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2017年2月28日 (火)

田川紀久雄日記

苦悩な人生でも、希望を求めて生きる喜びを見出していけるものである。自分だけの幸せは、ある意味で不幸なものだ。詩の世界で、本当の歓びの世界を追及していくことは大切なことである。苦しみから逃れるのではなく、苦しみを通してこそ、本当の幸せを見出して行ける道を求めてゆきたい。言葉は何のためにあるのか、それは幸せを求めるためにある。詩人の仕事は言の葉をひたすら深めていくことに尽きる。

2017年2月27日 (月)

田川紀久雄日記

腰バンドを付けたら急に腰が痛みだした。腰を強く締め付けたためなのだろうか。毎日どこかが痛い日々だ。
公演の公孫樹が一本切られてしまった。後の三本は枝がみんなきられた。これで美しい葉が見られなくなる。二日ほど公園には入れなかった。
眼は右目が霞んで前方があまりよく見えない。身体の部品にガタがきているのだろう。

2017年2月26日 (日)

田川紀久雄日記

『南無』の手作り詩集の見本を一冊作る。要は詩を読んでもらえればよいのだからこれで充分である。大切なのは詩を書く姿勢を高めていくことである。これはすべて注文性で発売である。在庫を作らないのでこれ以上部屋の本は増えない。頒価千円です。
これから身体で何が起こるのかわからない。そのための備えをしていかないと大変なことになる。だれからもお金を借りるところがない。借りたとしても返すメドなとたたない。お金を稼ぐには詩語りの出前だけだ。だからプロに徹した生き方をしなければならない。

2017年2月25日 (土)

田川紀久雄日記

最近言葉が出てこない。昔は何も考えなくても言葉が出てきたのに。特に人の名前を忘れる。これも脳の衰えの表情なのだろう。それと感動を味わうことがだんだんなくなってきた。テレビを観ていても少しも面白くない。心から胸を打つものに出会うことがほとんどなくなった。それは生きていることの本質からかけ離れているからだろう。本物以外には、まったく興味がないということである。人生の悦びは、本物との出会いにある。
詩誌受贈『千年樹・69号』『伏流水・58号』
詩集受贈『かわいふくみ詩集・理科室がにおってくる』

2017年2月24日 (金)

田川紀久雄日記

手書きの原稿の文字がほとんど読めなくなっている。もう眼がここまで来たのかと唖然としてしまった。相棒に頼んでパソコンで打ってもらった。もう他人の仕事はできないだろう。
リハビリで腰の痛みが出てきた。無理をして背骨を引っ張るので痛みが出ているのだろう。当分リハビリは中止するしかない。

2017年2月23日 (木)

田川紀久雄日記

下痢で七十五年間の毒が身体から吐き出されたのかもしれない。これからは新しい道を歩いていけそうだ。詩語りも新境地を摑めたような気がした。一語一語に愛を込めて語れそうな気がした。人間はつねに新しい道を見出して歩かねばならない。語りの内面性を常に求めて生きてきた。誰にもできない詩語りが構築されていく。でも人は私の詩語りを聴こうとはしない。今の私は詩語りの神様に語っているのだから、聴き手のことなど気にならない。本当に救済できる語りを求めていればそれでよい。

2017年2月22日 (水)

田川紀久雄日記

身体の調子が悪いと、気分も鬱になる。齢とともに身体の衰えを感じる。でもある半面でそれを感じながら楽しんでいる自分がいる。
「操車場」の原稿が全部集まった。『嶺』の仕事も入った。この仕事もこれで終わりになる。あとは自分の仕事に徹して生きていけば良い。

2017年2月21日 (火)

田川紀久雄日記

また夜中に酷い下痢をした。ほとんど眠れなかった。病院に行って原因を調べてもらいに行かねばならない。
昨日は、金沢文庫にいった。カフェーばおばぶで松崎さんと会う。詩の朗読は、普通の人にはちょっと難しいかもしれない。私は私なりの方法で行うしかない。でもいろんな人たちと会うことは必要だ。そしていろんな人たちの前で詩語りを行いたいものだ。その前に自作詩の語りを何とかしなければならない。今は詩集をCD化するために行っているが、一般の人の前では作品を選んで行わなければならない。一冊丸ごと語るのは、聴き手が退屈してしまう。詩にも語りやすいのと、語りずらいのがある。そこを見極めて語らなければならない。

2017年2月20日 (月)

田川紀久雄日記

今日は七十五歳の誕生日だ。やっと自分らしい生き方が出来るようになった。
手作り詩集の見本を作る。お金をかけない。要は詩を語ってゆけば良いのだから、立派な詩集は作らない。相棒の本と私の詩集を作っていけばよい。他者が買い求めたい本を作ることだ。ここまで来るには、ずいぶんと遠回りをしてきた。

2017年2月19日 (日)

田川紀久雄日記

昨日は一日中下痢で酷い目にあった。原因は多分夜中に飲んだ牛乳であろう。何もすることが出来なかった。病の時は病を楽しめば良いと思って過ごすことができた。生き物は、死ぬときは死ぬもので、生きている時は懸命になって生きればよい、ただそれだけである。人生はそんなに難しいものではない。人間は結果を気にするから愚痴が生まれるのだ。

2017年2月18日 (土)

田川紀久雄日記

携帯が故障で、川崎まででる。久しぶりに川崎に行った。ついでにヨドバシニよりインクとSDを購入。
最近クロネコでの詩誌の配達がほとんどなくなった。急に送料が倍に値が上がってはクロネコは使わなくなる。月刊で詩誌を発行していると送料代も大変である。送料代はだいたい発行者が負担している。詩誌を発行すればするほど赤字になってゆく。発行者の情熱がなければ詩誌の発行は不可能である。どこの詩誌も高齢化になっている。詩はもはや老人詩誌になりつつある。これも時代のせいなのかもしれない。寂しい時代になってゆく。

2017年2月17日 (金)

田川紀久雄日記

哀しみを越えて人生讃歌に向かうことが一番求められていることである。そのことで他者の哀しみの深さを知ることが出来る。詩を語ることで、テキストと聲が一致する地点がやっとわかってきた。ここまでくるのに四十年間もかかってしまった。やっと新しい道が拓けて行くことが出来る。次の詩集もこの『新しい道』とする。もっと新しい道を探し求めていくために書き続けねばならない。
「共謀罪」は危険な法律になる。市民団体や労働組合もこの対象になりえるからだ。自由の権利が奪われてしまう。南スダーンも危険な地域である。政府の改憲とはまったく異なった状況になっている。なぜ安倍政権を国民の支持が高いのか不思議でならない。株が上がればそれだけで政権を支持するのか。個人の幸せだけを求めると、最後は不幸に導いてしまう。正しいことは最後まで言い続けねばならない。

2017年2月16日 (木)

田川紀久雄日記

『愛語』を書き終えた。一ヶ月半で書けた。詩集として良いか悪いかは私には解らない。この先の道はどのような道を歩いていくのかはまだ決めていない。
アルバイトと正社員との賃金の差額はあまりにも大きい。日本の経済が発展してきたのもアルバイトによってである。要は使い捨てなアルバイトによってこの社会が維持されているといっても過言ではない。国民年期では月に六万円しかもらえないという。これではどうして老後が生きて行けるのか。ますます貧富の差が拡大していくだけだ。
私は詩語りのプロを目指していくしかない。でも仕事が入ってくるどうかは疑わしい。命懸けで生きて行くしかない。いい加減な生き方をしていられないということだ。

2017年2月15日 (水)

田川紀久雄日記

生きる上にとって大切なことは、あきらめないでやり通すことである。評価されなくても、自分が信じている生き方をすることである。他者の評価など当てにならないものだからだ。それにはよほどの精神力が求められる。でも誰か一人ぐらいの応援者が出てこないと、やはり辛いものでもある。
昨日、手作り詩集『帰還』の版下を作成する。発行予定は今年の十月ごろである。限定部数三十部ほど。頒価千円。すべて予約販売。生活を維持するためには、致し方がない。真剣になって生きて行くために、無理な出費はできない。すべてが命懸けで生きて行かねばならない。本当の詩の世界を求めていかねばならない。『愛語』ももう一篇書けば終わる。この詩集も手作りで作成する。

2017年2月14日 (火)

田川紀久雄日記

詩を書くことで、今の自分自身が視えて来る。詩は、ある意味での自己診断書であるといえる。出来るのなら毎日詩を書いていたいのだが、なかなか毎日は書けないものだ。二〇代のころはそれでも毎日のように書いていた。一日に何篇もかけたような時もあった。あのころの原稿は何も残っていないが、多分たわいのないものを真剣になって書いていたのだろう。自分の苦しみから逃れる唯一の楽しみであった。もう楽しみのためには詩を書くことが出来なくなっている。それでも月に一五編ほどは書いている。
図書受贈『かち・11号』

2017年2月13日 (月)

田川紀久雄日記

最近JRの事故が多い。昨日も京浜東北線が人身事故で止まってしまった。鶴見線と支線南武線の電車の走る本数があまりにも少なすぎる。時には一時間に一本しか走らない。ホームで待っているのは寒くて辛いものだ。
憲法九条を平和ノーベル賞にしたいものだ。戦争しない国に攻めてくる国は出てこなくなる。いまの日本だとだんだん軍備費の拡大につながってゆく。日本はひたすら平和外交を推し進めてもらいたいものだ。それと子供たちの貧困を何とかしてもらいたいものだ。
詩集『愛語』はあと三篇書けば終わる。上手くいくと今月中に書き終わるかもしれない。

2017年2月12日 (日)

田川紀久雄日記

今日は、川崎詩人会がある。
いまの日本はアメリカに何も言えない。どこもが一国主義になったら、平和を維持することが困難になる。地球上の人口が増えすぎたことにも原因がある。寛容な心が求められているのに、その寛容さが失われたら生きていることが辛くなる。
職人というものは、厳しさが求められる。安易な優しさは職人の成長をさまたげる。人を喜ばす芸人にはこの厳しさがなければ、本物の芸人にはなれない。人を喜ばすということはいかに難しい世界であるか。私は、詩語りでもこの苦難な道を味わっている。なかなか人の心に届く聲が撃てないでいる。この辛さを味わうことで精進に身を打ちこんで行かねばならない。

2017年2月11日 (土)

田川紀久雄日記

昨日は午後から川崎は雪になった。朝起きたら積もらなくて良かった。鳥取地方は大雪だという。雪おろしも大変だ。お年寄りが増えているので雪おろしも出来ない家もあるだろう。行政の力が求められておる。
老人対策が遅れている。老々介護などで辛い思いをしている家々も多いはずだ。福祉政策が求められている。それなのに一向に解決のめどすら経っていない。この国には未来を感じられない。まず貧富の差をなくすことから始めるべきだ。
詩人に求められてるのは、未来への希望を求める作品を書けるかどうかだ。心の応援歌がいま必要なのではあるまいか。これは難しい問題であるが、そのような作品を求めてゆきたい。

2017年2月10日 (金)

田川紀久雄日記

『詩人の聲』がもうすぐ1500回になるという。これは天童大人氏のたまものである。しかし、なかなか成果はでてこない。それは朗読はそんなに簡単に成果など生まれるものではない。コツコツ地味な仕事なのである。特に自作詩朗読の場合は、難しい。お客が集まらないことも大きな原因がある。お客が詩人の向上心を生むものであるからだ。そしてテキストが難解でもある。ここの場は、特に聲の力を求めている。詩人たちにとっては、聲の力が苦手な詩人が多い。周囲の詩人たちの応援も大切な要素の一つである。それから詩人たちがもっと聲について語り合うことだ。私は詩人たちから聲について話を聞いたことがない。これはとても寂しいことだ。これはつまり詩人たちの情熱がこちらに伝わってこない。詩壇からも無視された状況だ。参加している詩人たちがどこかの会場を借りて行う詩人が出てこなければならない。

2017年2月 9日 (木)

田川紀久雄日記

ここ続けて詩を書いた。書けないと思いながら、パソコンに向かっている。魂の奥から言葉を絞り出す。「透明なひかりに向けて」という詩が書けた。かすかな希望のひかりを求めていま生きている。前向きに生きることで、新しい言葉にであえる。
このままゆくと五十年後には地球の環境が大変になる。自分の国さえよければという一国主義だとこの地球には生き物が住めなくなるかもしれない。豊かさを追求していくと最後は破滅に追い込まれる。宇宙の膨張と同じことが起きる。今年はストーブも使わずに冬をすごしている。雪国の人たちの燃料代は大変なものだ。とうてい私たちの生活費では生きてはゆけそうもない。貧しさも限度を超すと辛いものだ。

2017年2月 8日 (水)

田川紀久雄日記

亀田道昭詩集『昨日まで、そして今日』が送られてきた。彼の人生も大変なものである。奥さんが亡くなって後の苦労も知っている私には読んでいて辛く感じた。今の私のはどのような返事を書けばよいのか解らない。
最近の私は希望や希求が存在しない作品は、出来るだけ読まないようにしている。絶望の中にもひかりを見出そうとする闘いがないと息苦しく感じる。
末期ガンから生還できたのも、生きる希望をつねに持っていたからであろう。だから詩語りはいのちをかけても行い続けねばならない。上手いとか下手とかという問題を越えたいのちの語りを行いたいのだ。詩は生きる喜びの表現でありたい。その道は確かに困難な道である。

2017年2月 7日 (火)

田川紀久雄日記

朝寒いと床から起き上がるのが辛い。新聞配達の人は四時ごろ来る。毎日ご苦労さんと言わずにはいられない。雪国の配達人はさぞかし苦労が多いのだろう。
ありがとう。ご苦労さんと言葉を気安くいえる世の中であってほしい。世界全体が保守的なることは危険だ。分かち合い、助け合う精神がこの世で一番たいせつなことである。
朗読家という人はこの世に何人いるのか知らないが、私のように鎮魂歌を毎日天に向けて語っている人はいないだろう。人前だけで語るのがプロではない。どこからも仕事が来なくてもプロの語り手はいるものだ。詩でもだれも読み手がいなくても、本物の詩人はいる。本物はやたらに人前には出ていかない。詩人同士の評判などな当てにはならない。あくまで自分の眼で探し出すことだ。いま自分の眼を持っている人が少ない。

2017年2月 6日 (月)

田川紀久雄日記

詩の朗読で、聴きに来る人は詩人しかいないということは何を意味するのか。つまり詩という世界は一般の人たちに開かれていないということだ。あるいは詩人に対して魅力を感じないのかもしれない。
私自身、もっと悦びを感じながら語らねばと思った。芸というものはお客によって成長するものである。芸はお客の眼を伸ばしていくものでもある。この関係が生まれない芸は未来が閉ざされている。詩集というものは心の共にならないと、その詩集はこの世から消え去っていく。詩人は孤独である。そして不屈の精神力を持っていなければならない。世の中の評価など何もあてにならない。

2017年2月 5日 (日)

田川紀久雄日記

朗読で求められるのは、身体性への記憶ではなかろうか。詩を解釈して語るというより、テキストを語る瞬間は、身体の記憶に頼って聲を発しているといえる。それをうまくいくにはスポーツと同じように身体性を鍛えるしかない。鍛えられていない聲で詩を語っても聴き手は苦痛を感じるだけだ。
昨日中原中也を久しぶりに語ってみて、聲の身体性について考えてみた。
上野芳久詩集『遠い旅』の特装版が送られてきた。表紙が文字の曼荼羅になっている。松岡さんのアイデアである。見開きで一篇の詩が読めるのも良い。

2017年2月 4日 (土)

田川紀久雄日記

昨日、野口田鶴子さんの宮沢賢治の語りを初めて聞く。なかなかなものだった。その会場に松崎好男さんという方がいて、聲について話し合うことが出来た。なかなか知識があって楽しいひと時であった。彼は「対話の時間」というイベントを行っている。一度聴きに行ってみたいものだ。昨日は八千歩あるくことが出来た。いままで最高歩けたのだろう。

2017年2月 3日 (金)

田川紀久雄日記

多くの企業が黒字だと思っていたのが赤字に転落していく。それも一人の人間によってだ。私は株を一度もやって事がないが、株というものは恐ろしいものだ。中には大儲けした人たちもいただろう。そのような株で喜怒哀楽を味わうのは虚しいことだ。私の生活は裸なままで生きることである。何物にもとらわれない。自然体で生きることが一番良い。
昨日はほとんど眠れなかった。自分の手作りでどのような方法で詩集を作っていくかを考えていたからだ。A5版で横づくりならページも減らして出来そうだ。つまり「操車場」を一回り小さくしたものである。カラーを入れても二万円程度で出来そうだ。それも三十部限定で印刷すれば気楽にできる。これまで道りどんどん詩を書いてゆける。そして詩語りに力を入れてゆける。

2017年2月 2日 (木)

田川紀久雄日記

{良寛道人遺稿」を取り出して読もうと思ったら、文字がまったく見えないのだ。それは文字が小さいのとインクが薄いことである。この本は何としてでも読みたい。
樹木は太陽の光に向けて成長していく。人との心もいのちのひかりに向けて成長するものである。そのひかりはいかに尊いことなのか。詩の世界で一番大切なことは、それを求める心ではなかろうか。そのひかりがあるから、どのような困難にも耐える生命力をもっているといえる。それこそ人間賛歌である。聲の本質もその光に向けて発しなければ聲とはいえない。聲とは何かと問われれば、いのちのひかりだといいたい。

2017年2月 1日 (水)

田川紀久雄日記

「操車場115号」の発送を行う。
詩では時局のことは書かない方がよいといわれているが、トランプ氏の政策については書かないではいられない。利己的な考えとは闘わねばならない。資本主義社会が来るところまで来たという考えになってしまう。
沖縄問題も政府の態度はあまりにもえげつない。植民地そのものである。これが日本なのかと言わざるをえない。
保坂さんの所で詩集はあと二冊ほど出来そうだ。

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