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2007年8月26日 (日)

日記

今日は、川崎詩人会の朗読と横浜詩人会の朗読がある。どちらにも参加。横浜詩人会はゲスト出演である。これが最後であるという気持ちで一回一回に真剣に語ってゆきたい。そしてお客を大切にした語りをしたい。詩人は、お客のことを忘れて朗読をするから、聞き手が退屈するのだ。
朝日新聞の朝刊に、がんの患部狙い撃ちの記事が載っている。放射線治療の新機器「トモセラピー」。一台5億円。東京では江戸川病院にいしかない。国が支援して多くの病院に早く備えてもらいたいものだ。私の末期癌の治療にとっても、今の病院には放射線治療の機械が備わっていない。まだまだ癌対策では、不備が多い。いつまで続くのかわからない抗癌剤の治療は不安である。

2007年8月25日 (土)

日記

詩の朗読で、詩人たちは自分達はプロではないのだから、そのままの声で朗読をすればよいという。そして自分の詩を朗読するのだから、一番理解しているのが自分だという。一番理解しているから良い朗読が出来るものではない。プロ云々するまえに、まず努力をすることだ。詩人の朗読から、努力した形跡を感じさせる詩人などほとんどいない。末期癌になって本当の朗読とは何かを深く考えるようになった。声を通して活字の内奥を抉りだしていく行為が朗読なのだ。うわっらの活字だけを追ってもなにもならない。そのな朗読を聴いていればただ退屈するだけだ。

2007年8月24日 (金)

日記

歯の治療を行う。語りをやるにはどうしても治療しておかねばならない。治療が長期になる。
胃の調子が相変わらず悪い。中野絵手紙の会から電話。準備ができたとのこと。松尾ちゑ子さんにはいろいろお世話になる。こころより感謝。なかの芸能小劇場で公演ができることがなによりうれしい。私達が最初に宮澤賢治の世界を行ったところだ。それも劇場企画であった。人に感動を与えられる仕事をしたい。
柏崎の絵の個展のポスターが出来上がってくる。柴野さんにも感謝。みんな人明かりで私は生きている。詩や詩語りが世の中に役立つことを求めて生きていたい。

2007年8月23日 (木)

日記

安部首相は「福祉の責任」をうたっているが、かれは参議院選挙の敗北の責任すらとれないでいる。弱いものは勝手に死ねといっているようだ。こんな首相に国を任せることなどできない。お坊ちゃん首相は弱い立場の人を理解する能力に欠けている。これは小泉純一郎と同じだ。
抗癌剤の副作用で胸が痛みだした。やはり薬は怖いものである。

2007年8月21日 (火)

日記

今日一日入院。点滴のとき、注射針に入れ方が下手なので二三回刺される。抗癌剤の治療なのに点滴漏れがありそうな気がする。先週は腕はやや腫れてしまった。新米の看護婦が抗癌剤の点滴を行うのは怖い話だ。新米の看護婦さん早くプロになってください。

2007年8月18日 (土)

日記

死を宣告されたとき、人は本当に行きたいと願うものだ。死刑囚と無期懲役と人間では、その日の生き方がまったく違うと聞く。人間として死刑囚は生きているが、無期懲役の人は、生きる目的を失ってただ生きているに過ぎないという。人間として本当の幸せは、ただ生きているだけでは味わえないものなのだろうか。
末期癌になって一日一日を大切にして生きている。そして世の中のすべてのものが愛おしく思えてならない。地球の温暖化によって海の温度もあがっている。漁民達の生活も脅かされている。もう物質的な豊かさだけをもとめる生活から、抜け出し自然と共に生きる生き方を取り入れていかないと、この地球に人間が住めなくなってしまう。高級マンションが売れる世の中はやはり異常な世界だ。

2007年8月17日 (金)

日記

詩誌の参加は、原則的には自己負担である。身銭を切って参加するのが詩誌の基本姿勢である。中には身銭を切って無料参加の詩誌もあるが、発行者は、大変な思いで行っている。私の知り合いの詩人が、無料参加の詩誌を発行しているが、彼の内情は一千万ほど借金を背負っている。同人詩誌でも発行者が多くの金銭を負担している場合が多い。本当に読みたいと思える詩誌を作ることが発行者の責任である。操車場はそのような詩誌を目指してゆきたい。

2007年8月16日 (木)

日記

末期癌を宣告されて入院したとき、世の中がこんなに美しいものかと初めて実感した。すべてが美しく感じる。不思議な感覚である。「生命への旅」の詩集第1章は生命の旅だち・第二章が生命の尊厳となる。第三章はまだ未定。詩を書き、詩語りを行い続けることが今の私の仕事なのだ。多くの人たちの「人明かりの」輪を作ってゆきたい。その発信場は、詩誌・操車場である。会員を募集中です。

2007年8月15日 (水)

日記

一日入院が終わった。11時頃に帰宅する。新田次郎の「アラスカ物語」を読みきる。治療費37000円。つぎの支払いが心配だ。
私の癌は胃の細胞の中に深く食い込んでいるので手術もそう簡単には出来ないとこことだ。いつまでこの抗癌剤治療を続けていくのだろう。身体が薬づけになってしまうのではなかろうか。しかし、今のところこれしか治療方法がなくればいたし方がない。
九月に向けて詩語りの稽古をしなければならないのに、こう暑くては野外ではできない。はやkす涼しくならないだろうか。

2007年8月14日 (火)

日記

今日は、抗癌剤の治療のため一日入院だ。抗癌剤に副作用があるが、それに耐える体力をつけることが今の私の仕事fだ。『免疫力』(野本亀久雄著)という本の中に「ガン患者も実をいえばガンそのもので命を奪われるよりも、抗ガン剤やその他の治療、ガンによる生体防御力の低下によって日和見感染で亡くなることが多い。」と書かれてある。食事があまり取れないことは、身体の抵抗力もなくなることだと思う。抵抗力もなくなれば、抗癌剤の副作用が身体に影響を与えることは確かなことだ。いまそれほど食べられないが、食べられそうなものは何でも買って食べるようにしている。そのために食事代がいつもの生活の倍かかっている。ガンになるまえまで一日1000円で生活をまかなっていたが、今は2000円はかかっている。詩集やDVDが売れないとこれ以上生活を維持してゆくことが難しい。
そして詩語りの仕事が入ることを期待している。宮澤賢治を中心にした語りを行っています。たとえば「銀河鉄道の夜+青森挽歌」などを語っています。誰にも、真似のできない世界です。くずれ三味線詩語りの世界です。日本中何処にでも出前をいたしております。いまで行ったところは、北海道大学、日大、恵泉女子大、そのた全国各地で行ってきました。9月はなかの芸能小劇場や新潟の柏崎市(越後タイムス社主催)が予定されています。

2007年8月13日 (月)

日記

頭を坊主にする。暑さもあるが、抗癌剤の影響で脱毛してくる。そのようなことで髪を気にするより、坊主にすることによって髪のことを考えないですむ。
治療費のことでこの日記に書いたが、見知らぬOさんからメールがあった。治療費が払えなくなったという。。人生は諦めないで、医療を続けてもらいたい。生活保護を受けられれば、医療費は無料になるはずだ。ただ、なかなか生活保護を役所は受け入れてくれない。粘り強く交渉してみることが必要である。そして自分のやりたいことがあったら、真一文字に突き進むことだ。私は詩語りの本質を見極めたいと思って賢明に稽古に励んでいる。そして一回でもライブが多く出来ることを求めて生きている。そして三部作の詩集を完成することが今の私の目標である。詩集を出版することは、生活保護を受けたら出来なくなる。本当に自分がしたいことが規制されて自由に生きられなくなる。いま生活保護を受けないで生きるために、ライブ活動に道を見出そうとしているところだ。そのためには、人を感動させるものが出来ないことには話しにならない。中途半端な生き方では、その道は見出せない。だからこの末期癌になったことで、残りの人生を真剣に生きていける。そのこおtに感謝している。頑張って生きていこうななどと思っていない。自分なりの自然体でそれをやり抜きたいだけだ。

2007年8月12日 (日)

日記

預金が底をついてきた。抗癌剤治療を一回行うたびに4万円近くかかる。月に三回おこなう。それに胃カメラやCTなどを行うと月15万円はかかる。健康保険の3%である。抗癌剤を二つ使用すると20万はかかるそうだ。普通の生活者では支払えない。これが一ヶ月なら我慢できるが、何ヶ月何年も続けば、お手上げだ。
操車場のプリンターのトナー代や送料その他の雑費も馬鹿にならない。Oさんは病気なのにカンパをいただき有難うございました。
「見果てぬ夢」のライブDVDを買っていただければ助かります。本体2200円です。末期癌になってますます冴える詩語りの世界。まさに壮絶なる闘いだ。ぜひライブに来れなった方には購入をお勧めいたします。これからは破れかぶれで生きていくしかなさそうだ。癌になってますます生きる勇気が湧いてr来た。人生は今という時との闘いである。
巡回朗読会が100回を迎えました。まずはおめでとう。
ある詩誌の後記には、「退屈の最たるものは詩の朗読である」
と述べている。頭からそう思い込んでいるだけだ。彼は一回も巡回朗読会に顔を見せたことがない。朗読に命をかけている私にとって、このような発言は見逃すわけには行かない。確かにほとんどの詩人の朗読はつまらないが、それが詩人のすべてではない。肉声に賭けている詩人達がいることを知ってもらいたいだけだ。

2007年8月11日 (土)

日記

末期癌になって本当にしたいことは何かがはっきり見えたことは、生きる目標が明確になったということでも有難いものである。人は、お前何がやりたいのだと、問われても答えられない人が多い。今を生きるとは、そのやりたかったことを真剣になって行うことである。人生で長生きすることは人生の目標ではないはずだ。生きた以上自分だけが出来るものを見出すことがその人が生きたという証である。
末期癌でありながら、それほど癌にとらわれて生きてはいない。胃の痛みが襲うときや食事が摂れないときなど、オレは癌なのだと思うだけのことだ。でもこれからの治療費のことを思うと心が痛い。詩集やDVDが売れると助かるのだが。それにライブの仕事がもっともっと欲しい。健康食品を買うと普通の生活の倍はかかる。生きて生きて詩語りを真剣に見つめ深めてゆきたい。
操車場の会員募っています。私と一緒に詩を発表しませんか。

2007年8月10日 (金)

日記

先日のライブのDVDが出来上がってきた。カメラマンは元NHKの高橋章氏である。やく一時間にまとめてくれた。これを売って医療代にしていかないと生活が苦しくなる。柏崎のライブではこのDVDの売り上げはチャリティにしたい。
DVDは2200円です。田川紀久雄詩集「見果てぬ夢」ストライプハウスギャラリーでこの詩集を初めて語らしていただきました。私にとって思い出深いライブです。それに末期癌であったのに、よくここまでやったという思いもあります。これからいろんな場所でこの「見果てぬ夢」を語ってゆきます。

2007年8月 9日 (木)

日記

DVD「風の絨毯」を見る。音楽がとても良かった。
外来で診察を受ける。CTの結果まだ手術できる段階でないとのこと。これからも抗癌剤の治療を続けていく。いまのところ抗癌剤は確かに私の癌に効き目がある。それは確かなことだ。希望を持って生きることだ。病院の帰りに川崎に出て、癌に関する本を買う。今読んでいる「がんでも私は不思議に元気」(絵門ゆう子著)が私の考え方に一番近い。ホスピスの考え方も頷ける。癌の治療は日々進歩しているが、人間の心は本質的には変わらないものだ。その変わらない問題を詩人の眼で見つめ、それを書いてゆきたい。

2007年8月 8日 (水)

日記

末期癌者にとって何を夢見て生きていけばよいのだろう。そんような本が見当たらない。私は今日一日を精一杯生きられればそれで良いと思う。一日一日を大切にして積み上げて行ければ最高の人生を遅れるのではないか。といっても末期癌は、つねに日々の生活を脅かしている。不安の中でいきているのも事実である。そこには何か生きる目的を持っていないと精神的にも前向きになかなかなれない。私は詩語りを行い続けたいという熱い情熱を持っていきている。そして詩の三部作を完成することへの夢がある。癌になったことで、それを普段の人生観よりつよく感じて生きていられる。癌は私の友達なのかもしれない。お互いに共有しあいながら生きられたら有難いものだ。

2007年8月 7日 (火)

日記

昨日首相が「原爆症基準見直す」と述べたが、その財源はアメリカにも請求すべきだ。戦争で原爆を投下することは、どんな言い訳をしても許せない行為なのだからだ。
「続・医者が末期がん患者になってわかったこと」を読む。介護はぽんとうに大変だ。ひとは何処までひとを愛せるのだろうか。
8月は詩を書かないで自己をひたすらみつめていたい。それから「生命の旅Ⅱ」を書き始めたい。そして9月にむけて語りの稽古にも打ち込んでゆきたい。腹の底からいまひとつ声が出ない。そこをどうしていくかが問題だ。

2007年8月 6日 (月)

日記

本格的な夏がやってきた。昨日は横浜へいって疲れた。無理をしないで体力の保存につとめる必要がある。人前では元気に振舞うが、そのぶん疲れがたまる。横浜の中華街は人がおもったより少なかった。中国食品の風評被害が出ているのかもしれない。漢方をいくらか仕入れる。
操車場の発送を行う。詩誌との交換は最小限にとどめる。それよりいま私を応援してくれる人たちに送りたい。

2007年8月 5日 (日)

日記

詩誌・操車場製本が出来上がる。
夏の花展・ギャラリー喫茶 ラバン・アジルまで絵を持っていく。横浜市磯子杉田まで。(会期7月29日~8月18日まで)
相変わらず胃の調子が悪い。多分抗癌剤の副作用によるものだろう。やはり癌であることは辛いものだ。
「医師が末期がん患者になってわかったこと」岩田隆信著を読む。自分の病状がすべて解ることも辛いものだ。彼が生きていて支えになるのはやはり最後は家族である。私は子供達に末期癌であることを教えていない。私にとって家族は何であるのだろう。私の心のよりどころは、やはり詩を書くことと、詩語りを行えることである。そのために日々を生き抜いている。そういういみでも操車場3号が出来上がったことはうれしい。まさに生きている証になるのだ。私と一緒に詩をかきませんか。会員募っております。

2007年8月 4日 (土)

日記

新潟県で風評被害が発生している。原発の事後で旅館にキャンセルが殺到している。この原因は原発の放射能漏れの東電の話が信用できないからだ。人体にはなんら心配ありませんといつも同じ説明である。もしかりに人体に影響がありますと言ったら原発は二度と動かなくなるからだ。自民党が信じられないのと同じように東電の説明も信じられない。事実柏崎原発に勤めている人の中で癌になっていく人が多いと聴く。これから環境破壊や、放射能漏れで癌にかかる人が増えるだろう。
今の病院はガン患者に対してこころのケアが足りない。あまりのも医師や看護婦が仕事に追われて患者に対して心のケアができないでいる。ガン患者は生きていることに不安なのだ。医療のあり方が変わらない以上、ガン患者は暗闇の中で生きるしかない。
操車場の印刷を始めるが、校正ゲラが戻ってこないひとがいる。製本の完成は来週になるだろう。一人で手作りで時間がかる。プリンターの性能の良いのに取り替えたいのだがカネがない。
身体は相変わらず下痢が続いている。食事も食べたいものがない。テレビの料理番組をみていても虚しい。昔は板前もしたことがあるのに・・・。

2007年8月 3日 (金)

日記

詩の朗読は、読めばよいとうのではない。いかに生きた言葉として相手に伝えるかが大切である。そのためにはそれなりの努力をしなければならない。ある意味では死にもの狂いの稽古をしなければならないだろう。それでも相手に詩の言葉を伝えるには難しい。詩人の朗読で、そこまでやって本番にのぞむ詩人はいない。末期癌になって、言葉の深さをどのように表現したらよいのか考えるようになった。つまり詩明かりを求めた語りを行いたい。毎日が辛いいきかたしか出来ないが、そのことが人生を深めていってくれるのだろう。だから末期癌を恨むのではなく、そのことによって自分が人間として進歩しているのだと思えばそれなりに生きている意味がある。

2007年8月 2日 (木)

日記

作家の阿久悠さんが尿管癌のため死去。享年70歳。
下痢はあいかわらず続く。最近毎日毎日が不安を感じる。食事が思うようにとれないことにも原因はあるのだろう。
詩誌・操車場3号の原稿を締め切る。会員に方で送ってこない人もいるが、掲載しないときは連絡をしていただきたいものだ。校正の終わったところから印刷にかかる。次号の〆切りは9月1日である。操車場に参加されたい方は、会員になってください。負担金5000円です。あと何回発行できるか解らないが、全力を尽くして作って行きたい。
詩集「生命の旅Ⅰ」10月に発行したいが、まだ金銭のめどがたたない。詩集「見果てぬ夢」があと80冊を売れないと発行は無理だ。これは読んで損をしない詩集だ。お申し込みは田川まで、頒価2200円 

2007年8月 1日 (水)

日記

今日CTの検査を行う。来週この結果が判明する。
第二次大戦と原発は似通っている。絶対安全だと言って建設した原発が、地震でこれは想定外だ。なんてまったく責任逃れの言い訳しかできない。だれもが責任を取れない。放射漏れでは、人体に影響がないといっているが、本当に信用できない。大本営の発表と同じだ。安部政権では年金ではどこか嘘をついている。いまの政治は嘘だらけだ。きょう国民保険支払いの案内が来たが以前の支払いの3倍になっている。めちゃくちゃな話だ。生活が出来ない状態に追い込まれている。生活保護もうけられに今、これからどうしたらよいのかわからない。CTの検査だけでも10600円とられる。収入のない私は生きていくのが辛い。癌もどうなっているのか。まるで暗闇の状態である。

2007年7月31日 (火)

日記

役人の対応は傲慢だ。生活保護の相談にいっても、親身にこちらの話を聞いてはくれない。いかに生活保護を阻止するかという姿勢がはっきり伺われる。北九州の困窮者の日記でもわかるように、役人は貧乏人の敵なのだ。二人で20万以上あるからあなた達は生活保護は受けられませんという。末期癌で毎月医療費を払って生活をすれな20万なんてあっと消えてしまう。自民党が大敗するのはわかりきったことである。弱い立場の人間にはあまりにも厳しい政策だらだ。憲法改正を私達は断固拒否していかなければならない。そして原発より自然を利用した発電を作っていかなければならない。小田実さんの意志をついでいくことも同じ期癌者としては受け入れて行きたい。60年安保を生き抜いてきた私にとっても今の政治は受け入れない。

2007年7月30日 (月)

日記

小田実氏亡くなる。こんなに早く亡くなるとは思っていなかった。末期癌の恐ろしさをしみじみ感じる。安部総理の憲法改正の熱意は異常だ。9条だけは変えてはならない。これは小田実の願いでもあった。この度の参議院選挙は、年金の陰に憲法改正問題は消えてしまった。人間として思想をもてに民族はいつか滅びてしまうだろう。
命の尊さと共に、その人がどう生きているかが生命の尊さと結びつかなくてはいけない。命の尊さは、その人の生き方の中にある。一日一日を大切にしていくしかない。

2007年7月29日 (日)

日記」

病院jは病気を治すところで、患者の精神を癒すところではない。治療を拒否すれば、すぐ退院させられてしまう。外来にいけばあまりにも病気の人たちが多いのに驚かされる。医師もあれだけの人たちを治療するには、時間的にも無理であろう。病院にはホスピスの病棟を持っていないのがほとんどだ。癌で死んでいく人が多いのに、ホスピスの場所が少なすぎる。人間らしく生きて死ぬとは一体どのようなことだろう。人間が人間として関わる場所を持って生きられることが人間らしく生きることではなかろうか。
今日参議院の選挙だ。政治で求められるのは、みんなが安心して生きていける場所を作り上げていくことだと思う。平和な社会を築くには憲法9条を守ることだと思う。

2007年7月28日 (土)

日記

相変わらず下痢が続いている。食事もほとんど取れない。今週は身体の調子が良くなかった。まあ末期癌なのだから、悪い状態でもそれなりに受け入れながら生きているしかない。数人の人が田川紀久雄全集1・2を買い求めてくれた。生活費に助かる。見舞金も底をついてしまった。無収入の私はこれからどうして生きていけばよいのだろう。詩語りの仕事が入るとありがたいのだが。もっともっと語りを極めてゆきたい。語りを通して人の明かりになっていければと思っている。
昨日越後タイムス社の柴野せんから電話で9月16日はなんとかやりたちとの話である。そこで宮沢賢治の「青森挽歌と銀河鉄道の夜」を坂井のぶこと語ってみたい。前半は私の「見果てぬ夢」と坂井のぶこの詩を語る予定である。

2007年7月27日 (金)

日記

柏崎の田川呉服店はつぶれなかったが、田川洋服店は家が破壊状態だという。昨日柴野さんから連絡が入った。9月16日はぜひやりたいとのことだ。
抗癌剤のせいで腹が満腹状態だ。あまり食事もとれない。それに便の調子もおかしい。
宮澤賢治の「小岩井農場」の語りの稽古に入っているが、以前感じなかったものが感じられる。凄い作品だ。あらためて痛感する。末期癌になって、見えなかったものが見えるようになってきた。この見えるものをどうそたら声に出して語れるのだろうか。
昨日「詩と思想」8月号(特集・詩人の肉声)が届く。詩人たちは朗読に苦労していない。言葉でいうのは容易いが、声に出して人を感動させるのはなかなか難しいものだ。いまの詩人たちの朗読は社会的にも通じない。素人集団だ。一時間自作詩を朗読できる詩人は、それほどいない。仲間を集めての朗読会では声は成長しない。人を集めることだけで、中身のない朗読会は朗読そのもの侮辱している。そのことが詩人たちにはわかっていない。ああ悲しいかな。

2007年7月26日 (木)

日記

南原繁著作集の第七巻の序文には「日本が新憲法において、戦争を放棄し、恒久平和を宣言したことは、戦争を起し、そして敗れたわが民族の悲願であると同時に、世界の諸国民のいずれは到達せねばならぬ人類の標的であるのである。」と述べられている。こんどの参議院選挙には憲法改正がある。自民党も民主党もそれを隠している。恒久平和こそ日本がとる道である。
私の末期癌は、自分との闘いである。決して絶望的なことではない。あらゆる努力を積み重ねて生き抜くことだと思う。生命の尊さを訴えながら詩を書き続けてゆきたい。そのことが恒久平和につながることだと思うからだ。頑張るのではなく、自然に生きる。そういう人生をおくりたい。

2007年7月24日 (火)

日記

末期癌と宣告されてから、初めての詩語りライブを行った。新潟県中越沖地震チャリティライブである。52000円ほど集まった。越後タイムス社の柴野さんに渡してもらうようにビデオカメラマンの高橋章氏に渡す。ご来場された方々に心より感謝。次の巡回朗読会の出番は10月の予定である。9月12日に中野絵手紙の会の出前がある。なかの芸能劇場で行う。宮澤賢治の詩語りを企画でおこなってくれた場所でもある。思い出深い場所だ。
今日また一日入院日だ。点滴づけの日である。

2007年7月23日 (月)

日記

「病院で死ぬということ」(山崎章郎著)の本の中に「末期ガン患者の痛みに無関心であり、その疼痛対策に不十分きわまりないのが実情である。」と書かれている。末期癌は治らない病気である。直らない病気に対しては、医師はそれほど患者に関心がないのも本当のことだろう。抗癌剤の治療を3ヶ月も行っているのに、医師からは何の話がない。まるで医師は私から逃れるようにしているように思われる。私と同じ頃に入院した末期癌の患者をみていると、ほとんどの人は痩せて無気力状態である。医師からの心の明かりが感じられなくなったら、患者は絶望にならざるを得ない。ここ数日胃の調子が悪い。ちょっと不安である。
今日は、癌の宣告を受けてから、初めての詩語りライブである。それも新潟県中越沖地震のチャリティライブだ。「生命の旅」がここから始まるのだ。生きていて辛いもの同士が励みあって生きていくこともそれなりの意味があるだろう。一人でも多くのお客が来ていただけるとうれしいのだが。また巡回朗読会の中でこのようなイベントは意味のあることだと思う。企画していただいた天童大人氏や会場を提供してくれたストライプハウスギャラリー(六本木)に感謝いたします。皆様のご来場をお待ちしています。

天童大人氏のブログには次のような」コメントがある。
23日(月曜日)の第93回「ポエトリーヴォイスサーキット(巡回朗読会)」は胃の末期がんに侵され、闘病中の詩人 田川紀久雄さんがパートナーの坂井のぶこさんと共に、六本木で渾身の力を注いで、自作詩朗読会を行う!!!

2007年7月21日 (土)

日記

日本の原発に対して国の責任は重いはずだ。電力会社にまかせぱなしの安全対策は、いかに貧弱なものであったか。たった一度の原発漏れで、計り知れない危険にさらされる。それなのに利益追求のみの営利目的の原発は、今の日本には必要がない。
お年寄りの救済に遅れをとっている。施設にはいりたくても入れない。切捨ての老人対策がこの地震でも如実に現れている。これで何が美しい日本を作るなどといえるのだろうか。自民党の崩壊が始まりかけている。
柏崎商店街は、立ち直りできない状態だ。祭りも中止になった。みんなで助け合っていかねばならない。
7月23日の中越沖地震救済詩語りライブを行う。一人でも多くの人が集まってくれれば有難い。お問い合わせはストライプハウスギャラリー 電話03-3405-8108 7時開場 予約2500円 当日2800円。

2007年7月20日 (金)

日記

抗癌剤の副作用で昨日は身体がだるかった。ある意味では無気力状態に陥った。このようなことは初めてだ。ライブが近づいているのに不安を感じてしまった。身体がいま一つ思うようにならない。このような時は無理をしないでじっとしているしかない。病気を抱えて地震にあった柏崎の人いたちは大変な思いをしているだろう。とくにお年寄りの人たちが心配だ。仮設住宅も8月にならなければ始まらないという。対応がいまひとつ遅れてはいまいか。
詩誌・操車場の原稿締め切りも迫っている。8月1日まで原稿が届くように。参加したい方は、私のところまで連絡してください。

2007年7月19日 (木)

日記

中越沖地震で柏崎市は大きな打撃をうけた。その中でも原子力発電所は、想定外のことだと東京電力側は言う。いかに杜撰な設計で発電所を作っていたのかと驚くばかりだ。原子力発電所は、日本にはむか建物なのだ。それより自然を利用した発電に変えていくひつようがある。このまえ銚子に旅をしたとき風力発電をみた。壮観な風景であった。
地震でいちばん被害にあうのは高齢者だ。年金生活では家も建て替えられない。国は赤字財政を理由に弱い立場の人たちを切り捨てにかかっていおる。つまり福祉の切捨てだ。これで美しい国つくりだという安部内閣の欺瞞が暴かれたといえる。国の赤字をうみだしたのは国民ではなく、政治家たちであった。そのことを忘れて国民に押し付ける姿勢には我慢がならない。そして税金の比率もあげる。なぜ福祉税にしないのか。それは軍事費の回すからだ。アメリカのいいなりの政策をいつまで続けるきなのだろう。アメリカの広島長崎の原爆投下の言い方は許せない。なぜ日本政府は原爆の損害賠償を求めていかないのだろう。原爆の使用は戦争の範疇を超えたものなのだ。絶対どんな理由があろうと使用してはならないものである。アメリカの自由と正義は、もう誰も信じていない。イラク戦争にたいしても何の反省もない。アメリカかで好きなのはブルースだけだ。

2007年7月18日 (水)

日記

退院する。医者と話していて、末期癌の定義をきいたら、そのようなものはないという。つまり医療も人間の感で決めているのだと思う。そのために現代治療ではない人間としての闘いの行き場が存在してくるのだと思う。末期癌だからといってあきらめてはならない。人間として闘う場がある以上、生き抜く可能もあるということである。あれこれと質問するほど医者はあわてていくだけだ。詩人のパワーは医者には負けない。これからどう生き抜いていくかが楽しみだ。
操車場3号の原稿が3人集まった。倉田良成さから、「見果てぬ夢」の書評を書いていただいた。感謝。3号ができるのが今から楽しみである。

2007年7月17日 (火)

日記

7月23日詩語りライブは新潟県中越沖地震救済チャリティコンサートとします。

新潟県中越沖地震が昨日あった。柏崎が最大の被害を被った。私の生まれたところだ。7月23日の詩語りライブは、中越沖地震救済チャリティライブにいたします。入場料(私の貰い分)は柏崎にカンパをいたします。
詩の語りを通じてこうした動きをするのは二度目だ。詩明かりを求めて生きていきたい。私が末期癌と宣告を受けたとき、詩人や友人から見舞金をいただいた。そのお陰で医療費に使わせてもらっている。多くの人明かりのお陰でいま治療を受けられている。収入のない私は生活が苦しい。しかし私ごとばかりを言っていられない。どうせ短い命なのだから、人々の役にたつ生き方をしたいものだ。詩人の生き方ではそれほど人様に役立つことは出来ないが、しないよりした方が良い。

中越沖地震救済チャリティライブに一人でも多くの人が集まってくれればありがたい。東京の詩人たちよ重い腰を持ち上げてもらいたいものだ。私は全身全霊で語りをおこなう。

2007年7月16日 (月)

日記

7月23日の詩語りライブにNHKのカメラマンの高橋さんがビデオを撮ってくれるとのこと。有難い話である。高橋さんは柏崎の出身である。いま故郷の人々が私を応援してくれる。これもみんな鈴木良一さんや越後タイムス社の柴野さんのお陰である。それに対して東京の詩人たちは冷たい。いまは良い語りをするために日々の努力意外にない。生きていられることの有難さをいろんな人たちに伝えていきたい。いま生きていることがいちばん大切なことである。若いひとたちが命を粗末にしているのを見ていると悲しみがわいてくる。みんなで今を生きる運動をしてゆきたいものだ。末期癌はいつ他の場所に転移するかわからない状況でいる。他に転移してゆけばそれだけい早く命を失うことになる。
天童大人に電話をいれる。23日はそれなりの語りを行うことを報告する。ギャラリーにも予約が入っているとのこと。有難い。生きている勇気が湧いてくる。天童さんのプログをみたら、さっそく私のことが書かれてあった。天童さんありがとう。生命の語り・くずれ三味線を全身全霊で弾きます。生きていられることに感謝をしていのちの声を叫んでゆきます。巡回朗読会ももいすぐ100回になる。朗読を無視してきた詩人たちも、100回を超えればもう無視してはいられないだろう。詩人の声とはないか、実際に来て聴いてみることだ。一度も聴きにこない詩人が朗読はつまらないと言っているにすぎない。

2007年7月15日 (日)

日記

ちょっと食べ過ぎると下痢をする。末期癌にはどうしょうもならない。胃薬を飲んで直るものでもない。癌に身を任せて生きるしかない。ライブもあと一週間後だ。声の内面を語りたいのだが、まだ思うようなところまで行き着かないでいる。活字を読み上げるのではなく、言葉の命を声の中に封じ込めることだ。詩人の語りはそうでなくてはいけない。それが出来る詩人があまりにも少ない。
詩誌「阿字」121号に私の詩作品が載っている。評判がよいとのことだ。そして、詩誌「操車場」も思ったより反響が大きい。詩人との交流もあまりしていない。人明かり、詩明かりをもとめている。詩人より一人の人間が詩に興味を持って読んでもらいたい。越後タイムスに私の記事が乗っている。平成19年7月6日号、「週末点描」に。私はいま人の温かい心に支えられて生きている。

2007年7月14日 (土)

日記

末期癌について調べていくと、ろくなことが書かれていない。まず助からないということが解るだけだ。5年持てばよいほうなのだろう。なにしろ末期がんは医学的にも手が付けられない状態なのだ。だから末期癌になったら何も考えないことだ。そして自分の行いたいことを一日一日大切にして生きる以外にはない。まず絶望したら駄目だということだ。自分に負けることが、末期癌にも負けることになる。今日一日を楽しく生きることである。嫌なことは考えない。あったとしても忘れて過ごすことだ。
大型の台風が来ている。参議院選挙も近い。憲法9条がほとんど語られていない。この前の衆議院選挙のときも、郵政一点張りで、障害者自立法案が何の反対も出来ず国会を通過してしまった。悪い法案が次から次えと決まってゆく。国民を無視した政策が続けられている。難病の問題も、国が一人ひとりの患者を救わなければならないのに、金のかかる問題は見て見ぬ振りをする。癌だって金持ちは保険のきかいない薬を手に入れられるが、貧乏人は助かる命も助からない状態のまま放置されている。なにが美しい日本なのかさっぱり理解できない。人明かりが大切なのように国明かりも大切なのである。それを忘れて政治に参加する人間は非国民だ。
末期癌患者には何も怖いものがない。言いたいことは言っていくべきだ。

2007年7月13日 (金)

日記

詩誌・操車場100部作る。書き手とカンパを頂いた方々に送る。この詩誌が、私の生活の収入のすべてである。これでは治療費にもならないが、ないよりましである。年金もない。生活保護も受けられない。やはり詩人として生きていくしかない。詩語りの場を増やしていきたい。詩集を売って、次の「生命の旅」(上・中・下)の上を上梓したい。100ページほどの作品が出来上がっている。秋あたりには出版したいものだ。

2007年7月12日 (木)

日記

きょうは 操車場の製本に取り掛かれそうだ。月刊詩誌は、私にとって一日一日を真剣に生きていくようにいっかげつの詩誌は私にとって一日を意味するものである。会員に方は書くのに大変なのかもしれないが、詩というものは常に書く姿勢がないと良いものは生まれてはこない。いい加減に生きている人は、それなりの詩しか書けないものだ。
今週は天気が悪いが、なんとしても語りの稽古を積み重ねてゆきたい。今まで行ってきた世界を磨きあげてゆきたい。そのためには体力が必要なのだが、これだけは今はどうにもならない。その代わり今までない世界を語れるかもしれない。7月23日が楽しみだ。あいかわらず欠席の葉書がくる。詩人の声に興味のない詩人には、私もそれなりに付き合っていくしかない。活字の世界だけが、詩の世界ではない。詩は、もっと自由なものである。人に語りかけることを忘れた詩は、誰も読まない。誰も読まない詩を書いていて満足なのだろうか。詩人でない人からこの度の詩集「見果てぬ夢」の反響が大きかった。それもみんな買っていただいた。詩人に送ったものは、ほとんど反響がない。空しさだけが残った。

2007年7月11日 (水)

日記

一日入院してきた。治療代38000円は生活無能力者にとっては辛いはなしだ。仕事をしていない現在無収入なのだ。入院中に詩が一篇書けた。朝4時に起きて散歩する。20分だがそれなりに体力をつけてライブに望みたい。操車場のい会員が増えてくれれば有難いのだが。校正の原稿がまだ揃わない。印刷したいたおいのだがまだできない。昨日には校正のゲラが戻ってくるかとおもっていたが、残念。末期癌患者は気が短くなっている。
新潟県柏崎市での決まる。
午後5時30分 開演6時
会場游文舎
料金2000円
後援 越後タイムス・新潟詩人会

2007年7月 9日 (月)

日記

平塚の七夕を見に昨日でかけた。露天商の数が多すぎてうんざり。香具師たちの稼ぎ場なのかもしれないが、あれでは七夕の雰囲気を壊してしまう。ただ食べ物の露天でなく、骨董や衣類やその他の露天商があったらそれなりの楽しみもあっただろうに。
昼からは平塚海岸にでて、海を見てすごした。帰りには茅ヶ崎により、成城石井の店による。自然食の見て楽しい店である。途中で胃が痛んだが、なんとか持ち直して帰宅についた。

2007年7月 8日 (日)

日記

詩誌・操車場の原稿が集まった。みんな優れた作品が揃った。末期癌である私が、書き手に緊張感を与えているのだろう。今の詩誌は、詩人向けの詩誌がほとんどだ。生きている人間にむけて声を発信しているのだろうか。現代詩は、詩のための詩を目的にしてきたが、だれもが読まない詩誌を作り上げてきた。朗読しても、生命の叫びが聞こえてこない。詩人にとって大切な魂の叫びは何処へ行ってしまったのだろう。詩人はいつのまにか権威的になってしまった。名のある詩人には媚をうる。詩人たちよ、もっと裸な人生をみつめようではないか。詩人馬鹿がいなくなった。詩のエリート集団が詩誌を悪くしている。現代詩手帖がその見本だ。
7月10日に一日入院がある。そのあとにコーピー印刷を行い、製本に取り掛かる。15日頃には出来上がる予定である。次号の〆切りは8月1日です。参加したい方は会員になってください。会員以外の方の作品は載せない場合もあります。現在無職な私は医療代で困っています。

2007年7月 6日 (金)

日記

末期癌になった人の本はほとんどない。癌の予防とか、手術後のあり方などの本は沢山ある。それにいんちきな薬に関する本もある。末期癌になって手術もできない人間には何のやくにたたない。末期癌になったら、今を生きることに真剣になることである。自分のしたいことだけを目指して生きるしかない。今を生きるということは、過去も未来もいつも今である。つまり永遠の中で生き続けている。そういう自覚が今を生かしてくれる。そしてなるべく自分が末期癌であことを忘れることである。
やっと詩語りの稽古が出来るようになってきた。いま語りを人前で出来ることだけを考えて行動をしている。それにしても7月23日に出版ライブの案内状の返事では欠席が多い。人のあったかいに思いやりが癌患者には生きる道を開いてくれるのだが、人はそれぞれの生き方があるから、無理に聴きにきてくださいともいえない。今は、来ていただける人に聴いてもらえる語りを行うことだけに心がけている。

2007年7月 5日 (木)

日記

昨日の朝日新聞夕刊に自費出版業者の記事が載っている。「私の本 店にない」提訴。
詐欺まがい。ひたすらおだてて本をつくらせる。わたしの知り合いにもこれに引っかかって泣いた詩人がいる。自分の売れると思い込みたくなる気持ちはわかるが、詩集などはそんなに甘い世界ではない。まず売れないものだという認識をもつことだ。100万円も払ったのに、手元には本がない。こんないんちきな商売にひっかかるのが詩人なのかもしれない。漉林書房でつくれば30万円台でできたものを、100万円注ぎ込んで本も売れず、人にも配れずにいる。
9月の詩語りライブは「越後タイムズ」の柴野さんが後援してくれる。有難い。

2007年7月 4日 (水)

日記

朗読でもとも大切なのは、声の力である。しかし聞き手は、詩の意味を求める。声の力に耳を傾けようとしない。意味が解らないと、つまらない朗読だと断言する。詩の朗読は独自の世界である。小説やエッセイの朗読とは異なる。じゃ詩を読んで読者は理解しているのかというと、そうでもないはずだ。詩を読んでも何が書かれているのか解らないという読者が多い。詩というものは心で読んで、心で聴くものである。私の語り方を全否定する人にあった。心で聴く力を持たない人間には私の語りを理解することはないだろう。山本陽子の詩でもそうである。解らないからそれは駄目なのだという論理にはとてもついていけない。

2007年7月 3日 (火)

日記

下痢が三日も続いている。それほど食べていないのに不思議だ。7月8月9月と語りの仕事が入っている。なんとかして体調を整えなければと思いながら、思うように行かないでいる。これも癌のせいなのかもしれない。クーラーが入ったので夜は快適である。湿度の調整ができるので有難い。
操車場の原稿もあと一人だけである。10日過ぎたらコーピー印刷にかかりたい。3号の〆切りは8月1日までである。会員の方々にはなるべく早めに原稿を入れてもらいたい。

2007年7月 2日 (月)

日記

犬吠崎に行く。無限に広がる海をみていると心が癒される。自然との対話をしたい。都会生活ではそれができない。銚子まい行く途中、広がる田んぼを見ていると日本の風景の美しさを感じる。そして鷺が田んぼに飛んでいる風景も美しかった。

2007年7月 1日 (日)

日記

「詩と思想」8月号の校正ゲラが送られてくる。
医師と患者の会話があまりにも少なすぎる。医師が多くの患者を抱えすぎてゆとりがないのだろう。それと病院によって医療の質があまりにも違いすぎる。すぐれた医師が少ない。優れた医師はカネで引き抜かれていく。癌治療にとって、病院の質の格差があまりにもありすぎる。国はもっと医療に対してカネを使うべきだ。人は国の宝である。その生命がおろそかにされていては福祉国家とは呼べない。貧しい日本の国になっている。国の赤字は、いままでの政治家が勝手なことをやってきたおかげだ。原子力の問題にしても無駄な税金を注ぎ込みすぎる。もっと安全なエネルギーの道があったはず。これからの日本は自然を取り戻す道を見つけることだと思う。

2007年6月30日 (土)

日記

9月16日に柏崎(新潟県)で詩語りができる。父の実家があるところだ。つねに前向きに生きていれば、癌であることなどそれほど気にならない。心を込めて語ることが魂の叫びに通じる。でもいくら頭で考えていても、実際は人に聴かせることは難しい。それには努力意外にない。身体が許す限り語りの稽古に励むことだ。昨日も下痢が止まらず、体重も3キロも痩せてしまった。
詩集「見果てぬ夢」好評発売中。田川紀久雄の最高作である。小部数なのでお買い求めはお早めに。謹呈はいたしておりません。

2007年6月29日 (金)

日記

食事がほとんど食べられなかった。胸がむかついて気分がすぐれない。
魂の声を出すにはどうしたらよいのだろう。語りの稽古に入る。胃の痛みがないので一時間ほど語ることができた。詩人たちの多くは朗読を嫌っている。それは彼らは、詩がほんらい魂の叫びであることを理解していないからである。また朗読を行っている詩人たちもそのことが解っていない。詩人たちはいつになったら本当の声を持つことができるのだろうか。

2007年6月28日 (木)

日記

昨夜は激しい下痢に襲われた。癌に効くといわれる食べものをいろいろと試みているためかもしれない。癌の予防とか、手術後の生き方についての本はいろいろあるが、末期癌そのものの本がほとんどない。末期癌にならないための本を読んでもどうにもならい。末期癌になったらどう生きるかが必要である。癌は個々によって表情も異なるものかもしれない。医師に私の状態を聞いても何も答えてはくれない。そのことよいのか悪いのかはわからない。あまりよくないから説明をしないのかもしれない。それなら何も知らないでいる方が生きやすい。自分のしたいことだけを行えばよいのだ。末期癌と闘っているのではなく、人生そのものと闘っていきているのだ。そう思うことによって強く生きていられる。身体の抵抗力をつけるのも、生きる自身を持つことだと思う。7月23日のライブに向けて声を鍛えていかねばならない。薬でやや舌が廻らないことがある。それに声の力もたいぶ落ちている。でも人に聞いてもらえる語りを目指して生きることが今の私がやらねばならないことだ。貧血ぎみで長い時間は出来ないが少しづつ努力を積み重ねていく意外にはない。生きていることはそれなりに面白いものだ。

2007年6月27日 (水)

日記

午前11時に帰宅する。この次の一日入院は7月10日である。
9月に行うなかの芸能劇場での公演のプランができる。「生命の旅」というタイトル。村上昭夫詩集や金子みすゞ詩集・宮澤賢治の作品を混ぜながら自作詩を織り込んで語ってゆく。昨夜このプランの構想が思い浮かんだのだ。海埜今日子さんが「詩と思想」の9月号に詩誌評に「操車場」を取り上げてくれるとのこと有難い。8月号は坂井のぶこの語りについてのエッセイや、対談・白石かずこ・小川英晴・天童大人・それに田川紀久雄掲載。司会が長谷川忍氏である。長谷川忍さんは操車場の会員でもある。次号の操車場がいまから楽しみだ。

2007年6月26日 (火)

日記

今日一日入院。抗癌剤の治療で胃の痛みが抑えられているのかどうか解らないが、今週は痛みはほとんどなかった。食事が思うようにとれないだけだ。詩集を川崎詩人会の人たちに数冊買っていただいた。有難い。100冊を売らないと印刷費がでない。詩集で100冊を売るのは大変なことだ。病院代も捻出しなければ生きていけない今の状況である。何としてでも一冊でも多く売っていくしかない。詩人として生きている今の私は、詩語りで収入をえるか、詩集を売って収入をえるしかない。韓国では詩集が売れると聴くが、日本では、詩集は謹呈するものと思っている。それだけ、詩は、人々から相手にされていないのだ。これは詩人の問題である。人々に共感を与えられる詩集があまりにも少なすぎる。詩の言葉に魂が入っていないのが多すぎるのだ。朗読にしてもしかりである。ただ声を出して読めば朗読と思い込んでいる。なさけない話だ。声を鍛えなければ、人の心には届かない。もっともっと詩人は自分の魂と闘うことだ。

2007年6月25日 (月)

日記

部屋にクーラーをとりつけた。これで暑い夏も快適に過ごされそうだ。
それに詩集「見果てぬ夢」も出来上がってきた。医療費を稼ぐために、この度は謹呈にしないことにした。これを売ってなんとか医療費を捻出しなければならない。今の私は無収入の身の上である。生活保護を受けられい以上、気ままに生きるしかない。詩人たちから田川はケチダといわれてもかまわない。なにしろ生きて生きて生きている間は、詩を書き続けたい。「未来への旅」の三部作を完成したいのだ。生活保護を受けてしまえば、詩集など上梓できなくなる。そして詩誌「操車場」でもいくらかの収入を得ない以上、これも発行が出来なくなる。厳しい状況なのである。
この「見果てぬ夢」はとても良い詩集だ。自分で言うのも変な話だが・・・。もう詩人たちのために詩を書く必要もない。本当に生きたいと思う人々のために私は詩を書き続けていたい。そしてそれを語って生きたい。詩は、詩人のためにあるのではなく、詩を求めている人たちの為にある。この詩集は部数が少ないので、お早めに買ってください。
お申し込みは、川崎市川崎区鋼管通3-7-8 2F 漉林書房まで。頒価2200円。

2007年6月24日 (日)

日記

末期癌と診断されてから今日で二ヶ月になる。こうして生きていることが不思議でならない。この二ヶ月間の間に、詩誌と詩集を作り上げた。7月からは詩語りが始める。本当に身体が大丈夫なのだろうかと思う。胃癌のために、腹に力が入らない。声も以前の半分しかでない。でも心の奥から語れる仕方を作り上げたいと思っている。それにはやはり稽古を積み上げるしかない。気持ちだけでは詩語りはどうにもならない。芸というものはそんなに甘くはない。自分の行いたいことをするのが癌に抵抗力をつける秘訣だと思う。ミニライブが出来る場所があったら紹介してください。
次の詩誌の原稿もほとんど集まった。次号が楽しみだ。詩誌・操車場に参加なさりたい方は、会員になってください。
それから、詩集出版記念ライブの予約受付をけています。人数に制限がありますので予約はお早めにお願いいたします。場所はストライプハウスギャラリー。7月23日(月)・7時30分からです。

2007年6月23日 (土)

日記

詩誌・操車場を30部増刷する。合計130部になる。手作り詩誌は、気軽に増刷できるから作る方からすれば楽しい。
抗癌剤が効いているのか、このところ胃の痛みは少なくなってきた。その変わり、食事が思うようにとれない。胃に食べ物が入らないのだ。身体を維持するために豆乳や野菜ジュースなどを飲んでいる。胃の痛みがなくなったお陰で詩語りの稽古ができそうだ。そろそろ来週あたりから始めなければと思っている。今月あと一回の抗癌剤の治療がある。7月は抗癌剤の治療がない。
9月に生まれた柏崎で詩語りライブができそうだ。そのためにも、生きる気力を高めていかなけてはならない。その前に7月23日のライブがある。一日一日を大切にして生きていればそれでよい。先のことはあまり考えないことだ。出来ることを一つ一つ確実に行っていくことだ。

2007年6月22日 (金)

日記

癌で苦しんでいる方、家族の方が癌になって生と闘っている方々を大勢いる。癌で苦しんでいるのは、私だけではなく、この癌と闘っている人たちと共に私は生かされている。知り合いの人が、癌にかかって何十年生きた。そんなことなど意味もないことばである。癌患者は、いま生きていられることが大切なのである。未来の話をしても虚しいものだ。癌との闘いは、家族の大きな後押しがなくてはならない。その苦労は並大抵ものではない。詩人は、この重さに耐える言葉を生み出せるのだろうか。詩人どうしのつまらない詩論などに振り回されている無意味さをこのところ痛感にする。癌がわたしを生かしてくれている。真の言葉を捜す旅に出ることができたのだ。癌に感謝をして生きよう。

2007年6月21日 (木)

日記

昨日、退院する。一日入院。痛め止めの注射をうつが効かず、二度目の注射でやっと効く。痛みが治まると、癌であることが嘘のように思えてくる。不思議な気持ちになる。抗癌剤の治療のとき、眠気が起こり幻覚表情にかられた。まるで死後の世界をさまよっているかのようだった。お昼ごろ帰宅。手紙の整理やないかで時間をつぶした。そのためにブログができなかった。夕方古本屋にいって癌に関する本を買ってくる。話は古いが、癌と闘う人間の生き方に学ぶべきものがあると思う。最近の癌治療は発達している。どこまで発達しているのか私にはわからないが、最後はその人の生命力の問題だと思う。
詩誌・操車場を私と共に行いたい人を募集しています。いい詩誌を作りたい。人に感動を与える詩誌を作りたい。

2007年6月19日 (火)

日記

漉林ミニ通信5号・6号ができました。読みたい方は80円切って二枚をいれて注文してください。
今日一日入院です。胃の痛みは相変わらず続く。
詩誌・「操車場」好評。粒ぞろいの作品が集まっているとの評判。質のいい詩誌つくりを目指して行きたい。参加者は、真剣勝負の作品をお願いしたい。それから癌にかかっている詩人たちとの交流を広げたいと思っている。死と向き合った者こそが描ける世界を求めて。現代詩のつまらなさは消費文化の中で行われているからだ。だからくだらない知名度を求めたり、知名度のある詩誌に参加したがる。つまり主体性のない詩人が多すぎる。地方都市で詩人を呼んで赤字にならないのは谷川俊太郎だけしかいないと聞く。これもなさけない話だ。

2007年6月18日 (月)

日記

昨日座間谷戸山公園に行く。自然の中で身体を癒すことは大切なことである。ここでオニヤンマを見た。何年ぶりのことだろう。自然を守ることの難しさを感じる。ビオトーフの実修も行われている場所でもある。星の谷観音堂跡は、気のやすまる不思議な空間であった。お弁当を持っていったがほとんど食べられなかった。3時間ほど散歩をして帰宅する。この次は、本当の自然の中を歩いてみたい。

2007年6月17日 (日)

日記

久しぶりに三味線を弾いてみた。もう何ヶ月も弾いていなかった。7月のライブには、三味線で弾き語りをおこないたい。あくまでも身体の調子がよければの話だ。坂井のぶこと私とで「見果てぬ夢」を語りたい。生まれてはじめての出版記念ライブだ。お客が来てくれるだろうか。
詩誌・操車場は、書き手と見舞金を頂いた方々にお送りした。それにいくつかの詩誌にも送った。100冊近く送る。まだどこからも反応が来ないが、もし出来たら感想を聞かせてもらいたい。癌患者にとって、少しでも生きていく上に励みにでもなれば、精神的にも強く生きられる。癌とともに生きることは、苦しいけれども、また楽しいものだ。楽しみを夢に見て生きていられる間は死について考えなくてすむからだ。

2007年6月16日 (土)

日記

6月13日の新聞に癌の広告が載っていた。それも見開き全ページにだ。「癌に教えられる」広告主は宝島社である。

笑が癌細胞を減らす という説がある
癌は不思議だ

末期癌を宣告されて 十年以上生きつづけた人がいる
癌は怖いけれどひしぎだ

という文章が載っている。
癌は、現代医学と、自然療法とあとは自分の生命力がいったいとなって闘わなければ、癌を克服できない。
昨日痛みが激しかったので痛め止めの薬を飲んだが、まったく効果が無かった。少し怖くなってきた。ほとんど眠れない日々が続いている。末期癌者がどう生きてきたか知りたいものだ。いま私はこんにゃくを温めて胃を温めている。他に痛みを緩和する治療があったら、教えてもらいたい。できるだけお金のかからない方法で。癌の治療はいろいろとお金がかかる。自然食品にしてもしかりである。癌はカネを食う虫であるといいたい。いま私の心を支えてくれるのは、詩誌・操車場の発行である。一人でも多くの方が会員になっていただけることが私の生きる励みにもなる。

2007年6月15日 (金)

日記

末期癌で、困るのは浸潤が出来ることである。胃カメラで見てもはっきりみえた。傷ができてそこが赤く腫れているのだ。痛みはそこから来るのであろう。そしてそこから他に転移するともありえる。末期癌は大変なやっかいものである。そしてその浸潤が栄養分を横取りにする。つまり痩せる原因を生んでいる場所である。だからやたらに痛め止めの座薬は使えない。退院した翌日から痛みは始まる。病院で傷め止めの点滴をするしかない。

田川紀久雄の手作りの美しい詩誌・操車場が創刊されました。
一部500円です。参加者は、倉田良成・坂井信夫・池山吉彬・坂井のぶこ・高橋馨・野間明子・保坂成夫・田川紀久雄です。付録に・漉林ミニ通信がついています。
発行部数100部のみの限定です。
会員募集中。会員のみが参加できます。作品を載せたい方は、ぜひ会員なってください。

2007年6月14日 (木)

日記

昨日3時に退院。胃カメラを急遽おこなったので帰宅が遅くなった。癌が他に転移していなかった。座薬は悪し。使いすぎるとその薬が身体になじみかえって痛みをます結果にもなるということ。なぜ医師は早くそのことを教えてくれなかったのか。やはり痛み止めは身体に副作用を及ぼす。ではどうすればよいのか。痛みは我慢ができない。癌と闘うことの苦しさがある。いまこうしてパソコンに向かっていても胃が痛む。昨日操車場の仕事に精をだしたせいかもしれない。でも操車場は完成したのだ。すべて一人作業であった。次号の〆切りは7月10日までとします。会員の方は原稿をお送りください。参加資格は会員のみです。会員募中。 田川紀久雄

2007年6月12日 (火)

日記

座薬は、痛みに効くがやはり問題がある。人のよってことなるのかもしれない。
知人から紹介された痛みの緩和療法を紹介する。これは民間療法なのだと思う。こんにゃくを温めて痛みの箇所に当てるだけでよいというもの。こんにゃくは思ってより温めの時間が持つということ。それに柔らかいために気持ちもよい。癌は熱に弱い。この方法はすぐには効果がないかが、のんびりと時間をかけて行えば、癌にも効くと思える。東条百合子の自然食療法があるというが、私は彼女の本を読んでいないので、いまのところなんともいえない。
今日は一日入院である。抗癌剤の治療日。明日退院の予定。帰宅したら赤字の校正ゲラが戻ってきているはず。すぐにコピー印刷に取りかかれると思う。来週の初めには操車場の発行ができそうだ。送るさきは、書い手と、カンパを頂いた方。それに30冊ほどは同人詩誌関係に。
これを打ちながらも痛みはある。癌が治らない以上は、痛みから逃れられない。 田川紀久雄

2007年6月11日 (月)

日記

座薬がなくなったので、昨日(日曜日)病院まで貰いに行く。若い医師しかいない。なんとなく心もとのない態様である。一度座薬を使い始めると。だんだん使用時間が短くなる。最初は一日に一回だったのが、次には12時間おきになり、その次は7時間おきになってゆく。痛みはキリで胸を突き刺されるような感じなのでどうしても座薬を使えざるをえない。
癌との恐怖の闘いが始まったのかと実感しないではいられなくなってきた。
宮脇昭氏のホームページを開いてみる。日本でいちばん木を植えてきた人物。企業は金儲けだけするのかと思ったら、このような企業のあり方があったのだ。
ただ単に金儲けする折口氏(コムスン)とはまったく企業そのもののあり方が違う。
自然と共生を求めている企業が少しづつ増えている。確かに未来は絶望的だが、ここで人間としてあきらめたらほんとに人間失格になってしまう。自然と共生を求めようとしている人がいる限り、かすかな望みに私たちは夢を託したい。 田川紀久雄

2007年6月10日 (日)

日記

昨日は、激痛に襲われた。これが癌と付き合うといことか。この痛みは、他の痛みとはまったく異なる。座薬を一度使い始めると、また数時間後に使わなくてはならない。一度パンドラの匣をあけるともう次から次へと痛み止めの薬を使わなくてはならないのか。このよな時は版下の作成の作業は苦しい。
詩誌・操車場の第一号の原稿の締め切りを10日で終わらせて頂きます。第二号の原稿は7月の5日まで受付ます。参加したい方は、作品をお送りください。パソコンのお持ちの方は、かならずフロッピーを同封してください。詩誌・操車場の会員を募っております。 創刊号は7月1
日発行です。頒価500円(送料200円)です。 田川紀久雄 

2007年6月 9日 (土)

日記

癌は確かに怖い病気である。だからといって怖れてはならない。私は末期癌である。助からない身体かもしれない。でもそのことを考えない。今日精一杯生きようと思うだけだ。自分のやりたいことのみしかしない。つまり我儘に生きている。生きることの根本をみつければ、癌など怖れることはない。人はいつか死ぬのだから。死ぬときはその人の寿命なのだ。だからその寿命まで楽しく生きればよいのだ。私のとっての人生の楽しみは詩語りを行うことだ。そのための努力なら身体を酷使してもいとわない。つまり毎日充実した生き方ができれば癌に脅えることはない。確かに身体の痛みはある。下手な薬を頼るより、自分自身の治癒力を高めることだと思う。それは人生に目標を持って生きることだと思う。次から次へと私は進んで生きている。田川紀久雄は死に急いでいるのではないかという人もいる。そうではない。生きる日々が充実しているだけなのだ。だから末期癌でも、死のことなど少しも考えたりしない。今やることだけを行っているにすぎない。

市民税の請求がきた。年間24000円。いままで免除されていたものが、なぜ24000円支払うのかわからない。仕事がないのに、それに毎月の医療費も大変なのだ。これでは弱者いじめ以外のないものでもない。政治とは、弱い者を苦しめるためにあるように思える。癌といわれたときより、頭に来た。怒りが爆発しそうだ。 田川紀久雄

2007年6月 8日 (金)

日記

昨夜、急に胸に痛みにおそわれる。坐薬を使用する。昼間詩誌・操車場の仕事をやっていたのが原因なのかもしれない。パソコンを無理して打つのは身体によくない。パソコンをおもちの方は、フロッピーを原稿と一緒に送ってくれればありがたい。このところ夜中ほとんど眠れない。癌と共生して生きることとはそれなりにしんどい。かつての同人雑誌の仲間達からカンパをしていただいた。友は有難いものだ。治療費にたすかる。彼らは、プリンタ代として送っていただいた。Hさんたちありがとう。操車場の原稿もほぼ集まった。残りの原稿は15日まで待つ。7月1日に創刊号を発行したい。 田川紀久雄

2007年6月 7日 (木)

日記

身体が痩せて、肌の艶までなくなってしまった。2日まえから身体全身にオリーブ油を塗り込んだ。見る見るうちに身体に艶がでてきた。肌が油を欲しがっていたのだ。お腹の周辺は以前のような艶に戻ってきた。入院していれば、このような家庭治療ができない。それに漢方を取り入れた食事も、それなりに身体に抵抗力をつけてくれる。現代医学とうまく付き合っていくしかない。とくに末期癌の私は、自分に出来ることはなんでもしたい。確かに食事代も以前よりかかる。収入のまったくない私にはつらいことだが、友人たちのカンパ代でこの危機状態を乗り越えてゆきたい。そして7月の詩語りに向けて体力をつけてゆくことが今の私の仕事である。 
漉林総目録が手作りできあがりました。欲しい方は500円プラス送料200円でお分けいたします。部数が少ないので早いもの順です。漉林の数冊が不明なので、完璧な総目録ではありませんが・・・  田川紀久雄

2007年6月 6日 (水)

癌との付き合い方

癌との付き合い方の中でもっとも大切なことは、いま精一杯生きることである。明日のことなど考えない。明日は明日になってから考えればよい。できれば自然の中で生活が出来ればよいのだろう。私は臨海川崎に住んでいる。排気ガスや工場からの煙で癌患者が住むところではない。散歩も出来ない状況だ。産業道路の交差点で、アザミにてんとう虫を見つけた。こんなところにも生き物がいる。不思議な感覚にかられた。どんな状況のなかでも生きていく生命力を持つことが必要なのだと痛感。生命の弾き語りや、生命のお話をしたい。呼んでくださる方がいれば喜んでゆきます。 田川紀久雄

2007年6月 5日 (火)

巡回朗読会の日程決まる

7月23日(月)ストライプハウスギャラリー。田川紀久雄ゲスト坂井のぶこ。詩集「見果てぬ夢」の出版ライブ。天童大人さん有難う。
昨日CTの検査を行う。現代医学には、かならず副作用がともなう。だからこそ体力を付けなければならない。結局は自己との闘いでもある。今を真剣に生きることしかない。抗癌剤やいろんな検査のおかげで身体はやせていくばかりだ。これは自分でも悲しい。
今日は胸が痛く、夜はほとんど眠れなかった。
プリンターが故障してしまった。お金がない時に起こる事故だ。はやく詩誌「操車場」を出したいのに困ったものだ。なんとかしなければ・・・。 田川紀久雄

2007年6月 4日 (月)

日記

昨日横浜の中華街に行く。薬膳の材料をもとめに。現代医学だけに頼っていては、癌は治らない。「生命への旅」の詩を書くにも、体力を少しでもつけなくてはならない。今一瞬を大切に生きていくためには、何をなすべきかを考える。長生きしたいと考えないこと。いま生きていることの幸せを感じとれればそれでよい。そして一篇でも多くに詩が書けたらそれでよい。
いま漉林の総目録を作っているが、数冊わからない号がある。不備があるが、いま出来ることをしておきたい。今週中には、手作りで数十冊作る予定である。欲しい方がありましたら、送料込みで500円でお送りいたします。 田川紀久雄

2007年6月 3日 (日)

日記

癌になると気が短くなるのだろうか。最近すべてのものに対して苛立ちを感ずる。入院するまえは血液型はO型だと思っていた。なにしろ両親がO型なのいだから。しかし病院で検査したらB型であった。性格ものんびりしていたからO型だと信じていたのだ。それがあなたはB型だといわれ驚いてしまった。末期癌と闘って生きぬくことは並々ならぬ努力が必要なのだと痛感する。まず、無理をしないこと。とっても私の性格では無理な話だ。やりたいことがあまりにも残されているからだ。いまこの文章も朝の4時半に書いている。夜もろくに眠れない。あれこれと考えているからだ。
今週には詩集「見果てぬ夢」の版下をは斑猫書房に渡せる。一つの夢を一つ一つ行ってゆきたい。次は詩誌「操車場」の創刊号の発行だ。依頼した原稿がまだ集まらない。精神的にもいらいらしている。それから漉林の総目録を作ることだ。ああ、毎日が忙しい。それなのに身体が思うように動かない。 田川紀久雄

2007年6月 1日 (金)

日記

昨日、パソコンで仕事している途中急に腹痛に襲われた。2時間ばかり動けなかった。根をつめて仕事はできそうもない。
詩誌・操車場の原稿があつまらない。他者を相手にしていたら今の私は生きていけない。一時一時を大切に生きていたい。そして今の自分の生き方をどんどん書きこんでゆきたい。生きていることの大切さを噛みしめながら一瞬一瞬を真剣に生きたい。
私と一緒に作品を詩誌・操車場に載せて方は、原稿をお送りください。月刊詩誌です。詳細は田川紀久雄まで。操車場の参加の案内をお送りいたします。  田川紀久雄

2007年5月31日 (木)

日記

5月29日
朝食食べられずに、9時半に病院に一泊入院をする。午後も食事を半分残す。
血液検査・レントゲン・心電図・尿検査を午前中に行う。午後から抗癌剤の治療を行う。夕食は美味しく食べられた。
5月30日
担任の大塚先生と話し合うことが出来た。本当のことを教えてください。10月のライブは可能だということ。6月4日にCTを撮ってみて、次の抗癌剤を決めていくという。12時に帰宅する。詩集・「見果てぬ夢」の校正ゲラを直す。游星社の保坂さんが、企画で出版してくれるという。売れたら後で印刷代を返してくれればよいとのこと。売れなければそれまで。でも私は病院代を稼がねばならない。何としてでも売らねば生きていけない。出版ライブでも行いたい。天童さん7月に巡回朗読会をやらせてもらえないかね。 
詩誌・操車場に金子啓子さん野間明子さんが参加してくれるという。有難い。    田川紀久雄

2007年5月29日 (火)

日記

今日は、一日入院です。抗癌剤の治療がいくらか効いているのか、胃の痛みはずいぶん緩和されました。気になるのは体重があいかわらず減りつづけていることです。
詩誌・操車場の第一号の原稿の〆切りは6月15日です。会員になりたい方は、田川紀久雄までご連絡ください。会費無料。参加費5000円です。末期癌と闘いながら詩誌を発行してゆきます。  田川紀久雄

2007年5月16日 (水)

詩を書いています

 田川さんは詩を書いています

「 病院にいるとほかにすることがないよ。ぼけっとして詩の言葉が浮かんでくるのを待つんだ。だけどなかなか浮かんでこないね。」

 そんなことをいいながら一日一篇くらいのペースで書き進んでいます。私が褒めるのもなんですけれどなかなかいい詩です。もしも詩集にすることができましたら、お買い上げよろしくお願いいたします。

 抗癌剤治療が昨日から始まりました。午前中医師の立会いのもとで投与して、午後からは点滴、初日は無事に過ぎました。ご飯も八割がた食べられたそうです。治療がはじまってかえってほっとしたせいもあるのでしょう。これから先どうなるのか、生きている一日一日が宝物のように思えるこのごろです

                                         坂井のぶこ

 

2007年5月14日 (月)

通信は一方通行です

朝早く田川さんから電話がはいります

 病院へ電話を掛けるわけにはいかないので、いつも待ちの状態です。

 「窓の外を大きなサギが二羽飛んでいたよ。白くなくて青っぽいんだ。あれ名前はなんていったっけ

 手元においてある『野鳥小図鑑』をひらきます。青っぽくて大きなサギは一種類しか載っていません。

「それはね、たぶんアオサギ」

「ふうん、あのサギはよく見るんだけど二羽で飛んでいるのは初めて見た。こんなに自然が少なくなってどこもかしこも汚れているのにいったいどこにいくんだろうね。もう起きてたの」

「目は覚めてたけど布団の中にいた。ちょっと疲れてたから」

「オレ、昨日の夜熱がでたよ。38度。氷枕貰って寝た。」

「大丈夫」

「うん、大丈夫。まだ寝てな」

「じゃあ、あとでいくね」

 毎日こんな感じで話しています。今日は大腸の検査を夕方からするのだそうです。病院へ行くころにはアオサギをテーマにした詩が一篇出来ていることでしょう。

                                          坂井のぶこ

2007年5月12日 (土)

朝、キジバトが鳴いていました

 4時に目が覚めました。あたりはもう薄明るくいろいろなものがぼんやりとみえます

 今日は田川さんが午前中だけ帰ってくるのでお粥をつくろうと米をといでいたら、キジバトの鳴き声が聞こえてきました。ボーボボッボー、ボーボボッボー、キジバトの鳴き声はサンバのリズムににています。雨模様の日になくことが多いのですが今日のお天気はどうなのかな。

 大丈夫、私は大丈夫。心のなかでそう繰り返しながら毎日を過ごしています。この状況にももうじき慣れることができるでしょう。

 漉林の残りの仕事も少しずつ片付いてきています

                                            坂井のぶこ

2007年5月10日 (木)

朝、田川さんが戻ってきました

 朝、一時的に田川さんが戻ってきました

 入院前に手がけていた「索」の直しをするためです。今のところは動けるし、病院も近いのでこういうことができます。久しぶりにいっしょに朝ごはんを食べました。なんとかめどがつきそうです。

 治療のほうはまだ検査が続いています。抗癌剤の投与まではいっていません。輸血と点滴の日々です。糖尿があるので食事は薄味。インスリンも打っています。これから長丁場になりそうです。淡々ととした心持でいたいものです。体も心も長持ちをさせるために

                                           坂井のぶこ

2007年5月 9日 (水)

今年最初のコウモリを見ました

 やっと一匹コウモリを見ることができました

 夕方7時ごろ、浜川崎駅の踏み切りを渡ろうとして見つけました。人の背丈よりちょっと上くらいの低空を飛んでいたので翼の輪郭がはっきりと見えました。しかし一匹だけです。去年まではこの辺を数匹飛び交っていたのに。

 そういえば今年は虫をあまり見ていません。蚊柱もたっていないし、モンシロチョウもハチもアリすらもいない。そして線路際の草が無残な枯れ方をしています。緑がいちばん美しいはずのこの季節、根元から褐色になり干からびているのです。自転車置き場のわきにススキが一株毎年生えてきていて、今年も新しい芽が伸びてきていたのに枯れてしまいました。あたりは死の世界。まさに小さな「沈黙の春」です。

 ここにはそれなりに草や鳥や虫からなる小さな自然が形作られていたのに、それすら壊されてしまいました。胸がつぶれる思いです。そしてもし薬剤がまかれたのだったら、人の体への影響も心配です。毎日たくさんの乗降客がこの踏切をわたってゆきます。毒性の強い物質は生物の体内で濃縮されます。たとえ今は無事でも長い時間をかけて循環し、食物連鎖の頂点にいる動物、そして人の体内で高濃度に蓄積されます。

 こんなに身近に簡単に毒性の強い薬物が使われてしまっていいのでしょうか。今しきりに取り上げられている煙草の害より、むしろこちらのほうが問題なのではと思うのです。

 猫もオナガもヒヨドリもカラの類もそしてカラスすら最近この辺では姿をみません。「生き物がいないよ」と話したら田川さんもさみしそうな顔をしたのです。

                                          坂井のぶこ

2007年5月 8日 (火)

有難うございます

日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心 Book 日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心

著者:飯倉 晴武
販売元:青春出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 お見舞いに来てくださった方、励ましのお手紙やお電話をいただいた皆様。有難うございます

 田川さんは今のところ、まあまあ元気です。話せて歩けるということは何にしても有難いことです。病院というのはとにかく寝るように出来ているところなのですね。本当にすることがない。テレビは一時間百円でカードを差し込んで見られるようになっています。なんだか昔の温泉旅館みたい。こうして病院へ通うのは二十数年前、父の手術のとき、付き添いをして以来です。新潟の燕三条の病院でした。あの頃は病院へ行くということがすごく重く感じられたけれど、今は楽です。家から歩いて十分という距離のせいもあるのかな。

 頑張って生きていきます。時々センチメンタルにもなりますが、そういう気持ちを又楽しんでいる自分がいます。

                                            坂井のぶこ

2007年5月 7日 (月)

少しずつ声を出しています

 田川さんは病院の談話室で少しづつ声を出しているそうです

 もちろん人のいない時。小声で宮澤賢治の童話など読んでいるそうです。「なんとなく以前とちがってきたよ」といいます。小声で読むと内容がじっくりはいってくるそうです。これから抗癌剤治療を受けて経過がどうなるか。九月にひとつ公演の予定がはいっています。それはなんとかやり遂げたいと二人とも願っています

 私もそろそろ準備をはじめようと思っています。なかなか忙しく日が過ぎてゆきます。柑橘類の花があちこちの庭や公園で咲きはじめ、甘い香りがただよってきます

                                              坂井のぶこ

2007年5月 5日 (土)

ツバメを見ました

 昨日、今年はじめてのツバメを見ました。夕方の六時ごろ、病院4階の談話室から外を見たら、ツイツイと二羽飛んでいました。ツバメが来るとなんだかほっとします。あとはコウモリ。今年はなかなか姿をみせないので心配なのです。

 田川さんはやはり癌でした。ある程度予想はしていたのですが、ショックです。来週から抗癌剤で治療をはじめます。今のところは静かな日々です。毎日病院へゆき、談話室で夕空をみながら話をします。それなりの日常が過ぎてゆきます。この時間を大切にしてゆきたいと思います。

 今度出す予定の通信は「漉林ミニ通信」と名づけました。ミニという響きがなんだか可愛いな、と自分たちで思っています。今版下を作るので悪戦苦闘しています。これまでは田川さんがやっていましたからね。がんばります。

坂井のぶこ

2007年5月 2日 (水)

温みのある声を

 温みのある声を出したいね。昨日田川さんと病院の談話室でそんな話をしました。人の心を包み込む声を出したいと思うのです

 声といえば一度異様な経験をしたことがあります。十数年まえのことなのですが、今も生々しく記憶に残っています。そのころ新宿駅で月一回ライブが行われていました。ゲリラ的なものではなく、確かJR主宰だったと思います。南口に観客数十人ぐらいが入れるスペースをつくり椅子をならべてのミニコンサートでした。そこにある時、沖縄の有名な歌手がきたのです。名人といわれた民謡歌手を父にもち、ヒット曲というよりロングセラーとして歌い継がれる唄を作詞作曲している人です。平和運動にも積極的に取り組んでいました。

 私たちは偶然通りかかって会場にはいりました。立ち見でしたが、超満員というほどでもなかったように記憶しています。コンサートはゆるやかに始まりました。メンバーの女性が高く澄んだ声でうたいます。三味線の糸を合わせる音にも情緒が感じられて長閑な雰囲気だったのです。

 中ほどに差し掛かってその歌手が歌い始めた時、雰囲気が変わりました。平和を訴えるメッセージと唄。歌詞はそんなに過激でないのに会場の緊張感が高まってきます。彼の声に心も体も乗せられて、このままいったら何が起きるのだろう、といった感じでした。振り向くと警備員たちの顔がこわばり、体を硬くしています。緩やかな曲から調子の早い曲にうつり、踊りだす人が出始めました。もう少しで会場の外にまでこの興奮が広がっていく、そのあわやというところで彼は声を収め、何食わぬ顔でコンサートを終えました。声の力、声の怖さというものを改めて感じずにはいられませんでした。

 戦後の詩人たちが声を否定したのもこの怖さを感じていたからでしょうか。今は誰でも抵抗なく人前にたちます。声を否定し、活字だけで堅固に構築してきたはずの戦後詩はどこにいってしまったのでしょう。なんだか物足りないのです。声の怖さを自覚してゆこうと私は思います。今は危うい時代ですから。

2007年5月 1日 (火)

また還ってきます

 『漉林』137号の発送も終わり、田川さんは病院へ戻っていきました。また必ず還ってきます。少し時間はかかるかもしれませんが

 詩を声に出して読む、ということについて文章を書きながら考えています。私が始めたのは1975年ごろからでしたけれど、あのころは、朗読をすると言葉が流れるし甘くなるからやめたほうがいいとよく云われたものです。私はそれらの言葉を右から左へと聞き流してしまって、根拠となる論理を尋ねることをしませんでした。今考えると惜しいことです。

 あるいは昭和の十年代、日本が戦争の泥沼に足を突っ込んでいった時期、戦意高揚に詩の朗読が利用されたその記憶がああいった言葉になったのでしょうか。声を拒否、封印して沈黙のなかを生きる、それはとても苦しいことです。あえてそういう道をすすむ方は今でもいらっしゃるのでしょうか。

 声は確かに怖いものなのです。それは暴力にもなりえます。人を良い気持ちにさせて思考を麻痺させ思い通りに操ることさえできます。それは諸刃の刃なのです。今、朗読をされている詩人でその怖さを自覚されている方がどれ位いらっしゃるでしょうか。

 人に聞いてもらうからには良いものをと思いますけれどその反面の怖さをよく考えていくことが必要です。自由と命の輝きを私は求めます。なにかに縛られ強制されて声をだすことはしたくありません。

 今の世相をみていると不安になってくるのです

2007年4月30日 (月)

漉林の発送をしました

 昨日、田川さんが一時帰宅で帰ってきて、二人で漉林の発送をしました

 お天気に恵まれて窓からはうららかな陽が射しこみ、なんだか長閑な一日でした。ちょうどタイミングよく漉林ができる日と帰宅日が重なりました。田川さんは今日病院へ帰ります。明日は胃カメラをのむそうです。

 部屋の外においてあるミニバラの蕾がふくらみ、ワイルドストロベリーも実をつけました。もうじき五月なのですね。一日一日を大切にしてゆきたいと思います。

                                            坂井のぶこ

2007年4月29日 (日)

「漉林」が出来ました

昨夜「漉林」が届きました

 今日は田川さんも一時帰宅する予定なので発送をします。

 昨日は午後から空が暗くなり、雷と雨がひどかったのです。夕方病院へいくころには雨もあがり、西の空は雲もきれて、夕焼けが美しかった。病院でみる夕焼けというのは心にしみます。ひとしお美しく感じられるのはなぜなのでしょう。

 田川さんは点滴と輸血の効果で顔色もよくなってきました。血圧が極端に低く、貧血、それに糖尿も重なっていたのだそうです。胃の上部にもしこりがあるのですが、これは切って調べてみないと正体はわからないということです。あれやこれやで最低一ヶ月は入院することになりそうです。郵便物や寄贈詩誌は私、坂井のぶこが病院へ持って行きます。なんやかや不手際もあるかもしれませんが、できるだけがんばりますのでどうか温かく見守っていただければと思います。

                                           坂井のぶこ

2007年4月28日 (土)

語りは小さな花

語りをするとき、私と人との間に小さな花がうまれます

そんな気持ちで今は詩を読んでいるのです。その花の根はけしていいところに伸びているわけではありません。産業廃棄物のあいだからやっとの思いで顔をのぞかせているサクラ、除草剤をまかれて渇ききった土のなかからかろうじて芽をだし、小さな小さな花を咲かせるスミレ。

そういった花をみていると叫びを感じます。咲くは裂くに通じますし、口をあけて声をだすことも、咲く、裂くに通じます。花は叫んでいるのです。それは赤ん坊の産声のようなものです。そして道端のどんな埃まみれの花でもやはり面白さを持っています。見ていて飽きることがありません。生きているものの一瞬の叫び。一瞬の輝き。そんなものを語りでだせればと思うのです。

2007年4月27日 (金)

漉林の発行が少し遅れます

漉林の発行が印刷の都合ですこし遅れています。出来上がりしだい発送する予定です。

昨日病院へいったら田川さんは点滴をしていました。入院患者の割には元気です。病院へゆく道すがら、夕焼けが美しく、久しぶりに見とれてしまいました

これは私事になるのですが、「江馬細香詩集『湘夢遺稿』」入谷仙介監修 門 玲子訳注 汲古書院発行。を手にいれました。江馬細香という人は江戸末期の女性詩人です。頼山陽というパートナーはいましたが、一生独身を通し、学問の道で身を立てました。漢詩なのでなかなかすんなり読むことはできないのですが、少しづつ進めています。凛としたなかに優しさと繊細さを秘めている、なかなか魅力的な詩です。いつか語りをしてみたいと思います。

2007年4月26日 (木)

近況

田川さんが入院しました

田川紀久雄さんが体調を崩して、検査のため入院しました。詳しいことはまだ解らないのですが血圧が極度に低くなってしまっているとのことです。体をなおして帰ってくるまでこのブログは坂井のぶこが書き込みをしてゆきます

 前回、好きなものを貯めるということで少し文章を書いたその続き。自分のスタイル、自分の声をつくってゆく、そのために少しづついろいろなものを貯めてこつこつ練習してゆく。それがだんだん結晶して人の心の琴線にふれるものが生まれてくる、私はそんなふうに考えているのです。自分の詩も声もただそのままそこにあるだけでは思い描いている世界には届きません。録音した声を聴くたびにため息をついてしまいます。

 それは何故か、どうやらそれは、自分からいちばん遠い芸の世界にひかれるということに原因があるようです。松永和風の唄にしても、杉村春子のセリフ術にしても、一生かかっても届かない遠い世界です。けれどもそういうものを頭においてすこしづつ自分の詩を口ずさんでいるとこつりと何かが引っかかってくる瞬間があります。それをつかまえる為に私は練習をしています。

2007年4月24日 (火)

好きな物を貯める 2

好きな物を貯める 2      坂井のぶこ

 私は人にちゃんと聴いてもらえる朗読をしたいと思う。そのために、自分の好きなもの、いいと思うものを心のなかに貯めていって、そこに近づくにはどうしたらいいのか、考えながら工夫していく。地味で愚直で長い時間がかかる。けれど私の場合にはそれしかない。

 真面目すぎるかなあ。面白くないかなあ。でもね、長いあいだ貯めてきたものというのはある瞬間にあふれだす。蓄積されていたものが形になって表にでてくる瞬間はやはりうれしい。

 今は自然のなかに溶け込む声。というのを考えている。風の音、波の響き、植物の息遣い。そういったもののなかをどこまでも伸びていく声。松永和風の「舟歌」を想いながら。

2007年4月22日 (日)

好きなものを貯める

坂井のぶこコメント
 色川武大の『虫けら太平記』を読んでいたらこんな言葉がでてきた。「良いと思った物をひとつひとつ貯めていくんだ。それで、どうすりゃそういう物ができるか、考えてみる。こいつァ大事なことだぜ」 そうだ、こいつは大事なことだ、と私も思った。朗読の場合にも同じことがいえるのではないのか。いろいろなものを見たり聴いたりして、良いと思ったら心の中に貯めこんでいく。どうしたらそういうものができるか考えていく。

 私もいくつか大切に貯めこんでいる声がある。もういちどそれらの声のことを考えてみたい。雅楽の「踏歌」。ディスカウやシュライヤーの唄う「冬の歌」。初代春団冶のスピード。杉村春子のせりふ術。それから松永和風の「舟歌」。

 まだまだいろいろ惹かれているものはあるけれどもとくに松永和風の「舟歌」は私にとって大切なもの。この唄をきいて自然のなかに溶け込む声というものを考えさせられた。

2007年4月19日 (木)

日記

バクダットで爆弾テロ 170人死亡の記事。
イラクは、これから何処へいくのだろう。
今の日本も富の分配で、ますます弱い人間が窮地に追い込まれようとしている。
銀座を歩いていりと、お年寄りのホームレスの人がビルの横でうずくまっている姿を見かける。その前をブランドものを身につけて歩いていろ若い女性が通っていく。胸が痛むが、今の私にはどうすることもできない。
詩の中で、弱いものの声を表現できないのだろうか。そして、それを声にして叫ぶことがいま大切なのではなかろうか。生きていることがとても辛い。

2007年4月13日 (金)

日記

巡回朗読会予定の三回が終わった。
一回やるたびに、一時間近くの詩作詩の朗読に体がなれていった。
初回は、やはり力が入りすぎたが、次第に自分のスタイルで自由に出来るようになっていった。三回にになると、一度きていただいたお客は、こないものだ。昨日は、たった一人のお客であったが、自分なりに納得のいく語りができた。私は誰もお客がいなくてもこの詩語りに人生を賭けてゆきたい。昨日は、詩集『越後』を語った。DVDの欲しい方は、1500円でおわけいたします。肉声のみの語りです。
いま、詩人で一時間自作詩を、本当に人に聞かせることのできる詩人が何人いるのだろうか。途中で解説や、おしゃべりをいれて行う詩人もいるが、朗読だけで勝負できる詩人のそういない。この巡回朗読会から、朗読だけで勝負できる詩人が生まれることを期待したい。

2007年4月10日 (火)

日記

昨日、坂井のぶこのライブがおこなわれた。
案内状50通を送ったのに、誰も来なかった。
いままで巡回朗読会の中でも、聴き応えあるライブであった。
ストライブハウスギャラリーの塚原さんも感動された。もう一度聞きたいという。天童大人も6月にまた、行ないたいと言った。これは伝説のライブになるかも知れない。
この日のライブのDVD(中国古典詩考)の欲しい方は1500円でおわけいたします。

田川紀久雄のライブが4月12日にストライブハウスギャラリーで行なう。人が集まらなくても、自分なりに最高の語りを行ないたいと思っている。

2007年4月 5日 (木)

日記

昨日、『詩と思想』8月号 特集・「詩人の肉声」の座談会が無事に終わりました。
夕方、東京には雪がふりました。それに激しい雨も降りました。白石かずこさんの話はなかなかユニークでした。
朗読に対して実力のある方々の話は楽しく面白く進みました。
その後、天童大人と私は山口真理子さんの巡回朗読会場へ直行。山口真理子さんの朗読も、心地よく聞かせていただきました。

今日のポエトリーヴォイスサーキットは天童大人です。
明日は、関口将夫
4月9日は坂井のぶこ
4月12日は田川紀久雄
肉声でお客の心を満たさせてくれる詩人たちです。

2007年4月 2日 (月)

日記

藤沢周平の短編小説を読むと心が落ち着く。
最近眠れぬ夜に藤沢周平の短編小説を読む。
以前は時代小説など読まなかったが、このごろは時代小説の方が面白くなってきた。
こころの病の人が電話をかけてくるようになった。
詩で、このような人の心に答えられる詩が書けるとよいのだが、最近詩が書けなくなりつつある。

2007年3月31日 (土)

日記

新聞の記事
集団自決「軍強制」を修正
原発不適切事例97件
本日の朝日新聞より

世の中は、ますます弱者切捨てになってゆく。民間の知的障害者施設の経営が苦しくなるばかり、このままいけば、どこも潰れかねない。安部政権の美しい国づくりは、弱者切捨ての中で行われている。
道徳問題でも、子供たちより大人たちのいじめがものすごい。これで子供に道徳が教えられるのだろうか。
現代詩は、社会的な価値評価をうけていても、人々の心はますます現代詩からかけ離れていく。もっと人の心に響くこころのあたたかい作品が必要ではなかろうか。言葉の優しい詩は、批判されるが、この言葉の優しい詩こそ、本当は書くことの難しい詩なのだ。それは頭だけでは、書けないからだ。精神と心がともわなければ生まれてはこない。
詩誌『漉林』では、ぬくもりのある詩を求めています。

2007年3月27日 (火)

四月の巡回朗読会

詩人の肉聲を聴く!
ポエトリーヴォイスサーキット(巡回朗読会)  <名称変更>
2007年 4月 開演 日程表

第57回4月2日(月) ギャルリー東京ユマニテ   
馬場駿吉
第58回4月3日(火) ギャルリー東京ユマニテ    
薦田 愛
第59回4月4日(水) ギャルリー東京ユマニテ    
山口真理子
第60回4月5日(木) ギャルリー東京ユマニテ    
天童大人
第61回4月6日(金) ギャルリー東京ユマニテ    
関口将夫

第62回4月9日(月)ストライプハウスギャラリー    
坂井のぶこ

第63回4月10日(火)ストライプハウスギャラリー  
藤富保男
第64回4月11日(水)ストライプハウスギャラリー  
笠原三津子

第65回4月12日(木)ストライプハウスギャラリー   
田川紀久雄

第66回4月13日(金)ストライプハウスギャラリー  
高橋睦郎
第67回4月14日(土)ストライプハウスギャラリー  
平岡淳子
第68回4月18日(水)ギャラリーアートポイント     
田中健太郎
第69回4月19日(木)ギャラリーアートポイント    
高柳 誠
第70回4月20日(金)ギャラリーアートポイント    
みくも年子
第71回4月21日(土)ストライプハウスギャラリー   
林 立人


ストライプハウスギャラリー、アートポイントギャラリーは

入場:19:00 開演:19:30 
ギャルリー東京ユマニテは、
入場:18:30開演:19:00

入場料 予約 大人 2,500円  学生 1,500円(学生証呈示)
     当日 大人 2,800円  学生 1,800円 (学生証呈示)

昨日ストライプハウスギャラリーで井上輝夫の朗読会がおこなわれました。
初めての朗読。彼の声は昔ながらの地声である。朗読が初めてだと感じさせない。多くの詩人たちに聞いてもらいたい声であった。この企画は、天童大人の眼の確かさを感じさせてくれた。

2007年3月24日 (土)

日記

詩の朗読について・・・
いま、詩人の中で本当に朗読について真剣に考え、行動をしている人が何人いるのだろうか。
他の世界と、渡り合える詩の朗読文化が生まれてこないものなのだろうか。
夢は、つねに大きいほどよいものだ。詩の朗読情況をみていると、無性に悲しくなる。
4月4日に、土曜美術出版販売社で『詩と思想』のために討論会を行う。長谷川忍司会で、ゲストが白石かずこ、そして参加者が小川英晴・天童大人、そして私が入っての予定である。いま行われている巡回朗読会についても話合われるとおもう。もっともっといろんな詩誌で朗読の特集を行ってもらいたいものだ。
坂井のぶこが朗読について原稿13枚を書く予定だ。

2007年3月22日 (木)

日記

『辻まことの世界』という本がある。
矢内原伊作編。みすず書房から出ている。
最初に、「虫類図譜」が載っている。朝、暇つぶしに読んでいる。

  友情
これはきれいな素晴らしい生物だ。青い鳥と一緒に住んでいると長い間信じていたが、それは嘘だ。

とある。最近このことが身にしみて痛感するようになった。

2007年3月20日 (火)

日記

本当に朗読は難しいものだ。

詩人の朗読は、どうしてもテキストに縛られてしまう。といって声の力だけにたよると、意味性が失われかなない。本当に難しい。
私の朗読方法は、語るに重点をおいている。といっても普通の意味での語るではない。たとえば義太夫的な語り方を思い起こしてもらえればありがたい。つまり節をつけて語るのである。それを私は苦土節と名づけている。
客の中には、先入観で朗読は、物静かに読むものだと思い込んでいる。そのような人が私の朗読を聴けば、批判的になるのも当然だ。私は、朗読の新しい可能性としてこの方法でおこなっている。人に誤解されようが、これをやり抜くことが私の道でもある。
私を批判する詩人たちに言いたい。いま現代詩人の中で、満足できる朗読を一度でも聴いた経験があるのですか、と問うてみたい。活字と朗読は別な世界である。
人からお金を取って(入場料)、朗読することを知っている詩人が、いま本当にいるのかといいたい。

昨日の大島龍の朗唱、楽しく聞かせていただいた。自然を唄う詩人が少なくなってきている。今週まで銀座の「ゆう画廊」で個展を開催中。彼に会える。

2007年3月17日 (土)

日記

昨日無事にライブが終わりました。

始まる直前まで咳き込んでいたのですが、語り始めたら、一度も咳が出ませんでした。これは喉から声を発しないからだとおもいます。つまり腹で息をする方法(腹式呼吸)だからだとおもいます。長い詩語りライブの中では、いろんな経験をしてきたおかげでなんとか乗り越えてきたと思っています。予期もしないお客も見えて、来ていただいた方々のは感謝の気持ちで一杯です。天童大人の企画にも感謝しております。

2007年2月28日 (水)

日記

今日で冬は終わる

二月も今日で終わる。今年の冬は東京では一度も雪が降らなかった。やはり環境破壊が進んでいる結果なのだろうか。

ラウンドポエトリーリーディングの名称は四月より、ポエトリーヴォイスサーキットに変わる。一時間自作詩を朗読する経験は、詩人にとって、これからの人生に大きなプラスになってゆくだろう。素人だから、これでいいのだという考え方は通用しなくなるだろう。声をお客に届けるとはどのようなことなのか、真剣に考えざるをえなくなる。そこから、真のヴォイスが生まれてくる。義理で聴きに来てもらっているうちは、本当の朗読ではない。やはりこの人の声を聞きたいというお客が集まってこそ、詩の朗読は成長しはじめる。

2007年2月22日 (木)

エッセイ 坂井のぶこ

鳥と猫
             坂井のぶこ

 二月の初旬、小鳥たちは飢えている。木の実はもう食べ尽くされた。十一月の柿から始まって、ネズミモチ、ピラカンサスへとすすみ、今はもうどの木も裸になっている。雀たちは地上に落ちた草の実をついばんでいる。ヒヨドリも時々混ざっている。だがこちらは野鳥のために人々が半分に切って置いているみかんなどをおもについばんでいるらしい。
 一月までたくさんいたメジロみお姿を見せない。セキレイもいなくなった。シジュウカラはよく鳴き声を聞く。ツツピー、ツツピー、ただし遠く高い木の上にいることが多いので姿をみつけるのが難しい。
 メジロはきっと梅や椿など、花を追って行ったのだろう。ここらへんは実のなる木は多いのだが、早春に咲く花の木が少ない。桜の咲くころにはまた戻ってくるかもしれない。
 そういえばキジバトの姿を年明けから見かけていない。いや一回ちょっとショッキングな形で見ている。
 JFEの敷地の中に「アウマンの家」という建物がある。資料館という看板が出ている。そのまわりの庭に四、五匹の野良猫たちが住みついていた。
 母さん猫が1匹、仔猫が二匹、それに父さん猫らしい牡猫とおsの兄弟猫。私はアウマンの家に行ってその猫たちの様子を見るのが楽しみにしていた。遊んだり、頭をぽかぽかたったきあったり、芝生の上を追いかけっこをしたり、そんななんでもない猫の日常が新鮮に感じられた。
 ところがある日、アウマンの家の軒下に大量のハトの羽が散らばっていた。色の模様からしてどうもキジバトのようだ。生え変わる為に抜けた羽にしては量が多すぎる。何かが根元について固まりになっている。まさか、この猫たちが狩をしたのか。
 ショックだった。目の前ではお父さん猫が仔猫のエサをゆずっている。ほのぼのとした光景。同じようにキジバトも分けあったのだろうか。
 しばらくして猫たちの姿が消えた。いつもなら駆け寄ってくるお父さん猫も。仔猫を二匹つれたお母さん猫もいない。テラスで日向ぼっこをしていた他の数匹も見えない。何があったのだろうか。やはりあの狩がたたったのかもしれない。人間がエサをやryことで野猫が増え、それが野生の生き物を捕食し、見咎めた管理者が処分した可能性としてはそれがいちばん大きい。
 キャットフードをやっていた私にも責任がある。しかし、猫たちのいない光景は淋しい。あいつらには罪はない。
 
キジバトが姿を見せないのも気がかりだけれど……。

2007年2月12日 (月)

最近読んだ本

世界の環境危機地帯を往く

マーク・ハーツガード著 忠平美幸訳

発行所 草思社 本体2800円

世界は瀕死状態であることを思い知らされる。

泉は涸れず(上・下)二冊

森本季子著

日本・聖心侍女修道会のあゆみ

発行社 中央出版社 2500円(セット価)

信仰について考えされた。戦争はいかに人間をくるしめるか。