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2015年2月28日 (土)

田川紀久雄日

今月はなんだか短いような気がする。28日で終わるからかもしれない。
午後より磯子にあるラパン・アジルの「港の詩人」に行く予定だ。外に出てどれだけ歩けるか試してみる。まだ「操車場」の原稿がそろわない。

2015年2月27日 (金)

田川紀久雄日

福島原発の汚染水問題で職員は公表すべきとは思わなかったと述べている。いかに問題意識に稀薄しているかに驚く。
今いろんな意見やイスラム国の問題で憎しみの連鎖が広がっている。憎悪ではなくこの感情をいかにして愛に変えていくかが大切なのことである。
日本は外国でいろんな報道を取材していても、日本は中立国で日本人には危害をこうむることはなかった。しかし、安倍政権の積極的自衛権や積極的平和論で日本という国も危険な国とみなされるようになった。私たち日本人もどんどん危ない日本になってゆくのを肌で感じるようになっている。
私は詩語りを通じていのちの大切さを訴えてゆきたい。詩人として出来ることはそれぐらいしかできない。
詩誌受贈『あすら・39号』

2015年2月26日 (木)

田川紀久雄日

わが家の階段の工事も終わり、落ち着いて詩が書けるようになる。詩を書くときは落ち着いた気持ちが大切なのである。これからはゆったりした気持ちで詩を書いていこう。もうそれほど蓄えもないのでどこまで詩集を出していけるか解らない。一番良いのは詩集を買っていただくことだが、それが思うようにいかないのが現実だ。ライブが呼ばれたりするといくらかは売れるのだが、いまはそれもない。
川崎の少年の殺害事件はあまりにもひどすぎる。臨海地区は昔から柄が悪かったが、このような殺人事件は起こらなかった。ISの影響があるのだろうか。とても哀しい事件だ。
詩誌受贈『千年樹・61号』

2015年2月25日 (水)

田川紀久雄日

 福島原発から汚染水が一年前から外洋に垂れ流しであったという。東電はあいかわらず隠蔽を行っていたのだ。福島原発の近くの漁業は大丈夫なのだろうか。安倍政権下の原発対策は疑問視される。国民を欺いている。そして再稼働を進めている。やりたい放題の政権だ。
 
 株の値上がりが続いている。緩和政策のおかげでお金がダブついている。お金持ちは得をしているが弱者は生きることで精一杯だ。
 
『灯火に照らされて』を初めて語った。語りながら校正を行う。この詩集は秋ごろ上梓の予定だ。
 
詩誌受贈『鹿・138号』『タムレ・94号』

2015年2月24日 (火)

田川紀久雄日

まるで春の陽気な日があったかと思うとまた寒くなるという。身体の調子を保つのが大変だ。七三歳を過ぎると普通の人たちは不安を感じて来るらしい。だんだんしたいことが出来なくなってくるからだ。私にとっては歩くことがやはり心配だ。もっと外に出かければ良いのだがそれが億劫になってきている。若いころは家にいることが嫌であったが、今では反対になっている。
政治家が辞任するのはたいていお金の問題が多い。それだけ政治家にはお金がかかるようだ。まず国会議員の定数の削減を求めたい。

2015年2月23日 (月)

田川紀久雄日記

与那国島の陸自部隊の配備をめぐる住民投票では賛成派が反対派をうわまった。私が考えていたことと結果が違ったが、これはシマの人たちが決めたことで仕方がない。
安部総理は集団的自衛権の解釈をどんどん押し広げている。平和な国づくりからすれば軌道を外れていっている。いまの政治体制ではどうにもならないのか。ただ心が痛むだけである。原発のゴミ問題も原発が再開されれば無限にゴミが膨らんでいく。この狭い日本では未来への不安が残るだけだ。科学の力を信じるのも無限であってはならない。
坂東三津五郎さんがすい臓ガンで亡くなった。59歳では若すぎる。

2015年2月22日 (日)

田川紀久雄日

「操車場」の原稿高橋馨さんから届く。
高畑と山下さんに電話で話す。四月永井ますみさんのライブを聴きにいく。久しぶりに「たぶの木」のメンバーと会うことができる。川崎詩人会も全員が集まることがない。出席する詩人はいつも決まっている。大切なのは人と人が話し合うということだ。メールや電話ではなく直にあって話し合うことである。スマートホンを七時間も使用している人たちが多い。これは依存症の何物でもない。いつ本を読むのだろう。これでは人間としての発達がおかしくなる。
私も人と会うことがほとんどないが、やる仕事がある。自分の人生と闘いの日々だ。末期ガンから生きていられることの意味を無駄にしてはならない。多くの人たちがなくなっている。その人たちの分までやりたい仕事に打ち込んでいきていたい。それが報われないとしても。

2015年2月21日 (土)

田川紀久雄日

「操車場・92号」新保哲夫さん冨上芳秀さんの原稿が入った。
国会を聴いていると安倍総理は他人の発言を受け入れない。自分は自分で他人は他人だという考え方だ。これでは国民の意見はまったく無視されていく。まるで戦前の政界のようだ。軍事力の拡大はあってはならないものなのだ。平和憲法九条を守るのが国会の務めである。野党の力が弱いことがいまの状況を作り上げている。これは国民の一人ひとりの問題でもある。
もうすぐ東日本大震災の日が近づいている。私は毎日公園で鎮魂のための詩語りを行っている。よりよい社会を作るために私は詩語りを行ってゆきたい。
誕生日の日にバッハのマタイ受難曲を聴いた。ガーディナー指揮の演奏はとても聴きやすい。

2015年2月20日 (金)

田川紀久雄日

昨日詩集『灯火に照らされて』を書き終わる。だいだい一時間の語りになる。詩としてはどうかはわからないが、詩語りを命懸けで精進している詩人の生き様が書かれている。社会からも受け入れられていない詩語り道を切り拓こうとしている。その記録の詩集になっている。妹や震災で亡くなっていった魂に向けて祈りの聲を公園で撃ち込んでいる。その霊はいま生きている人たちが幸せになることを祈っている。
詩人の聲は数十年も聲を毎日のように撃ち込んでもなかなか本物の聲にはならない。聲だけではない心で語れる聲になっていかなければ聲とはいえない。毎日聲を撃ちつづけることに聲の意味がある。この『灯火に照らされては』秋ごろに上梓したい。詩集は一冊でも売って詩集の印刷費にまわしてゆきたい。
今日は私の誕生日だ。これからも日々聲を見つめて生きていたい。

2015年2月19日 (木)

田川紀久雄日

テレビを観る気がおこらない。見てもニュースぐらいだ。よくもこんなくだらない番組を作るものだと思う。まず局そのものの特徴がなくなった。そしてHNK会長の発言問題。政府の機嫌取りの会長ではもうHNKもお終いだ。報道の意味すら放棄したかのようなテレビ界では何も期待ができない。
政府は米無人攻撃機を購入する気らしい。武力の購入より、福祉にまわすべきである。集団的自衛権の名のもとに福祉を削り何が国民を守るといえるのだろうか。子供でも武器を持つと戦争ごっこをしたがるものだ。嫌な世の中になってきたものだ。
あゆかわのぼるさんから『秋田現代詩選集2014』が送られてきた。これは資料として使える。そして、私の好きな詩を探すことに楽しみが増えた。

2015年2月18日 (水)

田川紀久雄日

イスラム国がどんどん拡散している。武力では何も解決しない。この地球では不満な人たちであふれている。まずは人の心を理解することだが、満足している人たち(富裕層)の人たちは弱者の心を理解しようとしない。いま介護のことも、引きこもりの問題もほとんど行政は真剣に取り組んではいない。ツイッターで簡単に人の批判したりする。自分の不満を吐口に使っている人もいる。
現代人は心が小さくなっている。世の中があまりにもギスギスしすぎているからだ。おおらかさが持てない人種が増えている。威張る人間は、自分の主観的な価値観で動いているからだ。相手の気持ちなど少しも考えるゆとりもない。権力の力で下のものを叱ることはいかがなものなのか。今の世の中は人と人との会話が難しい。私も気を付けなければいけない。詩人はどうしても愚痴っぽくなってしまう。

2015年2月17日 (火)

田川紀久雄日

なんとかかんとか理由をつけて物が値上がりをしている。五月ごろまではすべてのものが値上がりする。昨年までサバの水煮缶詰が九五円が昨日みたら一四五円になっている。これには驚いた。血糖値に良いというので買って食べていたが、もうそう簡単に手が出せなくなった。世の中は二極化がどんどん進んでいく。アルバイトで生活している人たちには住みにくい世の中になった。これは日銀の黒田と安倍総理が仕組んだものだ。
集団的自衛権の解釈もどんどん悪い方向に向かっている。それなのに安倍政権の支持率が高い。これでは末法の世の中である。どんなことがあってもひたすら平和な世の中を願っていくしかない。
「操車場を」四月からどうするかが問題だ。というのもメール便が使えなくなったら、今までのように発送が出来なくなる。書き手の人たちにいくらか負担をしてもらうしかないのだろうか。いろんなものが値上がりしている。詩誌の参加費だけは値上がりしたくはない。この齢になって生活が困難になってゆくのを思うと哀しい。今月の二十日で七三歳になる。多くの人たちに応援をしていただいて貰っている。なんとか頑張って生きてゆきたい。

2015年2月16日 (月)

田川紀久雄日

昨日、JR鶴見から京急鶴見まで歩くのに足が痺れて困ってしまった。ほんの数メートルなのに。調子が良いときはある程度歩けるのだが昨日は駄目だった。
戦争の記憶がどんどん消えていくことはやはり恐ろしい。どのように語り伝えていくかが問題だ。これは震災にも言えることだ。言葉の重さはやはり経験や体験の裏付けがないと人には伝わらないものだ。これは語るときに非常に大きな問題になる。
私は東日本大震災のことを語っているが、私はそれを経験してはいない。だが心を寄り添うことはできるはずだ。寄り添うことをテーマにしていままで書いてきた。哀しみ苦しむものにつねに寄り添った世界を表現してゆきたい。

2015年2月15日 (日)

田川紀久雄日

今日は川崎詩人会の例会がある。二月に一回外に出るのはこの時だけだ。本当に出不精になった。それはやはり足腰が悪いからだろう。Mさんのことが気になるが、歩く距離があると足がすく痺れるのでなかなか見舞いには行けないでいる。申し訳ないと思っている。入院しているからでもいくらかは安心でいる。身体が悪くなったらすぐに病院に行くしかない。
この世のすべてのものには命が宿っている。そのことに感謝をして生きていることが大切だ。それなのに人間はどうして戦争などするのだろう。欲望という魔物が駆り立てるのだろうか。原発も経済の欲望という魔物が囁きかけるのだろう。いま原発を使用せずに公害化を防げる時代になっているのに、経済界はひたすら利益だけのために原発再稼働を進めようとしている。愚かな政策をアベノミクスは加担している。日本の進むべき道は福祉政策である。そして憲法九条を守ることである。軍事費だけが増額していく。これは日本を守るのではなく、日本を破滅に導く政策でしかない。そのことを認識できないいまの政府は愚かとしか言えない。
詩誌受贈『水盤・14号』

2015年2月14日 (土)

田川紀久雄日記

こうも寒いと鬱になる。ときどき気分が落ち込むことがある。今日はそのような日である。詩人たちの夢とはなんなのだろうか。それはやはりいい詩が書けることではないのだろうか。詩は自分が書くのでなく神様が書かせてくれるものと思っている。その日の神様の気分によって良いものと悪いものが生まれる。詩はいくら努力しても自分ではどうにもならないものだ。
政府は自衛隊の活動の幅をどんどん広げていく。危険な路線を踏み出していく。軍備力が強くなっていくとそれを使用したくなるものだ。だから法律がある。その法律をどんどん変えてしまえば憲法そのものの意味がなくなる。いまの日本はそのような危機的状況に置かれている。それなのに国民は何もできない。反対運動をしても政府は耳を傾けてはくれない。なぜ国民はただ経済優先の自民党を選んだのだろうか。戦後七十年も経つと戦争の愚かさが忘れられてゆくような気がしてならない。それは弱者を思う心が消えていくことでもある。とても哀しいことだ。私の鬱の原因はここにある。いまは生活がだんだん困窮してくる。なんだか切ない。
詩誌受贈『伏流水・52号』

2015年2月13日 (金)

田川紀久雄日記

植木肖太郎さんから「港の詩人座」で語りをとの誘いが入った。四月か五月のどちらかの最終の土曜日とのことだ。ありがたい話だ。そろそろ語りを外部で行いたいと思っていたところだ。聴いていただけるところがあればどこでも行きたい気持ちがわいてきた。前向きで生きて行くことは身体的にも大切なことだ。
新しい詩集も今月で書き終わる。こんどの詩集はどうなのか自分でもさっぱりわからない。そろそろお金もなくなってきた。どこまで詩集を上梓できるか解らない。それにクロネコメール便が廃止になれば送料だけでも大変になる。どんどん上梓してきてよかった。
詩集受贈『髙橋渉二詩集・死海』

2015年2月12日 (木)

田川紀久雄日記

一日千円で過ごせると思っていたが、このところの物価の値上がりでちょっとお買い物をしただけで二千円も出てしまう。アベノミクスの政策は完全に弱者を追い詰めている。野菜も以前の倍もするものがある。それに魚の数も減っている。アジも取れないという。外国産の干物が多い。身体のために肉類をあまりとらなくなった。血糖値を下げるために努力をしている。
最近詩というものが解らなくなってきた。何のために詩を書くのか。詩の言葉は誰のためにあるのか。文学である以上、多くの人々のために貢献しなければならないはず、それなのに詩は文学から蚊帳の外に置かれている。詩人たちはそれに甘んじて生きている。そういえば純文学という言葉も死語になっている。小さな本屋さんがどんどん廃業に追い込まれている。大きな本屋さんでも詩集などほとんど扱っていない。図書館にいっても詩のコーナーなど置かれていない。まるでゴミのように扱われている。図書館で詩の朗読の場を作ってほしいものだ。詩人クラブでそのような働きをしてもらいたいものだ。もっと社会に寄り添って運営をお願いしたい。
詩誌受贈『パレット・8号』

2015年2月11日 (水)

田川紀久雄日記

『天空を舞う』のお礼のハガキの中で「当たり前のことをごく当たり前に書いていらしゃいますが、その底には深い哀しみがあり、深いつつましさがひそんでいます。」と書かれてある。当たり前のことを書くことがいまの詩人にはできない。当たり前のことを書けばそれは詩になっていないのかもしれないと思うらしい。私は詩語りを行っているから誰が聴いても理解ができるように書いている。詩は詩人だけが読むのではなく万人の読み物であってほしいと願う。そのためには詩人の賞には全く縁がない。それでいいのだろう。一人でも多くの人の心が癒されればそれだけで充分だ。
いま日本の平和路線が崩されはじめている。安倍総理の外交も危険な路線を広げている。経済が優先される社会はいつの日にか、戦争へと続くからだ。戦争の原因の一つは自国の経済が原因にあげられる。いまの社会は寄り添う社会から乖離していっている。自分さえよければ良いという社会が形成されつつある。生きづらい世の中になってきた。

2015年2月10日 (火)

田川紀久雄日記

クロネコ便が三月で廃止になるという。値上がりしたら、「操車場」がやっていけない。次から次へと物価が値上がりしていけばどう生きて行けばよいのか解らなくなる。もう詩集も上梓できなくなるかもしれない。
景気回復といいながらようは弱者いじめのなにものでもない。安倍政権の支持率が50パーセントを越えている。とても信じられない話だ。
昨日詩ではない詩を書いた。「詩語りについて」という作品だが、もうここまできたら詩などとはどうでもよくなってきた。書きたいように書くだけだ。どうせ詩などというものは詩人ですら読まなくなっている。本当の魂の叫びを書いている詩だけが私の心に訴えかけてくる。

2015年2月 9日 (月)

田川紀久雄日記

詩集『空華』の大幅に手を入れる。小枝を剪定するように。これでいくらか語りやすくなった。詩集によって語りやすいのと語りずらいのがある。語りずらいのは剪定がうまく行っていなかったのだろう。
買い物をしていても何もかもが値上がりだ。便乗値上げもあるのだろう。老後の生活者には大打撃である。詩語りの出前がないものか。何とかして語りの仕事をしてゆきたい。詩集を上梓するにもお金がいる。そろそろ詩語りの活動をしていかねばと思う。そのためにも足腰の痛みを直してゆきたい。ハリ治療してからいくらかは楽になっている。その日によって調子の良い時と悪い時がある。
昨日上野芳久さんと電話する。彼も大変な思いで生活をしている。彼のような詩人がいまの私を勇気づけてくれている。それはテーマが似ているからかもしれない。先が見えない中で書き続けるしかない。書くことでしか先の世界を探せ出せない。

2015年2月 8日 (日)

田川紀久雄日記

石井光太著『浮浪児1945ー戦争が生んだ子供たち』を読み始めたが辛い話だ。私は田舎に帰るとき上野駅で見たあの子供たちはどうしたのかと気になっていた。空襲で両親を失った子供たちが上野駅に集まっていたのだ。いまのイスラム国に対して行っている空爆には多くの民間人や子供たちが亡くなっている。そのことを思うと心が痛む。
私も川崎空襲にあった一人だ。私の最初の記憶は火が燃える場面である。それが川崎空襲である。日本軍も中国に対して空爆を行った。本当に戦争には何の意味もない。戦争はある一人の欲望を持った人間が生み出していく。いま貧富の差はどんどん広がっている。この差が憎しみを生み出す。
詩というものは、個人そのものの苦悩や愛を表現していく。詩はあまり読まれないがこの世で一番大切な世界でもあることを忘れてはならない。だから詩を書くときは必死になって書いている。そして必死になって語っている。

2015年2月 7日 (土)

田川紀久雄日記

佐野カオリさんから『現代詩手帖・1』詩集評のコピーが送られてくる。秋亜綺羅さんが「復活」を取り上げてくれている。語りのことが書かれていることを確認ができた。感謝したい。秋亜さんも朗読を盛んに行っている方だ。しかし私の周囲の人からは誰も知らしてはくれなかった。というのは「現代詩手帖」は詩人たちからは読まれていなということだ。書店にもいまはほとんど置いていない。
この度の詩集『天空を舞う』のお礼の手紙が思ったより多くの人からいただいた。こんなことは初めてだ。お礼のためのお礼の手紙は出さないが心よりありがたく思っています。
「操車場92号」の原稿が上野芳久さんから届いた。彼の詩のテーマが私と重なるところがあるので書く上でも参考になる。死者とどのように向き合いながら生きて行くかということが掘り下げて書かれている。

2015年2月 6日 (金)

田川紀久雄日記

来月には胃カメラの検査がある。検査検査で身体もつかれる。
Mさんは腎不全であった。当分入院。ガンでなくてよかった。いのちは大切にしてもらいたいものだ。
昨夜は雪にならなくてよかった。テレビでは6チャンネルが雨の予想であったが、5チャンネルは雪の予想で通した。人間の判断と、コンピューターの判断の違いであったがなかなか興味深かった。人間の判断はより慎重になる傾向がある。
昨日「小さな幸せ」を書いた。ほんの小さな幸せで良い。寄り添えあえる社会が欲しいものだ。

2015年2月 5日 (木)

田川紀久雄日記

午前中、病院で検査を行う。
今の世の中では自由・平等・平和などという言葉は何をもっていうのか明確には解りにくい。昨日そのことを詩にして書いてみた。平和を守るためには戦争も仕方がないという考え方の人もいる。アメリカ方の平和論はそうであろう。でもいまの日本国憲法の第九条はそれではない。戦争に加担しない。武器を持って外国を攻めない。いまアベノミクスをこの憲法を改正しようと目論んでいる。憎しみからは何も生まれない。憎しみの連鎖は世界を破滅させるだけだ。
詩人は自己の内なる魂から聲をあげて行かなければならない。すべてのものに対して慈しみの心をもって対処したいものだ。そのために詩を書き詩語りを行っていたい。

2015年2月 4日 (水)

田川紀久雄日記

一人もののMさんが危険な状態であるとの警察からの電話で、昨日は食事(おかゆ)を食べさせた。それから入院するように説得させて、救急車を呼んだ。
私たちの世代の人はもう老後の世界にいる。いつどうばるか解らない。石川為丸さんもそうであったが、突然の死に襲われたりする。私のように月に何度か病院で検査をしているからなんとか生きていられるが、病院もいかないで頑張っているひとたちは危険である。福祉施設の場をもっと増やしてもらいたいが、アベノミクスでは逆に福祉の予算を削っている。
どこかの施設でクラシックのCDを欲しい方がいたら連絡ください。無料で提供いたします。いまノイズの入らないラジカセで音楽を聴いている。夜は毎日のように聴いている。部屋が狭いので何とか部屋を整理してゆきたい。

2015年2月 3日 (火)

田川紀久雄日記

親鸞の念仏と道元の只管打座はまったく逆な思考形態であるが、信という面から言えばまったく同じだといえそうだ。
人間は何かの目標を持って生きていなければ、なかなか生きがいというものは得られない。良寛さんのいうように生きているときは生きることに専念すればよい。死ぬときは死に専念するしかない。残された人間は、その人が生きている間に何を行いたかったのかを受け継ぐことができる。
詩人は詩を書いて人々に心の豊かさを伝えて行かなければならない。「操車場・91号」の発送を終えた。詩集も送ることができた。私はガムシャラン詩を書いていく。そして詩集としてまとめていく。できればそれを語れる場があれば何も言うことはない。詩人というものはまったくのデクノボーでしかない。書くという行為は消極的な行為かも知れないが、人の心に言の葉が植え付けられば、それは積極的な行為であったことに変化する。そのためにも詩語りの精進を行らない。

2015年2月 2日 (月)

田川紀久雄日記

昨夜眠れないので後藤健二さんのことや、その他のことを考え続けていた。憎悪を駆り立てることだけはしたくない。断じて許してはならないが、個人的な憎しみや全体的な憎しみに発展してはならない。大切なのは後藤さんの意志をつないで未来につなげていくことである。後藤さんと共に生き続けていくことではなかろうか。弱者に寄り添いながら愛を育てていくことだ。
私は死者の精霊と共に詩語りを行い続けていくしかない。昨日一ヵ月も早く『天空を舞う』が出来上がってきた。部屋に置くところがないので半分ほど送った。あとは「操車場91号」が出来上がった時に送る予定だ。来月は『寂静』ができる予定だ。

2015年2月 1日 (日)

田川紀久雄日記

このところパソコンの調子が悪い。そのたびにヨドバシまで出かける。気分的にも落ち込む。最近小さな出来事でも不安に駆られたりする。齢をとると心のバランスを保つのが大変だ。嫌なことをどのように超えて生きているのだろうか。普通は日常の紛らわしさの中で解決しているのだろうと思う。楽しいことを見いだせれば一番良いのかもしれないが、それがなかなか見つからないのだ。
安倍政権は過去の出来事を忘れて、ひたすら経済を活性化しようとしている。そのため低所得者のことなど無視して国家予算を決めてしまう。軍備費を増額することはそれだけ危険な世界へと導くことになる。民主主義というあいまいな世界観で政権をとってものだけが自由に国家予算が決められてしまう。権力というものは国民の犠牲の上に成り立っている。
詩誌受贈『叢生・196号』
詩集受贈『冨上芳秀詩集・かなしみのかごめかごめ』

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