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2022年6月 9日 (木)

田川紀久雄詩語り日記

私の聲がどのように聞こえるのか、まったくわからない。まるで豆腐に釘を打ち込んでいるようだ。聲について話し合える朋が欲しいものだ。同人誌詩でも忖度なく言い合えることで、進歩していくものである。聲の同人誌はない。あくまで聴いた人から学んでいくしかない。何も反応がないとどのように進んでゆくべきかわからなくなる。批判のないところには進歩がない。今の詩人の聲では何も学ぶべきものがない。ただひたすら聲を撃ち込んでいるだけだ。ウクライナ問題も無関心になりつつある。何か恐ろしいことだ。何でもよいからいまウクライナでどのようなことが起きているのか知りたいものだ。自由であることは相手を知るという気持ちを常に持つていなくてはならない。相手を知る自由を維持していたいものだ。

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