田川紀久雄日記
脳死の問題がこうも簡単に参議院で決まってしまうなんておかしな話だ。人間の死という重大な問題が、衆議院選挙のために決着するなんて許せない。自民党も民社党も信用が出来ない。末期癌になって、死という問題がいかに生にとって大切かを感じている私にとって、この移植の問題は、もっと慎重に話し合うべき問題であった。人間の死はたんなる死ではなく、生という現象の続きの問題である。死を見つめることによって、よりよく生という現象も明確になってくる。いま私はそのことを詩で書いている。「未来への旅」の最終章はこの生と死の問題が明確に表現しれていくと思う。
昨日は今年最高の暑さであった。外での語りの稽古もちょっと大変である。汗をふきふきしながら行なうしかない。生という時間を精一杯生きることによって死の尊さも見えてくるものだ。詩語りの聲はこの生に対して一つの答えになっていかねばならない。そのように努力することの中でしか人明かりが生まれてこないものだろう。なぜ自作詩を語るかは生と死との関わりの中でしか答えはえられない。だからいい加減に行なうことは許されない。ここに魂の聲が生まれてくるのだから。それ以外は偽者なのだ。私は詩語りの極意を掴むためにはまだまだ一人で歩き続けていくしかない。死の崖淵で何かを掴みかけている。この経験を多くの人たちの伝えていける日がきっと来ると信じていまは精進をして生きているだけだ。


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