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2009年7月 6日 (月)

田川紀久雄日記

歳をとると、なんとなく鬱的な状態の日々が続くときがある。その鬱的状態を避ける方法は、小さなことに歓びを感じることだと思う。他人からみればどうという事のないことでも、自分にとっては歓びを感じることがある。
いまは人前で行なうライブより、日々のなかでの稽古が楽しい。同じ繰り返しをおこなっているように思えも、決して同じことをやっているのではない。ほんのちょっとした発見もある。言葉の中に血と愛をどうしたら混入できるかを工夫している。頭で思っても出来るものではない。これは厳しい修業の中からしか生まれてこないものである。この日々の闘いの先にしかライブでの歓びがない。お客が多くあttまったからという歓びは本当の歓びには繋がらない。本当の歓びは自分の内なる世界から生まれてくるものでなければならない。そしてライブを聴いたお客が本当に良かったと思える仕事をしていくことだ。そこに詩語りの人明かりの世界が誕生してくる。
緩和ケアが話題になるが、まだまだ病院での対応ができていないように思える。これは制度をに問題があるのではなく、医師一人ひとりの問題である。本当に患者を思う心が生まれてこなければどうにもならない。
老人問題も、老人達に生きる希望や歓びを見出す努力が必要なのである。そのようなケア対策がなされていない。これには地域社会の体質を変えていくことが求められる。医療の問題も老人たちの生きるための活性化が図られれば、随分医療費も少なくなるはずだ。老人達が家にこもらないで生きられる地域社会を作ることがいま一番求められている。人はいつまでたっても社会的な生き方を求めているはずだ。助け合う心が世の中を変えていく。

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