田川紀久雄詩語り日記
落語で師匠は弟子に何も教えたりしない人がいた。教えたものは真似になるからという理由だ。詩の朗読も他人に伝授できるものではない。詩人は自己の詩集を前提にして朗読を行う。自分で聲のリズムを見出すしかない。文楽の人形では足に6年から10年を要するという。詩人の聲は詩を語るにはやはりそれぐらいの時を要する。それまではひたすら聲を撃つしかない。人前で語れるになるまでは最低でも10年は必要である。今の詩人はすぐに人様に聴いてもらいたがる。考え方が甘いのである。
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