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2025年6月30日 (月)

t6阿川菊を通信

昨夜朗読ん難しさの夢を見た。子供の前で語ったいるのだが、言葉にならない朗読をしていた。不思議な夢だ。まだまだ未熟なのだということだろう。

2025年6月29日 (日)

田川紀久雄通信

詩語りがどこからも反応がないとうことは孤独その者である。その孤独に負けてはならない。風の聲の中に美しいひかりが存在している。それを語って行こう。

2025年6月28日 (土)

田川紀久雄通信

咽喉の調子がまだおかしい。ひかりとは生きる希望を持ち続けることである。詩語りもその一つである。これは幼少時代の苦い経験が生み出したものである。反応がなくても行えた。

2025年6月27日 (金)

田川紀久雄通信

昨日は天気予報が外れた。雨だと私の足では歩けない。昨日の夕方咽喉が詰まってしまった。苦しい思いをした。朝も背中が痛む。 気を付けなければならない。

2025年6月26日 (木)

田川紀久雄通信

本日のライブは中止です。7月3日に延期です。

2025年6月25日 (水)

田川紀久雄通信

明日ライブの日だ。晴れるといいのだが。屋根の工事も来ないだろう。明日のためにテキストを何度でも語ろう。

2025年6月24日 (火)

田川紀久雄通信

CDを送っても何の反応がないのは寂しい。詩か語りなど所詮そのようなものだ。コピーが故障した。直しの部品がないという。足が悪いので買いに出かけられない。屋根の工事で詩語りの稽古もできない。

2025年6月23日 (月)

田川紀久雄通信

午前中は介護施設に行く。自分の聲がどのように他者に伝わっているのだろうか。詩人の聲のライブはお客が集まらないのでそのことが全く分からない。やはり不安でならない。その中で出来るのはひたすら精進するしかないということだ。自分を信じてライブを行うしかない。

2025年6月22日 (日)

田川紀久雄通信

何度も同じものを練習していると、途中で落とし穴に落とされることがある。そのようなときは、練習を中止するしかない。新鮮な気持ちで行うことが求められる。26日のライブ迄あと五日だ。美しいひかりを求めて頑張ろう。

2025年6月21日 (土)

田川紀久雄通信

ライブ迄あと数日だ。いくら語っても満足のいく語りはできない。それでよいのだろう。毎日ができるものでもない。木と金曜日は相棒が家にいるのでできない。今日からは家の屋根の工事が始まる。ぼろ屋なのでお金がかかる。大変だ。

2025年6月20日 (金)

田川紀久雄通信

CDを介護施設に渡す。なるべく詩人でない人に聴いてもらいたい。妹の願いが込められている。雑音が入っても自分で制作をすれば安く作られる。要は他者に聴いてもらうことに意味がある。

2025年6月19日 (木)

田川紀久雄通信

聲の調子が安定しない。ひたすら丁寧に語るしかない。Uさんが照井さんと7月にライブを行う。とても楽しみだ。私なら色んな構成があるが、どうするのだろう。照井さんの聲は特徴がある。素晴らしい聲の持ち主である。私も照井さんと行ってみたい。

2025年6月18日 (水)

田川紀久雄通信

少しつづCDの発送をおこなう。聴いてくれる人がいるのでありがたい。

2025年6月17日 (火)

田川紀久雄通信

急に暑くなった。朝から暑い。8月になったらどうなるのだろう。集中力が衰える。

稽古も思うようにいかな。。友達から手紙がきたか、大変な状況に追い込まれている。年齢には勝てない。

2025年6月16日 (月)

田川紀久雄通信

午前中は介護施設に行く。今日は30度を超えるという。夏になったらどうなるのだろう。暑さに身体がなれるまで時間がかかる。また聲がでなくなった。あまり気にしないことだ。

2025年6月15日 (日)

田川紀久雄通信

詩の朗読はテキストを聲にして表現することである。ただそれだけのことである。それが難しい。テキストを表現する聲を持たねばならない。またテキストは聲を生み出す要因でならなければならない。この兼ね合いに苦労する。

2025年6月14日 (土)

田川紀久雄

CD「風の聲」ができた。手違いで遅れてしまった。聴くとちょっと力みがちであった。ライブで満足する出来栄えはない。月に一度のライブでは思うようにできない。でもCDが残せることは嬉しい。聴いてくれる人にプレゼントします。ご感想を頂ければ幸いです。

2025年6月13日 (金)

田川紀久雄

いくらかでもお金の入るライブをおこないたい。それにはスポンサーを見出さなければならない。部屋に閉じこもっていては何もできない。詩語りライブを聴いてくれる人が居ない以上無理だ。未来が何も見えてこない。

2025年6月12日 (木)

田川紀久雄

今日は介護施設に行く。行くのに疲れを感じる。孤独とは何かを求めて居る状態なのかおしれない。それは美しいひかりであると思う。ライブでは詩人山本陽子について語ってみたい。

2025年6月11日 (水)

田川紀久雄

テキストを語れば語るほど難しくなってくる。そのことがまた楽しい。26日はライブを行う。聴いてもらいたい。

2025年6月10日 (火)

田川紀久雄

関東も梅雨にはいたようだ。屋根の修理は来週になるという。家も古いのでお金がかかる。わずかな年金では生きているのがやっとだ。

2025年6月 9日 (月)

田川紀久雄

ライブのためには作品を100回以上語らなければならない。一回語るのに約1時間近くかかる。それでも足りない。テキストを自分のものにするまで語る必要がある。

2025年6月 8日 (日)

田川紀久雄4

これから雨が多くなる時期だ。身体がだるい。詩人は自作詩を語る。それゆえに古典芸に負けないように努力しなくてはならない。作品に味をつけるためにも200年はかかる。死ぬおもいでやっても到底かなわない。今は良い芸に触れることだ。

2025年6月 7日 (土)

田川紀久雄

人前で行わない芸は芸とは言えない。普通の詩人は年に一回あればよい方だろう。これでは朗読などとは呼ばれない。詩人の聲でもほとんどお客は来ない。これでは芸など生まれて来ない。寂しい世界だ。

2025年6月 6日 (金)

田川紀久雄

眼が全体に見えにくくなっている。テキストの字も見ずらい。老いがどんどん迫ってくる。それでも詩語りの情熱は衰えていない。

2025年6月 5日 (木)

田川紀久雄

今の私は朋は誰もいない。だから詩語りも誰も聴きに来る人もいない。寂しいが仕方がない。「美しいひかり」では山本陽子について少し語っている。彼女も誰も朋がいなかった。いや朋を必要とはしなかった。

2025年6月 4日 (水)

田川紀久雄

言葉を一つづつ磨がいてゆく。ライブの日まで根気よく行う。数人でも聴きに来てくれればと思う。今の私の詩語りは語り芸になっている。

田川紀久雄

言葉を一つづつ磨がいてゆく。ライブの日まで根気よく行う。数人でも聴きに来てくれればと思う。今の私の詩語りは語り芸になっている。

2025年6月 3日 (火)

田川紀久雄

テキストの主題がはっきりとみえてきた。それに向かってひたすら語り込む。語りの本当の楽しさがわかった。

2025年6月 2日 (月)

田川紀久雄

今日から「美しいひかり」を語っていける。苦しみを越えていく生き方を語ってゆきたい。詩人たちからも見放されている「詩人の聲」それにも負けずに語り込む。CD「風の聲」も今週中に出来上がる。是非聴いてもらいたい。

2025年6月 1日 (日)

田川紀久雄

26日のライブのテキストを何度となく手直しをする。Ⅰ週間かけて語りのリズムを捕まえる。今日から語りの練習を始める。

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