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2018年12月31日 (月)

田川紀久雄日記

今年の最後の日だ。
朝、いつもの公園で詩集『未来への地図』を語り込んできた。
ことしも多くの人たちに助けてもらった。また逆に私の許から去っていった人もいる。
今年は上野芳久詩集と崔龍源詩集が記憶に残った。上手い詩集はいくらでもあるが、うまいからどうしたというものでもない。書かねばならないという強烈なものが作品に秘めていないと感動は湧き上がらない。
今年は他者の朗読を一度も聴く機会がなかった。あまり歩けないので外出が出来なかったからである。今本当に聴きたい詩人の聲がいないせいもある。
今年は20冊近くの詩集を上梓してきたが、ほとんど評価されることがなかった。それは私が詩人の数人にしか送っていないこともある。
今年はいろいろとありがとうございました。
そうそう一番の出来事は我家に猫が飛び込んできたことである。世界の平和は、猫が日向ぼっこしていられることである。来年こそ平和な年でありたい。

2018年12月30日 (日)

田川紀久雄日記

今日は最新作の詩集から詩を一篇載せてみよう

  千羽鶴 

病室で祈って折った千羽鶴が
きっとひかりに向けてとびたっていくに違いない
同じ病で臥せっている友達の所へ

詩語りの聲も祈りである
それならば何故か聲が届かないのだろうか
同じ病でくるしみ嘆いている人たちに

幸せになりたいと夢を追う
原爆ドームの前に飾られている千羽鶴は
数多く亡くられた人々の魂に届いていくのだろうか
生きている人は祈りを込めて丁寧に一羽の鶴を折り込んでいく
亡くられた魂が少しでも癒されることを願って
私はヒロシマもナガサキ」もまだ行ったことはない
一度はあの広場で路上ライブを行いたい
そのようなことに許可は下りないだろう
いつもの公孫樹の下で語り続けるいる祈りは
ひかりの中を折り鶴になって飛んでいるのかもしれない

戦争でも原爆は使用すべきでなかった
原発でも平和利用などと考えるべきではなかった
今も多くの人たちが病で」苦しんでいる
幸せも平和も二度と戻らない
いくら祈りを捧げても
二度と同じ過ちを繰り返さないように
祈る
生きている人間はそれしかできない
いかにこの世を平和へと導いてくれている
平和の美しいひかりはこの宇宙を包み込んでゆく
祈ろう
ひたすら祈ろう
それしかできなくても

2018年12月29日 (土)

田川紀久雄日記

「北方文学78号」に掲載されている」鈴木良一氏の「新潟県戦後五十年詩史(12)」は大変な仕事だ。このような仕事は読者が少ない。でも新潟県詩史にとっては大切なことである。地方の詩人たちの仕事はどんどん消え去ってゆく。いや東京の詩人たちですら消え去ったゆく。鈴木氏のような仕事は永遠に残るものだ。
私が市島三千雄詩集を語らせていただいたのも鈴木さんのおかげだ。地方には優れた詩人たちがいてもなかなか紹介されない。新潟でライブが出来た思い出は懐かしい。画廊フルムーン・ライブのビデオはCDで残してある。柏崎で生まれても新潟市まで出てゆく機会がなかった。このような企画がなかったら永遠に新潟市にはいかなかっただろう。詩語りライブの旅はみんな楽しいものばかりだ。

2018年12月28日 (金)

田川紀久雄日記

今季一番の寒さだそうだ。
「詩と思想」が届くが、詩人たちに気を使うだけで、読者にむけての配慮がたりない。詩壇というものは狭い世界でしかない。本当の詩はこの宇宙に充満している。歓び哀しみ苦しみがどう読者に伝えるかが詩人の仕事である。詩人の知名度なんか読者にはまったく興味がない。詩壇に顔を出す詩人の詩でそれほど良いと思うものがない。本当の詩人はこの世の苦しみや歓びを詩に表現していくものだ。今の世の中では、詩が読まれないのは当然である。詩の朗読だって誰一人詩語りをしらない。未来に対して希望が視える世界を求めてゆきたい。
詩は魂の叫びだ。そして愛の世界だ。

2018年12月27日 (木)

田川紀久雄日記

日本は商業捕鯨に踏み切った。これはまずい。国際協調主義を破った。これではトランプよ同じようなものだ。今一番大切なのは国際協調である。一国主義的な発想は世界を不安に煽ることでしかない。この世界が平和になるためにもとめるのはあくまで世界協調であらねばならない。
日本は戦争のない国造りで開ければならない。そのためにも憲法九条は守らなければならない。それなのに安倍内閣はその国民の願いを壊そうとしている。未来の希望がなくてどうして国づくりが出来るというのか。憲法九条は世界の願いである。私の詩は、平和の祈りとして書いてゆきたい。そして詩語りは希望のひかりを求めて語ってゆきたい。
過去の詩人たちの朗読のCDがあるが、とても聴くに堪えない。その中に萩原朔太郎の聲も聴くことが出来る。

2018年12月26日 (水)

田川紀久雄日記

山頭火の全集の第六巻をぽつぽつと読み始めている。何度読んでもよいものは良い。離婚したとき、私の本はすべて売られてしまったが、この山頭火全集だけは残った。いま私の手元にあるのは宮沢賢治全集と山頭火だけだ。眼が悪いので何ページも読むことが出来ないが、晩年の楽しみに残された楽しみの時間だ。もう10年近くも本屋に足を向けていない。本もCDを買うゆとりもない。
一日の仕事は数冊の詩集の制作と、詩を書くことと、、詩語りの精進だけである。、相棒が働いている間は私も自分の仕事に打ち込んでる。ときどきネコの相手をするぐらいだ。

2018年12月25日 (火)

田川紀久雄日記

「操車場・135号」の発送をする。参加者の協力で今年も無事に発行ができた。
平成の時代は大きな災害が起きた。過去の歴史を見直さなければならない。インドネシアで大きな津波で死者が300人を超した。まさか火山の爆発で津波が来るとはだれもが予想していなかった。このような時こそ国と国が助け合うことが大切である。東日本災害の時も多くの国から助けていただいた。

ことしも私は多くの人たちに助けてもらった。私にできることは詩集の発行ぐらいだ。詩集は私のもう一つの日記でもある。だから自分の追い求めている世界を描いて行きたいだけだ。詩とは何かより、生きていることとは何かが私には必要である。詩人である前に一人の人間としていきていたい。愚人(デクノボー)であることでこの世を生きていたいものだ。そしてすべての人々の幸せを切に願っていたい。
「操車場」をを読んでいただいた方には感謝をしたします。同人の方々には特に感謝したします。

2018年12月24日 (月)

田川紀久雄日記

来年は日本経済が危ない。日米の一対一の交渉で、韓国のような最悪の交渉になる可能性がある。トランプ氏のわがままで勝手な交渉にはあきれる。アメリカの商品をたくさん買わされる。
昨日詩集『慈悲の泉』を語っていたら、思いのほか聲が出た。この詩集は語りに適している。聲には常に苦しんでいるが、昨日のような語りが出来ると本当に嬉しいものだ。一日も欠かさず詩集を語り込んでいる。スポーツと違って老いても続けていられる。これはある意味で執念としか呼びようがない。語り込めばそれなりの風格も生まれて来る。わが家の近くに語りに適した公園があるので助かる。何としても手作り詩集は語り込んでゆきたい。今詩集『訪問者』を少しづつ制作している。毎月詩集を上梓してゆくのは大変なことだ。年に詩集を約20冊程度生み出している。生きることは闘いだ。眼もだんだん悪くなっていく。これは辛いことだ。

2018年12月23日 (日)

田川紀久雄日記

「操車場・135号」の製本を行う。今年も無事に詩誌を発行が出来た。眼が霞んで見えにくい時もあったが、なんとかやってこれた。今月は詩集『人間について』を上梓した。新年なので20部ほど多めに印刷を行った。
種子法が廃止される。日本の古来の種が危うい。漢方の時も民間人には手が入らなくなってしまった。末期ガンの時には漢方によって私は助かった。その漢方が自由に変えなくなってしまったのだ。処方してもらうと随分割高になる。それと漢方の値が上がってしまった。日本はアメリカになぜ怯えているのか不思議だ。日本のオリジナル性がどんどん失いかけている。
テレビも4Ktoka8Kになってもテレビそのものがつまらない。今のテレビはコマーシャルが多すぎる。テレビ局そのものの独自性がまったく感じられない。質の良い番組を作らない以上テレビの時代は終焉を迎える。

詩の朗読もいつまで聲の垂れ流しを行っているのだろうか。詩のボクシングやオープン・マイクにしても救いようがないものだ。
本物の詩・本物の聲そして、いのちのひかりを感じさせるものが欲しい。来年も最悪の年になるかもしれない。

2018年12月22日 (土)

田川紀久雄日記

「操車場・135号」の印刷を行う。
もし来年75歳以上の医療保険料の軽減策を廃止されたら、もう私は生きていけなくなる。大病を抱えて生きている身の取っては大変な問題だ。弱者切り捨ての政策がまかり通ることになる。防衛費が最大で5・2兆円これは驚くべき話だ。
今年は役人たちの忖度で改ざんが行われた。その責任もうやむやで終わらせようとしている。辺野古の問題も国民の聲を無視して工事を再開してしまった。安倍内閣は恐ろしいことを平気で行う。国民の意見を無視する内閣。その安倍氏に選挙では票をいれる国民の矛盾。それは経済を優先する国民が多いからだ。他者の不幸より自己の幸福を優先する人たちが多いということだ。不幸はすべて自己責任でかたずけてしまう。来年は貧富の差がますます拡大してゆく。障害者を抱えて生きてきた私にはまともに働けなかった。年金も数万円しか受け取れない。生きていける額ではない。
詩人として生きている私には詩集を上梓する金など何処にもない。だから手作り詩集を作るしかない。それも十冊程度。生命讃歌と美しいひかりを求めて詩を書いている。手づくだからと言って無視されるのはつらい。NさんとSさんの二人はいつも買っていただいている。本当にありがたい。それにカンパをして下さる方がいるので何とか生きていられる。詩語りの出前があればと思うのだがそれは今は果たせない。今は公園の公孫樹の下で懸命に語っているだけだ。
来年も年賀状は出せない。ハガキを買う費用がないからだ。

2018年12月21日 (金)

田川紀久雄日記

「操車場・134号」の原稿があつまる。詩人たちとの交流は今のところこれしかない。100冊ほど送っている。来年からまた送料が上がる。
民営化になってから何も良いことがない。なぜ民営化しなければならないのか国民には解らなかった。民営化というものは利益を追求すする世界である。この度の水道も世界では民営化で失敗している。これを推し進めようとする安倍内閣は末期状態だ。このたびの雫石での問題も各地で起きえる話だ。消費税問題でも若が解らないことを始めようとしている。それに防衛費の増額も
可笑しな話だ。空母化する馬鹿げた話だ。

2018年12月20日 (木)

田川紀久雄日記

氷見敦子の作品の問い合わせがあったが、詩誌「漉林」の在庫はもうない。部屋が狭いのでほとんど処分してしまった。私の詩集の大半は処分をした。
いまはその空いた場所に猫がいる。私の世代の詩人たちもどうしたら自分の作品を遺せるか迷っている。なくなれば家族すべてが処分してしまうだろう。家族にとって詩などまったく余分なものなのだ。詩人・画家の亀岡さんのように家族が絵や詩集の全集を作ることなどまれなことだ。でも最後は忘れられて行ってしまう。図書館に寄贈しても詩集などは処分されてしまう。この世に名が残るのはある意味で奇蹟なことだ。世に残したいなどと考えないことだ。今を懸命に生きることが大切である。生きているうちが花である。

2018年12月19日 (水)

田川紀久雄日記

今日も眼科に行かねばならない。昨日の手術代が一割負担でも16600円もかかってしまった。もし3割負担だったら4万円近くなる。7回も行っているからいくら払ったと追おうと驚く。生活能力のない私には痛い出費だ。
もう当然に出版社から詩集は出せない。貧困でも手作り詩集を出せることを証明していける。S社の詩誌に以前は必ず詩集を紹介していただいていたが、手作りになったからはまったく紹介されなくなった。手作りは詩集と見なされないのだろうか。これは権威的な問題だ。生命讃歌を描いている私にとってはふに落ちない。手作り詩集を一年半で二十五冊以上も上梓しているのは私ぐらいであろう。ある詩人からはもう送ってくるなと言われた。詩集を公園で語れることは生命讃歌だ。ライブが出来なくても嬉しい。人明かりを求めて生きていける。

2018年12月18日 (火)

田川紀久雄日記

今日は午後から眼の手術がある。この手術はもう八回ほど受けている。糖尿病の黄斑症はなかなか治らない。
穂谷さんからリンゴが送られてr北。このリンゴはうまい。長野のリンゴだ。彼とは何十年もあっていない。友はありがたいものだ。私は手作り詩集を送ることしかできない。
詩集『訪問者』の手作り詩集を作り始める。これは夏にある場所で詩語りを語った時の物語だ。この時は長尾さんにお世話になった。今年も多くの人たちに助けられた。だから私は生命讃歌を書かねばならない。
詩集『風の詩(うた)』を書き終わった。この詩集も公園で語りながら校正をしていこう。

2018年12月17日 (月)

田川紀久雄日記

このところ寒い。頭の回転も鈍る。寒さの中で語りの稽古をしていると思うような語り方が出来ない。語ってはテキストを直す。この繰り返しが続く。何のために語っているのかと頭をよぎる。人前でライブを行うわけでもないのに。
このところ毎日ショスタコーヴィチの交響曲を聴き続けている。全曲を聴きたいとおもっている。芸術は何のために存在しているのだろうか。太曲が多いので聴くのも大変だ。指揮者はキリル・コンドラシンである。

2018年12月16日 (日)

田川紀久雄日記

詩を載せたいと思うのだがブログには貼り付けが出来ないので不便だ。以前のパソコンだったらコピーの貼り付けもできた。だれかコピーを貼り付ける方法を教えてくれる方がいたら教えてください。
ここ外は寒い。それでも語りの稽古を続けねばならない。納得のできる語りはなかなかできない。出来ないからこそ稽古に励むしかない。道元がいう行事こそ最高の歓びでなくてはならない。詩語りは口頭愛語の世界である。語りは詩人たちに語るのではなく一般の人たちに語り聴かせるためにある。だから詩であっても、誰もが聴いて理解するものでなければならない。それで芸能を感じさせて行ければ最高である。
手作り詩集は毎月新作を上梓しています。頒価1000円です。お申し込みは漉林書房まで。朗読をしている人には是非読んでもらいたい。詩語りとの闘いが描かれています。

2018年12月15日 (土)

田川紀久雄日記」

辺野古の土砂投入はやりすぎだ。これがいつもの政府のやり方である。一国の平和よりも世界全体が平和が訪れない限り、軍事基地は亡くならない。これは解決不可能なものなのだろうか。欲望という塊がある以上どうすることもできない。難民問題も簡単には解決できない。そのためにも各国都との文化交流を行うことで相手の世界を知ることが大切だ。分かち合う心こそが世界平和につながっていく道であろう。
詩集『残像』の校正が終わる。詩語りを行いたくても何処にも場所がない。詩文化は庶民生活からもはみ出している。個人の苦しみや悲しみを詩(うた)にすることで癒しへの道を拡げてゆける。隣人を理解する。このことさえ難しい。私の手作り詩集は豪華な本よりも愛おしく感じる。大切なのは内容である。誰にでも読んでもらいたい。いのちのひかりを求めて書いているのだから。

2018年12月13日 (木)

田川紀久雄日記

眼の手術をまた行わなければならない。もう6回以上だ。お金がかかる。遠くの風景が視えない。自転車に乗っていて怖い。

詩集『残像』の校正を行う。また語り込みながら修正をしてゆく。語りも太い線で絵を描くように語りたいものだ。。そのためには作品の質がとわれる。もう語りは練習ではない。公孫樹の下でも公演だと思って語っていく。詩語りは闘いだ。

2018年12月12日 (水)

今日は眼科の検診日である。もう一年を越えてしまった。いつになったら終わるのか先が視えない。いまだに細かい字は読めない。
産業革新投資機構問題でギャラ問題で社長以下役員が辞職した。国民の眼で見れば一億円は高い。これも税金で賄われている。アルバイトで一ケ月働いても10万円そこそこだ。年間にしても100万円程度。
普通のサラーリマンだといくらぐらいなのか私には解らない。いっても数千万程度だろう。一億円は高いかは解らないが、国民の眼から見れば高い。スポーツ選手の契約料は何百億円もあるから、この一億円の判断は難しい。はっきり言えることは貧困層の人たちが沢山いる。その人たちの眼で見れば夢のまた夢の話だ。昔は一億円長者といった言葉があった。お金の話をすると悲しくなってくる。

2018年12月11日 (火)

田川紀久雄日記

何度もテキストを語り込んでいると、どうしても直したい箇所がでてくる。
詩語りの語り方もほぼ完成に近づいている。
世間はボーナス時期だが、アルバイトには何もない。これは可笑しなことだ。日産のゴーン氏の不記載の額が91億円だそうだ。その一部でもアルバイト社員に回してくれたらと思う。アルバイトには何の保証もない。貧しいものはより一層貧しくなるばかりだ。私は一度もボーナスなど貰った記憶はない。
私は美しいひかりをテーマにして詩を語っている。辛い人生を送ってきたことによって生まれた世界である。苦しみは美しいひかりを生み出すみなもとなのだ。生命讃歌を目指していきていたい。

2018年12月10日 (月)

田川紀久雄日記

ここ数日真冬日だ。部屋が温まらない。猫はこたつに入りぱなし。ここ数日鬱が続いた。書き上げていた詩を破棄した。
昨日猫に詩語りを聴かせていた。その時、語り方が突如新しい語り方が生まれた。それは聲を演じるという語りである。聴き手に感動を与えなければライブの意味はない。詩人たちはこのような方法は否定するだろう。40年近くも真剣に取り組んできた詩語りだからこそ意味がある。語りたい詩集があるからこそそこに意味がある。手作り詩集をひたすら語り込むことだ。どこかで語りたい。

2018年12月 9日 (日)

田川紀久雄日記

防衛費がどんどん増えている。10パーセント消費税になってもその一部は防衛費に回されると思うと消費税とはいったい何なのかと思わざるを得ない。国民の平和というものは誰もが安心して日々の暮らしを過ごせることなのだ。
我家のネコ、ミーは寒いのか炬燵に入ってばかりいる。これも平和なくらしの一部である。庶民は毎日精一杯がんばって生きている。その暮らしを理解しない政治は国をいつか滅ぼしてしまう。

2018年12月 8日 (土)

田川紀久雄日記

バス停まで何とか歩けるようになった。それもゆっくりとだ。病院はあと一回で今年は終わる。今月は三回だけだ。病院は待つだけで一時間以上かかる。今一番長いのが眼科である。
いま詩集を10部程度しか印刷しない。私は手作り詩集を出している。出版社で作る資金はない。それに詩人たちに送っても何の返信もない。中には送ってくるなという詩人もいる。私は詩語りのために詩集を編み出している。それを公園の公孫樹の下で語っている。それだけでも生きている歓びがある。私は生命讃歌をテーマにして書いている。しかし何処にも語る場所がない。このことは寂しい。いのちは美しい。分かち合える場を求めて生きていくしかない。詩語りの出前をしたい。
昔はガリ版印刷であった。いまはコピー機があるので助かる。手作りで作るから一冊の詩集の重みを感じる。手作りはなかなか良いものである。生きていることに感謝。

2018年12月 7日 (金)

田川紀久雄日記

血液検査をするたびに、どこが悪いと指摘される。身体はつねに変化するものだ。それは生きている証拠である。指摘されてもあまり禁止ないことにしている。寿命が100年時代であると言われているが、私にとっては恐ろしいことだ。あくまで自然でよい。いま可愛がっている猫の死を看取ることが出来ればそれでよい。野良猫が家の外で泣いているのをおいでと手招きしたら入ってきた。生き物のいのちはすべて平等である。病菌以外は。
貧富の差がますます拡大されている世の中は異常だ。日産会長の年棒が何十億なんておかしい話だ。アルバイト社員にはボーナスもでない。手当も安い。社員の切り捨てを行って生き延びている。資本主義の矛盾が露骨にむき出しになっている。これでは平和の世の中は遠いとしかいえない。これは日産に限ったことではない。外国人労働者問題でもあまりにもひどい扱いがある。人間以下の家畜扱いだ。日本人として恥ずかしいことだ。

2018年12月 6日 (木)

田川紀久雄日記

外国で失敗をした民営化への水道を、日本では可決されてしまった。地方によっては水道代が倍になるところが出てくる可能性もある。今生活で必要なのは、水道・電気・ガスである。これを民間に任せたら利益追求で値をあげざるを得なくなる。国民にとっては大問題だ。
外国人の受け入れ問題でも、議論がほとんどされないままこの度の国会で承認されてしまう。苦しむ人たちが出てくるだろう。
スポーツ界で契約金が何10億円と言われるが、庶民にとってはとても想像がつかない。果たしてこれでよいのか疑問である。
いろんな意味で貧富の差が拡がるだけだ。詩人という存在は何も」価値がないのだろうか。悲しいものだ。

2018年12月 4日 (火)

田川紀久雄日記

石垣島にミサイル基地を作る計画があるが、当然島の住民は反対する。戦争が起きれば最初に破壊される。そして辺野古問題でも埋め立てを再開する気配。沖縄県は日本の軍備面を押し付けられている。沖縄県住民の反対運動も大切だが、日本本土の人たちの反対運動が求められている。戦争が起こらない国づくりこそが求められている。平和の尊さが何といっても大切だ。

2018年12月 1日 (土)

田川紀久雄日記

経済省が新小型原発の開発を。これはアメリカからの要請なのかそれとも安倍総理の意向なのか。もし安倍政権の意志ならば愚かなことだ。
今は自然エネルギーに世界が向っているのに逆な方向だ。原爆が投下された日本の取るべき道ではない。一般家庭の屋根に太陽エネルギーを取り付ければ原発は必要でなくなる。

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