田川紀久雄日記
「操車場・135号」の原稿が揃う。
今朝は眼が霞んで新聞もインタ-ネットも読むことが出来ない。Mさんも詩誌でだんだん眼が見えなくなっていると書かれてあった。私ぐらいの年齢の人たちで眼が不自由な人が随分いる。
詩誌もだんだん老人クラブのようになってきた。いまの若い人たちには詩などに興味を持つ人はいないのかもしれない。詩に打ち込んで生きてきた私たちの世代の人は個人としての仕事の総仕上げをしていかねばならない。
詩語りではやっと怨念を越えて生命讃歌を書ける時を迎えることが出来た。いま語ることは感謝に満ちている。八月に向けてもう一歩先の世界をもとめてゆきたい。
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