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2014年3月31日 (月)

田川紀久雄日記

昨日は春の嵐であった。
『哀しみの渚』を書き終る。これは妹との個人的な対話の詩集である。少部数で今年中に詩集にしたい。山下佳恵さんから電報までいただき本当にありがたい。山下さんの詩は本当に生きる勇気を与えるものである。高畑耕治さんもさっそく『たぶの木・別冊号』をブログに入れてくれた。
巷では庶民が消費税で日用雑貨まで買いあさっている。これで景気が良くなったと言えるのだろうか。便乗値上げが目立つ。相棒のようにパートで働いている人たちの賃金が上がらない。生活はますます苦しくなるばかりだ。
気分が落着いたら相棒を連れでどこか旅をしたい。

2014年3月30日 (日)

田川紀久雄日記

昨日とうとう妹はこの世から去って行った。いや去って行ったのではなく私の心の中で永遠に生き続けて行くことになる。妹が亡くなった枕もとで『永訣の朝』を語った。これが妹にできるただ一つの行いである。生きているうちに私の詩語りを聴かせてやりたかった。今書いている『哀しみの渚』もあと一篇書けば終わる。妹を見送るのは身内で私一人である。
妹が他者に対して優しを表現していた。私は妹の愛の心を詩語りで活かしていきたい。六月ごろには詩語りも再開したい。そして出前もしてゆきたい。
これからは相棒ともっと旅をしたい。残りの人生を精一杯生き抜きたい。
「操車場」の印刷や製本も妹のことが片付いてから行う。
詩誌受贈『叢生・191号』『榛名団・10号』

2014年3月29日 (土)

田川紀久雄日記

昨日のスケートでアボットの演技が良かった。それは静寂の中の動が感動を与えてくれたからだ。羽生の熱演はある意味で感動を与えてくれた。その影には東日本の人たちの声援があったからだろう。その点が町田との差が逆転につながったと思う。
詩の朗読の世界は、いまだ情けない。本当に人を感動させるものがないからだ。詩人が必死になって努力している人などいないのではなかろうかと思ってしまう。「詩人の聲」でどれほど凄い詩人がいるのか、妹の問題が解決したら聴きに行ってみたいものだ。ひたすら聲を撃つことが大切である。

2014年3月28日 (金)

田川紀久雄日記

袴田事件は、再審査が決定された。警察の捏造疑惑はあってはならないものだ。静岡地裁の判断は画期的なものだ。そもそも死刑という制度はあってはならないものなのだ。この日本は死刑という制度を廃止に出来ないでいる。死刑囚の殆どがうつ病や廃人に近くなっているという。三畳で四八年間もとじ込まれていた袴田さんの心はさぞかし無念であっただろう。そしていつ死刑にされるかわからない恐怖は想像を絶するものがある。
かつて同じ会社に勤めていた大西さんが『お迎い待ち』という小説で芥川候補になったことを思い出した。
このところ夜中トイレが近くなっている。困ったものだ。医者に言わせれば糖尿病だからしょうがないと言う。それほど食事もとっていないのに血糖値が相変わらず高い。一度トイレにいくとまた寝付くまである程度の時間がかかる。身体を節制しなければと思いながらなかなか出来ない。詩語りのライブの復活の為にも何とかしたいものだ。

2014年3月27日 (木)

田川紀久雄日記

毎日寝たのかどうかさえ分からないような気分である。妹のことを考えると安心して生きていられない。といって私には何もできない。
仮設住宅に住んでる人たちも私と同じように苦しんで日々を送っている方が大勢いる。私の経験をなんとか詩にして生きるための応援歌を書きたいものだ。
詩というものは、哀しい時に本当に勇気を与えてくれるものが本物の詩なのだろつと思う。だから幸せな時は詩など必要がないのかもしれない。でも人生には幸せな時ばかりではない。ときどき誰にも気付かれずに取り出して読むものなのかもしれない。詩はその愛(かな)しさに沿ってあなたに寄り添ってくれるものである。
現代詩は、詩であるのだろうかと問いたいものだ。「たぶの木」を読んだ方の感想文が高畑耕治さんから送られてきた。その人は詩人でない。保育園の先生である。詩人でない人からのお手紙は有り難いものだ。「たぶの木」を読んでみたい方は、漉林書房までご連絡ください。一冊贈呈します。

2014年3月26日 (水)

田川紀久雄日記

桜が開花した。思ったより早かった。心がうきうきしてもよさそうなものだが、いまの世の中の状況を見ればそうはいかない。
かつてのアメリカの存在感がいまはない。ロシアに対しても何も打つ手はない。誰もが戦争を望んではいないからだろう。資源のある国はそれなりに強い立場をとれるが、日本のように資源がほとんどない国は政治的にも弱い立場に立たされる。
原発の再稼働よりも自然エネルギーを生かしたエネルギー問題を展開すべきである。この自然エネルギーは日本特有の自然を生かせる分野であるはずだ。昔から比べれば太陽パネルもだいぶ安くなっている。それに性能も向上している。これをもっと性能の向上して価額も安くして行けば新しく建てる家に付けられる。そうすれば原発の再稼働など無用なものになって行く。
「たぶの木」のフロッピーが何処かに行ってしまった。フロッピーがなくなるととても不便である。「別冊号」を何とか新しく版ずくりを行う。これは高畑耕治さんのブログを転載したものだ。私の『遠ざかる風景』を五回にわたって書いていただいたものだ。通常の「たぶの木」に載せると20ページを越えてしまうので別冊号にしたまでだ。
詩誌受贈『柵・3号』

2014年3月25日 (火)

田川紀久雄日記

福島原発の汚染水問題はいつ解決するのだろうか。新除染装置もあまりにもお粗末すぎる。一度原発事故を起こすといかに解決が困難かと言う事である。
私達はヒロシマ・ナガサキの原爆の恐ろしさを再認識していく必要がある。『はだしのゲン』にしてもいまだ図書館から取り除こうという人たちがいる。原爆の恐ろしさより、言葉狩りの方に目が向けられる。
妹に話しかけるといくらか分ったような気がした。モルヒネの作用でほとんど眠っていることが多い。見舞いに行くたびに私の身体にも酷い疲れが増してくる。
詩集受贈『小林尹夫詩集・いっぱいからっぽの唄』

2014年3月24日 (月)

田川紀久雄日記

二日間寝ていたら身体も大分元の調子に戻ってきた。この齢になると無理はできない。
安倍政権では憲法第九条の存在がなし崩しにされてしまう。国民はどう対処していえばよいのか。いま安倍政権の支持者が多い。いったい国民は何を求めているのか解からない。補消費税があと数日で値あがる。まるで買い出しのように今のうち買っておこうと商品を買う。なにか虚しさを感じてしまう。
今日は妹に会いに行かねばならない。医療費がかかるのだろうと思う。老人たちが安心して生きられる世の中になってもらいたい。そのための消費税であるのだが、少しも住みよい世の中にはならない。
中村不二夫さんの『廃墟の詩学』を少しづつ読みはじめている。かれは詩全体をつねに考えている人だ。大切な仕事をしている。それに対して私は自分のことしか考えていないのかもしれない。詩より私には人間の幸せを追求していくことが求められている。そのため詩は私にとっての友なのである。
詩誌受贈『グッフオー・61号』
詩集受贈『かわかみまさと詩集・与那覇湾』

2014年3月23日 (日)

田川紀久雄日記

朝、身体のそこらじゅうに痛みを感じる。これは陽気のせいなのかそれとも簡易ベッドにねたせいなのか分らない。起きているのは精一杯である。
昨日「哀しき雫」という詩を書いた。詩を書く事で妹と一緒にいる感じになれる。妹の所にいくことも大切であるが、それ以上に詩を書く事で妹と共にいることの方が大切であるように思う。この論理は世間一般では通用しないかも知れないが、私にとっては大切なことなのだ。詩を通して魂と魂の語り合いが出来るからだ。ただ詩を書けば良いと言うのではない。そこには詩の普遍性を追求していかねばならない。『哀ししき渚』という詩集は私にとっての代表詩集に成るかもしれない。
長谷川忍さんの作品が届いた。これで「操車場」の原稿がそろった。ぽつぽつ印刷を始めている。あとは私の日記が出来れば83号が出来上がる。
高畑耕治さんと電話で話し合えた。心が幾らか和らげられた。

2014年3月22日 (土)

田川紀久雄日記

いくら原発再稼働を反対続けても安倍総理には庶民の聲を聴く耳がないと見える。
福島原発20キロ以内で動物の面倒を見ている人がいる。ユーチューブで見たが、すごい人だ。お気に入りに入れたのだ筈がパソコンに入っていない。
妹の呼吸も安定しているので、帰宅した。タクシー代も馬鹿にならない。家でゆっくりと眠りたい。また急に病院から呼び出されるかもしれないが覚悟をもう出来ている。

2014年3月21日 (金)

田川紀久雄日記

昨夜、病院から電話が入る。呼吸が低下して危ないからすぐ来て下さいと言われる。病院に泊まったが、簡易ベッドは背中が痛く眠れない。このまま暫く妹を見守らなければならない。
呼吸は98から100ぐらいなければならないのだが、70ほどまで下がってしまった。暫くするとまた98程に回復した。妹が私を呼んでいたのかもしれない。
このままだと私の方がまいってしまう恐れが出てくる。

2014年3月20日 (木)

田川紀久雄日記

昨日変な手紙が来た・沖縄のH氏からである。お前の詩は暗い。なぜホノボノとして詩がかけないのだ。という文章である。絶望や希望そして愛を正直に書けるのは詩人だけである。八木重吉しにても孤独感を描くことによって本当の愛をや信仰を描いている。偉大な詩人杜甫「ですら「おまえの詩は愚痴が多すぎる」と当時の詩人からも嫌われていた。いま妹のことで苦しんでるときわざわざくだらない手紙を送ってくるとは大きなお世話である。
詩人たちも詩を読むことの中で、詩人の人生を深く思いやることをできない人が多くいる。活字を味わうことの中には、表面だけではわからないことが多い。
妹の生命力はすごい。医師からもうだめかもしれないといわれながらここまで生き抜いている。なんど病院に駆け付けたことか。このような経験はなかなかできないものだ。じっくり妹と心の対話をしていくことが求められている。

2014年3月19日 (水)

田川紀久雄日記

夜中急に頭が割れる程の痛みを感じた。それは妹のことを考えていたからだろう。妹の重さを一人で背負わなければならないからだ。こんなにも妹の存在が大きかったかと改めて気付かされる。仕事に集中が出来ない。Sさんに申し訳がないが、心がどうにもならない。
やはり妹の顔を見に行かなければならない。家でじっとしていると不安が嵐のように襲いかかってくる。心とは本当に弱いものだ。このような経験はこれから詩を書く上で大きな意味を持ってくるだろう。そして語りにも生かされていくに違いない。
お彼岸まで妹の命が持つとは思って居なかった。もうすぐ桜も咲くだろう。
四月から消費税が五パーセントになる。プリンターのインクも値上がりする。それに送料も上がる。「操車場」も値上がりしたいがそれは出来ないだろう。どうして「操車場」を維持して行けばよいのだろう。生活も厳しくなってゆく。アベノミクスは弱もの虐めのなにものでもない。

2014年3月18日 (火)

田川紀久雄日記

妹の尿がほとんど出ない。看護婦によれば早ければ数日で亡くなるかもしれないという。毎日が精神的に追い込まれている。仕事に対しても集中力が入らない。ほとんど眠れない。今朝は起き上がるのが大変であった。身体が動かないのだ。夜中リストの『巡礼の年 全曲』ピアノはベルマンを聴いて過ごしていた。
昨日「白い泡」という詩を書いた。詩を書くことでこの不安を打ち消している。妹の死を越えた大きな世界を書きたいと願っている。被災で亡くなっていった人たちのことも思い、残された人たちの哀しみも書きたい。いま私が書かなければならない。詩というものはいつでも書けるわけではない。書けるタイミングがある。その時を逃したら永遠に書けない世界もある。

2014年3月17日 (月)

田川紀久雄日記

嫌な夢を見た。私の周囲から誰もいなくなってゆく。たった一人荒涼とした風景の中に取り残されている。これからどうしてこれから生きて行くのか不安に襲われる。
今日妹に会いに行かねばならない。私は仮設住宅に一人で暮らしている老人たちのことを思う。津波にのまれて亡くなった家族もいるだろう。そのことを思うとどんなに孤独だろうか。たぶん想像を絶するものがあろう。仮設住宅で亡くなってゆく人たちが多いこともうなずける。復興資金で使われていない資金をこのような人のケアにまわしてもらいたいものだ。
高畑耕治さんの詩を聞かせてやれないものかと考えてしまう。詩は詩人だけのものではない。心に哀しみを背負っている人に愛(かな)しき詩(うた)を歌ってやりたい。そしてできれば私の詩も語ってみたい。それから山下佳恵さんの詩も。それから坂井のぶこさんの歌も聞かせてやりたい。他者のことを思う詩(うた)は人々の共有財産である。
「たぶの木」別冊号を近いうちに発行する予定である。これは高畑耕治さんがブログ(5回にわたって)で『遠ざかる風景』について書かれたものである。それに私の未発表の作品も。読みたい方は三百円を送っていただければお送りいたします。
本当の詩は人々の心に明かりを灯せるものである。そのためにも私はもっと哀しみを深めた作品を書きたい。

2014年3月16日 (日)

田川紀久雄日記

私は普通の人間である。その普通の人が今の世の中が可笑しくなっていることに怒りを覚える。秘密保護法はいまの民衆主義を破壊するものである。じわじわと日常生活に忍び寄ってきている。
上野千鶴子さんの講演が中止になった。山梨市が市長の名で中止を決めた。これは言論の自由が侵されたことを意味する。それに対してヘイト・スピーチには会場を提供している。ヘイト・スピーチは人間として恥ずかしい行為である。
それから竹富町の教科書問題だ。安倍政権は圧力をかけて弾圧しようとしている。沖縄の基地問題は大切なことである。沖縄にはまるで基地問題が発生していないかのように扱いたいのだ。中国や韓国が日本の歴史認識に対して批判している。安倍総理の靖国参拝もその一つである。
なるで戦前の状況に戻ってしまったのかと錯覚してしまう。私は普通の人間だ。その普通の人なら誰でもが思うことを述べているまでのこと。
私は人の心が豊かになってゆくことを望んでいる。
詩誌受贈『アンドレ・10号』

2014年3月15日 (土)

田川紀久雄日記

このところ身体の調子がちょっと悪い。これは精神的な問題が大きく作用していると思われる。本当に人生は山あり谷あり平原もあるものだ。それをうまく取り入れながら生きることが求められる。そのバランスが崩れると鬱になるのだろう。
ぽつぽつ贈られてきている書物を読んでいる。送ってくるということは読んでもらいたいから送る。でも身近な人たちから読んでいく。そのためには読まないまま取り残してしまうものもある。なかなか詩誌まで手がまわらない。でも送って来た人の作品だけは読むことにしている。
高畑耕治さんがブログで『遠ざかる風景』を五回に渡って書いてくれている。本当に感謝しなければならない。詩集を上梓して何も反響がないことは寂しいものだ。しかし私は詩語りで何百回も語り込むから上梓した意味はある。上梓して終わるのではない。上梓た所からその詩集はあらたに再生されてゆくからだ。普通の詩人たちは贈呈したところで終わってしまうのではなかろうか。詩集は自分のいのちと同じものである。それならばそれを大切に愛おしく思わなくてはならない。詩集を語る事は自分が成長するためにも必要な事なのである。
詩語り論のための詩集『聲を求めて』を印刷所に入れる。五月頃には遅れる予定た。予約を受けています。二千円です。朗読に興味のある方は是非予約をお願いします。

2014年3月14日 (金)

田川紀久雄日記

どこの会社も非正社員のベースアップは行なわないという。これではアベノミクスの効果が生まれないだろう。低所得者の収入が増えない以上世の中の景気が上向きにならない。一部の大手企業のベアのアップだけでは逆に世の中は可笑しくなってゆくだけだ。いったいこの消費税の値上げは何なのだろうか。年金者にしても生活は苦しくなるだけだ。つき八万円の年金では生きていけないだろう。このアベノミクスは余りにも貧富の差を広げる何もでもない。また便乗値上げのように物価が上がっているものさえある。
相棒と私達の生活も苦しくなるばかりだ。一日も早く詩語りライブを再開してゆきたい。いま私の詩語りもかつての語りより深まっている。それは誰にも負けない稽古量があるからだ。そして詩語り論である『聲を求めて』上梓に向けて何とかしようとしている。新しいガンの発生も心配だが、なんとかして生き抜きたいものだ。
昨日も詩を一篇書いた。書く事で生と闘ってゆっく以外にない。

2014年3月13日 (木)

田川紀久雄日記

仮設住宅に住んでいる人たちのことを思うと心が苦しくなる。なぜこんなにも遅れてしまったのだろうか。どんな理由があろうがやはり問題である。私たち他人の苦しみを本当に思いやれないものなのか。自分の家をだてるにはあと四年もかかるという。つまり被災にあってから七年かかるという。その間に孤独死に襲われるかもしれない。安倍総理は今年は復興に全力で取り組むといっているが、あてにはならない。私一人では何もできないが、大勢の声が力を与えてくれるかん知れない。黙っていては何も進まない。
昨日賃金の値上げの回答があったが、非正社員にはない。働く人の40パーセントが非正社員である。そして中小企業では昇給はできないのが現状だ。この矛盾し社会構造に怒りを覚える。貧しきものはより貧しくなってゆくだけだ。
詩誌受贈『詩的現代・8号』
詩集受贈『常山満詩集』

2014年3月12日 (水)

田川紀久雄日記

昨日、東電本社前で原発反対デモが行われていた。ネット右翼らしき人たちがマイクを持って、デモの人たちに向けて罵声を浴びせかけていた。と相棒はそれを目のあたりに見て嫌な気分になったという。
放射能の影響は復興にいかに妨げになっているか、昨日のテレビ報道でも物語っていた。それなのに東北電力も原発の再稼働を進めようとしている。企業という代物はなぜ人間の悲しみに寄り添うことができないのか。そこには資本主義の原理が働くからだろう。資本主義そのものの限界を痛感してしまう。
昨日も詩を書いた。そして『哀しみを越えて』の版下も作った。今年中に上梓したいものだ。
いま高畑耕治さんのブログで『遠ざかる風景』について書かれている。見てもらえるとありがたい。
今日妹に会いに行く。「操車場」の原稿が髙橋渉二さんから届いた。

2014年3月11日 (火)

田川紀久雄日記

今日は、3・11である。東北大震災から三年目である。昨日安倍首相の記者会見が行われた。私が考えている大震災に対するあまりにも違いすぎる。国民の殆どが復興がなされていないと考えている。復興庁すら何も機能が果たせていない。理想ばかり言っても、現実には殆どなされていない。
政府は、被災者の心さえ支えてくれなかった。いまだに行方不明の身内を探し続けている人もいる。死者たちのことを思えば人災だといえる。大川小学校はまさにそうである。
昨日は東京大空襲であった。十万人の死者が出た。その一人ひとりにはどのような生活があったのか。なぜ早く終戦を迎えられなかったのか。軍人が威張り散らして国民は何も言えなかった。今の安倍政権を見ていると、この日本は戦前の国家体制に戻りつつあるかのように感じられる。
私はガンと闘いながら、いのちの尊さをこの世の中に訴え続けていかねばならない。そして人の心を豊かにできる詩を書きたいと願う。

2014年3月10日 (月)

田川紀久雄日記

妹の意識が日々低下していく。見ていても心が苦しくなる。でも生きていることは私にとって生きる支えになっている。
いま法華経を読んでいるが、法華経を信じない者は地獄やその他の醜い獣になるとう話があるが、いまそのようなことを言われると違和感を覚える。どんな人間でも生き物でも、生命の歓びを感じて生きるものである。宗教の欠点は信仰しないものを脅かすことにある。生き物同士が寄り添って生きることが一番大切なことである。
いま日本は相手を思うおもてなしの心が失われつつある。オリンピックでおもてなしと言われても厭な感じがしてしまう。ただ言葉だけが独り歩きをしているに過ぎない。3・11が近づいているが、復興の状況を見るとただ憤りを思えるだけだ。原発関連での死者はあまりにも多い。そいて非正社員があまりにも増えすぎている。消費税が上がって行くのに、非正社員たちの賃金は上がらない。世の中は矛盾だらけの社会になっている。
犯罪が増えているのもこの矛盾した社会にも責任はある。寄り添うことを拒否しているのは資本主義の原理に在る。少数の人間だけが利益を得る構図になっているからだ。
詩の世界だけでも心あたたまる世界を築いてゆきたいと願う。もう少し私も頑張って生きていたい。

2014年3月 9日 (日)

田川紀久雄日記

もうすぐ三年目を迎えようとしてる被災地はほとんど復興がなされていない。アベノミクスは復興を無視して原発再稼働を進めようとしている。福島原発は四十年後をメドに収束するといわれているが、誰もがそのようなことを信じていない。なぜならメルトダウンしている現場の状況を誰も見ていない。今どうなっているのかさえ誰にもわからない。それに汚水が毎日増え続けている。その対策すらできていない。現場の状況を知れば知るほど恐怖を感じるばかりだ。女川原発も再稼働しようとしている。なぜ国民のほとんどが自分の問題として考えないのだろう。経済の発展ばかり気にしている。アベノミクスを応援している国民が五十パーセント越えている。
私はこの三年間苦しんでいる人たちに寄り添うことを目指して詩を書き続けてきた。これからも寄り添うことのできる詩を書き続けていきたい。昨日は妹に寄り添う詩を書いた。デクノボーの私ができることは詩を書くことしかない。今日も妹に午後から会いに行く。

2014年3月 8日 (土)

田川紀久雄日記

太陽光の買取りが下がる。これは変な話だ。原発を再開するための電力会社の思惑ではなかろうか。いま福島原発は大変な事になっている。だんだん投げやりの仕事をするようになってきている。ようは専門の技術者がいなくなっているからかも知れない。除染作業もほとんど進んでいない。除染したゴミを何処にも持っていく場所がない。黒い袋の山がいたる所に置かれている。本当に故郷に帰られる日が来るのだろうか。
昨日私は身体がだるくて寝込んでしまった。心の身体も疲れている。
『詩人会議・4月号』で「操車場」が取り上げられる。相棒の詩について「裸の心情告白にすごない、と思う向きもあるかのしれないが、これこそが詩なのだ。」と書かれている。二人して笑いこけてしまった。

2014年3月 7日 (金)

田川紀久雄日記

妹の様態はここ二日ほど落ち着いている。昨日は私が来たことを認識できた。それも一瞬だったが、それでも嬉しいもんだ。妹も私と同じように生命力が強い。顔を見ていると自然に涙が零れてくる。
昨夜高畑耕治さんから電話で、私の詩集『遠ざかる風景』についてブログで書いてくれるという。本当にありがたい。仲間内でも嬉しいものだ。これも『たぶの木』で紹介できたらしたいものだ。
本物の詩とは、魂の一番奥深い所から湧き出る言葉の世界である。このような詩はそう簡単には生まれてこない。
上野芳久さんから原稿が送られてきた。今度の詩はまるで絵を見ているような世界に感じられた。それも神秘的な絵である。決して解りやすい詩ではないが、凝視してみれば奥深い詩である。
昨日は胃に痛みを感じた。
詩誌受贈『いのちの籠・26号』
評論集『中村不二夫著・廃墟の詩学』

2014年3月 6日 (木)

田川紀久雄日記

昨日胃カメラで別なところにガンの可能性があるかも知れないという。次の検査の日にはっきりするそうだ。小さいがかえって不安だ。次から次えと苦しみが増してくる。
今日は妹の所に行かねばならない。行っても何の役にも立たないが妹を見守ることは大切なことだ。「操車場」も一段落ついた。
今月初めて詩が書けた。妹ととのことを今書かねばならない。いま「哀しき渚」というタイトルで書き続けている。もう半分できている。今まで東日本大震災や原発のことを書いてきたが、この詩集は自分と妹のための鎮魂歌である。坂井信夫さんに『哀歌』という詩集がある。本当はこの哀歌という題がいいのだが、そうもいかない。以前同じ題の詩集を漉林書房から出して問題が起きたことがある。これだけ詩集がいま発行されているのだから同じ題の詩集があっても不思議ではない。
私はこれからももっと哀しみや苦しんでいる人たちに寄り添って詩を書いてゆきたい。

2014年3月 5日 (水)

田川紀久雄日記

今日は私の胃カメラの検査日である。
三時に起きて坂井さんの仕事をする。妹がいつどうなるかわからないので、仕事は早く済ましておきたい。
消費税を上げなけれな福祉政策が行き詰まるのだろうか。潜水艦を四隻も増やすという。税金は軍事費にどんどんつぎ込まれていくのではなかろうか。生活保護も切り捨て時代に入ってきている。
ウクライナもどうなってゆくのか。先がまったく見えない。ロシア軍の介入が始まったら、また世界戦争になってしまう。軍事介入だけは許してはならない。いまの日本も危険な状態だ。
崎本恵さんから暖かいお手紙をいただいた。彼女も大変な人生を送っている。できるのなら彼女の心を抱きしめてやりたい。彼女も本物の詩を書ける人である。でもなぜか詩人たちから本物の詩は避けられてしまう。私の所で出版した山本陽子全集(編集者は渡辺元彦さん)も世の中からは見向かれもしなかった。それで良いのかも知れない。H賞も決まった。なぜか虚しさだけが感じられる。

2014年3月 4日 (火)

田川紀久雄日記

相棒と私は不眠症だ。どうしたらよいのかわからない。
世の中の暮らしは間違いなく悪くなっている。この世の中から外されたら救いようのない世界に落ち込んでしまう。強いものだけが生きられる社会は誰もが望んでいない。安倍政権ではそれを実行しているかのように思えてならない。
妹の状態はつねに眠り続けている。学園の人が夜を見ている。本当にありがたい。私の身体だととても持たないだろう。
「操車場・82号」の仕事も終えた。どこか気が変で印刷や版下で過ちをおかしてしまった。気が動転しているのだろう。自分では冷静のつもりなのだが。今回は変な詩誌になってしまった。参加者が少なかったのが残念であった。

2014年3月 3日 (月)

田川紀久雄日記

3・11が近くなると報道が騒がしくなる。しかし3・11は毎日感じていなければならない。ほとんどがまた復興にはほど遠い。詩人として人間として、私は毎日叫び続けている。そして詩集の一冊を公園で語っている。
昨日は妹の様態もいくらか落ち着いていた。しかしいつどうなるのか予想がつかない。今日は『操車場・82号』の仕事があるのでそれをすましたい。
私は上野芳久さんの詩を読むと、この悲しみは大震災で亡くなった人たちへの想いに繋がってゆく。身近な人の死は、そう簡単に癒されないものだ。詩人はそのことを書くことで亡くなった人がその人とともに生きている。愛する者の死は、生きているものが亡くならない限り失うことはない。それは女々しいということとはまったく別なことである。

2014年3月 2日 (日)

田川紀久雄日記

妹がもう危ない。これから毎日病院に行かねばならない。操車場の仕事も何とか早くしなければならない。坂井さんから預かった仕事にも手がまわらない。
妹の死と向き合うことは辛い。夜中にも病院から電話が入る。ほとんど眠れない。妹の葬儀も立ち会うのは私一人だろう。いまこの重荷をしっかりと受け止めるしかない。
『みやさかとう子詩集・ふろふき大根の夜』が届く。と冨上芳秀さんの同人の方である。昨年肺癌で亡くなった。病院に行く途中で読むことにする。詩の言葉はその人の心の言葉なのだ。まず言葉に寄り添いながら読むことにしよう。
高橋馨さんの小説も届いてえいる。文庫本で320ページもある大作だ。これも電車の中で読むしかない。家にいると妹のことを思うと何もできない。ひたすら哀しみが湧いてくる。

2014年3月 1日 (土)

田川紀久雄日記

昨夜横浜市立病院から妹のことで電話があった。今日はどうしても妹の所まで行かねばならない。足のふらつきもたいぶよくなったので一人で行けそうだ。
昨夜NHKテレビで原発事故避難者3年の放映があった。孤独と絶望の日々が続いている。原発再稼働は絶対許してはならない。
詩人である私は、この悲しみと絶望を希望に変えてゆく道を模索しながら詩を書き進めている。そして何とかして語れる場所を見出したい。
今は妹のことで身動きができないが、詩語りの精進を続けていればできる日が来ると信じている。

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