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2009年11月24日 (火)

田川紀久雄日記

オリンピックにでるには並大抵の努力では出場できない。相手に勝つ以上に自分に勝たなければならない。ここにスポーツの醍醐味がある。どれだけ努力すればよいという目標などはない。そのためには人間として成長しなければ得ることができない世界でもある。
では果たして詩人の朗読を行う人たちは本当の意味で努力をしている者がいるのだろうか。どうしたら人の心を釘漬けにできる語りが出来るのだろうか。いま毎日が不安である。詩語りの仕事が入ってこなければ生活が行き詰る。なんとかしてもっと人の心を惹きつける語りをしたい。まだまだ努力が足りないのかもしれない。亀岡新一さんの語りもやっと自分なりに納得できるものに仕上がってきた。でも本当に人をひきつける語りはこれからなのだろう。亀岡新一さんの魂を語る気持で稽古に励んでいる。本当に語るには一年ほどの時間をかけて熟成していかねばならないのだが。一字一字が自分の肉体となり心となるように勤めていかねばならない。客様に聴いていただくということはそこまで精進をしていかねばならないということだ。私のような不器用な人間は人一倍努力をしてもまだまだ足りない。それに聲そのものが悪聲である。こちは致命的な欠陥である。住太夫さんも悪聲だという。でも悪聲だからこそひたすら精進をつづける。だからこそあのような聲がだしていけるのだ。芸人にとって聲が良いことは利点ともいえない。悪聲だからこそ、人のまねの出来ない世界を見つけ出せるともいえる。もともっと舞台に立ちたい。お客に厳しい眼で見てもらうことで成長できる。日々の不安を越えていくためにもこの精進こそがいまの自分の心を支えてくれているのだと思う。

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