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2016年9月30日 (金)

田川紀久雄日記

『詩と思想・10号』で私の詩集『叢生』を原田もも代さんが紹介してくれた感謝。「詩と思想」で取り上げてくれても、詩人たちの聲について誰も書かない。いや書けないのだろう。現代詩は聲そのものから乖離している。詩人たちが朗読すると聲が立ち上がることができない。現代詩の欠陥が聲の前では無残に崩れ去ってゆく。そのために天童大人氏は聲というものを何とかしなければとの思いで「詩人の聲」を立ち上げた。でもその道のりは困難を伴っている。
詩人は専門の朗読家でもなければ俳優でもない。あくまで詩人でしかない。そのためか他者の聴かせる内的な要素が足りない。どこの世界でも詩人の朗読が馬鹿にされている。そのことに気付いていない。詩人しかできない聲というものがあるはず。なぜそれを追及しないのだろうか。それを追い求めて詩集にしてきた。でもそのことは誰も気づかない。末期ガンになって大変でしょう、頑張ってください。これでは困ってしまう。詩人たちは私を招いてまで聲を聴こうと誰もしない。いや今の私は詩人たちの前ではほとんど行わないでいる。いまは本当に聴くに与えするCDを制作することを目指している。詩人たちはあまりにも聲について無関心すぎる。

2016年9月29日 (木)

田川紀久雄日記

午前中、病院でいつもの定期検査である。
プリンターが故障で昨日ヨドバシに行く。今月は赤字だ。どこまで「操車場」が出来るのだろうか? 私にも解らない。多分詩集を上梓している間は大丈夫だろう。
詩人たちとの関係性は薄くなっているが、そのようなことはどうでもよいことだ。大切なのは自分がどのように生きて行くかが大切なことである。青山次郎のように「なにもかも承知」と言いながら人と付き合うのも大切である。愚かに生きる生き方も楽しいものと思えばよい。それこそ自然そのままの生き方だ。何も求めない、何も期待しない。ひたすら自分の生きる思想を深めていくだけである。

2016年9月28日 (水)

田川紀久雄日記

右ひざが痛みだした。階段を登るのが辛い。次から次へと身体の調子が悪くなる。電話などで話していると「田川さんは元気そうだね」と言われる。それは詩語り人なので聲だけは自信がある。
ガン患者のための語り『生命の歓び』のCDが来週には出来る予定。これはガンで悩み苦しんでいる人たちに聴いて貰いたい。末期ガンから治療もせず元気で活きている。それは何故なのかを語られている。それは生きる希望を強く持って生きてこられたからだ。いのちの尊さを秘めて次から次へと詩集を産み出している。生きていられることに常に感謝して暮らしている。CDとテキストをつけて千円で発売予定。
昨日やっと『希望』という詩を書いた。この一篇を書くのに四日もかかってしまった。

2016年9月27日 (火)

田川紀久雄日記

CDを制作することによって、聲が変わってきた。CDはそのもののライブとは違う。CDはある意味では限界があるということだ。それを承知でCDを作らねばならない。大切なのは、聲の深みである。なんでもそうであるが、とことんやることが必要である。そのことで失敗は失敗を越えていける。
昨日は相棒と出版記念でサンマを食べた。そして丹波の栗で飯を炊く。Uさんから「おめでとう」という電話をいただく。一度も出版記念会を行ったことがないが、それよりもささやかな記念会の方がよい。
詩人は詩を書くことで詩人でいられる。年に数編しか書かない詩人は詩人とは言えない。魂の鼓動をつねに表現することで生きる歓びを見出していく。他者から褒められることなどそれほど意味がない。自分は自分であることを追及するだけだ。また新たな詩集に向かって旅を続けるだけである。

2016年9月26日 (月)

田川紀久雄日記

詩集『一粒の種』が出来上がってきた。予定より早めだが、早めにおこなっていった方が、気分的にゆとりが出来てよい。部屋もかたずけなければならない。でも物書きの部屋というものは散らかっている方が書き手は落ち着くものである。しかしそれにも限度がある。人間は無駄なことをすることで、経済が循環しているのかもしれない。無駄のない人生は寂しいものである。これは贅沢とも違うものである。
世界的に温暖化が進んでいる。世界的な経済の発展がこの地球を滅ぼしかねない。ものが豊かになることは、本当に幸せなことのだろうか。私たちが小さいころは遊びは外で友達と過ごしていたものだ。テレビゲームのないころは、自然が一つのゲームであった。しかし都会はこの自然がどんどんなくなっている。自然と遊ぶことが贅沢な時代になっている。
私も田舎暮らしをしたいと思っていても、もう無理である。どんどん老いていく。軀が丈夫でなければ田舎暮らしなどできない。確かに老人には都会暮らしは過酷なものだ。

2016年9月25日 (日)

田川紀久雄日記

新しい詩集『希望』というタイトルで書き続けて行く予定。この題は自然に生まれてきた。「希望」という題で何度も詩を書いているが、一冊の詩集としてやっと書く時がきたということなのだろう。詩集を作るということは、自分が現在どのような生き方を求めていくかということでもある。芸術家は、つねに新しい作品を追い求めていかねばならない。強烈なエネルギーがなければ芸術家にはなれない。
他者に認められたいという期待を抱かない方がよい。こちらから他者を意識しないで、自己の意志で生きることが作品を産み出すには必要である。失敗作品がほとんどでも、これはと思う作品が数点を産み出すにはその失敗作品が必要であった。科学者のように失敗の積み重ねが成功への道でもある。もし私の詩作品が全部駄作であったも、それは致し方がない。新しい作品を産み出してゆくことが、生きている証であるからだ。
詩誌受贈『水の呪文・44号』

2016年9月24日 (土)

田川紀久雄日記

昨日、『日常』を書き終わる。書くことで視えて来るものがある。それは内的宇宙の旅でもある。
禿慶子さんのように齢を取ってきても朗読を行い続けるのは凄い。聴きに来る人が少なくても毎月行い続けている。このことは朗読を行う人に勇気を与えている。戦争の体験を書いた詩には、聴いていても感動を覚えたことがある。私も聴き手が少数でも懸命に詩語りの世界を追い続ける姿勢が大切なことである。出来たらCDとして残してもらいたい。天童大人の朗唱・ピコ・デ・ヨーロッパのCDを昨日制作した。発売するしないに係らず残しておくべきである。詩人の聲として誰かが残すべきである。そして現代詩歌文学館に保存しておくことが未来への詩人の聲に役立っていくことだと思う。私は『青空の下に』から図書館にはCD付の詩集を寄贈している。(詩人の聲のDVD五十枚は以前、詩歌文学館に寄贈している。これは詩人の聲として貴重なものである。)
今日は、東鶴堂ギャラリー(鶴見)でライブを行う。これは私の詩集をCDに残すためのライブでもある。

2016年9月23日 (金)

田川紀久雄日記

これから夜が少しづつ長くなってゆく。国民の消費力を付けるには、金利を上げることではなかろうか。いま預金が無利費では、将来の不安で預金は使えない。国民年金では、まともな生活は出来ない。近所のおばさんたちが「六十歳すぎても家賃を払っていては、このご時世では生きて行けないわね」と道端で話し合っていた。確かに家賃が高すぎる時代だ。非正規社員やアルバイト生活では永遠に家を持つことが出来ない。貧富の格差が広がるばかりだ。だんだん生きにくい時代になっている。だからこそ詩人の聲が大切なのだが、それも受け入れられない時代である。安易な娯楽にうつつを抜かしている人たちが増えている。
といって現代詩は国民に対して、心の癒しになってはいかない。詩人は袋小路に迷い込んでいる。「現代詩手帖]も「詩と思想」「詩人会議」も国民の心と向き合わないまま迷路の中で閉じこもっている。詩人は孤高で活きて行くしかない。

2016年9月22日 (木)

田川紀久雄日記

『黎明』を初めて公園で語る。この詩集はCD制作のことを綴った詩集である。私の詩は詩語りを通して世界を視つめていく。朗読を行う人はいるが、そのことをテーマにして詩を書いている人はいない。『日常』という詩集もあと一篇で書き終わる。金銭的にきついので隔月には上梓できなくなる。でも詩集はどんどん生み出してゆく。
眼が悪くなっている。原稿をパソコンで打ちこんでいてもどうしても誤字が出てしまう。読み返せばよいのだが、その字を読むのにも困難である。注意されても致し方がない。ここ数ヶ月目やにがでて、いくら薬を付けても治らない。
詩語りのテキストも大きな活字で作っている。
昨日天童大人さんと電話で話していたが、なぜ詩人たちはCDを作らないのかと質問をすると、人に聴かせる自信がないからだろうと言われた。だからこそCDを作ることで恥をかく必要があると思う。詩人たちはもっと朗読と格闘すべきである。プロの朗読家のようには語れない。だからこそ詩人しか語れないものがある。それを個々に見出してゆかねばならない。そのことを実践していたのが武力也であった。たった一枚のCDを残して亡くなってしまった。

2016年9月21日 (水)

田川紀久雄日記

原発廃炉には、税金が使われる。つまり原発は国策であったということだ。廃炉代を国民に払わせるのなら、即座に再稼働を中止してもらいたい。それと安保法案を取りやめてもらいたいものだ。軍備力では平和は勝ち取れない。対話を続けること以外には平和への道は拓けない。それから日銀の政策は誤りであった。ということはアベノミクスは失敗であったということだ。総理の任期を延長する話が出ているが、これもおかしな話だ。
朝起きたら、雨が上がっていた。でもこの度の台風でも大きな被害がでた。年々温暖化で気温が上昇している。未来への道は厳しくなるばかりだ。

2016年9月20日 (火)

田川紀久雄日記

秋雨前線で、ここ毎日雨が降り続いている。そして台風が近づいている。公園に語りの稽古に行けないと気分的にも落ち込んでしまう。眼も随分悪くなってきている。本を読むのもだんだん困難になってきている。満たされる時間はものを書いているときである。
「操車場」の原稿が揃った。人は旅や娯楽などで時を楽しむのだろうが、今の私は旅にも娯楽にも興味を持たない。こんな状態で物を書くのは良くはないのだろうが、仕方がない。これは多分私一人だけではない。多くの老人たちが私と同じ状況の中で活きているのだろう。川崎にはクラシックを聴く場があったも、お金がなくて行けない。なんとか前向きになって生きて行かねばならない。いや誰よりも詩集を上梓して生きている。今月中に『一粒の種』が上がってくる予定だ。送るのは操車場関係と数人の詩人たちである。それでも百五十冊は出て行く。なかなか読んでもらえないが、期待して送るしかない。まあ、そのうち数人の人たちに読んでいただければと思うだけだ。まるで宝くじのようなものなのだろう。
私も他人の詩集にはそれなりに眼を通している。それは心に響く詩を読みたいからだ。何回も読む詩集もある。途中でやめてしまうのもある。詩集は普通の本より活字が大きい。眼鏡をかければなんとか読める。でも印刷の薄いものはまずお手上げだ。上野芳久詩集も今年中には出来るという。とても楽しみにしている。

2016年9月19日 (月)

田川紀久雄日記

「たぶの木」が終刊になります。詩を書かない人に送り届けてきましたが、高畑さんが次号で止めることになりました。彼は哀しみについての素晴らしい歌を書き続けています。詩は詩人のためにあるのではないという考え方は同じです。しかし、なかなか新しい読者が見いだせないのも現実です。相棒は浜川崎通信を作っています。
詩というものは読者のために書くというよりも、自分のために書いていることに重点を置いているものだと思います。この点でも結局読者にも制限があるのかとも思います。今の私は詩語りも詩人たちの前で語ることはほとんど行っていません。CD化することで新しい詩語りの道を模索しています。『日常』という今書いている詩集の中でも、この問題を追及しているところです。山下佳恵さんのように、生きるための応援歌が書ければよいのですが、なかなか簡単には書けないものです。このことは現代詩が何処に向けていけばよいのかという問いでもあります。妹が望んでいた「みんなの幸せ」を求めていくために、詩の存在があれえばと願うだけです。
詩誌受贈『グッフオー・66号』

2016年9月18日 (日)

田川紀久雄日記

今私は詩語りで悪戦苦闘を続けている。それはある程度聲が出来上がっているが、内的な聲がまだ産み出せないでいる。このことを意識したのはCDの制作をしたおかげである。自分の聲を徹底的に聴くことで、これから何が必要なのかを知った。といってもどうすればよいのか解らない。言えることは内的な聲を意識しながら精進をしていく以外にはない。といって急に変わるわけではない。本当の聲をつくるにはたえまない努力しかないということだ。詩語り人にとってはこのような苦しみをえることはありがたいことなのだろう。だけれどある意味でこのところ語ることに嫌悪をかんじていることも確かなことである。なにもかも捨ててしまいたい気持ちもある。といってどこにも逃げる場所などありはしない。宿命に従うしかない。
詩誌受贈『リヴィエール148号』

2016年9月17日 (土)

田川紀久雄日記

辺野古新基地問題で沖縄県敗訴。これは県民を無視した判決だ。問答無用の切り捨て以外のなにものでもない。国民の意思を守るのが政治の在り方である。戦後の長い年月の県民の苦悩が少しも受け入れられることがない。
車の免許書が誕生日に切れる。もう更新をしない。自転車を買って足を鍛えてゆくことにする。何としてでも近いところぐらい歩くことをしたい。相棒は、大月まで薬草の会に行く。本当は一緒にゆきたいのだが、いまの私には無理である。詩以外何もできないことを思うとちょっと哀しい気がする。
最近クラシックをFMで聴いていても、心を打つ演奏には出会わない。齢をとってくると感動というものが失われてゆく。感動を求めて生きている訳ではないが寂しい。詩語りを行っていても何かが満たされない。もっと自分自身を見つめなおさなければならない。齢を取ってゆくことはなかなか難しいことを痛感している。

2016年9月16日 (金)

田川紀久雄日記

秋雨前線で気分的にも鬱状態である。詩語りの稽古は公園で行うのでこのところ思うようにできない。今月の二十四日のライブで、野間明子さんが都合でこれなくなった。そこで「生命の歓び」と「いのちの泉」を語ってみようかと思っている。「生命の歓び」は末期ガン宣告されて、その年に書き上げたものだ。
ライブの聲をCDにしているが、納得のいく語りが出来ていない。その気持ちがもっとよりよい語りを行いたいと駆り立ててくれる。そう思っても簡単には思うようにならない。聲というものは日々の積み重ねによってしか進歩しないものである。長い年月の中でその人の聲の味がでてくる。悪聲でも、味が出てくるとそれが魅力になってゆく。
詩人たちの聲で不満に感じるのは、気が狂うほど精進をしていないことである。聲より以前にテキストを読み込んでいない。つまり努力を感じさせてくれない。下手でもよいから努力をしている詩人の聲を聴きたい。

2016年9月15日 (木)

田川紀久雄日記

黒田総裁は安倍政権下のもとで日銀の独自性を放棄している。このままでいくと日本は崩壊してしまう。もう物価上昇などと安倍政権と共に騒がないことだ。自然災害で野菜などが高騰している。庶民は一円でも安いものを求めている。大切なことは暮らしが大事である。
昨夜はなぜかあまり眠れなかった。頭の中が透明になってゆく。その透明になってゆく脳を見詰めている。不思議な世界を意識してなかなか眠りに入り込めない。
詩というものは、心の夢の旅なのかもしれない。その夢は永遠に叶えられない旅でもある。その夢を諦めることなく追い続けるのも一つの人生の在り方でもある。そこには、哀しみと、愛しみの世界が繰り広げられる。私は、その世界を具体的に詩語りとして追い求めている。いまいろんな詩人たちの朗読を聴いている。プロの朗読家のように上手くはないが、そこには個々の個性が秘められている。詩人たちの聲は多様である。その聲を受け入れることが聴く者にとっては大切なことである。それはまるで詩集を読むときに似通っている。個性はなかなか受け入れにくいが、それに耐えて、詩人の聲を聴いていくと何かに突き当たる。プロの朗読家にはない個性の豊かさである。詩人にとって最も大切なのは、個性の豊かさに突き当たる。朗読はDVDで見るよりも、CDで聴いた方が楽しい。

2016年9月14日 (水)

田川紀久雄日記

昨日詩を二篇書いた。詩を書くことで自己の内的宇宙を作り上げることが出来る。
大熊町で原発事故で行き場を失ってその牛たちを世話していたところ、一部の住民から反対意見がだされ、他の場所に移動しなければならなくなった。新たな場所を見つけてその場に牛を引越しできたという話が新聞に載っていた。いったいこの一部の住民とは誰なのだろうか。たった一人でも一部の住民という名で動物たちが追われることが多い。浜川崎の猫たちもそうだ。福島原発の汚染水も、海に流れ出している。そして汚染水のタンクも膨大な数に増えている。この汚染水対策にはもはや打つ手がない。それなのに原発の再稼働の話がどんどん進んでいる。
安倍政権の支持率が増えている。戦争法案を作り上げたこの総理になぜ国民は支持するのだろうか。野党がだらしないからといえば、そうかもしれないがいまは野党を応援するしかない。国会の議員の数を野党に入れないと大変なことになってしまう。民進党も共産党と組むことに反対している。憲法を守ることが今は優先して大切なことである。
高畑耕治詩集『銀河、ふりしきる』が、ある人から送られてきた。本人からではないことが哀しかった。「たぶの木」の仲間である高畑氏本人から詩集が送られてこないことがとても残念である。仲間とは何であるのかさえ疑問を感じてくる。とても良い詩集であっても誰にも読まれないのは残念でならない。
詩集受贈『久保寺亨詩集・白状/断片』

2016年9月13日 (火)

田川紀久雄日記

足腰が悪くなってから、古書店にも行かなくなった。毎日語りの稽古と、詩を書くことで一日を過ごしている。眼も悪くなったせいか、本も読まなくなった。とくに印刷色の薄い詩誌はもう私には読めない。今の印刷は昔のようなインクを使用しない。ほとんどの印刷は昔のように版を作製しない。コンビューター化されている。インクの臭いがしない本ばかりだ。「操車場」のようにコピー印刷の方が読みやすい。
青春時代のようにはもう生きられない。老いることはある意味では大切なことだ。自分の仕事だけに閉じこもって生きていける。あれもこれも出来ない。残された仕事を真剣になって追及していくことが老いの時間だといえる。円熟していくということは、無駄な枝葉を切り落としていくことでもある。裸木の美しさを求めていきているのも楽しいものだ。
詩集受贈『イーヴァン・ボーランド・暴力の時代の中で(水崎野里子訳)』

2016年9月12日 (月)

田川紀久雄日記

詩でも最初の一行が書ければ、ある意味でその詩は出来上がったものと同然である。いつもその最初の一行を書くためにいろいろと神経を使っているのかもしれない。友達が詩を書けたというと、私は嬉しく感じる。なんにもならないが、詩を書くことはその人がいま活きている証である。そして、その詩が人間を前向きにしてくれるものなら私も前向きになれる。詩は、心を癒すものでありたい。それは詩を読んでいても幸せを得ることが出来るからだ。そのことが詩歌でもあるといえる。
昨日、久しぶりに末期ガンの宣告を受けた時の詩を語った。このしのタイトルは「生きる歓び」である。これもいつかCD化したいと思っている。末期ガンありがとうという言葉が生まれて来る過程を語っている。これはガン患者のための応援歌でもある。だれか楽器が出来る人と共同で制作したい。それもガンを患った人がいい。私と組んで行いたい人がいれば連絡をください。(貧乏なのでお金は払いません)

2016年9月11日 (日)

田川紀久雄日記

豊洲の施設に、盛り土地を行っていないことが判明した。食の安全性を考えるととても考えられないことだ。なぜこのような場所に決めたのかも不自然である。東京オリンピックのために何とかしなければという焦りがあったのだろうか。それにしても納得のできない事態になってきた。元東京都知事の桝添氏は都議会との癒着の構造が見える。都議会は東京都の税金をわがものとしてきた感がある。都民のための政治が都議会のための政治になっていたのではなかろうか? 国会の議員にすら、議員の年俸は多すぎる。国民が汗水を流して稼いだ金を思うがままにすることは断じて許されない。預金をしても利子のつかないいまの世の中で、あまりにも国民を馬鹿にしている。議員にもボランティアの精神がなくてはならない。
詩というものは詩歌の世界である以上、そこには歌の心がなくてはならない。歌うように語る技術も詩語りには必要である。現代詩はこの歌う心が消えつつある。そのことが詩を難解なものにしているのかもしれない。このことは他者の心と共有したいという意志がなくなっているからだ。詩の朗読に世の中に浸透していかないのも、ある意味で当然だといえるかもしれない。CDを出すことで、いろんなことを考えさせてくれた。詩人たちは、朗読について納得のできる論考を書いた人はいない。詩はいのちの受け渡しである以上、聲や語り方についてもっと真剣になって話し合う機会があってもよい。しかし。机上論だけであっては意味がない。言葉言うことはたやすいが、その人の朗読を聴いた瞬間に色あせていくものであってはならない。私はこのブログ日記の中でも、朗読や詩語りのことを多く書いてきた。毎日詩語りを行いながら思いついたことを書いた。そして詩集の中でもそのことを展開している。いまだに答えは見出していない。
詩誌受贈『獅子座・24号』

2016年9月10日 (土)

田川紀久雄日記

詩人は生涯で詩集をつくるのは五冊ほどではないかと思う。いや五冊はもしかしたら多い方かもしれない。詩とは努力して書いていかないと詩集はできない。それと資金がないとできない。しかし、今の世の中は印刷屋さんを知っていれば割合と安くできる。大手出版社の半額以下で出来る。詩集を売るつもりで詩集を上梓しようと思ったら、それは無理である。詩集というものは売れないものだ。
私は三〇代ぐらいまで詩集を出すなんて思ってもみなかった。こんなに立て続けに上梓するようになったのも、末期ガンを患ってお陰だ。それと詩語りに命懸けで取り組んでいるからである。ある意味で宿命を背負っていると感じている。それでもいまだに評価されていない。そのようなことを気にしていたら詩など書けなくなってしまう。詩は私にとって、生きて行くことになくてはならないものである。詩集を読んでくださる方がいれば、贈呈してでも送る。
詩も聲も、自分の感性と合う世界を求めて行くべきである。詩というものは、勉強して学ぶべきものではない。詩は誰にも教えられないものだ。その世界はその人のように、たった一つのいのちの表現である。詩はすべての人のものではない。しかし、その延長線には不変な世界にたどり着くものである。詩が評価されるには、長い時間がかかるものである。その時代に持てはやされたものはほとんど消え去ってゆく。残るものは永遠のいのちを求めている世界だけである。そして過酷な人生を歩んだものが優れた詩を書く人になれる。

2016年9月 9日 (金)

田川紀久雄日記

『みえ現代詩・100号』で津坂治男さんが「照度性幻想」の中で、「たぶの木」の山下佳恵の「カラスの恋人」が、窓を隔ててひきつけ合うカラスたちに焦点を当てていていい。と書かれている。読む人はちゃんと詩誌を読んでくれている。山下佳恵さんは生きることに応援を送る詩を書いている。つねに前向きで人生を見詰めている。
詩人の中で津坂治男さんは好きな詩人の一人だ。「石」という詩集は心の残る詩集である。生きている間にもう一度会いたい。
人の痛みを解らないと、前向きに人生を描けない。詩は出来るだけ解りやすく書くのが良い。朗読も詩語りも、言葉が人の心に伝わるように語るべきである。CDを制作してみて、詩語りはまだまだ未熟である。ひたすら精進するしかない。

2016年9月 8日 (木)

田川紀久雄日記

野間明子さんから、詩集一冊づつテーマが異なっているのですねということを書いてよこした。ちゃんとで読んでくれているとありがたい。詩集を贈呈しても、何人が読んでくれているのか解らない。解らなくでも贈呈し続ける。誰にも送ることがなかったら、誰にも読まれない。まず詩集など買ってくれる人はいても数人だ。何のために上梓したのか意味すらなくなってしまう。詩の世界は、お互いに買い合うことはない。一人で多くに人に読んでいただきたい思いで贈呈する。読んで感想をいただけることが一番ありがたい。
でもそのようなことを気にしていたら、頭がおかしくなる。返事がなくても、何も気にしないことが大切である。褒められたいためにあれこれと動く人がいるが、そのような人はどこか神経が病んでいる。批判されることも大切なのだ。批判されると気が狂ったように怒る人もいるが、それもどこか神経がおかしいと思われる。まず読んでいただいたことに素直に感謝すべきだ。詩集は褒められたいために上梓するのではない。あくまで自分自身が成長していくために上梓しなければならない。上梓するということは、もはや自分だけの作品ではない。誰がどのように読もうと致し方がない。作品の価値は時間の流れの中で決まってゆく。詩人に出来ることはただ一つ。それは詩集を上梓するということだ。
詩誌受贈『みえ現代詩・100号』(100号おめでとう)

2016年9月 7日 (水)

田川紀久雄日記

人は歓びを求めて生きるものである。それが内戦とか自然災害で絶望の世界に突き落とされてしまうと、生きる気力が失われる。一番大切なのは日々の生活の安定である。日本は七十年間戦争とはほとんど無縁であった。いまの生活の豊かさは、戦争放棄の憲法のお陰である。言論もあるていど自由が認められてきた。それがこのところ目に視えない圧力を感じるようになっている。日本の国債は膨大に膨らんでいる。国民が豊かさを求めれば求めるほど政治家は国債を増やしてゆく。このようなことがいつまでもつのか不安であるが、国民は当分安全だと思い込んでいる。資源の乏しい我が国は海外との貿易を増やしていくことで何とか保たれている。円高になると経済は落ち込んでいく。国民の豊かさもこの綱渡りの経済政策でなんとか維持されているにか過ぎない。
詩人の求めるものは、経済の豊かさではなく、心の豊かさである。詩人同士が激論を交わすことがなくなった。このことは詩の世界ではマイナス思考である。いまの詩人たちの詩も後の世に読まれる詩はほとんどないだろう。新しい感覚を見いだせないとすべてが消えてゆく。ありふれた詩の言葉など時代の波に流されてゆくだけだ。しかし、そこには深い人間性が求められていることも確かなことである。

2016年9月 6日 (火)

田川紀久雄日記

ここ数日また気分が落ち込んでいる。それは何のために人間が生きているのかという問いに悩まされているからだ。そのことで他人の詩が楽しく読めない。周期的に鬱に落ち込む。それがある日突然に襲いかかってくる。気を付けて生きているんだが、どうにもならない。
キリストや仏陀が一人と人間としてどうであったのかとか、どのようにして人間は生きるべきなのかとか、眠れないのでそのようなことを考えていたら朝を迎えた。
私は毎日鎮魂歌を天に向けて聲を発している。霊と魂の交信をすることで、生と死が分かち合いたいと願っているのかも知れない。それは末期ガンと宣告された時、私は一度この世からなくなっていたのかも知れない。それがこうして生き続けている。だからこそ詩集を上梓して詩語りを懸命になって行ている。このことはそれほど人の役にたってはいない。でも何かの役に立ちたいと願っている。それと一人の人間として生きる可能性を問い続けていたい。無限なる可能性は日々の精進の持続によってしか叶えられない。生きることはある意味では命懸なことなのだろう。
詩誌受贈『笛・277号』『タムレ・100号』

2016年9月 5日 (月)

田川紀久雄日記

自分の生き方を、マイナスにとらえても何も得ることはない。生きていることに希望を見出していかなければ、自分自身を失うだけだ。詩集を上梓しても、反響がなくても何にも気にしないことだ。上梓した自分を褒めていければそれで充分である。反響がないから誰にも読まれていなのではない。世の中の幸せを願っているだけでも生きている価値がある。すべてに感謝する気持ちを持つことが必要なのである。
詩も詩語りも、自分にとって必要ならやはり前向きで生きるしかない。そして自分だけのための詩や詩語りをなくしていくことだ。そのためには孤高になって闘うしかない。人に勇気や幸せを与えるものを産み出してゆきたい。
障碍者の運動会を見に行ったことがある。そこでは勝つことが競技ではない。やりぬことに意義がある。徒競走でもビリでも走りぬいた姿に観客は拍手が沸き起こる。早いとか遅いとかは参加者には意味のないことである。生きているそのことに意味を感じる。
最近のオリンピックの報道に違和感を覚える。メダルだけに注目が注がれる。何か誤った報道になりつつある。ニッポン・ニッポンという聲がうるさすぎる。メダルを逃した人はなでひたすら謝るのか、変な話だ。参加した人たちに声援をすることが一番大切なことである。パラリンピックでも偏って報道は避けてもらいたい。メダルが目的ではない、参加したことに意義がある。
書籍受贈『岡三沙子著・寡黙な兄のハーモニカ』

2016年9月 4日 (日)

田川紀久雄日記

インターネットで世界の情勢が一目で解るが、庶民の生活にどう影響をしているんだろうか。株を売り買いしている人には役立つかもしれないが、まったく金儲けに興味のない私にはそれほど役立たない。多くの人たちの不幸を感じることは辛い。本当に知りたいのは身近な人たちのことである。都市では共同社会の意識が薄れている。どこに誰が住んでいるかさえ知らない。他人に干渉をされなくて良いということもあるが、いざ大きな災害に出会ったときは困るだろう。
相棒は昨日、森の水のトリッキンギに笹子まで行ってきた。私は歩けないので家で留守番である。どんどん社会に出ていくことは良いことである。
私は詩を書くという小さな宇宙で、心の癒しや世界の平和を祈りながら生きている。詩は眼に視えないいのちとの対話である。
詩は、個人の心を知るという点では大きな意味がある。詩を書く仲間がいれば、お互いの作品を読んでくれる。そして詩集を上梓すれば送りあう。詩誌でも、投稿だけの詩誌と、数人で仲間意識を持って発行している詩誌とがある。その仲間意識の詩誌で詩集を上梓しても送らない人がでてきたら、詩人同士の信頼関係が失われる。最近詩人同士の関係性も薄れて来ているような気がする。都会のアパート生活と同じ気がしてくる。隣人がどのような人なのかまったく知らない。出会ってもお互いに挨拶もしない。このような都会生活と詩人同士もなりつつある。齢を取ってくるとなんだか愚痴っぽくなってくる。

2016年9月 3日 (土)

田川紀久雄日記

岩手や北海道の台風の爪痕は大きすぎる。グループホームの人たちが亡くなった。誰もが予測できなかった出来事だ。山間にある地域の問題点が浮き彫りになった。障害施設は平屋でない建物が求められる。魂の祈りの詩を書きたいが、なかなか書けない。
自分の聲のCDを聴いていて、やはり人に心地よく伝えるのは難しい。どのようにしたら、気持ちよく伝えられるだろうか?。 あれこれ思考しても答えは出てこない。あくまで自分の方法で突き進むしかないのだろう。人の心に響く詩語りを求めていかねばならない。
最近、人の名前が出てこなくなっている。認知症の初期なのだろうかと心配してしまう。人に聴いてもこの齢になると仕方がないよと言われる。詩を書けて、詩語りが出来るだけでもありがたい。

2016年9月 2日 (金)

田川紀久雄日記

『コールサック・87号』に若宮明彦氏が詩集評で私の詩集『叢生』を取り上げてくれた。感謝。
「操車場・110 号」今日製本に取りかかれる。手作りで作るのでいろいろと大変であるが、それなりの喜びもある。それは毎月に発行が出来るということだ。ただ困っているのは、右肩が動かなくなっている。パソコンを打つのも一苦労と、視力が衰えていることだ。
いろんな場所で朗読会が行われているが、詩語りを聴きたいという人は現れてこない。あくまでも内々の朗読会である。詩人クラブで、末期ガン宣告された直後に一度語れることが出来た。その後は一度も朗読には呼ばれていない。朗読会は横の繋がりがないのだろう。詩人たちは狭い世界の中で生きている。
詩誌受贈『コールサック・87号』『あすら・45号』『京浜詩派・215号』

2016年9月 1日 (木)

田川紀久雄日記

難病の方から私の詩集にはげまされました、というハガキをいただいた。これは詩人たちに褒められるよりも嬉しい。詩は生きるものたちに励まし合い分かち合えるものでありたい。詩人たちは、もっと大らかな気持ちで詩と向き合えないのだろうか。詩人は医者にはなれないが、心の医者にはなれるはずだ。そして聲というもので心の朋でありたい。
軍備費の予算が5兆円だという。これは安保法案を実行していくためのものである。このために福祉の予算が削られる。これこそ平和への危機である。戦前は軍備費に税金の90パーセントをつぎ込んでいた。戦争は国民を苦しめるものでしかない。戦争に反対意見を言えば、憲兵につかまり拷問の身にさらされる。
詩は生への讃歌でありたい。そして一番弱い身に寄り添いあえるいのちの言葉を求めていかねばならない。
詩誌受贈『詩的現代・18号』

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