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2023年6月30日 (金)

田川紀久雄詩語り

昨日の詩語りライブは良かった。「永遠の聲」は素晴らしい出来栄えだ。語り手はつねに孤独だ。平和について語るしかない。ぜひ一人でも多くの人に聴いてもらいたい。発売予定7月10日。1500円。帰りに腰が痛み家に帰りつくのも大変であった。

2023年6月29日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

今日駒込平和教会で午後7時よりライブを行います。いま平和を祈って語りたい。もう個人のために語らない。平和そのものを願い聲を撃ち込んでいく。詩人に向かって語ることは無意味だ。夜中あなたは平和のために語りなさいとのお告げの夢を見た。平和教会から闘いを始めて行こう。

2023年6月28日 (水)

田川紀久雄詩語り日記

詩人にCDを送っても何の返事も来ない。ではどうすればよいのか。津軽三味線の竹勇さんと電話ができたのおはうれしかった。明日はライブが行われる。腰が痛くて歩くのもつらい。参加できるのか心配だ。身を削りながら行っている。病が次から次へと襲い掛かってくる。それでも詩語りを続けたい。語りたい世界がやっと見えてきた。これを他者に手渡しができない。つらい。

2023年6月27日 (火)

田川紀久雄詩語り日記

批評家は演技をするものに対して厳しさがない。。はっきりと物事がいえなくなっては批評家でなくなる。今はゴマすり批評家が増えている。特に新聞などの批評は信じられない。芸に対する厳しさが芸人を育てることになる。ゴマすりになっては芸人にも失礼だし、自分のためにもならない。テレビなどのコメントも意味がないものが多い。詩の朗読が成長しないのも物事をはっきり言う人がいない。聲に対しての認識力が低すぎる。はっきり言って経験不足と勉強不足である。今の詩人には聲に対して語れる人はゼロである。

2023年6月26日 (月)

田川紀久雄詩語り日記

読むことは朗読でもなく、まして語りでもない。語ることは一聲に魂を注ぎ込むことである。読むことと正反対の世界である。詩人たちにはこのことを理解している人は少ない。普段に話している聲は、未成熟な人間のような会話になるが、詩を語り始めると芸人の聲になる。普段よく私の言葉を聞き違える人がいる。これはいまなお失語の影響が残っているからだ。そのことで私をからかわないでもらいたい。

2023年6月25日 (日)

田川紀久雄詩語り日記

永遠なる聲を追い求めるには、聲を撃ち続けるしかない。一日一日を大切にして生きるしかない。

2023年6月24日 (土)

田川紀久雄詩語り日記

最近怖い夢を見る。夢にうなされて時々目が覚める。これも歳のせいかもしれない。先の見えない詩語りにやや疲れを覚え始めている。どこからも仕事の依頼が来ない。詩の朗読を聴く習慣がない。CDを送っても聴いてもらえない。身体の調子が悪いことも落ち込む原因の一つになっている。

2023年6月23日 (金)

田川紀久雄詩語り日記

詩人の聲の資料館があってもよい。でもそのようなことに気づく詩人も出てこない。聲が疎んじられている。どこの詩の朗読会もマイクを使用する。肉聲のライブは少ない。詩人の朗読会はどのような基準で選考されているのかわからない。だいたいいい加減な基準である。

2023年6月22日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

気分的に落ち込んでいる。天候のせいもあると思える。腰が悪いのも原因であろう。新しい詩集を語るのもうまくいっているとはいえない。すべての詩語りがうまくいくものでもない。だから精進してゆかねばならない。CDの反応もいまいちだ。来週はライブだ。いつまでも落ち込んではいられない。

2023年6月21日 (水)

田川紀久雄詩語り日記

2023年6月29日 駒込平和教会で7時よりライブがあります。演目「旅人として」を語り致します。腰の痛みがあるが、何としてでも語りたい。独特の聲で行える詩人は、天童大人・友理・田川紀久雄の三人しかいない。銭を払っても聴く価値がある。

2023年6月20日 (火)

田川紀久雄詩語り日記

腰の痛みで歩くのがきつい。ネコのためにもがっばらなければならない。詩語りも納得のゆく語りが出来るようになってきた。芸は年と取らなければわからないことが多くある。60歳以下ではまだ洟垂れ小僧である。本当の意味で語れるのは80歳を超してからである。CDを数人の詩人に送る。

2023年6月19日 (月)

田川紀久雄詩語り日記

語りの型は、ひたすら精進の中からしかうまれない。初めから型があるのではない。自分の聲を痛め続けるしかない。そう簡単に型を覚えられるものではない。そのためには型を持っている人と対戦することが求められる。詩人の中では型を持っている人はほとんどいない。

2023年6月18日 (日)

田川紀久雄詩語り日記

聲というものは、精進を積み上げてゆけば成長するものである。もって生まれた聲だけでは、詩語りはできない。ひたすら磨きかけるしかない。詩の朗読には、誰も教えてはくれない。また教えられる詩人もいない。町の朗読教室では、詩語りなど教えられていない。私のところにも誰も尋ねてくる人はいない。これでは詩の朗読には未来が持てない。寂しい限りである。

2023年6月17日 (土)

田川紀久雄詩語り日記

やっと私の詩語りを芸人の聲として認める人が出てきた。大変なのはこれから先である。手を抜くことはできない。今まで以上の厳しい精進が求められている。一人でも多くの人に聴いてもらいたい。5名の方にCDのプレゼント。漉林書房までハガキでお申し込み。先着5名様。できるだけ詩人でない方。叫びの聲を越えた。まさにいのちの聲である。

2023年6月16日 (金)

田川紀久雄詩語り日記

才能のある朗読者を伸ばしてやりたい。でも私一人でできるものではない。40数年も詩語りを行ってきた。この経験をそろそろ活かしたいものだ。学校のような教育はしない。先生は誰もいない。先生も生徒も対等な関係でありたい。詩人にはまだ本物の朗読者は存在していない。ただ活字を読んでいるに書すぎない。読むことと朗読との利害も解らない。語りも年齢を重ねてこなければ本当に語りはできない。すべては長い修業が大切になる。それからの話である。

2023年6月15日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

詩のイベントを企画することは難しい。なかなか良い場所が見つからない。「レクイエム」というタイトルで行いたいと思ったが、スポンサーを見つけるのも一苦労である。詩の関係者は協力はしてくれない。世界の中で苦しんでいる人たちが大勢いる。詩の聲が役立つことがあればうれしいのだが。私のCDを送ってもほとんどの人は何も言ってはくれない。寂しいものだ。

2023年6月14日 (水)

田川紀久雄詩語り日記

温もりのある聲を出してゆきたい。語る時はうたうように語れる。やっと詩語りにいくらかの自信がついてきた。人の心を感動させることのできる詩人たちを応援してゆきたい。みんなが協力し合ってゆけば朗読の世界は変わってゆく。厳しいことを言うかもしれないが、他の世界から朗読が非難されないためにも必要なことである。今の詩人たちは欲がなさすぎる。精進のみがこの朗読の世界を開拓してくれる。

2023年6月13日 (火)

田川紀久雄詩語り日記

自分の聲とひたすら向き合う。詩人たちの世界に何も期待をしていない。詩誌出さないとどこからも詩誌は送られてこない。詩の世界など所詮むなしい世界でしかない。聲を撃つことしか何の興味もない。詩壇で取り上げられる詩人の聲は賞をとった人たちである。詩壇などを相手にしてもむなしい。本当に生きている人たちだけがいのちの助けになる。私のいのちはすべてCDの中に込められている。聲そのものだけが実態である。

2023年6月12日 (月)

田川紀久雄詩語り日記

友理さんからCDが届く。温みのある歌声であった。真剣になって聲を撃ち込んでいる人がいる。詩人の聲では友理さんしか話し合える人はいない。今の私にはもっと多くの人に私の詩語りを聴いてもらいたい。詩語りで稼ぎたい。そのお金をネコにために使いたい。

2023年6月11日 (日)

田川紀久雄詩語り日記

詩の聲はもっと多くの人達に聴かれるべきである。いまの現状ではどこにも存在していないかのようだ。人生のあらゆる面にわたって語られている。まさにいのちそのものの聲である。このことがないがしろにされている。人間の内面の聲が聴かれる。詩の朗読は狭い場所でも可能である。路上では投げ銭で行われる。その前に聲そのものの力を獲得しなければならない。朗読の可能性を求めていかねばならない。喫茶店などで行えれば最適なのだが、なかなかそのような場所を提供してくれる方が見いだせない。詩語りを聴きたい方は漉林書房までご連絡をください。☏090-1845-4560(田川)

2023年6月10日 (土)

田川紀久雄詩語り日記

災害にあった家の猫や犬は避難場に入れない。同じ家族なのに不思議だ。ウクライナなどでは犬や猫をつれて避難をしている。日本では猫や犬は動物でなく物として扱われる。もっと緩やかな制度を求めてゆきたい。もし災害にあったらどうしたらよいのかとまどう。今私はネコを飼っている。家族である。たった一人のエゴな人間によって動物の運命が変わってしまう。何とかしてゆきたい。詩語りを通してこの問題も語ってゆきたい。

2023年6月 9日 (金)

田川紀久雄詩語り日記

詩人の聲で縦のつながりを持ちたい。お互いが研鑽していかなければっ朗読の世界は伸びてれゆかない。難しいことだが行いたい。芸の世界まで高めなければ聴き手はつかない。

2023年6月 8日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

自分の聲に納得することはない。だらか聲をひたすら聲を撃ち続けてゆくしかない。これを楽しみと思って行ければよいだけだ。CDがあるおかげで幾人かの人に聴いて頂ける。ライブにお客が来ないのは寂しい。今の詩人の聲の中に本当にいのちの聲を出せる詩人がいる。ぜひその詩人たちを応援してもらいたい。

2023年6月 7日 (水)

田川紀久雄詩語り日記

CDを数人に送る。ライブで人が集まらない。それでCDを送る。聴いてもらい人しか送らない。本当は多くの人達に送りたいのだが、今の私の身体ではできない。どこでもよいから聴いてくれる人たちの前で詩語り行いたい。世の中はデジタル化が進んでいる。アナクロな世界は滅びかけている。でも本当に必要なものはアナクロ的な人間の存在である。その典型的な存在者は詩人ではなかろうか。詩人の聲が求められている。

2023年6月 6日 (火)

田川紀久雄詩語り日記

「鎮魂の夜明け」のCDが出来上がる。いのちを語り続ける。一人でも多くの人に聴いていただきたい。詩語りを芸能の世界まで高めた。もう詩の朗読がつまらないとは言わせない。

2023年6月 5日 (月)

田川紀久雄詩語り日記

テキストの中にもう一つのテキストが隠されている。それを語るのが詩語りである。きょうCDが出来上がってくるだろう。楽しみだ・夕方病院で定期検診がある。

2023年6月 4日 (日)

田川紀久雄詩語り日記

外で練習をするのがきつくなってきた。今日は朝から日照りが強い。CDの仕上がりが遅れている。慌てずに待つしかない。心を籠めて語ることだ。そのために一語一語を丁寧に語る。語れる楽しみを感じることだ。

2023年6月 3日 (土)

田川紀久雄詩語り日記

生活が困窮している。CDが一枚でも売れることを願う。義太夫を研究していると、厳しい意見に出会う。頭が下がる思いだ。「そんなのは語りでも何でもない、ただいっているにすぎない。」と述べられている。語ることの意味を知る。もう昔の人の聲は聴くことができない。録音はいかに大切なものであるか。朗読の優れた録音が残っていれば聴きたいものだ。言葉にいのちを吹き込む。ただそれしかない。

2023年6月 2日 (金)

田川紀久雄詩語り日記

台風が接近している。今日明日は大雨。詩語りの練習も中止。明日友理さんのライブ。心配。

2023年6月 1日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

天童氏から詩集が届く。語るのに最適な詩集だ。丁寧に語って行ければ聴き手も楽しいだろう。今の私は聲を聴いてもらいたいより、詩の中身を聴いてほしい。今日の夕方にCDが出来上がってくる。どのような聲で詩を語ってのだろう。CD1500円で発売。CDの交換も致します。詩人の聲を集めています。詩人の聲では天童氏と友理さんのがあります。集まってくれば詩人たちの聲について書いてみたいと思っています。

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