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2011年8月31日 (水)

田川紀久雄日記

昨夜は眠れなかった。つまらないことが次から次へと浮かんでくる。詩集を上梓したあとは、このようなことが起きる。
いま日本人の聲は衰えている。机にむかってパソコンを打つ日々では聲がでないのはあたりまえだ。農家や漁民そして工事現場で働く人たちは、それなりの聲を持っていた。携帯でもメールで終ってしまう。先日朗読をしていて、なぜ田川紀久雄さんはあんな聲をだすのと、批判めいたことを言っていた人がいる。その人にとっては聲をだすという意味が全く解っていないからだ。神主には神主の聲があり、僧侶には僧侶の聲がある。聲はそのひとの職業そのものであった。それが現代文明の進化とともに聲の持ち主が存在しなくなってきている。須藤功著に『神と舞う俳優たち』という本がある。まえがきに阿波踊りのことが書かれている。そこに私と同じ考え方がかかれている。義太夫・落語にとっても聲がいのちだ。詩人の朗読だって聲がいのちなのだ。普通の聲で読めばいいのだという人にとっては何をいってもわからないだろう。聲はその人の生き方そのものなのである。安易に人前で語るのは嫌な思いをすることが多い。

2011年8月30日 (火)

田川紀久雄日記

国民はもう民主党に期待感を抱いていない。被災地の聲を聴いても諦め状態だ。消費税の問題は慎重に行なってもらいたい。菅さんが朝鮮学校の無料化を指示した。
今私たちが未来に対して行なわなければならないのは、原発の完全廃止である。産業界はどうしても原発の再開を望んでいる。これはいのちの闘いである。生命を脅かすものとは断固闘うしかない。
この度の私の詩集がどのように読まれるのか。ちょっと不安である。詩を書き、そして詩集を上梓し、それを肉聲で語ることが私の仕事である。いのちを語り続けてゆきたい。それが残された人生でやらなければならないことだ。
坂井信夫さんから原稿が届く。電工日記は坂井信夫という人を知る資料になる。

2011年8月29日 (月)

田川紀久雄日記

新内閣が誕生しても脱原発を明確に出来そうもない。消費税値上げをいっても、今世の中は不景気だ。失業者が増え続けている。それに町工場は倒産に追い込まれている。内閣が誕生しても一年持つかどうかもあやしい。国民から遠く離れた世界にしか見えない。いまの日本はめったく希望のもてない国になってしまった。せめて詩の世界でいのちの尊さだけは書き続けていきたい。世の中に不平不満をいってもよくなるものでもない。自分の生きる場を大切にしてゆく以外にはいまのところ何も出来そうにもない。

2011年8月28日 (日)

田川紀久雄日記

電力エネルギー問題で、原発が一番コストが安いという経済学者がいるが、彼らはいのちをなんとかんがえているのだろうか。福島の現実を見ていれば、そく原発は中止してもらいたくなる。もし福島原発と同じ事故が起きれば、日本は沈没するしかないというのに。それでも原発エネルギーを使いたくなるやからは狂気の沙汰だとしかいえない。人の苦しみを自分の苦しみとして受け入れられない人は悲しい。
今日は川崎詩人会の例会がある。楽しく和やかな会でありたい。

2011年8月27日 (土)

田川紀久雄日記

詩集『鎮魂歌』が出来上がった。半年あまりで新刊を発行できた。いのちを見つめている人間にとって書かねばならないことを書いているからだ。昨日長谷川認さんからカンパをいただいた。これで詩集の制作費が穴埋めがいくらかできる。本当に感謝。詩集は来月の操車場と一緒に送る予定である。
詩人の聲で最初に求められるのは、聲が会場に響き渡るかどうかである。マイクを使わなければ会場の隅々まで届かないようでは話にならない。それが肉聲で届くかどうかが用供される。朗読の世界はその先にある。聲が気持ちよく身体の載せることができるかどうかである。末期ガンと闘ってきた私が先日のライブでは聴き手が驚くほどの聲をあげることが出来た。これもひとえに日々の精進のおかげである。まず聲の力があれば朗読の世界も自由に泳ぎまわることが出来るはずだ。その先に朗読の楽しみが生まれてくる。末期ガンの私が出来るのなら普通の詩人達にも出来るはずだ。九月十七日に『鎮魂歌』のライブを行なう。朗読に興味のある方は是非聴きに来ていただけたい。そして共にいのちについて語り合いましょう。

2011年8月26日 (金)

田川紀久雄日記

新潟の十日町の幼稚園の土地もセシウムがあることが解った。広がる汚染土。福島県ではこの汚染土を住民にしらせず国有地に捨ててしまっていた。このようなことが他にもあるのではないだろうか。
この度の民主党の代表を選ぶにしても立候補者たちは、誰一人として原発を停止という人はいない。そして国策を具体的に説明する人もいない。これではB級グルメのメニューでしかない。日本の未来は暗い。
昨日のNHKのエネルギー討論会でも、いのちの問題を抜きにして語られていた。原発はなぜいらないのかは、いのちと深く関わっているからだ。経済性で語られるべきではない。未来の子供たちにとっても、これ以上放射能の影響を与えてはならない。
3・11以後は詩人達の朗読も、何を語るか問われている。そしてそれをどのような聲にのせてゆくのか。お客と一体になってゆく方法を見出していかねばならない。詩人達の聲が生き残れるかが問われている。

2011年8月25日 (木)

田川紀久雄日記

朝の五時頃空一面朝焼けに染まる。すると突然雨が降ってくる。変な天気だ。
中国は尖閣領海に監視船を乗り入れている。政治の空白期を狙って日本に圧力をかけている。いまの日本では外国との交渉が体をなしていない。
昨日テレビで飯館村の農村を報道していたが、あまりにも辛い話だ。農民が土地を捨てなければならない。こんなひどい話はない。九月三日に柏崎原発の反対デモがある。
本をいくら井原さんに送っても少しも部屋はかたずかない。これから電子書籍が増えていくのも当然かもしれない。一度は物のない部屋に住んでみたくもなる。

2011年8月24日 (水)

田川紀久雄日記

スタッズ・ケーケル『死について』(原書房)を読み始めたら、なかなか面白い。死ついて語ること生について語ることに他ならない。最近ほとんど本を読まなくなった。それは暑いせいもあるが、それより小さな活字は読めなくなった。まず二段本は無理だ。テレビも観ない。音楽を聴いているかというと、そうでもない。ではものを書いているかというとそれもない。では何をしているかというと、語りのことを考えている。そして時間があれば公園に行って稽古をする。自分の求めてきた世界にちゃんとした世界を築き上げたいからだ。
まもなく詩集が出来上がって来るので、本の置き場所を作っている。もう読みそうもない本は井原さんのところに送っている。残っている全集本を丁寧によんでゆきたい。部屋の中には多くのキャンバスがあるので、なかなか部屋がかたずかない。誰かに買っていただければよいのだが、なかなかそうはいかない。なんでもそうだがお金にするには大変なことだ。詩集もお金にしてゆかなくては次の詩集が出来なくなる。やはり生きていることは大変なことである。

2011年8月23日 (火)

田川紀久雄日記

東北のお米からセシウムが検出されれば、売れなくなるだろう。新米の検査が始まった。農民はいま不安に駆られながら生きている。いくら微量と言っても毎日食べる主食だから国民は控えるだろう。これを風評被害といえるのだろうか。いま国の安全基準に信用が出来ないから風評が起きる。それにいつものようにただちには影響がないという保安院の言葉に国民は辟易している。
避難地区の土地の借り上げより、なぜ汚染度の除去をしないのだろうか。それは借りたほうが安くつくからだ。これでは中国のやり方と同じだ。国民を犠牲にして国策が優先される。原発は国策であったからだ。そしてこの夏の節電騒ぎは何であったのだろうか。東電は東北電力に電力を融通している。下町の工場では節電の為に大変な目にあっているというのに。
峰岸了子さんが先日のライブにきてくれた。ハガキに美しい絵までついている。彼女も私の同じ病に。そして詩の朗読に打ち込んでいる。『詩人の聲』の入場料が上がるという。生活がピンチだとそう簡単には聴きにいけない。優れた朗読は聴いてみたいものだが。それぞれが頑張って行なうしかない。

2011年8月22日 (月)

田川紀久雄日記

原発周辺の土地を国が借りあげるという。それはいま原発に溜まっている汚染物の置き場を確保するためではなかろうか。東京都の汚染土ももうめい一杯だ。それに福島の学校の校庭の土も置き場に困っている。練馬区の学校の校庭からも高い汚染度があることは解ったという。住民たちはもう二度と故郷には戻れないだろう。原発を推進してきた人々は、いま何を考えているのだろう。そしてまだ原発を続けようとする人たちがいる。彼らは生き物のいのちを軽んじているとしか思えない。核の利用は人類を破滅に追い込むだけだ。

2011年8月21日 (日)

田川紀久雄日記

泊まり原発の再稼動は裏側でマネーが動いている。これはいままで原発がおこなってきたいつもの作戦である。こんな危険な電力をうごかすのはマネーが動かねば誰だってノーというはずだ。それに原発のある村にはどこもガンで亡くなる人が多くいる。経済省のトップが解任になってもすぐさま顧問として採用されている。その後は当然天下りがまっている。民主党がこの天下りを是正するために国民は票を投じたのに、いまの民主党は以前の自民党と変わりがない。すぐさま解散したほうがよい。といってそれで世の中が良くなるとは誰もが思わないだろう。この政治不信こそ最大の不幸なのだ。

2011年8月20日 (土)

田川紀久雄日記

南相馬市の警戒区域でさまよう牛の群れが朝日新聞にのっていた。なんともいえぬ悲しみを感じだ。この原発事故で誰もが責任をとっていない。この牛たちと同じように福島の人の中では各地をさまよっている人たちもいる。何の保証もない。生きる希望が持てない。そして夜の名kは円高だ。それも七五円である。これでは輸出する企業はやっていけないだろう。こんな時期に民主党の代表者争いでよいのだろうか。政治は国民からどんどん離れていっている。
現代詩がすこしも面白くないのは、人間の存在を描けないでいるからだ。単なる言葉遊びにすぎない。言葉があまりにも軽すぎる。これでは聲をだしても腹に響いてこない。朗読以前の問題が何も解決されていない。詩人の聲というのだから、そこには魂に響きわたるものがなくてはならない。
昨日の雨でやっと猛暑が止まった。今朝のアサガオは見事な大きさと美しさがある。心が癒される。それに比べると人の咲かせた言葉はなんと虚しいのだろう。

2011年8月19日 (金)

田川紀久雄日記

NHKが電力会社の債券を347億円分かっていたという話もある。これでは受信料を払いたくない気持ちになる。それにいまのテレビ今日は何処を見てもくだらないタレントが出捲くっている。いまテレビは最悪であるといえる。テレビ局と芸能プロダクションの癒着があまりにもひどい。
昨日は今年最高の暑さであった。なにも行なう気になれなかった。今日からいくらか涼しくなるという。わが家のコーヤが沢山取れた。暑さ対策にも効果があった。いまも眼の前の窓側には青々とゴーやの枝が伸びている。風が吹くと葉が揺れるのを見るのが楽しいものだ。まるで心に風を送ってくれているようだ。

2011年8月18日 (木)

田川紀久雄日記

甲状腺被曝こどもの45%と朝日新聞の朝刊の一面に書かれてある。政府は相変わらず「問題のないレベル」という。そんなことはない。問題がないとしかいえない理由が隠されている。もし問題があるといってしまえば、もう福島にはだれもが住めなくなるからだ。この責任はいまなお国も東電も取ろうとしていない。
今年は福島の桃が馬鹿に安くうられている。まるでバナナの叩き売りの感じだ。これでは農家がやっていけないのではと思う。自前で放射能を検査をしているところがあるが、逆に信用に疑問を感じてしまう。放射能からの疑問はなかなか拭い去れない。
私の詩集『鎮魂歌』は来週には出来上がる予定だ。そして末期ガンの宣告を受けてから四年目の聲を聴いてもらいたいものだ。手術もせず抗癌剤も途中で拒否してきた私がここまで生きてこられたのも、詩語りをおこないたいという一念の思いがあったからだ。夢を強く持って生きることは免疫力を高め、ガンに負けないでいられる秘訣でもある。いまガンと闘っている人たちにこのDVDを届けたいものだ。聲の力はどんな薬よりも効き目が高い。

2011年8月17日 (水)

田川紀久雄日記

産経ニュースで「福島地裁会津若松支部(福島県会津若松市)の敷地内にある側溝の一部で採取された汚泥から、1キログラム当たり約18万6千ベクレルの放射性セシウムが検出されたことが16日、分かった。福島地裁(福島市)が明らかにした。支部は東京電力福島第1原発から西に約100キロ。今後、県や会津若松市の指導を受け除去する方針。」とある。実際は100キロ以上のところもセシウムがばら撒かれているはずだ。濃度の放射水を垂れ流しにしたのだから、海水には計り知れない放射性物質があるはずだ。
島村直子さんより先日のライブのDVDが送られてきた。映像はとても綺麗である。とてもありがたい。詩の朗読を行っている方々には是非見てもらいたいものだ。肉聲だけで一時間を語るのはとても難しいことだ。いまの詩人達の中で何人お客の前で耐ええる朗読が出来るのだろうか。日々の精進以外には耐ええる聲を出せないものだ。聲にはいろいろな聲の持ち主がいる。だから聴き手にも好き嫌いはあるだろう。でも聲というものはそれなりの力がなかったらどうにもならない。詩の朗読は本当に難しいものだ。

2011年8月16日 (火)

田川紀久雄日記

汚染土の費用を国の負担とある。どこまで可能があるのだろうか。それにしてもその土をどこで処分するのだろうか。第二第三の汚染が広がらなければ良いが。
義援金の分配が滞っている。本当に苦しんでいる人たちに届けてもらいたいものだ。お盆であったのに、お墓参りができない福島の人たちのことを思うと胸が痛む。そして地震で墓地が流されたひとたちも多い。大文字の送り火の問題もあった。
詩集『鎮魂歌』を語ってゆきたいものだ。いまなお語りの可能性に悩み続ける。誰のために語るのか。詩人達の朗読からそのことが感じられない。

2011年8月15日 (月)

田川紀久雄日記

あの時の八月十五日の東京は暑かった。そして今日も暑い。アメリカは日本に原爆を落として以後、北朝鮮にもべトナムにも落とす計画があった。戦争で原爆を使うことは許されるべきではない。それでも今な大量の核兵器がある。中国は軍事予算が鰻上りだ。国家の安全という名目で軍事費が増大する。人間の愚かさがいつまで続くのだろうか。
MDを整理していたら、東淵修さんの「人情釜ヶ崎」が出てきた。それに山鹿さんのものや若松若太夫のものまででてきた。このような語り物の世界がいまはすっかり忘れ去られてしまった。ただtだ薄ねったいききやすいものしかなくなってきている。朗読でもただ聴きやすいものだけを求めている。それだけ人の心はやわなものになったのだろうか。
天童大人が企画している『詩人の聲』は詩人の朗読にとって大きな功績を残しつつあるが、詩人達がそれにほとんど気付いていないということだ。それにしても七百回近いのだからお金を払っても損をしない語り手が出てきても良いのだが、まだまだ時間がかかりそうだ。

2011年8月14日 (日)

田川紀久雄日記

アメリカは沖縄に原発を作る計画があった。それは何故なのか。つまり核につかうためのプルトニウムを作るためだったのだろう。そして日本の平和利用という名目でプルトニウムを作らせたのだ。それは極東戦力の一貫としてであったのだろう。いま原発から出る汚染物の処理に困っている。そして大量にでてくる土地の汚染である。この汚染物が処理できない以上、この日本は放射能だらけの国になる。
いま野田議員が大連立をほのめかしているが、最悪の構図だ。大連立が出来れば、また原子力が自由に運用できる。それに社会党や共産党の意見などあってないようなものになる。そして消費税も値上げするという。東北の地震に名を借りた独裁国家の誕生になる。つまり大政翼賛会と同じだ。

2011年8月13日 (土)

田川紀久雄日記

民主党にはもう未来が全くない。ますます選挙があっても無関心になってゆくだろう。そのことは大変怖ろしいことでもある。
日本はいたるところに活断層がある。原発のあるところがほとんどある。それなのに原発再開を目指している。もし関西で福島と同じことが起こったら、この日本は住めなくなる。
詩人達よ、もっと肉聲を磨くことだ。この時代と向き合うためにも。マイクを使うせいか肉聲は衰えている。聲の豊こそ人に感動を伝えられるものなのだ。そして心にゆとりを持って聲を出すことである。大聲と怒鳴ることはまったく異なるものだ。丁寧に言葉を語ることである。

2011年8月12日 (金)

田川紀久雄日記」

福島原発の四号機から黒い煙が出ているという。どうなっているのか解らない。
最近ガンで亡くなる人が多い。ジョ・中山そして日吉ミミが。私の知り合いの中にもガンと闘っている人が数人いる。ガンはまだまだ怖ろしい病である。原発事故によって何十年後にはガンで亡くなる人たちが増えるだろう。その因果関係を証明することが出来なくなくなってゆく人たちもでる。
原子力安全委員や保安院たちを環境庁に移すというが可笑しなことだ。彼らは独立の場を与えなければ、いまの経済省となんら変らない。汚染水問題でもちっとも先に進んでいない。莫大な費用がかかるばかりだ。避難所の人たちは電気代が払えなくてクーラーもつけられないという。猛暑の中では生き地獄である。日本の電気代は世界でもっとも高いのだ。自然エネルギー法案が通過すればもっと電気代が上がる。いま原発への補助金を打ち切るしかない。いのちの安全と安い電気料金を目ざして国は行動をしてもらいたいものだ。

2011年8月11日 (木)

田川紀久雄日記

昨日の野間さんの朗読は、次から次へと読むだけで心のゆとりが感じられなかった。朗読は心をこめて一篇づつ読むものなのだ。人の朗読を聴く事によって自分自身が反省せられる。もう聲が出るのだから自然体になって語れば良いのだ。
福島県の学校の校庭の汚染土の除去が始まったが、どこにこの土を捨てるのだろう。まだ毎日降り注ぐ放射能をどのように対処してゆくのか。はっきりいってもう福島には住めないのではないのか。それと京都の大文字の問題は人の心を傷つけるものであった。もう日本の何処に行ってもこの放射能と付き合えざるをえない。今の子供達が大人になって子供を生んだ時、異常な子供が生まれるかもしれない。いま昆虫が巨大化しているという。いろいろと不安がつきまとう。
高橋馨さんから原稿が届く。

2011年8月10日 (水)

田川紀久雄日記

いま使っているパソコンの調子がちょっとおかしくなりかけている。といっても直ぐに買えるわけには行かない。まずは詩集をつくりそれからだ。なにせ相棒の収入だけでは生活費で手一杯である。時々詩語りの仕事がないとどうにもならない。だから詩語りに懸命になって打ち込んでいるのだ。そのためには語ることの楽しみを身につけなくてはならない。宮澤賢治を語らせたら誰にも負けない。野間さんが十分ほどのビデオを作ってブログで流してはどうかというが、その仕方がわからない。
今月の二八日には川崎詩人会で朗読を行う。そして九月十七日には「いのちを語る」の第三回目だ。
今日は野間明子さんの朗読日だ。国立まで相棒と一緒に行く。相棒は今日の仕事が突如中止になってしまった。これも風評被害の原因による。前回の時、野間さんはいままでにない良い出来だったといった。その良い朗読とはどのようなものかを聴けるのが楽しみだ。今までの朗読ではどうしても耳に入ってこない言葉が多すぎた。それは聲にふらつきがあったためだと思う。そこの所がどう改善させてきているのか。まあ聴いてみてのお楽しみである。

2011年8月 9日 (火)

田川紀久雄日記

島村洋二郎の〈青い光〉について書く。これは先日の詩語りのときの語りについてでもある。久しぶりにエッセイを書いた。詩を通してもっと島村洋二郎のことを書くべきだと思う。
立秋が過ぎた。この残暑には身体も堪える。公園での稽古もちょっと辛い。九月の出版記念ライブに向けて「鎮魂歌」を読み込んでいかねばならない。自分の言葉でありながら、なかなか思うようにいかないものだ。
野間明子さんから、先日の詩語りについて丁寧な手紙をいただいた。ちゃんと言ってくれるのはとても有り難い。明日は野間さんのライブだ。国立で行なう。

2011年8月 8日 (月)

田川紀久雄日記

吉本隆明があいかわらず原発に強気だ。完璧な安全装置などというが、完璧な安全装置などありえない。ここまで落ちてしまった吉本隆明の姿は情けない。そして芸能では鈴木杏がツィッターで反原発をのべているが、これに対して横槍が入り謝罪をしている。芸能の社会では反原発が堂々といえない社会らしい。それにしても福島原発から多くの放射能がまだまだ漏れ出している。放射能の量は想像をこえる量に達しているはずだ。
詩語りで何かを掴んだ気がする。それは長い日々の精進のお陰である。何かが変ったことがはっきり認識できた。本当に魂が自由になって語りができる。語りで一番大切なことは諦めないでやり続けることだ。ある時は人から避難されることもある。それも大切なことなのだと思う。芸にはこれで良いということがない。さらに前に向けて歩み続けてゆきたい。
窪島誠一郎著の『「無言館」への旅』はなかなか読んでいて引きずり込まれる本だ。島村洋二郎のことをもう少し書きたい気分にさせてくれる。

2011年8月 7日 (日)

田川紀久雄日記

アメリカの国債が格下げになる。ますます円高になりそうだ。大変なことが起きた。これもアメリカのねじれ国会が原因だ。今の日本もねじれ現象で国民を無視した政策が繰り返されている。
昨日の平和式典で、二度と誤りを繰り返しはいたしませんといった宣言はあっさりと福島原発事故で起きてしまった。核は平和利用には危険すぎて行なうべきではない。
昨日横浜でウペンドラ&フレンズはとても良かった。そして私たちの語りにウペンドラさんがピアノの演奏をしてくれた。素晴らしい語りになった。MDで録音してありますので希望の方は三百円でお分けします。朗読に興味のある方がぜひ聴いてほしい。だれかMDからCD化にする方法を教えてくれる方がいませんか。できたら『鎮魂歌』の詩集の付録につけたいと思っているのですが。

2011年8月 6日 (土)

田川紀久雄日記

八月六日は、ヒロシマの日だ。微量な放射能の量でも大きな後遺症を惹き起こしている。福島の原発事故でなぜ微量だから人体にそれほど影響がないというのだろうか。原爆と原発は違うといった意見はもうらない。賠償金の問題もいくらか前向きに進展しているが、被害はもっと大きい。
『調べ、行動するために』第一集から第三集まで発行されている。この本は保坂成夫さんが印刷したものだ。発行者は安藤耀顔さんである。これは読めば福島原発事故のことがほぼわかる。
末期ガンになったら、未来への生きる目標を持つことによって生き延びることが出来る。私の場合は詩語りであった。いまも語りを行ないたいという願いが免疫力を高めている。いつ他に移転するのかという恐怖に怯えながらも生き延びていられる。ガンにといってもっとも大切なことは生きようとする強い意思である。そして誰にも真似のできない詩語りを目ざして生きている。今日は横浜のライブハウスドルフィーで詩を語る。「鎮魂歌・希望」を語る予定だ。そして中華街にいって漢方の生薬を買いに行く。ガンと闘うには漢方の生薬が私にはあっている。この生薬代は大変だが先日のライブ代で替える。ライブがあるととても助かる。人の心に届くライブをしてゆきたい。

2011年8月 5日 (金)

田川紀久雄日記

詩と言うものは魂の叫びの変容である。和合亮一の福島の詩には疑問を感じる。このような彼の詩を読むと詩の時代が終ったような気がしてしまう。それに彼の朗読にも疑問を感じてしまう。私も東日本大地震の詩を書いたが、それは魂への救済を求めて書いたものだ。つねに一番辛く苦しんでいる人たちへの応援詩を書きたかったからだ。それはまた私地震のためでもあった。末期ガンになって生き抜いてきたことへのお礼の思いもある。だから絶望と向き合うことによって生まれた詩なのだ。詩集は売れたから価値があるなどというものではない。詩人の値打ちは孤独の中でひたすら闘い続けていることだと思う。その叫び聲が、私の詩語りの原点なのだ。だから一般の朗読のような語り方はできないのだ。そのような意味でも先日の島村洋二郎の詩語りは、私にしか出来ないものであったと思う。宮澤賢治も、私にしか出来ない語り方なのだ。詩とはつねに自己との厳しい闘いの中からしか生まれてこない。

2011年8月 4日 (木)

田川紀久雄日記

『放射性物質を取り込む糸状菌のバクテリア 除染に効果 飯舘の水田 線量が大幅に低下』とある。セシウムが変化してなくなれば凄いことだ。日本の放射性物質の研究が深まっていけば汚染された大地にも希望が持てるようになる。それにしてもいま農家の人たちの不安は計り知れない。古米が売れている。そして値も上がっている。なんだか消費者にとってはやりきれない。いまのところ柴野さんからお米を送って貰っているものでなんとか過している。
肉聲での朗読を一時間をお客に聴かせることは並大抵のことではできない。まして詩人という者はそれほど聲を鍛えていない。私のような癖のある語りを嫌う人もいる。でも個性を失った朗読なんて存在価値がない。自分の生き方を信じて生きるしかない。末期ガンになって一回でも語りが出来ることは幸いなことだ。生きることはつねに荒波を受けながらしか前に進めないものなのだ。安易な妥協ほど人生を惨めにさせるものはない。島村洋二郎の晩年の絵からは絶望の中に光が輝いている。そのことを島村直子さんが見出したことは凄いことだ。

2011年8月 3日 (水)

田川紀久雄日記

朝方、また地震があった。確かに今の日本は大地に大きな変化が起きている。福島原発の周辺でも断層が亀裂していて放射能汚染が広がる恐れがある。放射能は眼に見えないだけに怖ろしい。我々の人体に忍び寄ってきている。
地震の災害地では欝やアルコール依存症が増えている。対策の遅れが多くの人たちを不安に襲われている。
大杉豊さんから『大杉栄伝』が届いた。古書店で大正十四年に発行された『大杉栄全集』の五巻と六巻を見つけた。この全集は非売品である。装丁が黒と赤である。
下痢が続いている。身体の調子があまり良くない。
操車場の印刷が明日から出来そうだ。七日ごろまでには発送ができそうだ。

2011年8月 2日 (火)

田川紀久雄日記

『東京電力は1日、福島第1原発1、2号機の原子炉建屋間にある屋外の主排気筒下部付近で、毎時10シーベルト以上の高放射線量を観測したと発表した。』と新聞に報じられている。これは異常な放射線量だ。それに汚染浄化設備も七時間に亘って止まる。放射能は毎日日本の大地を汚染し続けている。すべての食料にたいして不安を感じる。そして今年の取れるお米も心配だ。早いところではそろそろ米の収穫が始まる。
私の詩集がお盆前後に出来上がる。この『鎮魂歌』のテーマはいのちである。末期ガンを経験した人間がいのちと向き合って書いたものだ。語りの稽古を始めてそれなりに読み込んできたが、先日のライブが終ってから昨日稽古をしたが、以前とは何かが変ったような気がする。ライブは芸の質を高める要素がある。ライブの為にやはり日々の精進がいかに大切かがわかる。誰とも違った詩の語りだ。普通の朗読から遠去かるほど語りの本質に近づいている証拠なのだ。『詩人の聲』から外されたことはとても良かったのだろう。それだけ自分と向き合って精進を続けることができたからだ。そのような意味では天童大人さんに感謝すべきなのだろう。

2011年8月 1日 (月)

田川紀久雄日記

昨日は疲れで一日中寝込んでしまった。一時間三十分のライブは夢のようであった。銀河鉄道の夜は新しい場面を追加して行なった。二十年ほどかけて宮澤賢治の世界を行なってきた成果がでた。島村直子さん弟さんがビデオを撮ってくれた。出来上がるのが楽しみだ。弟さんは松戸市の緑園課に勤めているという。そのうちに里山を案内してもらいたい。
八月六日に
横浜のドロフィーでの音楽と詩のライブは「鎮魂歌」を語りたい。九月にこの詩集の出版ライブがある。じっくりと語りこんでゆきたい。

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