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2019年2月28日 (木)

田川紀久雄日記

詩の言葉は、簡単で分かりやすくあっても書くものはその逆なのだ。『風の聲』をいま語りながら、文章を手直しをしている。
「詩と思想・3」が送られてきたが、それほど興味をそそられる詩がなかった。言葉は自分のいのちと同じなのだ。そのことがわかっていない詩人が多い。詩は読者のためにあるのではない。自分を見つめていく上で言葉が役立つ。だからこそ言葉とつねに対決する気持ちが必要なのだ。簡単に書いてある詩こそ難しい詩なのだ。詩と思想も商業詩誌なのだと痛感する。手作り詩集は、詩集として扱われることがない。本当の詩人は貧しい暮らしをしている。あるいみでデクノボーである。詩集は見栄で作るものではない。魂の言葉が詩集を生み出してゆくものなのだ。

2019年2月27日 (水)

田川紀久雄日記

詩の魅力はその人の生き様にある。どれだけ内面の心を表現し、魂との激しい葛藤が詩を生むのである。詩はまさにドラマである。
今書いている詩集『闘いの時』もあと三篇を書けば終わる。私しか書けない詩である。詩語りとの闘いの記録だ。これは宿命というよりも運命の問題である。
私の詩集について誰も何も言えないのだろうか。そのことは悲しいが、それも致し方がない。しかし私は詩集をどんどん上梓していく。これは失語症との最後の闘いでもある。

2019年2月26日 (火)

田川紀久雄日記

今日は川崎市立病院まで行かねばならない。身体がもっと自由に動けば精神的にも楽になるのだが、老いには勝てないものだ。それでも前向きにいくらかは生きている。だんだん世の中にも興味が薄れてきている。
「千年樹・77号」が届いた。でも発行者の岡さんは大変な制作費を負担をしている。詩誌の負担金が少ないということは、発行者がそれだけ大変な思いをしているということだ。「漉林」を発行していた時はいつも金銭的に苦労をしてきた。それに比べ今は手作りですべてを行っている。部数も少数で気楽に発行できる。
この国は借金地獄である。国民一人あたり830万円ほどの借金なのだ。これもどんどん増え続けている。こんな危険な国はいつかは滅びてしまう。軍事費がこのところ急激な伸びである。戦争はしない国がなぜ軍備に金をつぎ込まなければならないのか。沖縄県民の苦しみはいつまで続くのだろうか。
詩集は金持ちだけが作れるものではない。貧しい人たちも気楽に上梓たいものだ。

2019年2月25日 (月)

田川紀久雄日記

辺野古の埋め立て反対が75パーセント。沖縄の聲を一度も聴いたことがない政府。これが日本の総理。日銀もいい加減に株買いを止めるべきだ。安倍政権にべったりな日銀の黒田総裁。日本はまさに沈没状態である。
昨日は語りの聲が出なかった。聲が出ても出なくても毎日精進が大切なことである。
手作り詩集『訪問者』が、まったく反応がない。これはある意味でつらい。

2019年2月24日 (日)

田川紀久雄日記

季節の変化で身体がしんどい。身体も思うように動かない。個人にとって個人の幸せが大切なことであるが、幸せとは何かといわれても簡単には答えられない。。人に褒められたり、評価されることでもない。いまはネコと一緒にいることに幸せを感じる。その程度だ。眼が不自由なので本も読まない。これは辛い。歩くことが困難なので旅にも行けない。やはりネコといることが一番だ。最近世の中がばかばかしく感じられてならない。

2019年2月23日 (土)

田川紀久雄日記

いくらか暖かくなったので過ごしやすくなった。
詩のテーマを何度も同じことを書いているが、それは決して同じことではない。螺旋階段を登るようにテーマも深みを増していくのである。月に二冊ほどの詩集を生み出すのはある意味で異常なことかもしれない。それはそれだけの内的要因があるからだ。大切なことは書かずにいられないということである。他者が詩集を無視しても、自分にとっては関係がない。あくまでも書かずにいられないことの方が大切なことである。そしてテキストを語らずにはいられない。語りそのものに普遍的な価値を見いだせれば嬉しい。そのための精進である。
詩人なんて、生きているうちに認められない方が世に残るものを書いてゆける。

2019年2月22日 (金)

田川紀久雄日記

ネコは落ち込んでいる時、そっと近寄ってきて癒しを与えてくれる。2月22日はネコの日でもある。ネコを飼ってみていろんなことを教わる。

昨日は詩を二篇書いた。ライブの日まで出来るだけ詩を書き続けて行く。稽古と自分の精神状態を客観的にみるためだ。詩の聲とは宇宙の空間の中でドラマ化されてゆく。それを楽しめばよいだけだ。そのためには聲の力が必要とされる。大聲ではなく空間に拡がってゆく聲の力である。肩の力を抜いて腹の底からゆっくりと聲を響かせることを学んでいくことが求められる。

2019年2月21日 (木)

田川紀久雄日記

今日は午前中に内科の定期検診である。

詩集『希望への地図』を作り始める。これは5月発行の予定である。
Sさんが詩集『生きている』を褒めてくれた。そして詩集を購入していただいた。彼女にはかつて大変お世話になった。最近「山形詩人」は送ってこないので彼女の作品は読めないでいる。本当に手作り詩集を上梓しするとほとんどの詩人たちから無視される。生きるのにやっとなのに詩集を出版社から出せるゆとりはない。形だけで相手の存在を判断するような詩人には私もまったく興味がない。お金がないなら詩人なんてやるなと言われている気がする。何人もの詩人が詩集を上梓ていても送って来なくなった。それはそれでよい。私は必死になって詩を書き続けている。詩は個人との闘いであるから世間との付き合いも無理して行う気もない。本物の詩人か偽物の詩人かがよく見えてきた。詩はいのちの叫びである。いのちの聲の言葉こそ詩になれる。闘う時が今なのだ。

2019年2月20日 (水)

田川紀久雄日記

今日20日は77歳の誕生日だ。よくここまで生きてこられた。ただ長く生きればよいというものでもない。生には生の意味がある。世の中と関わり合いながら生きていく。しかし、私は社会とのかかわりがあまり持っていない。詩とか詩語りなど世の中との関りもそれほど感じられるものではない。昨日「操車場・136号」を発送することが出来た。100冊ほど送ってがほとんどなしのつぶてである。それでよいのだと思う。私のところに送られてくる詩集や詩誌は返事は書かないが、できる限り眼を通している。齢を取ると何でもが億劫になってくる。でも詩語りだけは熱心に稽古を続けている。価値のある語りを目指して生きている。これはある意味での宿命ではないかと思われる。そのことは詩にして描いている。手作り詩集『訪問者』を数人の詩人に送る。詩集も毎月発送できるのも生きていられるからだ。80冊を越えているかもしれない。それは生きたことの証なのだ。それだけでも良いではないか。平和とすべての人々の幸せを願って詩を書いて行きたい。これこそ生命讃歌である。

2019年2月19日 (火)

田川紀久雄日記

「操車場・136号」印刷を始める。手作業ですべて行うのは大変だが、身体のためにもよい。農家の人たちが元気の良いのは毎日田畑を歩くからだろう。なにしろ仕事をすることは人生の悦びに繋がる。聲を出すことも身体に良い。聲は毎日出しているから楽しい。でも人の心に届く聲はなかなか難しい。詩語りはただ読んで聴かせるものでない。まず詩を読むこととは何ぞや。そのことから考えていかねばならない。一般の人たちは詩の朗読を聴くことを嫌がる。それはテキストの事より詩人たちが発する聲に嫌悪を覚える。このことは何度も経験している。日本にはサロンという社交の場がない。詩の朗読を行う場が全く存在しない。気安く出来るのになぜかできない。三味線だっていまの日本人は聴いたことのない人が多くいる。落語だって聴く小屋が少なくなっている。手短にできる芸能が出来ない世の中になっている。今の人はテレビも見ない人が増えている。では何がといえば、バスでも電車でもスマホを見ている人が圧倒的に多い。何だかこの世は淋しくなっている。入場料が1000円以内で見たり聞けたり出来る小屋がないものか。それもプロに近い芸が見られる場があったらよいのにと思う。

2019年2月18日 (月)

田川紀久雄日記

スポーツでも練習場があるかないかで、その人の未来が定まってしまう。それは詩の朗読でも同じだ。思い切って語れる場がないと、聲の力もつかない。でもなかなか練習する場が「ないものだ。そのためか詩の朗読のプロがでてこないのも原因の一つである。その点、私は公園という場があるのでありがたい。まず何と言っても聲の安定感を身に付けていかなくてはならない。三月はそこまで行けることを目標にして聲を出していこう。自分自身が納得できない聲で語るのは辛いものだ。一ヶ月ごとに目標をたてて8月まで頑張るしかない。一時間近く、人の心を引き付けるのは大変なことだ。その能力を8月まで身に付けなくてはならない。そのためには精進しかない。

2019年2月17日 (日)

田川紀久雄日記

新しい詩集『闘う時』を書き始める。これは前向きに生きる意味でもある。8月まで『風の聲』を語り込んでいければ、きっと何かが見えてくるはずだ。そのような生き方が出来れば嬉しい。これは末期ガンの時の闘いに似ている。そうだ何処かで末期ガンの詩も語りたい。それもガン患者の前で。苦しんでいる人たちに生きる勇気を与えられる仕事をしたい。それが私の詩語りでもある。一日一日を大切にしていきることだ。それと口頭愛語を・・・。

2019年2月16日 (土)

田川紀久雄日記

詩集『希望の橋』を書き終えた。わずか二週間ほどで書けた。これは8月のライブに向けての詩語りノートでもある。一ヶ月づつの目標をたてて稽古を積み上げていければよい。『風の聲』を500回程度は語れるはず。ただ聲を出せばよいというものでもない。これこそ新詩語りへの道でもある。あとは歩くことに訓練をしなければならない。いろいろと行うことが多い。まずは語ることが楽しいという実感を身につけていかなくてはならない。頑張って生きていこう。

2019年2月15日 (金)

田川紀久雄日記

8月のテキスト「風の聲」が完成する。来週からいくらか暖かくなるという。世の中は無名だと誰からも相手になさない。本当の価値なんて手垢がついていない方がいいのに、世間はあきめくらが多いから本当の価値なんてわからない。本物は何も言わないものなのだ。個人の幸せは世の中から評価されることではないからね。あくまで自分の信念によって生きる。
手作り詩集を作るようになってから、詩を書くのが楽しくなってきた。詩誌も詩集も送ってくる詩人が少なくなった。これは良いことだ。私にとって手作り詩集は愛しいものだ。それを公孫樹の下で語る。それだけでもありがたい。愛語の精神で生きていこう。

2019年2月14日 (木)

田川紀久雄日記

昨日は一日中眼が霞んでいた。気分的にも落ち込んでしまった。来週は少し暖かくなるという。寒さも気持ちを暗くさせてしまう。
{テキスト・6」を手直しを行う。出来るだけ語りやすくするためだ。ライブは8月18日(日)午後2時より。詩人クラブサロン(谷口宅)で行う。

村野さんから「たぶの森・3号」が送られてきたが、私の詩集と操車場を送り返してきた詩人の二人が掲載されていた。失礼だ。このような詩人がどんなに良いことを言っても私は信じない。村野さんはそのようなことを知らないのだから仕方がない。詩人にとって詩集は自分のいのちなのだ。気分的に落ち込んだのもこのことが原因であったのかもしれない。

2019年2月13日 (水)

田川紀久雄日記

午前中眼科の検査に行く。眼は思ったほどよくはならない。
詩集を上梓してもほとんど反響がないのは寂しいものだ。でも私は、過去の詩集も天上に向けて語れるので嬉しい。上梓して終わるのではない。そこから語ることで詩そのものが成長していける。一本の鉄道線路のように各々の詩集がつながっている。いまテキストとして6巻まで作ってそれを順番に語ってきた。8月までは6だけを毎日語ることにしている。日記のように語りながらその時の思いを詩にして書いている。この度の詩集も誕生日までには書き終わる予定た。
落語のように朗読は15分ほどが一番良い。8月までの間で15分ほど語れる場所が欲しい。語りの反応を見てみたい。

2019年2月12日 (火)

田川紀久雄日記

「テキスト・6」をひたすら語る込む。「葉群の一枚一枚」という言葉の意味は「人々の一人一人」ということである。「風の聲」は「私自身の内的な聲」ということで語り込んでいる。しっかりと詩を自分の心の中で語れるようにしていかねばならない。今の聲がいやだとしても、それを自然に受け入れていかねばならない。相棒のネコは黙って私の聲を聴いてくれている。外に出られない時には、部屋の中で詩を深く読みながら語る。詩そのものを聴かせることが大切である。ひたすら日々の努力以外に何もない。

2019年2月11日 (月)

田川紀久雄日記

朝起きたら雪が舞っていた。どうりで寒いわけだ。
詩は単なるぱパォーマンスであってはならない。その前に芸人であるべきだ。詩をひたすら語り込むことが求められる。いのちのひかりが生まれるまで今は聲を撃ち込んで稽古に励んでいる。8月のライブに向けて。外は雨なので、今日はネコを相手に語り込む。

2019年2月10日 (日)

田川紀久雄日記

長谷川忍さんと野間明子さんの原稿が入った。ありがとうございます。
昨日は雪が降った。一日中部屋に閉じこもっていた。明日も雪が降ると言っている。この寒さを越えれば春が来るのだろうか。ネコのミーは炬燵に潜りぱなしでぱなしであった。

詩語りの稽古をする。一行を噛みしめながら語る。過去の人生が蘇ってくる感じがした。
詩というものは、割合無意識に書いてあるところが多いことに気付いた。語るときはその無意識な部分を意識化しながら語り込んでいかねばならない。語ることは、楽しいものだ。つねに新しい発見がある。

2019年2月 9日 (土)

田川紀久雄日記

今日はインターネットの文字がほとんど見えない。眼が悪く困ったものだ。
上野芳久詩集『風の道』が届く。。発行が予定よりも約一ヶ月ほど遅れた。私はこの詩集が上野さんの最高詩集だと思う。それは心の豊かさを感じるからだか。評論家がいう価値観とは違うだろう。作品とは細かい所を分析して言ってもそれほど意味もないからだ。作品の持つ品格とでもいうものなのだ。私はこの詩集をこれから何度でも読んでいくだろう。今までの詩集も表紙がボロボロになるまで読み込んできた。出来ればこの詩集を彼の聲で聴きたいものだ。上野氏の朗読は価値のあるあ聲の響きの持ち主である。まずは上梓をおめでとうといいたい。

2019年2月 8日 (金)

田川紀久雄日記

山本みち子さんから詩誌「真白い花」と詩集のお礼状が届く。この詩誌は年二回の発行である。詩とエッセイが載せてある。楽しく読める詩誌である。
昨日は詩を二篇書いた。6日ほどで詩集の半分が出来た。それだけこんどの詩語りがいかに懸命に行っているかの証でもある。そして昔の「詩人の聲」のDVDを観る。50回ほど録画が出来た。これはまだ初期段階であるので朗読になれていない。今はもう何千回も行っているので、私を納得させる詩人の聲も出ているかもしれない。聴きに行ってみたいと思うのだが、まだ歩くことが困難なので無理だ。活字を越えた朗読を一度は聴いてみたいものだ。この時、詩人がなぜ朗読を行うのかが見えてくるのだろう。

2019年2月 7日 (木)

田川紀久雄日記

詩を二篇書いたが、迷詩語りで迷い悩む姿だ。もう一度自分のかたちを立て直すことだとおもって。迷うことで、何かが進歩する。うまく語ろうと思うから悩むのだ。所詮私にはそのようなことは無理なのだ。下手だって語りたい気持ちをうちだしてゆくことだ。誕生日までに何かの答えを引き出せればよい。そのためにも精神的に自信を持たねばならない。この迷いは二年前から始まった。苦しかったがこの苦しみも何とか抜け出せそうだ。あとは思い切って語ってゆけばよいのだから。詩語りは口頭愛語である。

2019年2月 6日 (水)

田川紀久雄日記

朝なかなか起きるのが大変だ。身体がとてもしんどい。
詩語りはますます迷路の中を彷徨っている。語りは自分でかたってはならない。あくまでもお客がこころのなかで語られるようにしなければならない。ではどうすればよいのか。理屈では解決しない。ただただ語り続けるしかない。これに耐えていかなければ精進とはいえない。半年間もこの苦しみを味わえばそこから何かが生まれて来るのだろう。
自分の聲が気に入らないといっても、自分の聲からは逃げられない。逃げられない自分とどう向き合っていけばよいのか。
日々が苦しみ以外の何物でもない。この苦しみを越えて行ければ、この苦しみの意味がわかるのだろう。私はその過程を詩にしてゆけばよい。

2019年2月 5日 (火)

田川紀久雄日記

昨日は4月の陽気であったが、今日はいつもの寒さだ。
高橋 馨さんから原稿が届く。いつもありがたい。毎月「操車場」が100人に送り届けている。返信はほとんどないが、詩誌というものはそのようなものだ。

年一回の詩誌「ホルス」というのがある。これも手作りである。三人であるがなかなか読みごたえがある。その中で私は森 弘子さんの詩が好きだ。温みのある詩編である。眼が悪いのでなかなか読めないのだが、送られてくる詩集・詩誌には時間をかけてゆっくりと呼んでいる。好きな詩編に出会えると嬉しいものだ。
昨日は、詩を二篇書いた。書くことと、それを公園で語ることで生きている実感を味わっている。

2019年2月 4日 (月)

田川紀久雄日記

春一番。今日は春のような陽気になるという。
新しい詩集に取りかかる。『希望の橋』である。二月二十日までに書き上げたい。八月までの精神状態を描いていく予定である。ライブに向き合う心を書き留めていく。詩語りに打ち込んできた人間にとっての記録ノートでもある。詩人たちが朗読に向き合う姿勢の記録など誰も書かない。失語症との闘い、病との闘い、聲との闘い、それはまさに人間としての闘いの記録である。ここまで生きてこられたからこそ書いておきたい。手作り詩集は、詩人たちから無視される。「詩と思想」も手作り詩集を取り上げない。以前は私の詩集をほとんど紹介してくれていたのに。別に取り上げてもらわなくても結構である。年金四万円程度では生きていくことすらままならない状態だ。手作り詩集がやっとだ。それも毎月詩集を上梓している。私は詩集を公孫樹の下で毎日語ることに生きる希望を抱いている。テキストはまさに生きる希望の橋なのだ。生きることは闘いなのだ。詩人は無名でよい。詩集を二十部程度を送るのがやっとだ。詩集を毎回買ってくれている人が二人もいる。どんなにありがたいか。だからこそいのちのひかりと生命讃歌を詩(うた)っていきたい。

2019年2月 3日 (日)

田川紀久雄日記

詩集『未知の世界』書き終わる。
上野芳久さんから「操車場・136号」の原稿が届く。その中に未知の世界という言葉があった。そして希望は叶うものであると。そのように努めて生きなければならない。一に努力、二にも努力である。上野さんお詩集も今週中には出来上がるだろう。彼は年に二冊の詩集を編み出している。それはなかなか優れた詩集だ。年に四編だけ書く詩人とは違う。芸術家は多作でなければならない。私が絵を描いた時期にある画廊の人から言われた言葉だ。ピカソだって二万点以上描いている。自分が本当に気に入って物はそれほどあるわけではない。たった一つの作品を生み出すにはその何十倍ものを生み出さなければ、その一つの作品はできない。芸術とはそのようなものなのだ。「テキスト・6(風の聲)」は最近の詩集から選び出したものだ。これは八月のライブ用である。頒価1000円でお分けしています。今の私は一ヶ月に二つの詩集を生み出している。駄作があるからこそ優れた作品を書くことが出来る。

2019年2月 2日 (土)

田川紀久雄日記

年金も株の値下がりで大赤字。年金がいつまで払えるのか不安がある。ほんの僅かな年金でも大切である。晩年になってこんなに苦難するとは思わなかった。
今は詩語りに希望を抱いて生きている。なんとかライブが出来る身体でありたい。今はいのちのひかりと生命讃歌の詩を語っています。少数でも構いません。少し聲が出せる場であれば家庭でも伺います。料金は相談のうえで決めさせていただきます。八月のライブも谷口宅で日本詩人クラブの会合で行います。

2019年2月 1日 (金)

田川紀久雄日記

昨日「操車場・135号」を発送。ネコの手を借りて出来上がった。

二月は私の誕生日の月だ。寒さももうすぐ終わる。詩も順調に書けている。ということは詩語りも順調に稽古が出来ている。詩を書きながら詩語りを深めている。詩というより、詩語りの記録ともいえる。だから詩集も二十部程度作れば充分だ。今本当に語ってゆきたい詩のテキストを作っている。テクスト・6まで作成をした。いままで一冊も本の形にしてこなかったが、「テキスト・6」だけは数人に贈ることが出来た。

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