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2013年2月28日 (木)

田川紀久雄日記

今日は病院だ。三月には胃のカメラの検査もある。そしてCTの検査もある。身体の不安はいつ消えていくのかさっぱり見当がつかない。
円安でリストラが増えてる。イタリアの動向が気になる。ユーロ世界が不安になると、日本経済も大きな打撃を受ける。
日本の深海にレアアーウスが三五十年分の埋蔵量があるという。しかし四千メートルの深海を掘るにしては莫大な資金がかかる。技術的にもまだ問題がある。これは政府も支援して行かなければ難しい。これが上手くいけば中国からレアアーウスを買わなくて済む。プルトニウムはほとんど混ざっていない。資源の乏しい日本では嬉しい話題だ。
福祉国家を作るためにも新しい資源を探さなければならない。日本には素晴らしい技術がある。この技術を支えているのが巷の町工場である。大手企業ばかりに税制を緩和するのではなく、これらの町工場にこそ支援をしていく必要がある。電気代が上がれば一番困るのが零細企業である。私の住んでいる浜川崎には大工場があるが、数人の町工場も多くある。昔の町工場そのままである。下請けの仕事には賃金が上がらない。みんな汗水を流して働いている。安倍総理の所得の増加など期待ができない。本当の庶民は泣きながら働いている。

2013年2月27日 (水)

田川紀久雄日記

ネコの餌を買うついでに古書店「近代書房」による。桃山晴衣の『梁塵秘抄うたの旅』を買う。かつて渋谷にジャンジャンがあった。なんどか桃山さんの舞台を見にいった。CDも何枚か持っていたが、いまはどこにはいっているのか見つからない。聲のだしかたが、ちゃんとした日本語の出し方である。詩人たちの朗読を聴いていると、複式呼吸が出来ない人が多い。聲は人の心を揺さぶる力をもっている。そのためにはどうするか考えるべきである。できるだけ生の朗読の聲を聴くことだ。
TPPだけれど、農業まで自由化したら、日本の風土が変ってしまう。美しい田園風景も消えていくのではなかろうか。オーストラリア式の現代の農業を始めたら、野菜の豊かさも失われる。大量生産、大量消費の世界ではにほんの自然が守れない。豊かな田圃は豊かな水をもとめ、ダムの役目もしてくれる。そこには多くの昆虫たちも生きていける。農業は日本文化の根底に存在している。経済の効率だけを考えていては日本は消えていく。
太陽のことだけれど、ナサの太陽観測衛星では、太陽の中心に鳥の姿を写すした写真がある。トンボでなくて鳥が飛んでいたのだ。

美しい表紙になった。このたびも私の油彩で飾った。
田川紀久雄『慈悲』 漉林書房刊 本体2000円(送料込み)
注文先は、〒210‐0852 川崎区鋼管通3‐7‐8 2F 漉林書房
三月十六日 ライブでこの詩集の一部を語ります。

2013年2月26日 (火)

田川紀久雄日記

コピー機が調子が悪くヨドバシにいった。おもわぬ失費がかさむ。私の友人が電子書籍を始めた。本の時代から電子書籍の時代に移行して行くが実感として感じられる。でもまだまだ世の中にはそれほど電子書籍が広まっていかない。それは規格の問題があるからだと思う。小学校なのではアイパットを持たせるところもある。そうすれば教科書も要らなくなる。どんどく世の中が変ってゆく。アナログ時代に育った私などは時代遅れの骨董品になってしまったようだ。それにしてもインターネット代が高すぎる。光りにしたいと思うがそのお金がない。いまなおパソコンはワープロ形式しか使えこなせない。
でもインターネットは、所詮幻想の世界だと思う。そこで多くの人に出会えたとしても実体の無い透明人間でしかない。なんだか虚しいような気がする。人間の交流は基本的に会って会話をするものだと思う。老人達も交流の輪を持てるところはボケ予防にもなっているし、また生き甲斐も生まれてきている。部屋に閉じこもってインターネットだけをいじくっている人間はどこか異常な人間に思えてくる。
詩も詩集を上梓して終わるのではなく、そこから新たな出会いを求めて語りを行なうことが大切なのである。人間同士の輪を広げてゆきたいものだ。『いのちを語ろう』はそのような世界を求めてゆきたい。

美しい表紙になった。このたびも私の油彩で飾った。
田川紀久雄『慈悲』 漉林書房刊 本体2000円(送料込み)
注文先は、〒210‐0852 川崎区鋼管通3‐7‐8 2F 漉林書房
三月十六日 ライブでこの詩集の一部を語ります。

2013年2月25日 (月)

田川紀久雄日記

毎朝本当に寒い。四時ごろ起きて夜空を見るのもいいものだ。私たちが見る宇宙はほんの一部であるが美しいものだ。この地球もいつの日にか粉々になって宇宙空間をさまようのだろう。だいたいこの地球が誕生してから地球が滅びてゆくまで半分の時がすぎたという。その前に太陽が爆発してしまうかもしれない。このところ太陽も異常な状態が続いているという。黒点の数が激増している。村上昭夫さんは「太陽にはとんぼがとんでいる」と詩に書いているが、いまはそのトンボも見えなくなっている。そのためか知らないが、東北地方は異常な大雪である。二月に越後で生まれた私もいまは寒さに弱い。湯たんぽをいれて眠らないといられない。

美しい表紙になった。このたびも私の油彩で飾った。
田川紀久雄『慈悲』 漉林書房刊 本体2000円(送料込み)
注文先は、〒210‐0852 川崎区鋼管通3‐7‐8 2F 漉林書房
三月十六日 ライブでこの詩集の一部を語ります。

2013年2月24日 (日)

田川紀久雄日記

安倍総理は野田元首相の2030年に原発ゼロ政策を見直すとのこと。つまりアメリカのいいなりに従うとのことだ。TPPにしろ、日本を守ってもらうためにはアメリカの言うことを聞くしかないということだ。日本は相変わらずアメリカの植民地であることには変わりがない。沖縄に一層の負担をもとめていかざるをえない。
いまの民主党なさけないありさまだ。参議院選挙で敗退するだろう。嫌な世の中になってきそうだ。庶民は貧しさに耐えて、辛抱して生きるしかないのだろうか。
今日詩集『慈悲』が届く予定だ。いのちに寄り添って生きていくしかない。そして詩語りを通じて多くの人たちと交わってゆきたい。次の詩集『いのちのひかり』の表紙に使う絵もでてきた。そしてその次の詩集『寄り添う』もあと二、三篇書けば終わる。やはり生きていられるから、これらの詩集が生まれてくる。末期ガンと闘ってきた私がここまで出来ることを証明してゆきたい。死は人間の夢を奪うことである。だから生ることはがむしゃらな人生を送るしかない。これは生き急ぎではない。生そのものをいかに奥深いものにしてゆくだけのことである。哀しい時はうんと哀しみに浸るしかない。そして歓びを味わうために哀しむ人たちに寄り添って生きることである。それが詩的な人生でもある。

2013年2月23日 (土)

田川紀久雄日記

ここ一週間ほど朝がとても寒い。この寒さを通れば春が来るのだろう。それにしても東北の雪は凄いものだ。五メートルをこえる積雪だ。東京の人間には想像を越えるものだ。
日本の外交は大変だ。どっちを見ても壁だらけだ。あまりにも総理が変りすぎた。これでは腰をすえた外交など出来ない。日本という国は何処にむかっているのかさっぱり視えてこない。つまりどのような国づくりをしたいのかが無いのだ。その場その場限りの政局だからだ。沖縄の辺野古を埋め立てる工事を近く始めるという。沖縄の人たちはこれを受け入れないだろう。辺野古は美しい海である。ジュゴンが住んでいるという。沖縄を基地のない場所にしたいと願う。
詩人はつねに哀しみを抱いていないいい詩は書けないものなのだろうか。魂を揺さぶる詩を書きたいものだ。またそのような詩に出会いたいものだ。最近の詩を読んでいると説明の詩がやたらに多い。これは私にもいえる。詩はだれにでも書けるが、本当の詩を書くのは至難の技だ。たったの一篇でもよいからそのような詩を書いてみたいものだ。

2013年2月22日 (金)

田川紀久雄日記

ブリの刺身が千葉のと福岡のでは同じ大きさで値段がずいぶん違う。福島原発周辺の海底の放射能が増えているという。やはり福島を中心にした魚はなんとなく食べる気がしない。いまは原発事故以来、ガンの患者が増えてくるのではないのだろうか。その因果関係は証明されないだろう。もしそうだとしても東電も国も認めはしない。
原発とは関係ないが、築地の魚市場予定移転地では、基準の25倍のヒ素が検出された。このような状況で本当に市場が移転が出来るのだろうか。そして中国からは大気汚染が風に乗って日本にやってきている。経済の発展という名目で人類は滅亡の危機にさらされている。人間という生き物は、このあたりで止めるということができない。つねに煩悩の世界をさまようしかない。TPPが受け入れれば、日本の医療は壊滅しかねない。
腰の手術でレザー治療をすれば保険が効かないという。約四十一万円ほどかかる。私など手術をしたくても出来ない。いま保険が効かない治療が多すぎる。これから安心して生活ができる環境が崩されていくのではないかと思うと心配だ。この世は本当に住みずらくなってきている。
詩誌受贈『まどえふ・20号』

2013年2月21日 (木)

田川紀久雄日記

いま何処の国も女性達は子供を産みたがらない。保育所の数があまりにも足りなすぎる。仕事をしたくでも出来ない主婦が多い。景気回復の為に、福祉関係の予算は大幅に削られている。何かが間違っている。何処の国も老人だらけの国になってゆく。
また子供にとって、未来の夢が持てない。大学を出ても就職先が見つからない。何のために生きているのかさえわからない人が増えている。精神的に変になってゆくのもしかたがない。経済優先もいいが、大事なことを忘れてはいないだろうか。貿易赤字も大幅に増加している。この辺で円安も落ち着くのかもしれないが、急激な変化は庶民の生活を乱すだけだ。
昨日CDの書き込みが送られてきた。手紙も入っていなければ住所も書いていない。失礼だ。最近失礼なやからが多い。詩人が世の中で馬鹿にされるのも、そのような人がいるからだ。
詩誌『柵・315号』が送られてきた。最終号となっている。志賀英夫さんご苦労様。私の絵も一度表紙になった。そして日本詩人クラブの例会で一度お会いしたことがある。この詩誌には沢山の評論やエッセイが掲載されていた。毎回読むのが楽しみにしていた。初めがあればかならずいつかは終わる。書く場所を失った詩人達は淋しいと思う。詩人達は詩誌によって育てられているといっても過言ではない。そこには書く仲間がいるということ。詩誌というものは詩人によって成長し育てられている。作品の向上に向かって書くことが詩誌に参加している意味に繋がってゆく。

2013年2月20日 (水)

田川紀久雄日記

今日は七十二歳の誕生日だ。よく今日まで生きてきたものだ。歳を取ると生きる気力が薄れてくる人もいる。それは自分の夢が遠くなって行く気がするからだろう。
昨日「詩語り日記」の中で詩を書くことと、語りをすることは別なことだ、と書いた。詩は語りの為に書くのではない。詩は詩として自立していなくてはならない。そして語りは語りとして自立しなければならない。このことは当たり前のことなんだが、詩人達の朗読を聴いているとそのように思えないときがある。
私は詩を書くことはまず自分自身の為に書いている。そして語りはその詩を他者に肉聲で伝えたいと思いで行なっている。どちらも妥協したくはない。しかし詩の世界はマイナーである以上、それほど期待がもてない。だから腹をくくってかからなければならない世界である。詩の世界でもそれなりの出費はかかる。その覚悟がないと何もできない。何事にも貪欲でないと生きていけない。まだまだ詩集を上梓続けていくだろう。生きているから詩を書き、語りを行なうだけだ。これはすべて自分の為でもあるからだ。その中で僅かな友人ができれば幸いである。

2013年2月19日 (火)

田川紀久雄日記

人というものは苦しみ哀しむほど必死に生きようとする。被災地の人たちもいのちのひかりを求めて懸命に生きようとしている。いのちは一人では育てられなくても、複数の人たちが集まることでいのちは勇気付けられる。その眼をづぶすのが国策である。もうすぐで二年を迎えようとしている。福島第一原発はいまなお危険な状態である。東通原発も活断層と判断されたが、電力会社はそれを否定する。ほんとうに往生際が悪い。そして安倍政権での原発方針を期待している。核のゴミ問題があるのに、なぜ原発ゼロとは言わないのだろう。
北朝鮮のテロ行為が起これば原発などあっという間に吹き飛んでしまう。原発など誰もが守れない。拉致問題も北朝鮮に制裁を強めれば強めるほど、永遠に拉致問題は解決されなくなる。横田さんとは病院で顔を合わせることがあるが、政治に振り回されすぎた。憎しみには愛を持ってしか解決しないこともある。
円安で、農家が大変困っている。灯油の値上がりで悲鳴を挙げている。大企業だけが輸出で利益を上げている。これでは韓国の経済と同じくなってしまう。国民はますますお金を使わなくなる。ただ物価だけが値上がりして行く。パートで働く多くの人たちの苦しみはどうなってゆくのだろうか。

2013年2月18日 (月)

田川紀久雄日記

昨夜川崎詩人会の二次会で帰り際に急に足腰が痛くなった。コーヒーを飲みに行かず帰宅した。
朝起きると身体の調子が重く感じられた。今週の土曜日ごろに詩集『慈悲』が上がってくる。このところ毎日のように『慈悲』全編を語っている。何としてもこの詩集を自分の身体の一部にしたいと思っている。語ることの中で色々な迷いが生まれてくる。まずはその迷いの心を克服していかねばならない。そのためにはただひたすら語ることしかない。テキストを読むのが朗読ではない。いかにテキストにいのちを吹き込むかということが語りに繋がってゆく。まるで無限地獄の中をさまようようなものだ。だから精進という言葉が活きてくるのだ。
詩集を上梓することによって免疫力を高めていける。末期ガンなどに負けてはいられない。いのちとの闘いが自分の詩を深めてくれる。ある意味では自分の詩集に助けられているのかもしれない。次の詩集『いのちのひかり』を秋ごろに上梓したいと考えている。そのためには印刷代を捻出しなければならない。そのためには『慈悲』の詩集を一冊でも売れることを願うしかない。
詩誌受贈『長谷川忍個人誌・街景創刊号』

2013年2月17日 (日)

田川紀久雄日記

ロシアに落ちた隕石には驚いた。死者が出ないだけでもほっとした。あれが東京のど真ん中に落ちたらパニックで大変なことになっただろう。この地球だって隕石同士が結合して出来たものだ。グアムでの事件でも、いつ何が起きるかがわからない。安全で生きていられるという保証はどこにもない。生きているときぐらい人間同士が憎み会うなんて哀しいことだ。エゴの心は人を不幸にする源である。
河津桜ももうすぐ咲きだす。毎年見に行っているが、今年も見にいけるだろうか。桜を見ながら旅をするのは最高な気持になる。菜の花と河津桜は心が和む。三浦海岸でも行きたい。たぶの木も見れる。温かいところにはたぶの木が多く見られる。照葉樹林の葉は太陽に反射して美しく見える。生きる力をもらえるような気がする。
今日は川崎詩人会である。丸山さんは鉾田の太陽村からやってくる。画家であるが、読書家でもある。心の優しい人だ。あっているだけでも心が安らぐ。私も人の心を明るく出来る人間になりたいものだ。

2013年2月16日 (土)

田川紀久雄日記

物価がじわじわ値上がりをしている。収入源の少ない私達の生活はこれからどうなってゆくのだろう。要はなるべくお金を使わない生活を探すしかない。境遇が悪いからと言ってなげいていてもどうなるものではない。まず何が自分にはできるのかを探すことであろう。できれな『操車場』への参加者を増やすことであろう。そして何とか出前のライブをと思う。人はなかなかお金を出さないものだ。そのためにも詩語りの力を高めるしかない。詩にしても、相手に読んでもらえる作品を書かなければならない。詩というものは、こうだよと偉い詩人から言われても哀しいものだ。その偉い詩人だって世の中からは振り向かれないのだから。
『詩人会議・3月号』が送られてきた。詩集評に佐々木洋一さんが私の『愛するものへ』を紹介してくれた。佐々木洋一さんは私の好きな詩人でもある。一度お会いしている。それは仙台のワシントンホテルの詩語り出前である。そのときは一緒に飲んだものだ。本当に心の優しい方であった。そのときに呼んでくださった阿久根さんは今いない。
今の私は本当の幸せを求めて詩語りをしてゆきたい。これはわたしのいのちの旅でもあるからだ。来月のライブでは宮澤賢治の『青森挽歌』と『慈悲』を語る。これもユーチューブで見られるようにしてゆきたい。

2013年2月15日 (金)

田川紀久雄日記

高野悦子さんが大腸ガンのために八十三歳で亡くなる。医学が進歩していてもまだガンで亡くなる死亡率は高い。かつて岩波ホールにはよく映画を観にいったものだ。高野さんとは一度お会いしている。それはポルトガルの会である。私はポルトガルのファドが好きで時々CDをかけて聴いたりしている。
最近ラジオのFM放送で音楽を聴くことが多い。日本のオペラもとても上手になった。聴いていても違和感がなくなった。オペラなどは聴きにいくチャンスがないのでこうしてラジオで聴けるのはありがたい。
今日は旧暦の一月六日である。良寛さんの命日。一八三一年のことである。七五歳であった。良寛さんの墓参りをしたことがある。戊辰戦争での鉄砲のあとがお寺に残されていた。
私のライブもユーチューブ『いのちを語ろう』を検索すると見られます。私達と朗読をなされたい方を募っています。

2013年2月14日 (木)

田川紀久雄日記

福島であらたに二人の甲状腺ガンを確認した。普通甲状腺ガンは四、五年で発見されるものである。まだ甲状腺ガンではないかと疑われている人たちが十人近くもいる。十八歳以下の子供達に健康診断が実地されているのだろうか。
放射能は福島だけではない。日本全土が実は放射能で汚染されている。中国の汚染問題も大変であるが、日本もかつては中国と同じ道を歩んできた。私の今住んでいる川崎はその最たるものであった。日本鋼管から出る煤煙で空が見えないほどであった。その日本鋼管がヒロシマに移転してからいくらかは良くなった。それでも海沿いからは毎日モクモクと煙が出ている。風向きによってはわが家の方にまでその煙が飛んでくる。私も喘息なのだろうかやたらに咳がでる。といって今はそれほど苦しくはない。
いま補正予算費が膨大に膨れ上がっている。民主党時代と同じく、復興に関係のないところまで予算がつけられている。本当に復興に必要なところは予算が少ないのが現状である。政権が変っても日本の官僚の体質は何も変らない。税金の無駄使いがのさばるだけだ。パートの人たちの時給は少しも上がらないのに、物価がどんどん上がっていく。そして国債の借金が膨らんでいくだけだ。

手作りの詩誌『たぶの木』4号を、ホームページ高畑耕治さんの『愛のうたの絵ほん』に公開しました。今日からはちゃんと見られます。

2013年2月13日 (水)

田川紀久雄日記

新しい詩を書いていたファイルがすべて消えてしまった。なぜこうなったのか私にはわからない。ここ数日精神的なショックを受けている。書いた詩をもう一度新しく書くことは不可能だ。詩というものはそのときの感情がいのちだからである。機械というものは思いも余らいないことが時々発生する。パソコンと特に複雑な機能がたくさんついているからなおさら故障が生まれる。それならば手書きでもというが、右手には痺れがあるので、思うように字を書くことができない。現代文明からそのうち取り残されていくような気がする。いまだメールの打ち方も出来ないでいる。
昨夜DVDで『路上のソリスト』という映画を観た。この話は実話をもとに制作をしたものだ。先日テレビで名古屋で九十八歳の老人のホームレスを紹介していたけれど、その人は元気で知的な老人である。なぜホームレスにこだわって生きているのかは解説されていないのでわからないが、生きるという問いをもう一度考えさせられた。私も生活に行き詰まったら、『私の詩』というプラカードを下げて売ろうかと考えている。かつて新宿駅でガリ版刷りの詩集を売っていた少女がいた。『たぶの木』のような小冊子でと思っている。どうしたら詩人でない人たちに読んでもらえるのかを考えている。

2013年2月12日 (火)

田川紀久雄日記

久しぶりに松尾ちゑ子さんと羽黒洞の品子さんにお会いできた。東京駅の地下街はいったら道に迷ってしまった。A5の出口がわからず随分歩いてしまった。まるで田舎ものだった。
どのような分野でも、その世界の人とだけ付き合うことは良くない。できるだけいろんな分野のひととの交流を求めることによって新しい世界が見出せる。詩人達の世界も、小さな世界に固まっている。その中でどんな地位についても虚しいものだ。詩誌『たぶの木』は詩人の世界よりも、詩を余り読まない人たちに送っている。それは苦しんだり哀しんでいるときに、詩は心の支えになってくれるからだ。哀しみ悩んでいるのは詩人だけではない。もっともっと多くの人たちが、本物の詩を待ち望んでいるはずである。それを肉聲によって伝えたいと私は願っている。松尾ちゑ子さんたちの絵手紙の会に数回呼んでいただいた。そこで宮沢賢治や自作詩を語ることが出来た。昨日もあなた達が来るのなら、語りをやってもらえばよかったといわれた。新井狼子と千葉の斉藤さんの家に遊びに行ったときのことを思い出した。みんな遠い昔のような気がしてくる。あのころは楽しかった。いろんな人たちと会うことは身体にも良い。大切なのか、何かに向かって命懸けで仕事をしている人たちと会うことだ。聲の力で多くのひとに詩の素晴らしさを伝えてゆきたい。

手作りの詩誌『たぶの木』4号を、高畑耕治さんのホームページ『愛のうたの絵ほん』に公開しました。

2013年2月11日 (月)

田川紀久雄日記

NHKで昨夜核ゴミの番組を見た。この問題を先送りし続けている日本は、本当に日本沈没しかねない。それにいま福島第一原発の汚染水も満杯でどうにもならない状況である。核ゴミ対策費も家庭の電気料金に上乗せしている。世界一高い電気料金を国民は支払わされている。安倍内閣では大企業に電気代を安くして、その付けを国民に押し付ける気でいる。
日本は地震大国である。核ゴミの処分所など何処にもない。自民党が原発政策を押し進めてきた。それにもかかわらず、福島原発事故では何一つ責任を取ることをしなかった。いまもなだ原発を稼動させるつもりだ。戦争の時もそうだったように誰一人責任を取らない。指導者はいつも自分が可愛いのだ。思い切って原発ゼロ政策を口に出すことはない。原発に対する融資額があまりにも莫大すぎるからだ。何故こうなったかというと、日本には資源がないからだ。日本は資源がないのに輸出して資金を稼ぐしかない。原発は夢の資源であったのかもしれない。それはあくまでも夢であって現実の問題ではなかった。そのことに政治家は早く気付いて欲しい。
先日のグループホーム火事でも、日本の福祉政策は余りのも貧しい。私に出来ることは、自分の身体をいかに健康を維持していくかということぐらいだ。
午後から松尾ちゑ子さんの講演会を腰の調子がよかったら聞きに出かけたいと思う。

2013年2月10日 (日)

田川紀久雄日記

今日は旧暦の正月である。いまが一番寒いときでもある。
優れた詩は、なぜ哀しい詩が多いのだろう。楽しく希望に満ちた詩はほとんどない。人々が詩に求めるのは、哀しみを哀しみで拭い取ってもらえるものを求めているからではなかろうか。辛く哀しい時は、自分よりもっと不幸な人がいることで、頑張れると思うのだろう。ということは日常生活では、それほど詩を求める必要がないということになる。誰にも知られずにそっと詩を隠れて読む。つまり詩というものは、文学書というより、薬の役目をしているのではないのか。小説と違って短時間に読める。そして癒される。そこに詩の魅力が隠されている。
相棒が今日親戚の結婚式に出かける。その席で詩の朗読と思ったが、結婚式に相応しい詩が見当たらなかった。良いと思う詩は、みんな哀しい詩ばかりだったという。
高畑耕治さんがブログで紹介している詩も、やはり哀しい詩が多い。哀しいから心が打つのだろう。詩人の役割とは、哀しみを癒す詩を書くことにあるのかも知れない。つまり心のお医者さんである。「毒は毒をもって制す」という言葉があるが、詩も哀しみを哀しみのよって癒すことであるといえる。八木重吉の詩などはその詩の代表ではなかろうか。
私も末期ガンを宣告されたことによって語りの世界も深められてきたのではなかろうか。いのちの尊さを語ることが私の使命なのかもしれない。

2013年2月 9日 (土)

田川紀久雄日記

詩というものは、書き手の人柄がよくわかるものだ。どのように生きているのかも解る。これは不思議な鏡だともいえる。どのように創作しても詩という世界は、その人の影すら隠せない。だからと言って書かれたものがその人のすべてだともいえない。詩人という生き物はある意味ではとても嫌な面を持っている。それはエゴの固まりのようなものでもある。そして社会性には疎い人が多いことも確かだ。優れた詩人ほどその傾向が強い。私も割合頑固な人間だ。いままで詩人と付き合ってきて嫌な詩人に出会ってきた。そして素晴らしい詩人にも出会ってきた。そのことは何処の社会でも同じことかもしれない。
それにしても今の詩人達はお互いどうし議論を交わさなくなった。ITの発達で人間同士の関係も薄くなりつつある。ますます誰とも付き合わなくてもITで情報を得ることができる。なんだか淋しい気がする。なんでもかんでもメールだけで済ます人さえいる。そういえば私もほとんど手紙を書かなくなっている。ハガキ一枚でも貰うと嬉しく感じる。
「たぶの木・4号」が出来上がった。頒価三百円です。読みたい方は漉林書房までお申し込みください。心温まるしが掲載されています。限定50部です。

2013年2月 8日 (金)

田川紀久雄日記

日本の原発は、もうどうにもならないところまできている。原発防災計画も4分の1が自治体に丸投げという。第一原発の内部を調査しようとしたら事故調査委員会にも虚偽の申告をしていた。いまだに安全神話の上で東電は胡坐をかいているのだろうか。困ったことに国民はもう原発に無関心になりつつある。東電で何があってももう驚かない。国民はそれよりも給料がいつごろ上がるのかに関心を移している。
ローソンが3%の昇給というが、パートの人たちの給料も上がるのだろうか。いつも取り残されるのはパートの人たちの給料である。同じ仕事をしていてもボーナスは涙金しかでない。そして何の保証もない。つねに低所得者の立場を維持していかなくてはならない。これでは仕事にたいしての意欲も湧いてこない。いまの日本経済を支えているのがこの低所得者たちである。そして零細企業である。支えあう社会が崩れていくのではなかろうか。どうしたらよいのか私にも解らない。せめて詩を通して心と心が寄り添う合える社会ができないのだろうかと思うだけだ。

2013年2月 7日 (木)

田川紀久雄日記

昨日は大雪にならなくてよかった。東京は雪対策に対してはどうにもならない構造である。それにしてもJRの運行予定も現実を無視したものであった。まだ雪にもなってなっていないのに七十パーセントの始発からの運行である。気象庁の大雪になるという予想はずれであった。自然というものはまだまだ人間の能力を超えた世界である。
もうすぐ春だ。地方によってはもう梅が咲き始めたという。数年前に青梅の梅林にいったことがある。水戸の偕楽園にも行ってみたい。梅は桜と違って、品のある美しさを味わえる。まだなんとか足が動くうちにいろんなところに行ってみたいものだ。
今月は私の誕生日だ。末期ガンと言われたとき、こんなにも生きていられるとは思ってもみなかった。神様から余分に貰っていのちだから大切に時間を使わなくてはならない。そして生きていられた恩返しをしなくてはならない。何とかして詩語りで世の中に恩返しができたらと思う。そのためにも本当に伝えたい詩を書いてゆくことだ。といってなかなか簡単には詩が生まれてこない。今月には詩集も出来上がってくる。楽しみだ。いまはこの詩集のテキストをひたすら語り込んでいる。「いのちを語ろう」の運動を続けていくだけだ。

2013年2月 6日 (水)

田川紀久雄日記

東京でも放射能の値が高い場所がある。このところ報道でもこの放射能の値をほとんど発表していない。安倍政権の経済政策で、原発の問題は隅っこに追いやられている。東京電力には国から多額な金が流れている。送電線の分離問題もなかなか進展していない。円安で輸入品の値上がりが始まっている。特にガソリンが値上がりしている。国民の生活は苦しくなるばかりだ。印刷関係でも、材料費や洋紙が値上がりしている。これで消費税がドンとやってきたら、零細企業はあっというまに倒産に追い込まれる。小さな印刷屋さんはいまどんどん廃業している。
川崎にあるラゾーナでも店舗に入れ替わりが激しい。個人の店では経営が維持できない。まさに戦国時代そのものだ。安倍政権は大企業だけの政策である。大企業の利益が下請け会社になかなかまわらない。あくまで主人と奴隷の関係に近いままである。弱肉強食の社会になってゆく。街には老人のホームレスが増えているという。五十を越えるとなかなか仕事にありつくことが出来ない。私のように年金のない老人はどのようにして生きていけば良いのか。それを考えると絶望かに襲われてしまう。ひたすら前に向かってもがいて生きてゆくしかないようだ。

2013年2月 5日 (火)

田川紀久雄日記

市川団十郎さんが亡くなった日に、杵屋五三郎さんが亡くなっていた。杵屋さんは長唄で三味線弾きで人間国宝の方である。そしてとても桜を愛していた。歌舞伎座で何度も杵屋さんの三味線の音を聴いた。享年九一であった。日本の伝統芸は、いまほとんど振り向かれない。時代に合わないのだろうか。いや、そうではなく聴く機会がどんどん失われていっているだけだ。昔はラジオから伝統芸能が流れていた。三味線で一中節などは私は好きである。まず姿勢が良い。そしてなんともいえない味わいがある。いまのテレビの堕落ははなはだしいものだ。テレビが日本の文化を破壊しているともいえる。
詩の朗読は伝統芸ではないかもしれないが、これも日本人の聲で行なうことが大切だ。しかし本来の日本人の聲を出せる詩人達はいないのだ。まず複式呼吸であること。そしてできるだけ地聲である。音楽などで小学生から西洋音楽の発聲を教え込むから、まともな日本人固有の聲が失われていく。きちんと聲の出し方を知らない。そのような中でいくら朗読をしても日本語の美しさは伝わらない。日本人が日本の文化を失ったら未来の伝統芸能は滅んでいくだけだ。ただお金になるものばかり追いかけていては淋しい限りである。古いものをいかにして現代に伝えていくか、そのことが大切である。歌舞伎の世界はそれを上手くいかしてきたとも言える。いまの若手がどのようにして受け継いでいくのかがこれからの楽しみでもある。

2013年2月 4日 (月)

田川紀久雄日記

今度は市川団十郎さんが亡くなる。六十六歳とはなんでも早すぎる。まるで歌舞伎界がのろわれているかのようだ。最後に団十郎を見たのが新派である。この人はなんと女性の扱い方の上手い人なのだろうと思った。もう十年前の話になる。川崎に来てからはまったく歌舞伎を見に行かなくなった。
また画廊まわりもしなくなった。歩くとすぐ足が痺れるので遠くには出られない。ほとんど人との交際もない。まったくの蟄居状態に近い。眼が悪いので読書も殆どしなくなった。歳を取っていくのはこのようなことかと思うと淋しいものだ。春になった相棒と近くの野山に行こうかと話をしている。
操車場の表紙紙と、貼り付け用の糊で二万円もかかる。送料代を含めると、ギリギリのである。製本代は自分でやるのでなんとか維持が出来ている。自分が好きでやっているのだから出費は我慢するしかない。操車場69号も今週中には発送が出来る。そして「たぶの木」も原稿が集まった。詩誌を通して詩人との繋がりがあるだけだ。これは私がまだ生きているぞという証しでもある。

2013年2月 3日 (日)

田川紀久雄日記

このところ地震が多発している。昨日は北海道で震度5強の地震があった。その前には茨城でもあった。日本は本当に地震国である。また世界全体では異常気象である。地震に耐える国家作りには膨大な資金がかかる。特に都会が地震の危険度が高い。こんなに人口密度が高いと何が起こっても不思議ではない。貧しい生活者には地震対策もできない。もう天まかせの暮らししか出来ない。
それにしても福島の人たちはいつになったら故郷に帰れるのか。相変わらず放射能の高い地域がある。家屋の賠償もまだされていない。もう帰れない家をいつまで放置しているのだろう。賠償金ももらえないまま地方で生活する人たちは悲惨な思いでいる。第一原発がある以上、放射能は大気に流れ出ている。完全な収束はまだ四〇年後先だという。そういう中で原発反対運動から人々の気が失われかけている。円安や株高で浮かれているときではない。つねに現実も視つめる眼を失ってはならない。本当の幸せをもとめる人の眼はいつまでも哀しみに包まれている。それは詩人の眼でもある。

2013年2月 2日 (土)

田川紀久雄日記

かつていじめ問題で、いじめられる方に問題があるといわれた時期もあった。学校ではそのような教え方をしていた。そこにはいかなる暴力も暴力とは認められなかった。あるときなどは子供同士の喧嘩なのだからといって、いじめられる方の心をケーアすることもなかった。戦後からの教育は、民主主義といいながら閉鎖された世界であった。先生の権威も失われ、学校全体も荒れていた時期もあった。教師達は欝状態になり、退職していった教師も多くいる。文部省も何ら対策を打てず、そのまま放置してきた。要は縦社会が、何も決められずに着てしまった。教育委員会にしろ日本柔道連盟にしろ、問題をいつも隠蔽してきた。無能の人たちが会長の椅子に腰掛け続けていた。役員という名の下で、威張り散らしていたのだろう。私達はこのような人たちの下で教育を受けて育ってきた。先生も生徒も地獄の中で日々を送ってきたのかもしれない。
また失業率が増加している。まったく希望がもてない社会になってきている。未来の子供達に膨大な借金を押し付けていくのだろうか。そして高齢化社会に対して何ら打つ術もなくこのまま行くのだろうか。個人としては、身体に気をつけて生きるしかない。そして仲のよい友達を作るしかない。現実に負けない生き方を求めてゆきたいものだ。

2013年2月 1日 (金)

田川紀久雄日記

園田監督は、いじめを暴力とは考えていなかったという。そして刑事事件から逃れるために監督を辞退している。彼を援護する柔道家もいるが、いじめと暴力の境がわからない人たちである。いま日本のスポーツは古い体質から脱皮するときである。わたしはどんないじめも許してはならない。いじめはいのちそのものの尊さを奪うものだからだ。一度傷がついた心はなかなか癒えないものである。私は権威というものが大嫌いだ。人を怒鳴りつける人を私は嫌いだ。いまの日本人はいじめが横行しているような気がする。とても哀しいことだ。
今日から二月だ。月日が流れるのがとても早く感じられる。経済再生の為に弱者が切り捨てられてゆく。なんとかして生きる術を確保してゆきたい。そのためには貧乏でも心豊かな生き方を求めていくしかない。人には愛を持って接してゆきたい。愛(かな)しみを失った人は淋しい人だ。

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