけを鍛えても意味がない。つねに人間の深みを求めていくことで聲が本当に作られてゆくものだ。一生人生を費やしても届かない世界かもしれないが、それを求めてゆくことが私の残された人生の道である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-25T05:35:11+09:00</dc:date>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>川崎詩人会の忘年会は楽しいひと時であった。参加者は、金子秀夫・福田美鈴・宇田禮・...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;川崎詩人会の忘年会は楽しいひと時であった。参加者は、金子秀夫・福田美鈴・宇田禮・田川紀久雄・長谷川忍・中田紀子・林田悠来・丸山あつし・黒田洋さんたちである。&lt;br /&gt;宇田禮さん・福田美鈴さん・中田紀子さんに詩集を買っていただいた。本当にありがたい。それに宇田さんからはカンパまでいただいた。&lt;br /&gt;心を許しあえる友と酒をのむのは楽しい。&lt;br /&gt;暮れになって自殺者が増えている。毎日鉄道事故が発生している。そのほとんどが人身事故である。生きていて未来が見えなくなっている人たちが死を選択する。これはとても悲しいことだ。末期癌になって必死に生きたいと願っている私には怒りを覚えてしまう。それは自殺した人間への怒りではなく、社会そして政治に対してだ。ちょっとした心の思いやりで死なないですんだ人たちがいるはずだ。そのちょっとした思いやりすら感じられなくなったひとがいるということに、自分自身の無力さに対してでもある。詩の力が何にも役に立たないでいる。&lt;br /&gt;自民党が鳩山首相を非難しているが、いままでこの国を壊してきたことに何ら反省がない。テレビに出ていてどうにもならないことをいっている評論家をみていると、腹がたってならない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>今日は川崎詩人会の忘年会である。西八王子の丸山さん宅で行なう。坂井のぶこさんは仕...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今日は川崎詩人会の忘年会である。西八王子の丸山さん宅で行なう。坂井のぶこさんは仕事で出席できない。『新しい風』の原稿も書けなかった。詩集を上梓するときは、なかなか気持にゆとりがない。生きるためにもっと多く詩を書かねばならない。詩集を上梓した以上これを売らねばならない。今月はいろいろと出費がかさんだ。&lt;br /&gt;核密約文書が現存していた。戦後から現在までアメリカの圧力に屈してきた。戦後六十四年も経過しているにだから、日本はアメリカに対して言うべきことははっきりすべきである。日本は平和国家を目指して法律が作られたはずである。平和を維持することはいかに困難であるかということだ。アメリカのアフガンへの兵力の増派は間違っている。アメリカはなんど失敗を繰り返せばよいのだろう。軍力があるから間違った方向に進んでしまう。武力では何にも解決はしないものである。&lt;br /&gt;写真家の荒木経惟は前立腺癌である。「遺作　空２」を出版した。六十九歳である。ほぼ同年期である。この年齢で癌になる人が多い。私の友達でも数人いる。癌を隠して生きている人もいるが、文化人は公にして生きることで癌患者に勇気を与える必要がある。私も詩語りライブを続けていることで癌で悩んでいる人に勇気を与えていると思う。&lt;br /&gt;川崎の南校の跡地は小さな森にしたいものだ。森を歩くことでナチュラルキラー細胞が活性化するからである。小さな木が一本あるだけでも人の気持を豊にしてくれる。私の存在も小さな一本の樹木でありたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>蜷川さんの演出はやはり熱が感じられる。つねにリアルを求めて舞台つくりをしてゆく。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;蜷川さんの演出はやはり熱が感じられる。つねにリアルを求めて舞台つくりをしてゆく。詩の朗読はただ言葉を読んでいる程度のものが圧倒的に多い。言葉に魂がこめることができない。&lt;br /&gt;私はいちどワークショップを行なってみたい。言葉がどうしたら立ち上がってゆくのかを教えてみたいものだ。聲にいのちを吹く込むことの難しさをどうしたら出来るのかを。西洋的な聲の出し方と、日本語の聲の出し方は違うのである。オペラのように大きく口をあけて聲を出す必要などない。&lt;br /&gt;今日が昼の時間が一番短い。つまり冬至である。かぼちゃを食べて元気でいたいものだ。南瓜といえば亀岡新一さんの絵だ。詩にも南瓜が多く出てくる。南瓜は亀岡さんにとっていのちのシンボルであった。今日は公園で亀岡さんの詩でも語ろう。私一人で亀岡新一さんの詩を語り継いでいこう。今年の最大の収穫は、市島三千雄さんの詩と亀岡新一さんの詩を語ることが出来たことだ。詩は詩集を出して終わるのではなく、そこから新たな始まりが生まれていかなければならない。詩人達は詩集を上梓して終わっている。何かを勘違いしている。詩を聲を出して読むことによって、魂との出会いが生まれる。黙読では味わえない豊かな世界が拓けてゆける。そのことを多くの人に伝えてゆかなければならない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-22T06:07:56+09:00</dc:date>
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<title>田川紀久雄日記</title>
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<description>詩集『未来への旅』が出来上がってきた。全編をどこかで語りたい。そして詩集を一冊で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;詩集『未来への旅』が出来上がってきた。全編をどこかで語りたい。そして詩集を一冊でも多く売りたい。次の詩集をつくるためにも資金集めはしておきたい。よくも末期癌を宣告されてから五冊もの詩集を作り上げたものだ。それだけ懸命に生きてきた証でもある。同じ病を経験している方に読んでもらいたい詩集でもある。詩壇の詩集とはもう違っている。いのちを真剣に考えている人たちのための詩集なのだ。今までカンパやお世話になった人たちには次の操車場と一緒に送りたい。&lt;br /&gt;本物の詩人はいつの時代でも生きている時は社会から無視されるものだ。いま残っている詩人達もほとんど不運な人生を送っている。最大の詩人杜甫すら晩年は不幸であった。宮澤賢治や中原中也すら詩集すらほとんど売れなかった。彼らの名声は死後である。詩壇で賞ととっている詩人達はほとんどが消えていく運命である。不思議に本物の詩人を現世では認めたがらない。最近のＨ賞をとって作品で心をうつものが何一つとてない。現代詩といわれるものは社会的に見ても世の中からは認められていない。&lt;br /&gt;世の中に詩とはこんなにも素晴らしいものなのだということを語りを通じて広めてゆきたい。そして語りの奥義を窮めてゆきたい。これからまだまだやらなければならないことが多くある。病に負けてはいられない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>漉林通信</dc:subject>

<dc:creator>田川紀久雄</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T03:56:57+09:00</dc:date>
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