田川紀久雄日記
いま世の中は死刑を行なう方向に向かっている。あまりにも凶悪事件が発生しているからかもしれない。だから死刑が必要だという論理はおかしい。永田洋子は死刑を確定しているが、いま脳腫瘍が悪化している。
死刑があるから、犯罪が少なくなるというものではない。犯罪は個人的な問題や社会的な環境などによって生まれる。学校教育でも倫理観をほとんど教えていない。いや教えられない社会になっておいる。大人同士の虐めが増しておる。それはリストラ問題である。そして就職難がますます社会不安を煽っている。いま若い世代のホームレスが増加している。日本中が砂漠化している。人間関係のぬくもりも消えている。貧富の差がますます増えている。月の収入も十万円以下の人が満ち溢れている。
詩人達には、温もりのあるあたたかい作品が求められているのではないだろうか。詩の朗読も言葉の上っ面をなぞるのではなく、言葉の奥に隠されてあるいのちを語られるようにならなくてはならない。そのことによって言葉の豊かさをとりもどさなければならない。活字を聲に出すことによって言葉の豊かさを検証していくことが大切なのである。眼で読むのと、聲をだして読むのとは天地の差がある。聲を出すことを忘れているから現代詩がいつまでたっても社会に拓けて行けないでいる。学校教育の中でも詩の朗読を教えてもらいたいものだ。詩壇でも朗読に対しては冷遇されている。そこにはやはり詩の朗読を教えられる人が存在していない。詩の朗読は、他の分野の朗読とは違うものである。役者や声優たちには詩の朗読は無理である。彼らは詩の朗読とは何かということを全く理解していないからだ。一番大切なことは『いのち』を伝えてゆくということである。そのためにどうしたら良いのかを考えていくことである。このことが出来ないのなら詩の朗読は何も意味をしない。本当に詩の朗読は難しい。だから挑戦していく楽しみが生まれてくる。いま挑戦してゆく詩人が一人でも増えてもらいたい。川崎詩人会に入会してもらえれば私がいくらかアドバイスをしてゆくる。
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