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2015年7月31日 (金)

田川紀久雄日記

この齢になって束縛される生き方だけはしたくない。最後までデクノボーでありたい。あくまで自分の夢だけを追いかけていたい。社会的には通用しない生き方であろう。いままでそのようにして生きてきた。詩の世界で他の詩誌に参加したことは一度もない。絵でも誰にも教わっていない。すべて基礎というものがない。会社に入って使われた経験はほんの数年だけだ。こんな生き方してきてよくもここまで生きてこられたものだ。その原因は病弱だった少年時代。それと父母の死によって知的障碍者である妹の面倒を見なければならなかった。その中で詩と絵を描くことを独学で学んできた。そして詩語りの世界を目指して何とかここまでやってきた。不幸なんて誰でも味わうものだから、一度も不幸とは思わなかった。生きることに常に必死であった。
多くの人たちに出会ってきたが裏切られていった人たちにもであった。私はつねに来るものは拒まず、去る者は追わない主義である。人間との付き合いはつねに難しい。こんな我儘な人間に付き合ってくれている人たちに感謝をしていまは生きている。今月はいろんなことがあった。

2015年7月30日 (木)

田川紀久雄日記

齢をとってくると新たしい友人を作ることは困難なのだ。たいがい利害が絡んでくる。無垢な気持ちで友達関係はなかなかできない。
詩集をつくるのもあと二年だといったのは、印刷屋さんがフィルムで印刷するのができなくなる。すべてがデジタル化になるからだ。デジタル印刷はインクが薄いのが欠陥だ。いまの詩誌をみていると活字の印刷が薄くて、私の視力では読めないのが多い。これは印刷屋さんによっても異なるのだが、やはり不安がつきまとう。その点私が作っている詩誌は手作りでコピー印刷をしているので安心だ。欠点はインクが高すぎる。エプソン純粋品を使うと一本千七百円もする。インク代だけでも二万円を超える。それに送料代を入れると赤字になることもある。製本は私が行っている。苦労も詩誌が出来上がると忘れ去ってゆく。
詩集受贈『鈴木東海子詩集・桜まいり』

2015年7月29日 (水)

田川紀久雄日記

安保法案反対運動が各地で盛り上がっている。国民の一人ひとりが憲法九条を守りたいという強い意志の現れである。政府は国民よりアメリカが大切なのだろうか。やはりいまもアメリカの植民地のような気がしてならない。永久革命という言葉は古いかもしれないが、私の中にはこの永久革命という言葉が生きている。
今の私は震災で亡くなっていって霊に対して鎮魂歌を語り続けることが仕事の一つである。死者は何も言わない。言わないからこそ生きている人が頑張ってこの世な中を平和な世界に導いていかなければならない。ヒロシマ・ナガサキのこともアメリカに抗議していかなければあの戦争が終わっているとはいえない。別にアメリカそのものを憎いんでいるわけではない。戦争の起こらない国づくりこそこの日本が生き残る唯一の方法である。

2015年7月28日 (火)

田川紀久雄日記

かつて東京新聞で詩誌は読むに値しないというようなことがかかれていた。まず何がかかれているのかさっぱりわからない。確かに現代詩は取っ付きにくい。誰でもが手軽に読めない。だからこそ一度聲を出して読んでみることだ。言葉にリズムがあるかないか、読んでみると解る。聲に出して読むことはいかに必要かがわかる。出来るだけ難解な表現を避けることも大切なのかもしれない。詩が読まれるにはそれなりの工夫と書く人の情熱が求められる。
商業詩誌などは、自分が掲載されているかどうかだけのものでしかない。だから買ってまで読む気がしない。詩人というものはいまは小さな存在者でしかない。できれば詩集だけを上梓してそれを朗読して歩くのが良いのかもしれない。つまり吟遊詩人が理想的な形なのかも知れない。
いま詩誌のあり方が問われているのかもしれない。私は手つくりで詩誌を発行している。大変だが仲間の詩を読むことは楽しいものだし、書いたものは発表したい。数人の詩の友達だけで充分である。詩などはほとんど評価されない世界だから、お金をかけない詩誌を発行していくだけだ。

2015年7月27日 (月)

田川紀久雄日記

『詩と思想・8』で私の詩集『天空を舞う』を睦月とやさんが紹介してくれた。感謝。
安保法案が参議院でどのような方法で否決に持っていけるのだろうか。安倍総理の平和と国民が抱いている平和についての考え方にあまりにも大きなひらきがある。
個人にとってもどのように平和というものを考えているのか問われている。それは詩人としてもどのような生き方を求めているのかも問われる。詩を書けばそれで充分とは思っていない。だから私は詩語りを通じて人々の中で語りたい。詩人たちの世界では何も期待ができない。これは哀しいことだ。詩人には詩がすべてである。そのような意味でも存在のすべてを懸けて詩を書き続けている。詩人たちが読もうか読まないかは問題ではない。自己の存在を懸けて書くことだけが詩人の証でしかない。

2015年7月26日 (日)

田川紀久雄日記

こう暑くては頭が動かない。私の周辺の家ではまだクーラーを入れていない家がある。私がクーラーを入れたのは末期ガンで退院してからである。でもあのころは毎日が猛暑ということはなかった。確かにここ数年夏は異常な暑さになる。森や林の中にいると涼しい風が吹いて気持ちがいい。でも都会生活者にはそのような場所がほとんどない。外に出れば日差しが強くてとてもいられない。ほとんど家に閉じこもることになる。運動不足で足もむくんでしまう。少しも良いことがない。これからが本当の夏が来るというのにもう夏バテである。体調を維持するのが難しい。

2015年7月25日 (土)

田川紀久雄日記

新幹線での焼身自殺の原因は年金の減額であった。これから貧困層では生活が大変になってゆく。私でも健康保険料・介護保険それに税金がとられている。やく十万円近くもとられる。それと非正規社員の問題も大きい。政府は切り捨て政策を推し進めている。大企業だけが生きられる世の中になりつつある。
オリンピックで東日本が忘れられていく。復興がなかなか進まない。福島では保障問題の打ち切り問題が出ている。この前の安保反対の時(六十年)原発が承認されている。この度の安保問題最中に原発の再開がどんどん承認されている。この国はどこに向かってゆくのかを考えると空恐ろしい。最後まで私ができる闘いをしていくしかない。

2015年7月24日 (金)

田川紀久雄日記

毎日の精進から詩語りの詩を書き進めている。語ることによって世界の構図が視えてくる。それは生きるということに真剣に取り組んでいるからだ。いくら努力してもなかなか報われることが少ない。ある意味で人生というものは大抵そのようなものなのだ。でもそのような状況から希求を求めていくものだ。一番大切なものは分かち合う心である。そのための努力が生きる可能性を深めてくれる。
この暑さに身体がついていけない。土用の日でもウナギが食べられない。庶民には手の届かないものになってしまった。最近魚のあらも手に入りにくくなっている。普通の生活ができない世の中になっている。オリンピックどころの話ではない。税金の無駄使いにはあきれてしまう。

2015年7月23日 (木)

田川紀久雄日記

古書店で『白秋全集』岩波書店1~5を七百円で購入する。新本に近い本だ。『邪宗門」』を読み始めたが、書きたい表現したいという情熱を感じる。いまそれほど読みたい書物がないので当分白秋全集を読んで行こうと思う。
いま毎日のように詩を書いている。どうしても詩語りについてとことん追い求めてゆきたい。私の詩は白秋から見れば詩ではないだろう。でも書きたい表現したいという情熱は同じものである。一番大切なものはその情熱ではなかろうか。
暑さでどうしてもクラーを使う。そうすると肩が痛む。困ったものだ。

2015年7月22日 (水)

田川紀久雄日記

CDがぽつぽつ売れているが、枚数が少ないのでもうすぐ品切れになる。このCDは音源がとてもよい。いまのところ資金がないので増産ができない。予約枚数が増えれば何とか増産したい。詩語りと津軽三味線の競演が聴きどころだ。三味線で「即興曲こころ」をとても良い。今までない詩の世界が拡げられている。私の詩語りを批判する人たちには一度聴いて貰いたいものだ。一枚千五百円(送料百円)
詩集を上梓してゆくことで確実に詩語りの世界が深められてゆく。困難な希望に向けて生きて行かねばならない。

2015年7月21日 (火)

田川紀久雄日記

昨日東新宿にいった。島村洋二郎の「DVD完成記念&回顧展」を見に。坂井信夫さんも見えていた。何年かぶりに畔上志づ子さんと会う。それに堀内康司さんの奥さんにも合う。堀内さんには私の絵を一点買っていただいた(ぼくの空想美術館にて)。奥さんもそのことを覚えてくれていた。最近外に出かけないので、久しぶりに会う人たちがいた。暑さと足の痺れにはこたえた。帰りの道はとても辛かった。
今日『灯火に照らされて』の印刷所に入れる。

2015年7月20日 (月)

田川紀久雄日記

違憲がまかるとおる世の中にしたらもう国そのものが存在しないと同じになる。安保法案と国民にとって消費税の10パーセントの値上げだ。現在の8パーセントでも生活が苦しいのに、貧困層の人たちは生活が成り立たなくなる。中国やアメリカでも貧困層の人々はどうにもならない状況に追い込まれている。
私の詩集もあと三年以内で上梓が出来なくなる。フィルムを使う印刷機が使えなくなるからだ。いまはすべてデジタル化されていっている。「操車場」だけが私の詩の発表場になる。それまで詩語りの世界を追及してゆきたい。その後は詩語り一筋に生きて行こうと考えている。もし詩集を作りにしても「操車場」と同じく手作りになる。私の仕事を手伝ってくれる人が出てくれば事情も変わるかもしれない。

2015年7月19日 (日)

田川紀久雄日記

このとこと老いを感じるようになってきた。精神的に頑張ってもこの老いの現象には勝てそうもない。昨日は座椅子が壊れているので相棒がニトリに行って買ってきてくれた。
台風が去って行ってと思ったら十二号が来るらしい。海上の温度が高いので今年は台風が多いかもしれない。このところ蒸し暑い夜が続いている。

2015年7月18日 (土)

田川紀久雄日記

安倍総理は猫だましの手を使った。そのような手をつかっても安保法案の採決の取り消しを国民は追及していく。
私はオリンピックには反対だ。東日本震災の復興を遅らせるだけのものだ。いまどれだけ国民生活が苦しくなっているのか、浮かれた話などしている時ではない。一日千円の生活費ではもう過ごせなくなっている。なぜアルバイトや非正規社員の賃金があがらないのか。ますます生活の格差が広がっていく。この矛盾した世の中が続いてゆけば戦前のような社会構造が再現されてゆく可能性がある。もうすぐ恐ろしい時代になってゆく。そのためにも安保法案は反対していかねばならない。

2015年7月17日 (金)

田川紀久雄日記

耳鼻咽喉科に行って内視鏡で咽喉を見てもらった。少し腫れているが異常は見当たらなかった。喉頭ガンの心配はなかった。気分的にはほっとしているが、痛みが消えたわけではない。
私は詩人たちの朗読を全否定してはいない。ただ一般論として否定的なだけだ。お客に披露する芸はどの世界でも厳しいものである。私の詩語りだってたかが知れている。でもお客さまに聴いていただくためにはそれなりの精進をおこなっている。私の世界は独自な世界だから詩人たちから受け入れられないのもしかたがないと思っている。でも不思議だ詩人でないお客からは受け入れられている。これはなぜなのだろうか。この度のCDを聴いていただければ納得すると思う。枚数が少ないので注文されても品切れになる恐れがある。今の私は枚数をまとめて制作する資金がない。資金を何とかして百枚ほど作りたいと思っている。CDより詩集を上梓するのが先にしたい。次の詩集『灯火に照らされて』は来週に印刷所に入れる予定である。

2015年7月16日 (木)

田川紀久雄日記

安保法案が強行可決される。このような国民の命に係わる問題は国民投票を行うべきだ。安倍総理がアメリカでの国会演説でやもえず無理をしてでも強行採決を行った独り相撲のおかげだ。このような勝手なことができるのは日本の民主主義の欠陥だ。原発問題も誰も責任をとらない、もし戦争が起きてもだれも責任をとらない政治がいかに危険であるかということだ。これからが国民の闘いが始まるのだ。
詩誌受贈『Lyric Jungle 19』

2015年7月15日 (水)

田川紀久雄日記

ライブのCDが届く。音質がとても良い。それに語りの聲がはっきり聞き取れる。さすがプロが作ると違うものだ。津軽三味線の響きもとても良い。枚数が少ないので費用も割高になってしまった。定価を1500円(送料100円)になる。予約をいただいた方はそのままの値段で。田川紀久雄初のCDである。CDの贈呈は一切いたしません。聲に興味ある方は注文してください。
昨夜は熱帯夜であまり眠れなかった。朗読に興味ある方に詩集を送っても何の反応もない。彼らは他人の朗読には興味がないらしい。
わたしのパソコンは文字をうつ以外にほとんど使用しない。情報の波に動かされたくはないからだ。情報と真実はまったく別なものなのだ。

2015年7月14日 (火)

田川紀久雄日記

安保法案が通過すれば、いったい民主主義とはなんであろうか。この根本問題を問うていくしかない。国民投票運動を目指して闘うしかないのでは。国民の過半数以上がNOといっている以上国民の意思を貫く方法をめざしてゆきたい。
この急な暑さには身体がついてゆけない。それと物価の値上がりには驚くものがある。相棒の賃金が上がらない以上、この生活苦はとうぶん続くしかない。暑い「、生活が苦しい」とわめいているだけだ。

2015年7月13日 (月)

田川紀久雄日記

昨日山本竹勇さんから電話があり、ガン患者の会に田川さんが出席しないかという話である。患者の前で津軽三味線と詩語りができればありがたい話だ。私には生きている者たちへの仕事が残されている。身体を前向きに考えて行かねばならない。前向きに生きることが免疫力を高める秘訣であるからだ。
今週中に法案が衆議院を通過する予定だ。安倍政権は国民の意思にまったく耳を貸そうとしない。戦争は同じ友をころすことなのだ。人間であることを否定する世界でもある。九条を守ることが日本の未来に生きる道なのに。

2015年7月12日 (日)

田川紀久雄日記

世界中の経済がおかしくなっている。若者たちの失業率が高い。これでは未来が見えてこない。
昨日は急に暑くなった。私たちのような低所得者はクラーを使うことすら気を使う。電気代が一気に上がるからだ。銭湯に行くのにも週二日しかいけない。生活費がギリギリで生きていかねばならない。それに私のように身体のあちらこちらが病んでいるともうどうにもならない。
佐野眞一の「孫正義伝」を読んでるがまったく孫の存在性が視えてこない。この作品は失敗作ではないのだろうか。いままで佐野眞一の本はどれも良かったが、ここにきて足が止まってしまった。
金曜日の官邸前では多くの人たちが集まっている。でも私は署名やデモには参加しない。私は詩を書き詩語りで自己を表現しているからだ。自己の道に徹することが大切なのだ。本当の闘いというものはつねに命懸けなことでもある。この世が幸せになることを自己なりに追い求めている。

2015年7月11日 (土)

田川紀久雄日記

今月は「操車場」の原稿の集まりが速い。軀が満身創痍状態なので早めの原稿はありがたい。あわてて仕事ができない。これは齢の老いではない。それでもそれなりの仕事はしてゆきたい。これから夏の本番がやってくる。クラー代が大変な季節を迎える。今の経済政策を続けていくと貧困層が増加してゆくだけだ。この前の新幹線事件ではないが年金の少ない人たちは家賃すら払えない状態になってゆく。ようはホームレスになるしかなくなる。
私も軀をなんとかして詩語りの仕事を増やしたい。こう物価が上昇しては食べたいものすら食べられなくなる。詩集もできるだけ購入していただけると助かる。大切なことは良い仕事をしてゆくしかない。他者に甘えるよりも自己に厳しく精進をしてゆくしかない。

2015年7月10日 (金)

田川紀久雄日記

だんだん私の脳は空っぽになってゆく。難しいことはすべて排除されてシンプルになってゆく。詩もそのようになってゆきたい。樹木も秋には葉が落ち、裸になって冬の寒さに耐えていく。七三歳もすぎれば裸木になっていままでの人生を振り返ることができる。
この度の『空華』は思ったより好評である。
四月のライブで主催者は私の聲に何も言わなかったが、市原さんが昨日の手紙の中で「田川さんの朗読を聞きこのように腹の底から声をだして詩を朗読される方がいらっしゃるのだと感銘を受けました」と書かれてあった。四八人の詩人がいてこのようなことを言うのは彼女だけだ。そしてもう一人津軽三味線弾きの山本竹勇さんだけである。耳の肥えた人がいればわかるものなのだが、詩人にはなかなか耳の肥えた人は少ない。並みの詩人たちとの聲の違いをわかってもらえればそれでよい。

2015年7月 9日 (木)

田川紀久雄日記

いじめや学校側の隠蔽体質はなにもかわっていない。政治的にやろうとしても人間論を学んでいない人たちには無理なことだ。権威を持つ人間ほど愚かな人間に成り下がってゆく。どこの社会にいっても威張っている人間はいるものだ。そのような愚かな人間が社会をダメにしている。
いじめで亡くなった中学生の心の痛みは地球の重さよりも重い。この哀しみを癒す言葉を見出してゆきたい。いま高畑耕治さんの詩はこの哀しみを救い上げようとしている。
今日はUさんとMさんにお会いできる。

2015年7月 8日 (水)

田川紀久雄日記

新国立競技場も川内原発も常人にはとても考えられないことだ。どちらもまったく無責任ということである。そしてだれも責任がとれない。安倍体制がそのまま反映されている。非正規社員や年金暮らしの人たちがいかに苦しい生活に追い込まれてるか。世の中が景気が良いのは上辺ばかりだ。
テレビも新聞も本当のことは教えてくれない。すべてが目隠しにされている世の中だ。だから私は魂の哀しみを語りたい。私の詩集を読まれたとしてもほとんどの人は私の詩語りを聴いていない。私にとっては一番悲しいことだ。
あすUさんとMさんに会う約束をした。二人にはいまとても感謝をしている。そのためにも本当の詩を書き、人の心をうつ詩語りを行ってゆきたい。
山本竹勇さんがいま先日のライブのCDを作成してくれている。定価1000円で予約中である。これは贈呈が出来ないのでぜひ買っていただきたい。

2015年7月 7日 (火)

田川紀久雄日記

新しい詩集のタイトルが『蘇生』である。死者の魂と共に生き詩語りを行っていくという意味である。昨日Uさんの原稿がとどいた。そこの中で「再生」という言葉があった。彼も旅の中で新たな再生を願っているのかもしれない。彼の詩の方向性は私の創作活動を助けてくれる。ある意味で同じテーマを扱っているせいかもしれない。影響しあってもお互いが固有の世界を求めて行くしない。

2015年7月 6日 (月)

田川紀久雄日記

六月二十日に熊谷のMさんが聴きに来てくれた。私に挨拶をしてくれたのだが、まったく気づいていなかった。本当申し訳がない。三味線と語りがとてもよかったと感動してくれたとUさんから電話を貰った。それに私の絵を買ってくれるという。これで相棒が松本に行く費用ができた。
『廻廊を歩く』を書き終わる。昨日は二篇詩を書いた。これから詩語りの一人旅の物語が始まる。すべての人が幸せになることを願っての旅になる。詩人としての道を貫いて生きてゆきたい。それはデクノボーとしての生き方だ。

2015年7月 5日 (日)

田川紀久雄日記

時代の波にのまれていまの印刷は三年以内で終わるという。「操車場」は続けていくが、詩誌や詩集の仕事は打ち切ることになる。もう身体的のも限界に近づいている。肩と腕が痛むので長い文章の版下はできない。
これからはじっくりと詩語りの世界を深めて行くだけだ。
昨日『永遠なる大地』の版下の校正を行う。
自民党の議員は金で縛られているので、本当のことが言えない。金の力は悪の方向に働くものだ。中国人の爆買にはあきれてしまう。都心のマンションも中国人に買い占められておるという。水も土地もどんどん買い占められている。中国では少民族がひどい目にあっている。歪んだ中国はこのままだと共産党は破滅していくしかない。
私も日々生活の苦しさに追い詰められている。非正規社員や年金暮らしの人たちには辛い季節だ。大企業だけが甘い汁を吸っている世の中は日本経済も破綻していく。
詩誌受贈『環・153号』

2015年7月 4日 (土)

田川紀久雄日記

『操車場・96号』の発送が終わる。詩集も一緒に送る。今度の『空華』はいままでで一番良い詩集であるが、読者にとってはどのように感じるのか。『廻廊』ももう一篇を書けば終わる。この詩集は山本竹勇さんの競演までの心の状況を描いたものである。昨夜もこのCDを聴いたがなかなか良いと思った。私の詩集のテーマは詩語りとの闘いの世界である。末期ガンが治ったら詩語りの世界に邁進してゆきたいと思ったからである。詩人からは相手にされないが、そのことでより深く語れるようにもなった。聴き手との心の交流が生まれれば最高の幸せだからだ。
詩人たちは他者の朗読には関心がない。これは詩の世界では不幸なことである。自分たちで聲の可能性を否定している。だれかSDでパソコンに取り入れる方法を教えてもらいたい。パソコン音痴な私はCDの作り方がわからない。

2015年7月 3日 (金)

田川紀久雄日記

『空華』が出来上がってくる。発行日より早いがいつも早めに制作をしている。この詩集はどこかで語ってみたい。
詩語りで最も重要なのは聲の味である。味を身に着けるのは長い精進が求められる。聲というものはそれほど変わるものではない。お客に聴かせるには何と言っても聲の味である。いま詩人たちの聲を聴いていてこの聲の味を持つ人はほとんどいないといえる。語りの味や聲の味はひたすら精進の果てに生れて来るものである。聲というものはそのものの味の総体を言うのである。暇つぶしで朗読をやっても身につくものではない。ようは生きざまそのものである。

2015年7月 2日 (木)

田川紀久雄日記

いつどこで何が起こるかわからない。だから生きている今を大切にしていかねばならない。いつ亡くなってもいいような生き方が求められているのかもしれない。
昨夜はトイレに何度も行った。これでは起きているのか寝ているのか解らないありさまである。
やっと「操車場」の原稿がそろった。来週の初めころには送れそうだ。
先日のライブのCDも発売したいと思っている。聴きく与えする三味線と詩語りの決定版である。予価は1000円。

2015年7月 1日 (水)

田川紀久雄日記

六月は長く感じられたが、きょうから七月なので新たな気持ちで頑張ってゆきたい。身体の調子は良くはないが、詩語りの新しい道が開けているので気分的には楽しい。
数日中に『空華』が出来上がってくる。印刷所のHさんが身体が悪いのでとても心配だ。Hさんのおかげで詩集が出来ている。この詩集はとても語りやすい。できれば読者に購入していただきたい。こう物価高では生きて行くに精一杯である。今日から値が上がりするものもある。ギリシャも大変だ。日本も借金大国であることを忘れてはならない。軍備費など無用なものは削減すべきである。戦争をしない国づくりこそ平和国家といえる。
詩誌受贈『光芒・75号』

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