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2010年2月 9日 (火)

田川紀久雄日記

正法眼蔵の第十六に『行持』という項目がある。まさにこの行持という言葉は、いまという言葉の具体的な言葉だと思う。行持ということは環の世界である。ここには何も求めない心がある。修行はまさに何も求めない心が基調になっていなければならない。ひたすら精進をする。ただそれだけが一つの道を作り出してゆく。詩語りの世界もまさにこの行持の世界を貫くことで今を永遠化してゆける。
詩語りの仕事がないと、心が動揺してしまう。まだまだ未熟な自分を露呈してしまう。正法眼蔵は詩語りを行なうためには必読の書である。あせらずゆっくりと読んでゆけばよい。仏道と詩語りの世界はまるで同じようなものだ。行持の中で詩語りの輝くが生まれてくる。その光が人明かりを導いてくれる。
今月に入って詩を二篇書いた。詩も詩語りの道を照らしてくれる。自分の生き方を見詰めるにはこの詩を書くことが役立っている。
胸の痛みで熟睡できない。やはり生活の不安が心の隅で疼いているのだろう。これも詩語りの道を究めるための道だと思えばなんでもないことなのに。この行持という言葉の中に今があることを解ったことだけでもありがたい。無心で生きたいものだ。

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