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2024年1月27日 (土)

漉林書房通信

急遽入院することになった。

2024年1月26日 (金)

漉林書房通信

昨日のライブは最高の出来栄えであった。築道さんが付き添ってくれなかったら、転倒していただろう。本当に助かった。彼の優しさに感謝する。これも倉田さんのおかげだ。なんとか歩けるようにしたい。詩語りができた歓びで眠れなかった。震災にあった人たちが一日も早く日常を取り戻されることをねがった語った。

2024年1月25日 (木)

漉林書房通信

ライブに行けそうだ。築道さんが付き添ってくれる。ありがたいことだ。いい加減な詩語りはできない。聴き手の心を和ます語りを行いたい。朗読に対するアドバイスは可能性ある詩人には厳しく言うが、才能のない詩人には何も助言をしない。私が求めているのは生命讃歌といのちのひかりである。困難な状況の中でも生きることに真剣な戦いに挑んでいく。詩人の聲はいのちのひかりそのものである。

2024年1月24日 (水)

漉林書房通信

明日のライブは大丈夫であるのか、何とも言えない。足腰が思うように動かない。気持ちの上ではいくつもりでいる。途中で転んでしまえば二度と歩けなくなる。ゆっくと注意をして歩くしかない。詩語りの録音をとりたい。震災にあった人たちの幸せを願って語らなければならない。

2024年1月23日 (火)

漉林書房通信

この度の地震でペットがどうしたいかが心配だ。私の家でも耳のきられた野良猫を飼っている。年齢的にはちょっと無理であるのだが、かぞくとして飼っている。まるで天使の子供のようだ。避難場所でもペットと一緒にいられるようにしたい。人間だけが優先なんておかしい。世界平和はすべての生き物に優しい心で接することだと思う。差別がある間は人間の社会も歪んでいる。保護活動を行っている人たちに心より感謝をする。詩語りで稼ぐことが出来れな援助をしたいが、詩語りもどこからも相手にされていない。私が飼っているネコのミーのことを語り込んでいる。

2024年1月22日 (月)

漉林書房通信

テキストを語りだすと眠くなってくる。これは夜中ほとんど眠れないからだ。時間をかけて語り込んでいると、それなりの詩語りになってくれる。駒込まで行けるのが不安であるが、懸命になって自分の世界を作り出そうとしている。感動を与えられる詩語りを目指して頑張っていくしかない。

2024年1月21日 (日)

漉林書房通信

ベッドから落ちるとなかなか立ち上がれない。外でころんだりしたら大変なことになる。ライブで出かけるのは心配だ。確かにつき添えがなければならないだろう。今は人生の最後の戦いである。良い詩語りをおこないたい。

2024年1月20日 (土)

漉林書房通信

努力こそがそのひとを前進させるひけつである。天才も努力を怠るとただの人でしかない。表現者は努力しても報われに世界もある。マイナーな世界は、楽しんで取り組まないとつらくなる。

2024年1月19日 (金)

漉林書房通信

世界が変な方向進んでいる。小さな幸せを大切にして生きてい戦争はたい。その小さな幸せさえ得られない人たちが多くいる。宗教を超えたみんなが幸せになる世界を詩語りで語ってゆきたい。それは生命讃歌の世界である。戦争はその生命讃歌を否定する。戦争はどちらの国も悪い。そこにはいかなる正義もない。いのちよりも大切なものはない。共に生きよう。貧しくても助け合って生きて行ける世界をめざして、共に生きよう。

2024年1月18日 (木)

漉林書房通信

いのちのひかりと生命讃歌を詩語りを通して毎日語り続けている。言葉は人の心に届いて意味を持つ。もっと多くの人達に詩語りを聴いてもらいたい。それには聲に温もりを持つことである。詩には詩の言葉にあった声というものがある。その人の生き方がその人の聲を作り出してゆく。川崎で語れる場所を見つけたいものだ。できれば学校がよいのだが、なかなか見つからない。講演料は無料で行いたい。助け合う生き方の中で幸せが訪れてくる。木曜日は介護でお風呂にはいれる。ありがたい。

2024年1月17日 (水)

漉林書房通信

フロの音楽家は練習時間は6時間を必要とする。それに比べて詩を朗読する人の練習時間はほんのわずかなものだ。練習を行えば行うほど芸の道は進歩をする。足が悪くて何処にも行けないので私は一日中詩語りの」練習を行っている。ライブができなくなっても、聲をまだ成長させてゆきたい。今日は淡路大震災の日である。「ともに」のあいことばでこの度の震災を応援している。日本が一つになって前にすすもうとしている。詩語り人は生命讃歌を語ってゆくしかない。聲のひかりは命へのひかりである。1月25日のライブは平和を願って語ってゆこう。新潟地震の時は詩語りで6万円をカンパすることができた。でも今の詩人の聲にはお客が集まらない。今の私は命を懸けて戦っている。ライブを行いたいために腰の手術をしたのに、逆に歩けなくなってしまった。這いつくばってでも詩語りを行いたい。

2024年1月16日 (火)

漉林書房通信

歩くのは困難だが、聲の精進は怠ることはできない。詩語りライブは納得のいく語りを行いたい。歩くリハビリよりも聲のリハビリに励む。相変わらず夜はあまり眠ることができていない。朝の詩語りでネコが私の前で聴いてくれた。これは妹に聴かせる気持ちで語った。それは輪島の人達に勇気を与えるためにも語った。復興のためのライブを行いたい。祈りを込めて語れる詩人が見当たらない。太陽も命のひかりであるが、言葉も命のひかりである。言の葉を聲で天空に打ち込んでゆきたい。被災地に詩(のいにち)の聲を届けよう。

2024年1月15日 (月)

漉林書房通信

芸談というものは個人が得た至福の時の話だ。それは確かに素晴らしい芸の話である。他者にはできない世界をに至ったとき、芸談の意味がある。ただ孤独に耐えて精進をする。他者に理解されたいと思わなくなったとき芸の道は開かれてゆく。今日本語をちゃんと語れる人が少なくなってきている。横文字の言葉がやたらに増えてきている。言葉の意味がはっきりと聴ける詩人の聲はほとんどいない。吟遊詩人は語り部でもある。言葉を伝えることは歴史を語り継ぐ人でもある。神戸の震災を語り継ぐ人もいなくなりつつある。詩語りのテキストとして残しておきたいものだ。今震災者のためも応援歌語ってゆきたい。鎮魂歌を語る・

2024年1月14日 (日)

漉林書房通信

詩の朗読はなぜつまらないのか。それは詩を聴かせる聲ができtれいない。そのために何を語っているのか意味が不明である。詩がつまらないのではない。朗読をする技術を身に着けてりない。ど素人が聲を撃ってもどうなるものではない。詩の朗読はそんなに甘いものではない。朗読の世界でも一番難しいといわれている。落語や講談でも修行時代は最低でも10年はかかるといわれている。自作詩だから許されるとは限らない。つまらないものは最後までつまらない。詩人自体が朗読の足を引っ張っている。詩人の友達はお客の数には入らない。

2024年1月13日 (土)

漉林書房通信

石川県は雪だ。今朝も寒い。祈りの詩語りを行う。犬猫の救援隊も入っているという。ペットは家族と一緒のところにいさせてあげたい。まだまだ日本は動物に対して偏見を持っている。ペットは家族の一員である。ウクライナの避難民を見ているとっペットを抱え込んで電車に乗っている姿が見られた。私の家の猫のことを思うと悲しくなってくる。詩語りでネコの餌代ぐらいは稼ぎたい。ネコのためにもCDを売り上げたい。

2024年1月12日 (金)

漉林通信

詩の朗読といえども、鍛えた聲でなければ安心して聴くことができない。最低でも三年間は聲を鍛えなければならない。毎日の精進が求められる。聲を毎日撃ち込むことである。それも毎日一時間以上おこなうこと。修行が魏の基本である。自作詩だからすぐに読めるというものでもない。聲には味というものがある。粘り強く聲を鍛えることだ。

2024年1月11日 (木)

漉林通信

詩の朗読はある意味で空しい。CDを送付してもどこからも連絡がない。それは朗読が未熟なためなのだろうか。詩人の聲でCDを送ってくれる方はUさんしかいない。彼女の聲はずいぶんと成長してきている。まず大切なことは、熱があるということだ。歌はもう問題がないが、詩の朗読はいまだまだ問題点がある。ほめることはその人に何の役にも立たない。才能があるから批判をする。褒められることを望んでは未来がない。厳しい道を歩むことでその人の才能が開花してゆく。本物の朗読家になるためにも・・・。

2024年1月10日 (水)

漉林通信

祈りをこめて詩語りをおこなう。死者たちへの祈りは何処からでもできる。新潟地震の時は詩語りでカンパができたが、いまはできない。だからいのちの聲を届けていくしかない。日本は多くの地震がある。そして多くの人たちが亡くなっている。本当は今生きている人たちに語らなければならない。ほとんど歩くことのできない私には自分の部屋から聲を撃っていうしかない。魂の祈りの聲を撃ち込めてゆきたい。

2024年1月 9日 (火)

漉林通信

祈りの聲で鎮魂を行う。ひたすら語ることで祈りをささげてゆく。詩人はお金はないが、聲の祈りは誰にも負けない。布団の中で眠れないのはつらい。体の重さで身体全体が痛む。そのため昼間途中で睡魔に襲われることがある。歩行にも苦しんでいる。今は歩くリハビリはやめて詩語り精進に重点をおいている。

2024年1月 8日 (月)

漉林通信

この度の地震で亡くなられた方々に心を込めて祈りの詩語りを行った。私に出来ることは語ることしかできない。次のライブでは「平和への祈り」を語る。いま誰よりも精進に励んでいる。これからは本物の芸人になって行こう。とことんまで詩語りを追い込んで語ってゆく。やっと詩語り人になることができた。

2024年1月 7日 (日)

漉林t通信

暮れに行ったライブのCDを何度も聴きなおす。これは半年ぶりのライブである。最初にCDを聴いたときは、いまいちのライブであったと感じた。時間を断って聴きなおすと、それほど悪くはなかった。録音押しボタンを忘れて、再度録音を取りなおした。詩語りの精進をすればするほど詩語りが面白くなってきている。温かみを感じる詩語りを行いたい。病気をしてかsら、詩語りに変化が出てきた。今月は1月25日(木)いつもの場所で行う。私のライブを聴いたことのない方は是非一度は聴いてもらいたい。50回以上ライブを行っているが同じテキストを一度も語ったことはない。

2024年1月 6日 (土)

漉林通信

震災にあっても詩人は何もできない。だからこそ心の温まれる詩語りを行いたい。一日も早く平和な日々が訪れることを祈りながら朝の詩語りを行う。睡眠はあまりとれない。

2024年1月 5日 (金)

漉林通信

聲の記録はCDで残すしかない。自己満足な語りを行ってはならない。人のこころを包む語りを目指して行わなければならない。

2024年1月 4日 (木)

漉林通信

病院にいく。なるべく歩くようにしてゆきたい。足のむくみでほとんど歩くことをしない。ライブのためにも足腰を鍛えなければならない。そして日々テキストをより深く語り込むことである。

2024年1月 3日 (水)

漉林通信

変な年だ。昨日は飛行機の事故が起きた。民間人の死者がいなかった。一瞬先に何が起こるのか全く分からない。常に不幸な人々がいることを忘れてはならない。詩語りは命のひかりでありたい。

2024年1月 2日 (火)

漉林通信

輪島で大地震がおきた。今年は厭な年にいなりそうだ。一日は早く平和を取り戻したい。足が弱くなった。ライブ会場まで行くのが大変である。思うようにリハビリができない。

2024年1月 1日 (月)

漉林通信通信

夜中ベットからころげ落ちた。一時間ばかり起き上がれなかった。足腰の運動をしなければ歩けなくなる。夜が眠れないのはつらい。

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