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2016年1月15日 (金)

田川紀久雄日記

文学というものは昔ほど人々から受け入れられなくなっている。そのなかでも詩の存在感はますます薄れてきている。電車の中でも、本を読む人の姿が見られない。ほとんどが携帯電話と向き合っている。
詩そのものが人々の心に届けるものが消えて行っている。それは人間存在を深めることを怠っているからだと思う。私の本は、詩集という言葉を外している。あくまで詩の方法を借りての人生の応援歌である。いや魂の歌なのだ。詩人たちは詩かどうかを問うことから詩を読む。しかし、一般の人たちは書かれている意味を問うことから詩に触れて行く。詩人と一般人との断絶はここにある。読者が数人でも、私の詩集を待ち望んでいる人たちがいる。不思議だが、その人たちは詩を書かない人たちだ。
私の心の友であるUさんの詩集も詩人には相手にされないが、普通の人たちが応援してくれている。それは何故かというと、詩そのものが心の友に導いてくれているからだ。生きて行くために必要なものは受け入れてくれる。詩か詩でないかなど普通の人たちは問わない。あくまで書かれている内容と質である。今詩人たちに贈呈することに哀しさを覚える。

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