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2010年5月31日 (月)

田川紀久雄日記

漢方の店が潰れかかっている。薬事法が変わって明日で一年になる。川崎で付き合っていた漢方店から生薬が買えなくなった。手に入れにくい生薬がある。いま私も困っている。以前の半分の漢方を調剤して飲んでいる。癌の抑制力には漢方が必要なのだ。私がこうして生きていられるのも漢方のおかげだと思う。西洋医学で学ん医師には理解されないが、末期癌の私が三年も経過していても生きていられるのはそれなりの理由がある。大手の会社が生薬をいれた薬を大々的に売り出している。それも馬鹿高い値である。ほとんど収入のない私には手がでない。早く薬事法の改正を望みたい。
ミャンマー猛暑である。45度の日々が続いているという。この地球はまさに狂いだしている。人間の力ではどうすることもできない日が来るかもしれない。環境対策は緊急の問題である。
鳩山首相の支持率が10パーセント代に落ちたが、もうすこし民主党の政権を続けてもらいたいものだ。自民党時代に作った悪い法律を変えてもらいたい。首相として言葉が軽いのは困ったものだが、まだ政権を握って一年も経っていない。もうしばらく様子をみることも大切だ。報道は悪いところばかりを強調するが、自民党時代と変わった面も評価した報道を行なうべきだ。日本とアメリカの問題を国民自体が真剣になって考えていくしかない。どこの県も米軍基地をうけいれない。いまなお沖縄県に押し付けている状態だ。平和を目指していくことはどんない困難なことか。言葉では容易く癒えても、それを身に感じていく努力は生易しいものではない。日本の平和憲法を守りぬくことが、いま日本人に与えられた課題ではないのだろうか。いのちの大切さをどのように伝えていくのか。まず身近なところから行なってゆく以外にない。私にとっては『いのちの聲』を書き続けていくことだと思う。

2010年5月30日 (日)

田川紀久雄日記

滋賀県で前縄文時代の土偶が発見された。小さいが、とても美しい。現代美術でもかなわない美しさだ。まさに無垢そのものの美だ。この土偶に前縄文時代の精神構造が宿っている。自然が豊かであれば、人はおおらかでいられる。私たちが思っている以上に豊かな生活をしていたのかもしれない。文明の発達とともに、人間の生活にゆとりを失っていった。iPadですべての夢がかなえられると思っていること事態が虚しい幻想なのだ。
詩人は創造者の側にとどまっていることが出来る。固有の世界を生み出すことがますます必要になってくるだろう。それが理解されるかは別な話としてでも。小冊子の『いのちの聲』は二〇頁で五百円だ。高いと思う人がいるかもしれない。でも芸術はあくまで内容で勝負の世界である。優れた絵画は一点で数億円の値がつく。芸術家は自分の作品をバナナの叩き売りのような売り方をしてはならない。
泉谷栄さんから食料がおくられてくる。ありがたい。六月か七月に手術を行なうと手紙に書かれてある。お互いに生きていることはしんどい、でもこの辛さが今の私を活かしてくれていることも確かなことだ。
操車場三十七号もそろそろ締め切りがまじかである。毎月発刊できることで私は生きる勇気を得ている。つねに前向きな目標を持って生きているとどんな辛い人生でもたのしいものだ。そして日々の語りの稽古も身体を鍛えてくれる。聲を出し、軽い運動を行なうことで見果てぬ夢を追い続けていける。

2010年5月29日 (土)

田川紀久雄日記

普天間問題で、本土の人たちは沖縄県人ほど怒りがない。人間は究極のところ、自分に災いが降りかかってこない以上、無関心になれるものらしい。これはある種の想像的欠如なのだろう。これは私を含めての問題だ。平和を願う人間から観れば、鳩山氏の行動は許しがたいものである。北朝鮮みたいな国があるから、抑止力の問題がでてくる。本当に沖縄にアメリカの基地が必要なのかを論じられていない。ただ抑止力という名でなにか国民に偽っているとしか思えない。抑止力という言葉のイメージが海兵隊を必要としているだけなのだ。これは言葉のマジックである。日本の自衛隊とは一体何なのかを問わなければならない。憲法九条の問題も大きく浮き上がってくる。日本の平和を守るということはどのようなことなのか。北朝鮮の国民達がいかに辛い苦しい状態に置かれているかという問題もある。来た朝鮮は国家という形をなしていない国なのだ。拉致被害者家族たちのように、ひたすら締め付ければよいという問題でもない。闘いの道はどこかに逃げ道を作っての闘いこそ必要なことである。徹底抗戦などというのは馬鹿げた行為だ。国民の一人ひとりには何の罪もない。あくまで指導者に対する責任の追及である。罪を憎んで人を憎まずという言葉がある。
詩人である私は、あまり政治的なことを云々してもどうにもならない。人の心を救う魂の言葉を探り出してゆきたい。金銭的にはどうしようもない。出来ることは心を病んでいる人の身になって言葉を語りかけてゆくしかない。言葉そのものの無力さを感じながらも生き抜いていくしかない。そして魂の語りを行い続けていくしかない。

2010年5月28日 (金)

田川紀久雄日記

腰の手術の件だが、いろんな人から話を聞くと、あまりかんばしくないことばかりだ。もうすこし様子をみて判断した方がよさそうだ。
今日からipadが発売される。電子書籍の幕開けの時代に入った漢字だ。眼の悪い方には良いのだろうか。活字が自由に大きく出来るのだろうか。私も8ポの活字だとほとんど読めない。せめて10ポほどの大きさでないと駄目なのである。本屋さんはどうなってゆくのだろう。
中村哲氏の井戸堀の話は、いまの詩人達にも必要な話だ。というのは人の心は旱魃状態である。心の井戸を掘ることが求められている。昨日『詩と思想』が届いたが、そこに今年の受賞した作品が載せてあったが、私が求めている心の泉は見当たらなかった。大きな賞はあいかわらず盥回しである。読者のいない賞なんて虚しいものだ。
詩集評に坂井信夫氏の「影のサーカス」が大きく取り上げられていた。私の「未来への旅」は最後につけたしのように載せてあった。担当者は宇宿一成氏である。まあ紹介していただけただけでも感謝すべきである。
地域猫は年間百数十万円ほどかかるという。猫が可愛いというより、可愛そうだから面倒を見るということの方が本当のところである。「猫に餌をあげるなら、家に連れていけ」という人がいる。朝日新聞には地域猫の難しさが書かれてある。いのちを見守るということの難しさがある。

2010年5月27日 (木)

田川紀久雄日記

普天間での二枚舌の政策では、国民が納得しないだろう。選挙優先の政策などになれば、ますます国民は政治にたいして無関心になってゆく。
中村哲著『医者井戸を掘る』(石風社)を読み始める。旱魃との闘い。まず人が生きるとの闘いである。以前から中村哲氏の本を読みたいと思っていた。アフガンは昔は美しい国であった。ソ連の進入、そしてタリバン政権、それからアメリカの軍事介入によって、国民はズタズタにされてしまった。イスラム教は、本来穏やかな宗教である。原理イスラムは、貧しさゆえに武力化に走ってしまったのだろうか。彼ら自身は心優しい人たちであるはずだ。憎しみ会う構図から、和解の構図に変換していかなければならない。
詩人は何もできない。だからこそ、平和を願う詩を書くことであろう。しかし、それをどう書いてよいのか見えてこないのがいまの現実である。今の私は病気なって治療の問題ではなく、人間として生き抜くことの心のあり様を描くことしか出来ない。不安に慄いて生きるのではなく、病に立ち向かっていける生き方を見詰めていくしかない。昨日まで「いのちの聲41」まで書いた。文学の役割には二つある。楽しみを与えるものと、心を癒す要素とがある。現代詩はこの二つの要素からも外れてしまった。多くの詩人達がいるが、ほんの僅かな詩人しか心の泉を生み出すことをしていない。そのほんの僅かな詩人達は、ほとんど詩界からも無視されている。多くの賞があるが、もらえるのは上手く立ち回れる詩人だけだ。魂の詩人には、そのような賞などには何の関係もない。ひたすら自分の心の魂を謳いあげるだけだ。

2010年5月26日 (水)

田川紀久雄日記

日本には殆ど資源がすくない。海外から多くの資源を輸入しなければならない。そこには多くの自然破壊が持たされている。特に木材などはそうである。ニッケルなども美しい自然の中に工場をつくり、村の人たちに不安を与えている。日本のこの豊かさは、眼にみえぬ自然破壊の恩恵によってである。豊かさの裏側には、つねに貧しい人たちの悲しみが隠されている。日本は世界に対してどのような貢献をしなければならないのか。もっと真剣になって国はこの問題に取り組んでいく必要がある。
木偶81号のなかで、増田幸太郎氏は、老いの問題を追及している。
「長かったね/生きるほ誇りとは何だったのだろう」と途上にてという作品のなかで描かれている。人の一生は、日々の忙しさの中で消えていくものだ。詩人であるからこそ、つねに「生」を問い続けていかねばならない。それは老いの中で問い続けていくことはそうとうなエネルギーを要する。私は生きる誇りを『いのちの聲』という短詩の中に書き残している。残されたいのちの中で、いのちの豊かさを求めて生きていたい。このような境地がしらけたのも、末期癌になって三年も生き延びたおかげである。つまり「いのちの聲」の中で癌に負けないで生きられたということなのだ。どんな病でもいのちの聲を掴むことができれば、なんとか生き延びることが可能なのだと思う。だからこそ、生の豊かさを求めてゆきたい。この『いのちの聲』を語らせていただける場所があったら紹介してください。これは詩人の朗読としてではなく、いのちを語る独りの人間としてである。

2010年5月25日 (火)

田川紀久雄日記

紫圭子詩集『閾、奥三河の花祭』(思潮社)が送られてきた。人は生きてきてとても辛いことがあるものだ。最愛の人を亡くしたときの悲しみは、時が過ぎてゆくのを待つしか誰にも癒すことの出来ないものである。彼女は六月の『詩人の聲』でこの詩集を朗読するそうだ。じっくりと時間をかけてスケールの大きいな朗読を期待したいものだ。自作詩を一時間かけて語れる場所はいま、ほとんどない。紫さんがこの『詩人の聲』で成長をしていくことを願う。詩集もとても素晴らしい出来栄えだ。
昨夜テレビでサッカーを観ていたが、日本の陣形が悪い。それに選手のスピードが足りない。このようなことでは韓国に勝てるわけがない。最悪の状態だ。
川崎駅の構内で、山菜を売店で売っている。山形県のものが多いが、美味しいものばかりだ。少し買っててんぷらにして食べる。自然の匂いがする。いま八百屋で野菜を買っても、少しも香がしない。野菜ではない。香がないということは、味がないということでもある。だから調味料を使って料理をする。ますますまずいものが出来上がる。本当に自然のそのままのものが食べたい。坂東三津五郎著『食い放題』(日本経済新聞社)を読んでいると、芸と同じように上等なものを食べたくなる。べつに高いものを買うというのではない。駅で売っている山菜は五百円程度で手に入る。山歩きをしたいものだ。
詩の朗読で、聴き応えあるものを生きている間に一度は聞きたいものだ。舞台に立てる日の為にも、一日も休まずに精進をしてゆく。ひたすらこの道は精進しかない世界である。豊かな聲と、奥深い世界を目指して生きていくしかない。末期癌を乗り越えて輝く世界を築きあげたいものだ。『いのちの聲』の作品も書き続くている。

2010年5月24日 (月)

田川紀久雄日記

生きていて歓びに出会うのは、人間関係を楽しく作り上げることにあるだろう。好きな仲間がどれだけいるかによっても生きる楽しさが違ってくる。いま孤独死が多くなってきている。古い団地などは、老人の一人暮らしが多いといわれる。インターネットの普及で便利になっている代わりに、人との出会いが少なくなっている。街の商店街は荒れ果てている。でも昔のように老人の宅を訪ねて買い物の手助けを行ないながら、老人達の情報を皆で共有していければ、豊かな世界が生まれてくるのではなかろうか。世の中が便利になるにしたがって、そこから生の人間の交流が消されて行くことも現実の問題であろう。このブログ日記でもそうだが、こちらからの一方的な伝達でしかない。いきたブログ作りをどうしたらできるのだろうかと時々考えたりする。
詩の作品でも書いて発表しているだけでは、虚しさを感じたりするのではなかろうか。人前で自作時を語ることによって、生のいきた言葉を伝えられる。聲とは人の心を豊にするものである。それを芸能にまで高めていくことによって、より以上に人の心を楽しくさせることが出来る。そのような試みの中で、何をいま書かねばならないかが自ずから見えてくるものだと思う。机の上で、ただ原稿を書いているだけとは異なる。聲を出して人前で語ることによって言葉が本当に活き活きしてくる。いま私は『いのちの聲』を書き続けているが、これをなんとか完成して多くの人の前で語ってゆきたいと願っている。そのためにも腰の手術をしてゆきたい。

2010年5月23日 (日)

田川紀久雄日記

口蹄疫問題で、初期の段階での不始末がわかってきた。個人情報云々で道路の封鎖を怠った役人の机上的な行為は考え物だ。いまの役人は苦情が来ると、その内容を無視して苦情者だけの利益で行動を行なう役人が多すぎる。もっとおおらかに全体を考えて判断ができないものか。樹木の伐り方にしても、外見的にも酷い伐り方をする。落ち葉が多いから枝を切り落としてくれと訴える市民がいると、行政では、自然の風景など無視して行なうことが多い。学校だって、父兄の批判に怯えながら指導をするなんて考えられないことだ。子供達の遊ぶ聲がうるさいから、遊ぶのをやめさせろという大人もいる。苦情という言葉に市民は怯えながら生きているのではないだろうか。
腰の手術の問題で、ある人に聴いたら、無理をしてまで行なう必要がないのではという。手術をしてよくなったというひとはあまりいないという。医師も確かに手術をしても完全に足の痺れが治るとはうえないと説明をしている。でもこのまでいると遠くに出かけることができない。足腰の痺れに関する本は多くあるが、手術のことがあまり書かれていない。完全にもとどうりに治るものではないだけに、悩む問題だ。体重が昔のように太りすぎも足腰に負担をかけているのだろう。減量の食事制限を行なっているのだが、なかなか体重が減らないでいる。
短詩が37まで書いた。説教的にならないであくまで詩として書くことが難しい。末期癌の中で生き抜くための私なりの智慧を詩として表現しておきたかった。三年過ぎても、元気で生きていられるのも、生き方の在り様が左右しているのだと思う。詩人達には阿呆のように思われる詩でも、いのちに対して大切なことである。この詩も人明かりの世界である。

2010年5月22日 (土)

田川紀久雄日記

医師から言われる。腰は早く手術をした方がよいと。六月か七月ころに決めたいと思う。歩くたびに痺れで歩行が困難になるのでは、自然の中を歩くことも出来ない。あとは手術代をなんとかしなければならない。
新保哲夫さんの原稿が届く。私は俳句は書かないが、俳句の面白さはそれなりに解る。詩より言葉が短いだけドラマチック的な要素がある。言葉を通じて自分の思想や生き方を伝えていくには、それなりの腹をくくる気持がなければ作品など書ける門のではない。いまの殆どの詩人や俳句をかいている方にはこの腹をくくる気持が感じられない。だから詩誌などを読んでいても、はっと思う作品になかなか出会うことができない。趣味で作品を書いている人は、所詮趣味の範囲内で終る。それ以上でも以下でもない。作品が褒められるとか、どうかなどは何の関係もないことだ。作品とはつねに孤独なのだ。人の心を癒したり歓びを与えられる作品を書けることは、それなりの人生経験と、自分自身に厳しくしていないと書けないものだ。亀岡新一さんの詩は多くの人には理解されないが、本物の詩なのだ。彼の詩を語れる場所がないものか。彼はつねに孤立無援の人であった。新保哲夫さんが、詩集の未収録作品を『索通信⑨』に調べて載せてある。福間明子さんが亀岡新一さんの詩で一番好きな詩を出版記念の時に語ったものだ。彼の詩は聲にだしてみろ本当の良さがわかるというものだ。亀岡新一詩集は漉林書房から出ています。注文をいただければお届けいたします。残部少数なのでお早めに。

2010年5月21日 (金)

田川紀久雄日記

今朝病院に行く。
「ティファニーで朝食を」をDVDで見る。トラネコがでてくる。とても可愛い。まるで浜川崎のピン・ポンに似ている。最後のシーンが感動的である。雨の中で箱から顔をだす場面はほっとする瞬間だ。ネコがでてくる映画では最高の作品かもしれない。
久しぶりに詩がかけた。最近は短詩ばかり書いていた。だから普通の詩がなかなか書けないでいた。詩というものは、書かなければ、書かないでいられるものである。だからこそ積極的に書いていかなければ作品は出来上がらない。このブログ日記のように、決まった時間に椅子に腰掛けて書くことが大切なのだ。一行も書けなくても椅子に座って机と向き合うことだ。これは詩語りでの稽古もいえることである。日々の精進こそがいかに大切であるかということを意味する。
冨上芳秀さんから詩集代と小冊子の代金が送られてきた。ありがたい。それに島村直子さんからカンパをいただいた。昨日の宅急代金がなんとか支払うことができた。札幌市民ギャラリー4・5室で六月九日より十三日まで、画家の萬壽修遺作展がある。このコピーが入っていた。私も観たくなったが遠いので観にいけない。札幌に住んでいる方がこのブログを見たら是非観に行っていただけたいものだ。

2010年5月20日 (木)

田川紀久雄日記

荒川修作さんが七十二歳で亡くなった。三鷹にある天命反転住宅で一度詩を語ったことがあるが、とても面白い空間で不思議な気がした。まるで生命の体内にいるような感じだ。幼稚園にこのような建物を作ったらとても良いと思う。いまの子供達には精神的(技術)な体験の教育がなされていない。だから創造性が乏しい。だから大人になっても子供のような大人が多い。学校には一般教育も大切だが、心の豊かさを作る芸術的な教育も大切である。勉強だけを押し込むゆとりのない教育にはやは疑問がある。詩人だってそうだ。頭が切れて、詩作がうまい詩人は沢山いる。しかし一番大切な心の問題が描けない詩人も多くいる。
先日の野良猫の問題にしてもだ。野良猫の殆どが捨てられて行き場のなくなった猫である。人間の身勝手な行いから発生した問題である。飢死しそうな仔猫をみて黙って見ている人が、善良な市民というのだろうか。猫に餌をあげるなど言う人たちは、本当の意味で人の心を失った人たちである。民主主義をはき違えた考えの持ち主だ。今の政治も批判だけが先行して皆で考えて良い世の中をつくることを忘れている。批判する以上、どのような社会を作るべきか提案していかなければいけない。安易に批判だけを繰り返してもそこからは何も生み出さない。

2010年5月19日 (水)

田川紀久雄日記

妹が病院から退院をする。癌のホリープの一つだけ摘出する。もう一つは残しままで終ったとのこと。不安であるが、私にはどうすることもできない。癌の研究は進んでいるが、初期の発見以外はなかなか治療が難しい。
毎日嫌な事件の報道がある。なにか明るいニュースがないものだろうか。宮崎県の畜産農家は口蹄疫で大変な思いをしている。多数の牛が殺傷処分されるのは大変なことだ。対策が遅れたとしか言いようがない。伝染病にたいしての危機管理が甘かったのではないか。一日も早く畜産農家への支援が求められる。
語りの稽古をしているのだが、最近聲の力が衰えてきているような気がする。野外で行なっているから、どこまで自分の聲が届いているのか解らない。と言って公園では馬鹿でかい聲を上げられない。ひたすら作品を読み込むことしかできない。できることを日々精進して行く以外にこの道はない。
詩誌『焔』に金子秀夫さんか「未来への旅」を書評してくれている。ありがたいことだ。はじめての書評だろう。この「未来への旅」の詩語りはまだ行なっていない。全編を通して一度行ないたいものだ。

2010年5月18日 (火)

田川紀久雄日記

以前から言われていたことだが、都心部のホームレスが知的障害者が三割以上だと精神科医の調査でわかった。これは刑務所でも同じことが言われている。精神疾患も4割異常である。これは早く行政で対処すべきである。彼らは仕事がつけず行き場のない人たちだ。このようなホームレスの人たちは、自力で立ち上がることがなかなk出来ない。彼らは自ら行政と交渉することもできない。個人の力ではどうすることも出来ない人を助けるのが福祉政策である。子供手当てを二万三千払うなら、そのうちの千円でも彼らの為に回してもらえればこのホームレスに人たちは安心して生きていけるのにと思ってしまう。
知的障害者が月に働いても数千円しか稼げない。いかに安い仕事しかできないのが現状である。足利の葡萄酒をつくるような施設はまれなことである。知的障害者が働けるような場所をもっと多く作り出していく政索が求められている。彼らの特徴は根気がよく真面目に働く。彼らに適した仕事場がもっとあるはずだ。生きていくには、働き場が必要なのだ。
詩語りの仕事もぱったりとなくなっている。なんとかしなければと思うが、なかなか良い方法がみつからない。堀本恭三さんからカンパをいただいた。これで二十一日の病院代がいくらかは助かる。日々に綱渡りの生活をしているとやはり精神的にも疲れがでてくる。今日の新聞には薬代が一日一万円もかかる人もいると報じられていた。病気になると眼に見えないお金がつぎから次へと出てゆくものだ。

2010年5月17日 (月)

田川紀久雄日記

人の聲は、音楽の中でも最高の美しさを表現ができる。人の言葉のよっても感動を高めることが出来る。それなのに詩人達はその聲をうまく使えないでいる。詩の朗読を聴いていてもなかなか感動されるものに出会うことがない。それは私もふくめてだが、真剣になって芸を磨くことをしていないからだ。このことをいくら口すっぱく言っても詩人達にはどうにもならない。芸能とは、芸のことはもとよりのことだが、それより人の生き方を追求するものでもある。このことは一流になるために求められる要素である。どんなに一流を求めても、すべての人が一流になれるものではない。一流とは結果の問題ではなく、あくまで生き方そのもにのありようである。
普天間の問題は、誰がやって直ぐには解決ができない。時間をかけて市民運動を続けていく中で、沖縄からの米軍の撤退を求めていくしかない。日本の安全をどう守るのか、もっと真剣になって考えていく必要がある。これを決めるのが最終的には政治の問題になる。そして日本の平和と同時に世界の平和をつねに問い続ける姿勢が必要である。平和とは棚から牡丹餅のようにはいかない。つねに努力と苦悩の中から見出していく以外にはない。いくら平和を求めてもすべてのひとが幸せになるという保証はどこにもない。平和からこぼれおちる人たちがいつの時代にも多くいる。だからこそ詩人の仕事も残されてある。

2010年5月16日 (日)

田川紀久雄日記

イヌ・ネコが処分されるのが三十万匹もいるといわれている。イヌ・ネコは人と共に生きる動物である。なぜ野良猫や犬にたいして人間は敵対するのだろうか。犬の場合は狂犬病の恐れと大きい犬は人を襲う心配がある。犬が捕縛される理由があることはわかるが、ネコの場合は餌やりを禁じる裁判には理解ができない。国がネコの餌やりに一つの方針を示した。つまり地域猫の方針である。これはなかなか個人的には出来にくいので、動物病院がこの地域猫の問題をアドバイスしてもらえるとありがたい。
逸見晴恵さんの『二十三年目の別れ道』(フジテレビ出版)を読むと、やはり胸が詰まる思いがする。末期癌といわれた私は三年目を通過した。この後は人明かりと詩明かりを目指して生きていたいものだ。末期癌でも手術や抗癌剤治療を拒否していきられる。いやこうして私は生きている。なぜ生きていられるのか私にも解らない。医師も不思議がっている。だからこそ末期癌ブログ日記を記していく必要があるのだと思う。一つの生き方に何らかのヒントがあるからだ。闘病記など読みたくないという人もいるだろう。でもこの闘病記は生き抜くための力を与えてくれるものが多い。私も五十冊以上の本を読んできた。いつも勇気を貰ってきた。この闘病記の専門の古本屋があると今朝の朝日新聞に紹介されている。『星野史郎さん(58)。ネット販売する役2500点は、自ら買い集めた。「名もなき人の希少な記録を、必死で探す人にとどけたい」と。』

2010年5月15日 (土)

田川紀久雄日記

詩などを読んでいて、この詩人は何を目指して詩をかいているのかを見極めたくなる。『いのちの聲』を書き進めていることによって、ひとの心に癒すことと温みを与えることが詩人の仕事のように思えてきた。これはあくまで個人的な考え方だろう。日々癌の不安を抱えて生きていかねばならない私が辿り着いた境地でもある。このような詩を書いていては精神の堕落だという人もいるだろう。でもこの短詩はそう簡単に書けるものではない。つねに魂の奥を凝視していかねばならない。かつて八木重吉の詩に感動したことがある。そしていま再読をしているが、この孤独感にはちょっとついて行けない。この孤独感の中にある生きる美しさを私は描き出してゆきたい。三十四篇まで書いてきたが、一冊の詩集になる分量を書きたいと願っている。
世の中はあまりにもギクシャクしすぎている。人の心を思いやるゆとりがなくなりつつある。とても悲しいことだ。猫の餌やりの問題にしても、生き物への愛情が歪んでいる。加藤元名人は、餌やりを続けてゆくという。猫好きのひとに勇気を与えてくれる。もし猫の裁判所があったら、加藤氏は名誉市民賞をもらえただろう。たいせつなのは地域猫を作り上げていくことだと思う。加藤さんは数匹の猫に避妊まで行なっていたのだ。都市の中で野生動物は猫しかいなくなっている。とても貴重な生き物なのだ。
松田光正さんからカンパをいただいた。とてもありがたい。

2010年5月14日 (金)

田川紀久雄日記

東京地裁支部で「野良猫餌やりも禁止」の判決がでた。将棋の加藤元名人が住民から猫に餌をやっていたのを訴えられた。この判決はおかしい。地域猫への言及がない。野良猫と共に生きる方法があるにも関わらず、餌やるを禁止するというのは猫嫌いの裁判官が判決をくだしたとか思えない。浜川崎駅前の周辺に家がないから誰も文句をいう人はいない。いま駅長猫は話題になっている。家が建て込んでいる地域は猫の尿やふんで異臭がすることもある。仔猫たちが餌もやらずに死んでゆくのを見ていろというのか。それを引き取れる住処があれば引き取ってゆく人もいるだろう。でもすべての猫が幸運に恵まれるものでもない。猫は人の心を癒してくれる生き物なのだ。野良猫と共にいきれらる方法を模索していくことが大切である。この判決は断じてゆるせない。人間がこの地球の主人公なんていう考え方が歪んだものだ。だから世の中が変になってゆく。人間も猫も自然の中の一部にすぎない。
坂井信夫さんから『索通信⑨』の仕事が入った。散文が多くフロッピーがないのでちょっと打つのが大変である。でも仕事があるだけ嬉しい。これでいくらか生活の足しになる。上野芳久さんの詩は胸がうたれる。パソコンを打つのが楽しい。
冨上芳秀さんから、とても楽しい原稿が入った。これはメールで送られてくるので本当に助かる。指がリュウマチなのでパソコンを打つのは難儀である。それに癌のために身体に無理が利かない。

2010年5月13日 (木)

田川紀久雄日記

今日は病院で血液検査である。
日本はもんじゅを押し勧めているが危険きわまりのないものだ。まず安全管理が信用できない。2050年までに実用化の計画があるが、技術的にも何も解決されていない。こんな莫大な予算をつぎ込むならなぜ自然を利用した電力に予算を変えていかないのだろう。もんじゅほど環境に悪いものはない。たった一度の大惨事で日本は沈没してしまう。複雑な設計であるもんじゅには安全なんていう言葉はありえない。
新聞の記事をみていても心を和ましてくれるものがほとんど見当たらない。人の心を和ませる新聞があっても良いと思うが、なかなかないものが世の中なのかもしれない。
野良猫のピンとポンは私の姿を見ると走って近寄ってくる。走ってくる姿を見ると心を和ませてくれる。最近ピンポンの縄張りを脅かす片目の大きなネコがいる。でも片目をみるとそのネコとも親しくなりたいと思う。昨日、産業道路の交差点で知らない猫が轢かれて死んでいた。とても悲しい思いをする。野良猫の交通事故は多数あるのだろう。だからこそ生きている猫を見ると大切にしたくなる。生き物の生きている姿は美しいものだ。なんとしてでも『いのちの聲』を書き続けてゆきたい。

2010年5月12日 (水)

田川紀久雄日記

詩人はことばで社会的に貢献しなければならない。昨夜シューベルトのピアノ曲を聴いた。魂を揺さぶる美しさだ。まさに魂を揺さぶるような作品を書くことが芸術家の第一の仕事なのだ。いのちの聲を書きながら、言葉の美しさの奥にあるいのちそのものを書きたい気持が湧いてくる。このいのちの聲は読者にどのように読まれるのか? 社会がますます電子化が進んでゆく。言葉も単なる記号化になりつつある。だからこそ言葉にいのちを吹く込むしごとが詩人の仕事になる。五木寛之の「親鸞」がインターネットと無料で配信される時代になった。このままいくと本屋さんから本が消えてしまうのではないかと思われる。本そのものが貴重な時代がくるかもしれない。
三百行の詩を小冊子にした。頒価五百円である。手軽に買える本作りをしてゆきたい。大量に作るのではなく、二十冊ほどだけ在庫にする。なくなりかけたらまた作る方式をしてゆけば本の置き場に困らない。これなら売れるかどうかを気にしなくてすむ。本の体裁より内容で勝負することができる。これなら朗読の会場でも売れやすい。

2010年5月11日 (火)

田川紀久雄日記

山本萠さんから『いのちの聲・①』を二冊買っていただいた。初めての注文である。それに操車場にカンパまでいただいた。医療費や漢方代を稼がねばならない。
三〇〇行の詩に手を入れ、そして「いのちの聲」の語りの稽古を始めた。人前で語るには数百回以上語りの稽古を最低でもしなくてはならない。自分の詩といえども身体になじませてゆくにはそれなりの時間を費やすものだ。語りを行なう場所がなくても日々の精進があってこそ人前で語れるようになる。
印刷用のトーナー二本とカラー用のインクを買う。二万円ほどかかる。トーナー代が高すぎる。印刷機を安く売ってトーナーで儲けているのだ。月刊発行なら手作りでいくしかない。外注でやってもらうと赤字になってしまう。身体がまで動ける間はこのまま発刊してゆくしかない。
今日妹が横浜市立病院に入院だ。やはり心配だ。学園にすべてを任せているので申し訳がない。学園に感謝。お互いが生きていることが大切なのである。生きていられるだけでもありがたい。

生きていられるからあなたに会える
会わなくても生きていることによって
私も生きることができる
いま生きている
そのことが素晴らしいのだ
それがどんな困難な情況にあったとしても
生きていられる限り人生を諦めることはない
生きていられるからまたあなたにも会える

2010年5月10日 (月)

田川紀久雄日記

テレビのコメンテーターは碌な人間はいない。どこからお金を貰っている人たちのような気がする。コメンテーターの話を聴いているだけで頭が痛くなる。
日高敏隆著に『犬のことば』(青土社)がある。その本の題の犬のことばのエッセイはとても良い。新築を建てたところに野良犬が七匹の子供を産む。その子供を不動産屋が近所のひとたちに貰ってもらう話だが、親犬がもらわれていった子犬に合いに行く話しだが、行間に温かい書き手の眼差しを感じる。日高さんお本はどれもいいものばかりだ。翻訳もいいものが多い。つい最近なくなったが古本屋で見つけると買ってしまう。
昨日は足の付け根がとても痛かった。昨日歩いたせいかもしれない。坂井のぶこさんも脇腹を打って二人でいたい、いたいと聲を出し合っている。
自閉症の子供達を写した番組をやっていたが、母親達の生きるたくましさに感動をする。生きていることの困難の中で笑顔でいきるということの凄さは同じ状況の人たちに勇気付ける。一番身近な人を大切する。それがなかなか出来ないのが人間でもある。いま社会現象で子供を殺す親達が報道されているが、心苦しい話である。個人として生きる生命力が薄れてきている。社会全体で考えていく問題だ。私は詩を通じてその問題を追及したい。小さな愛が生きるいのちの大切さを教えてくれる。

2010年5月 9日 (日)

田川紀久雄日記

なんとか四谷まで行くことが出来た。ソケリッサの活動を知ることが出来た。問題はホームレスの人たちがどのようにして技術を磨いていけるかが問題だ。舞踏には、ホームレスだからなどという問題は無用である。自立してゆくための運動ならアオキさんがどう指導してゆくるのかが大きな鍵になる。観客は舞踏をみるのであってホームレスを見るわけではない。でもいまはアオキさんがホームレスの人たちに生きる歓びを身につけさせようとすることは素晴らしいことだ。そこのところは応援してゆきたい。詩人達の朗読にしても、本物の朗読を観客は聴きたいのだ。それと詩の言葉を。帰りに高田さんと山本さんと一緒にお茶を飲む。
尾崎寿一郎さんから操車場の原稿が届く。『ランボー追跡(四)』毎回楽しみだ。
三〇〇行詩に手を入れて小冊子を作ることにしたい。このぐらいの長さの市を語るのにはちょうどよい。
このごろ詩語りをそれほどやりたいという気持が薄れている。それよりも語った瞬間田川さんはプロの語り手だといわれる人になりたい。そのことのみにかけて精進をしてゆきたい。もっと大地に根ざした語りが出来るようにしてゆきたいだけだ。人を感動させることが芸人の仕事なのだ。末期癌生活の中から生まれたいのちの聲の言葉を語ることだ。

2010年5月 8日 (土)

田川紀久雄日記

普天間もんだいは国民全体の問題だ。鳩山首相そのものにも問題があるが、批判だけでは何も埋めれてこない。党派を超えてなぜ真剣に基地問題を考えていかないのか。沖縄県民ン反対運動は、日本国民の反対運動でもある。安保問題根底から見直していかねばならない。抑止力と平和の問題をどう解釈してゆけばよいのか。
ギリシア問題からたんを発した金融問題は、急激な円高で日本経済が不安な状態に置かれた。出口がみつからない金融不安は、零細企業がなかなか立ち上がれるチャンスが失われてゆく。
昨日妹にあったが、身体がやせた感じだ。横浜市の福祉政策も行き詰まっているらしい。恵和も入居者が高齢化していっている。それに対しての設備や先生の数の問題がある。福祉に対して予算がない。障害者と老人問題は深刻な状況に置かれている。
今日は足腰の調子が良ければ、四谷に舞踏家のアオキさんのイベントを見にゆきたい。山本萠さんもくるという。ホームレスの人たちを巻き込んで舞踏を行なう集団をつくり活動をしている。出来るかぎり応援をしたいと思う。
『いのちの聲』運動は、いま生きていることそのことの歓びを分かち合う運動でもある。まず一人から立ち上げてゆくことである。一人の力が大きな力となってゆける。

2010年5月 7日 (金)

田川紀久雄日記

ホーキング博士がタイムトラベルができると発言。彼の病気は進行が止まっているといわれる。なぜなのか誰にもわからないだろう。それは私の末期癌が止まっているように。私に言わせれば精神的な問題だと思う。これは奇跡でも何でもない。生命の中にはそのようなことが起こりえる要素を持っているということだ。
ヒグマ(斎藤禎男編・思索社刊)という本を読み始めた。この本は二冊ある。一つは「身近になったその整体」ともう一冊は「そんぽ、人間との関わり」である。ひぐまの牧場の話だ。全国的に熊がでてくると銃殺してしまっている。このままだと自然の熊は絶滅しかねない。いきものの本はなぜ文学より面白いのか。いのちという問題を考えていると、どうしてもすべての生き物のいのちのことを考えてゆかざるをえない。いのちの豊かさは自然の中で生きているものに魅力を感じてゆく。
いのちの豊かさを語る会を創立したくなる。『いのちの聲』をみんなで語ることができれば嬉しいものだ。それも媚びた語りではなく、うちから出てくる聲で語る方法で。先日テレビで中島みゆきの『地上の星』を歌ったとき。NHKの時のような歌いかたではなく、低音でドスのきいた聲で歌っていた。いのちとは単なる美しいものではない。あくまで活き活きしたものである。下手でもよい、その人なりの語りが出来ればよいのだ。そのためにはテキストを増やしていかねばならない。
現代人は直ぐキレルといわれるが、その原因の一つにはことば不足があげられる。じぶんで相手にうまく説明ができない。たから簡単にキレテしまう。相手を思いやる心はことばの豊かさを学ぶことが必要なのだ。詩でいのちの大切さを書くことを教えていければこのキレルことが少なくなってゆくと思う。

2010年5月 6日 (木)

田川紀久雄日記

やっと操車場三十六号を発送ができた。今回は参加者も増えた。そのために部数も三十部増えた。印刷用のトーナーも三本使ってしまった。製本のとき指がリウマチで痛みを感じながら行った。山本萠さんがリウマチは癌より怖い病気だといったが、ある意味では当たっているかもしれない。発送費が一万円を越えると生活費に影響が出てくる。送り先も少し減らさなければならなくなるかもしれない。参加費五千円を六千円にすれば、良いのだが。
カラーインクのたっぷり2倍のインクは印刷が余りよくない。純粋インク(二セット)だと一万二千円もかかる。なにか良い方法がないものか。
身体が老いてゆくということは大変なことである。六十八歳を過ぎてから、身体のあちらこちらが悪くなってきている。癌で死ぬのではなく老いで死んでいくのかもしれない。じわりじわりと身体が老いてゆく。それを少しでも遅らせるためには日々の運動が大切なのである。でも足腰がわるいとこの運動が思うように出来ない。明日は妹に会うために東戸塚までいかねばならない。
このところ短詩ばかり書いているので普通の詩がなかなか書けないでいる。詩というものは、内から湧いてくるものがなければ一行も言葉が出てこない。詩というものはとてもやっかいなものだ。月間発行詩誌の意味がそれなりにある。つねに詩と向き合っている姿勢が大切である。

2010年5月 5日 (水)

田川紀久雄日記

野原一夫著『肺ガン病棟からの生還』(新潮社)を読むと、手術ができるガンは助かる可能性があるが、末期癌のように手術が不可能のような癌はまず助からないと書かれてある。その手術が出来ない末期癌であったわたしが何もしないで三年もいき続けている。いま移転しないための新薬がある。抗癌剤とその注射をすうrことによって、ほぼ移転が免れるという。でも一回の治療費が二十五万円もかかるという。わたしのような貧乏人には夢のような話だ。ものすごい勢いで新しい治療方法が見出されている。だからと言ってまだ癌は安心した治療が確立されていない。
私の周囲には癌と闘っている人たちがいる。小澤克己が先月の十九日に胃癌で亡くなったことは驚いた。妹も十一日手術があるという。不安だ。それから泉谷栄さんのことも心配である。病魔と日々闘っていきているのは辛いものだ。私の場合も眼に見えぬ不安との闘いである。できるだけ何も考えないようにして生きている。猫のように自由気侭に生きることだけが必要なのである。いまは足腰の痛みを治して自然の中を歩きたい。足の痺れがなくなればいくらかの距離が歩けるのだが。
画廊喫茶に入ってみたが、ひどい絵が飾られているだけだ。魅力を感じない絵は見ていて疲れる。これは詩にもいえることだ。岡本太郎のいうように芸術は爆発だ、ということだ。生を見詰めるあくなき闘いこそが芸術が持っている生命力なのである。静かな作品の中にも激しい闘いが隠されている。そして人に生きる勇気を与えられるものを生み出すことが芸術家の仕事なのだ。

2010年5月 4日 (火)

田川紀久雄日記

苦しみは他人ぶ対してアドバイスができるが、自分に対しては何も出来ないのが人間の在り様なのだろう。エドガー・ケシーも他人のことはいろいろとアドバイスができたが、自分の病の場合はさっさと近所の医者に見てもらっていた。金子みすゞにしてもあれほどの素晴らしい詩を書きながら、自殺さなければならなかった。いのちの尊さを書かねばならないということは、やはりこの世は無常な世界であるためなのかもしれない。自殺者の数が減らないのは、ことばとか精神力だけではどうにもならないものがある。絶望を知った上で慈悲の言葉が生まれてくるものだと思う。いまの私は他者の何もしてやれない。だからこそ言葉の中でいのちを削りながら『いのちの聲』を書いてゆきたい。いまは誰一人として手に取ることがないにしても、書かれた言葉は、人が生きている間にはかならず勇気を与えてくれる日が来るはずだ。
やさしい言葉で、奥深い詩を書いてゆきたい。そして語ることによってその深さを表現してゆきたいものだ。まだその表現に達しないでいる。精進を続けてもなかなかその世界に辿り着けないでいる。昨日テレビで、小林研一郎と障害者を含む演奏をみていたら、演奏する意味が見えた。しかしいざ自分で行なうとなかなか出来ないものだ。努力というと簡単な言葉のようだが、実際は大変な世界である。その努力の一歩先を見ていないと、努力にはならない。つねに新鮮な気持で取り組んでいかないと努力しても実にならない。つねに悩み苦しみながら前進することが求められている。

2010年5月 3日 (月)

田川紀久雄日記

憲法記念日だ。いのちの尊さを守ることは、憲法九条を守ることでもある。政治家はその時代の状況を見守らなければならない。その状況と九条の問題は難しい問題だが、憲法を守りながら政治的思案があるはずだ。沖縄の基地問題も反対だけでは何も解決しない。国民一人ひとりの問題として考えなければ本当の意味で憲法九条は守れない。
世の中はあまりにも矛盾に満ちている。生活水準を上げることと、自然の環境をまもることはつねに矛盾してきた。地球は環境破壊の歴史そのものであった。上海の万博は狂乱そのものだ。連休の高速道路も1000円なのでどこもかしこも渋滞だらけだ。排気ガスを撒き散らしている。いつの日にかすべての自動車は電機自動車に変わることを願いたい。しかしまた電気自動車になったら原発の問題も生まれてくる。自然の力だけでは電力が賄えないからだ。いちばんよいことは自動車を使わないこと、人ごみの中に出て行かないこと。そして早寝、早起きが電力を使わないコツである。
できれば田舎で生活をしたいものだ。小さな場所からいのちの聲を発信してゆきたいものだ。
詩誌受贈『みえ現代詩・81号』『漪・29号』

2010年5月 2日 (日)

田川紀久雄日記

中国電力の原発の事故報告があまりにも杜撰である。何度も国民を裏切る大切は変わらない。危険なものほど国民に隠そうとする。アフリカに原発を売り込みを進めて国は、いったい何を考えているのだおるか。新幹線はアメリカに売込み中だ。日本の技術は世界に誇れるものがある。しかし安全を忘れての売り込みは不安を覚える。先日のトヨタの問題がいい例である。
失業率が五パーセントを越えてしまった。大手の企業がどんどん海外に進出してしまえば、日本の労働者は仕事場をうしなってゆく。零細企業はまだまだどん底の状態だ。自殺者の数は減ることがない。なんとしてでも心のケーアに参加できる詩を書いてゆきたい。操車場に長谷川忍さんの詩が人の心を温めてくれる。坂井信夫さんの作品が入った。これで全部が揃った。校正ゲラが送られてくれば直ぐに印刷に入れる。
今月中に『いのちの聲②』をだしたい。誰一人も注文がないが、いまの時代に必要な心の財産になってゆくと思う。足腰がよければ街頭に立って売りたい。ホームレスの人たちが街にたって本を売っているように。そして語れる場所があれば語ってゆきたい。私に出来ることは自分の世界を作ってゆくしかない。それが今を生きることなのだと思っている。

2010年5月 1日 (土)

田川紀久雄日記

世界タイトルマッチのボクシングをテレビで観る。まさか長谷川が負けるとは思わなかった。お互いに最高の技術とパンチ力を持って打ち合う試合は眼が離せない。ここまできた選手には運が良かったなどということはない。あくまで力量なのだ。やはり勝ち続けることは難しいことだ。スポーツ選手の努力は並大抵のものではない。
川崎まで出かけたが、やはり足の痺れがおきた。立つことさえ辛かった。これでは当分遠くには出られない。
インターネットを使った犯罪事件が多発している。毎日メールにはろくでもないものが多数入り込んでくる。メールを観ない人も増えてきていると思う。必要でないメールをロックする方法はないものなのだろうか。私はまだメールの仕方をしらない。パソコンに疎い方が危険な眼にあわなくてすむ。時代遅れの人間なのかもしれない。
このところモーツァルトのヴァイオリンソナタ全曲を順に聴いている。本当に美しいメロディーが多い。いい演奏の良い全曲盤がないものか。私は輸入盤のモーツァルト全集で聴いている。
私の家の近くに画廊喫茶ができた。こんなところでやっていけるのだろうか。不思議な気がする。まだ一度も入ったことがない。そのうち一度は入ってみようと思っている。

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