田川紀久雄日記
東電の清水正孝社長は、まだ5・6号機の廃炉を未定にしている。普通の常識では考えられないことだ。まさに気が狂っているとしか思えない。弁償問題も巨額化を怖れて詳しい返答はない。原発難民がいかに大変なことか清水正孝は何も考えていないのだ。人の心をただもてあそんでいるとしか思えない。
詩で原発難民をテーマで書くのはとても難しい。このことを考えただけでも怒りがこみ上げてくる。昨日詩を書いてみたが、どうしても詩になりきれていない。
冨上芳秀さんから梟通信の葉書がおくられてくる。「ゆで卵のような女」心を楽しまさせてくれる。わたしにはこのような詩はとても書けない。これは文学としての楽しみだ。わたしは、文学という世界から随分はなれているのだろうと感じてしまう。わたしは末期ガンから得た世界を書いていく以外にはないらしい。
多くの芸能人が東北のために募金運動をしている。芸能は、大衆とのなかでしか生きられない世界であるからだろう。詩は寂しい。読者が居ない世界が詩の世界なのだ。この世界観からなんとか抜け出したいものだ。肉聲を発することはその一つの行為になってほしい。
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