無料ブログはココログ

« 田川紀久雄日記 | トップページ | 田川紀久雄日記 »

2011年10月 9日 (日)

田川紀久雄日記

空海は「志は詩なり」ということを言っている。現代詩はこの言葉からほど遠い世界である。志村けんのテレビ番組で詩を素材にしてあるの見たが、詩とはお笑い番組に使われてしまう。フランスで『憤れ』という本が売れている。日本でも十二月頃に発売される。現代詩はいまと向き合っていない。原発のことも本気で怒って書いてはいない。憤れが感じられない。日本人はおとなしい民族なのだろうか。自民党の議員は相変わらず東電から献金をうけている。民主党は国民との約束を何も実行しない。マニフェストは守られていない。八ッ場ダムにしてもそうだ。なにもかもなしくずしだ。国民の生活を守るどころか、不安な社会を生み出しているだけだ。いのちを守る闘いを詩人は先頭になって行っていかねばならない。いまの私が出来ることは語りを通して行なうしかない。いまこうして生かされていることは何かを行なえということなのだろう。朝日新聞に「惜別」という欄がある。死因をみると圧倒的にガンが多い。末期ガンといわれた私がこうして生きられていることは神が私に仕事を与えてくれているのだ。頑張って力強く生きねばならない。

« 田川紀久雄日記 | トップページ | 田川紀久雄日記 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 田川紀久雄日記:

« 田川紀久雄日記 | トップページ | 田川紀久雄日記 »