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2009年7月31日 (金)

田川紀久雄日記

今日で今月も終わりだ。一ヶ月がたつのは速いものだ。ということはいかに一日一日は大切であるかということだ。日々の語りの稽古は間違いなく語りをより深く前進させてくれている。一日だけを見れば、それほど変化はないが、一ヶ月いや一年と見ていけばかならず進歩している。眼に見えない進歩が芸の世界では必要なことである。芸能を理解できない人間には、そのことは解らないであろう。日本人には日本人の聲の出し方がある。若い詩人達には朗読をおこなうなら、いろんな芸能を知ってもらいたいものだ。遠回りこそが一番の近道なのだ。語りは人間全体が問われてくるものである。聲だけがよければよいというものではない。聲そのものを裏付ける人間性が問われている。だからこそ、語りは難しいのである。
山形の佐野カオルさんからハガキでDVDのことが書かれてあった。感動していただいて有り難かった。抗癌剤の治療を拒否して半年が過ぎて、やっと自分の聲になってきた。でも稽古をしている時は左の脇の下が痛む。少し不安を感じる。ちくりちくりと痛むのだ。癌の不安はなかなか消えていかない。
明日は横浜のドロフィーでネパールの音楽と詩の朗読会がある。詩人達の聲が聴けるのが楽しみだ。

2009年7月30日 (木)

田川紀久雄日記

新潟ライブの件で坂井のぶこさんのお姉さんにチケットを買っていただくことをお願いする。そして泊めてもらうことも。本当にありがたい。
詩語りはいろんな人に助けられている。だからこそ、納得のいく語りを作り上げたい。私が今できることは、ひたすら精進するしかない。歯を食いしばってもやりぬくことである。
自民党の公約も民主党と同じようにバナナのたたきうりの感じだ。ただただ政権を獲りたいための公約でしかない。骨のある政治家はもういなくなってしまったようだ。
今の世の中で自殺者が最も増加している。この現状に政治は無力なのである。いのちの尊さを願う私にはこの問題を無視していられない。癌体験を通じて早くいのちの語りを行いたいものだ。
いまパソコンをうっていても右手が重く、指先が痺れて感覚がない。

2009年7月29日 (水)

田川紀久雄日記

NHKのクローズアップ現代で「なぜ失業?がん患者達の悲劇」の放映があった。三人に一人の割合で失業に追い込まれる。就職しようと思っても癌を患ったことでなかなか職につけない。癌にたいしての社会から理解されていない実態が浮き彫りにされている。
癌を患ったことは、人間として大きな意味がある。生きることへの勇気を誰よりも強く知っている。そのことは企業にとっても役立つことなのに、なぜ癌患者を敬遠するのか理解に苦しむ。
私は詩語りで、癌の意味を語りたい。癌によって生きていることの素晴らしさを伝えたい。癌は今は不治の病ではない。癌患者に一杯応援をしてゆきたい。そして生きる意味を多くの人たちに伝えてゆきたい。これが詩人ができる仕事なのだ。
日々の精進から、少しづつ見えてくるものがある。心を語るにはどうしたらよいのかが解りかけてきた。語りで苦しめば苦しむほど、語り良くなってゆく。
鈴木良一さんから新潟のライブのパンフレットが送られてきた。本当にありがたい。人明かりの語りを披露したい。いのちを語るということはどのようなことなのかを伝えたいものだ。詩人達の中にいのちを語れる詩人達を集めてライブを行なってみたいものだ。山本萠さんもその一人である。詩壇とはまったく関係ないところで活躍している詩人がいる。時野慶子さんや須藤さんたちがそうである。
私は夢を持って前向きに生きていくしかない。

2009年7月28日 (火)

田川紀久雄日記

豪雨の被害を見ていると、ほとんどが人災のように思える。危険であることを訴えても県や市はなにも行なわなかった。それと山の被害は、杉の山が多い。杉は根が浅く、水分を吸収する力がない。これでは山がくずれるのは当たり前だ。これからの温暖化対策の一つに山を守る運動をしていかなければならない。動物も住める山つくりが大切である。
民主党の公約をみていると、まるで公明党のバラマキに似ている。やはり財源の問題が不透明である。国民の生活を守るということは、国が何処に向かってゆくのか明確にしていかないとその場限りの政策に終わってしまう。
末期癌になってから、癌に対しての生き方の詩を書いてきた。詩人である私は、一人でも多くの人たちに聴いてもらえるような語りを目指して生きている。ただ書いたものを読んでいては、その詩の深さは伝わらない。抗癌剤の副作用に苦しみながら、少しづつ詩の深さを表現出来る所に近づいている。芸能のように日々の精進がそのためには必要なのだ。同じことを繰り返しながら、詩の深さに近づくしかない。努力もしないで人様に聴いてもらおうと思う心では、誰にも相手にされない。オープン・マイクなどではオタクのような詩人たちの朗読が多い。そこには自分だけが満足している。聴く側の気持など考えない。
私は一時間の自作詩を語る体験がいま大きく圧し掛かっている。一時間自分自身と向き合って聲を出すことは大きな意味がある。そういう意味では天童大人氏の企画する『詩人の聲』は、ここに参加した詩人たちには大きなプラスになることは間違いないことだと思う。この機会をどう自分に活かすかは、各自の問題である。私はこの企画に参加することはもうないが、この『詩人の聲』から学ぶことが多かった。二年間は末期癌と抗癌剤で苦しみぬいてきたが、続けで聲を出してきたことが、今の自分を活かしてくれている。参加できたことに天童氏に感謝をしている。

2009年7月27日 (月)

田川紀久雄日記

腰や足の痛みをなんとかして治したい。そのためには自分自身が積極的に治そうという気持を持つことだ。朝起きてとこの中で、身体も揉み解すことから始めている。自由に身体を動かすことは気持がいい。無理をしないであくまでも自然体で行なっている。身体全体の歪みが足腰の痛みに繋がっているものと思える。左の足の痛みを治すなら、その反対側の手を自然に動かすことが必要なのだ。身体の壷は身体全体につながっている。西洋医学では、痛い部分しか治療しない。これでは本当に治せない。接骨医院に二年も通い続けたが少しも身体が治らなかった。
聲を出すためにも身体の歪みを直さなければならない。野口晴哉の整体とか野口三千三のぐにゃぐにゃ体操なども取り入れながら自分なりに工夫していかねばならない。ただ抗癌剤の副作用に苦しんでいるだけでは解決にならない。それと同時に心の整体も行なってゆきたいものだ。つねに前向きで生きていることが癌の進行を止めてくれるものだと思う。つまり癌を休眠させておくことである。漢方が手に入らなくなった今は、それに変わるものを探し出していかねばならない。最悪の薬事法で苦しめられるのは病人なんだ。癌患者は、自分に負けたら駄目なのだ。このことが生きていくにとてもきつく辛いものなのである。末期癌を宣告されたものの気持は、普通のひとにはなかなか解りにくいものである。
語りにいのちを懸けて生きていくことがつねに免疫力を高めることになる。そしてその語りを本物に磨いていくことで人明かりの世界が見えてくるはずだ。公園で行なうことはつねに人に邪魔されてやりにくい。でもその悪条件の中で前向きに精進するしかない。嫌味を言う人もいる。励ましてくれる人もいる。
全米ゴルフルアーで宮里藍が日本人として七人目の優勝者となる。前向きに生きている姿は人に生きる勇気を与えてくれる。

2009年7月26日 (日)

田川紀久雄日記

手作りのA5版の『末期癌ブログ日記・①』を十部作成する。やはりA5版の方が読みやすい。60ページのものを作るのは大変だが、出来上がると嬉しい気分になれる。お金があれば外注で印刷するのだが、今はその余裕がない。
聲は身体的なものである。身体は自然体が一番良い、ということは聲の出し方も自ずから自然体であるべきなのだ。自然体ということは、何もしないということではない。自然体の中で努力するということになる。観念で言葉を理解しようするところに無理が生ずる。心の深いところから生まれる聲は、無意識の中ではぐくまれたものなのだ。情に表現する義太夫のすばらしさはそこにある。稽古を積み重ねると言うことは、この情を無意識のところで語る身体性を生み出すことである。無意識に語れるところまで稽古をするkとはなかなか難しいものだ。だからこそ日々の精進が大切なのである。
詩人たちを行っている詩の朗読の欠点は、ただ何も考えていないことだ。無意識の自然体はなにも考えないということとはまったく別次元のことである。現代史は頭で文字を書いている。心で書くことを置き去りにしてきた。頭で考えたことは、頭で聲を出すことになってしまう。だから聴いていてもちっとも面白くないのだ。もっと原始的なところで考えていかねば聲にはならない。聲は言葉の説明ではない。感情に訴えかけていくことなのだと思う。西洋文化の流れの中で、このことが置き去りにされてきてしまった。聲の表現は本来豊かなものである。唄でも日本では、清元、長唄、常磐津、一中節といろいろある。詩を読む行為は、活字を読むということで終わっている。その時点詩の朗読云々と言っても何も生まれてこない。身体と聲に関わりをもって探求していく必要がある。

2009年7月25日 (土)

田川紀久雄日記

日本の政治はかわらなければならない。それは確かなことだ。戦後アメリカ指導の体制から独自の日本の政治を生み出していく必要がある。だからと言って二大政党がよいのかは疑問がのこる。日本にあった政治体制はどのようなものがよいのか。衆議院選挙はどうなるのか一人りひとり考えるべき時が来ている。テレビの報道にまどわされないことが大切だ。報道は何ひとつ責任をとらない。無責任きわまりのないものなのだ。
抗癌剤の新薬の認可をもっと早くできないものなのだろうか。副作用のすくない新薬もあるはずだ。末期癌と宣告されて二年経過しても死なないのでいるのも、抗癌剤の治療が良かったのかもしれない。それと漢方を自分で調合して飲んでいたことも良かったと思う。それに明日に生きる夢を持って生き抜いてきたこと。詩語りを行ないたいという強い願望があった。そして『未来への旅』という詩集を完成したいという夢があった。いろんな作用が癌の進行を食い止めてくれたのだと思う。この活かされているいのちを人のために使いたいものだ。
昨夜銭湯にいったが帰りの道足が痛んで歩くのが困難に状態になってしまった。朝は手の痺れで起き上がるのも辛かった。抗癌剤の副作用で苦しむ人たちをなんとかできないものなのか。いまの医療ではどうにもならないらしい。時が経っていけば痛みも薄らいでいくこともあると医師はいうだけだ。身体の表面を見ているだけなら、普通の人と何ら変わらない。元気のように見える。癌の進行が抑えられただけでも良かったのではといわれれば、何もいえない。でもいつまた癌が動き出すのか解らない。生きていることは不安だらけなのだ。だからこそいのちの美しさを見つめて生きていたい。

2009年7月24日 (金)

田川紀久雄日記

手作りで「人明かりを求めての旅」の詩集を作る。これは新潟ライブのDVDにつけるものである。一枚カラーの絵をいれてある。単独でも漉林叢書として発売していく。泉谷栄さんに食料のお礼に送る。これから魅力のあるDVDを作ってゆきたい。
生きていて心がわくわくするようなことを見つけながら生きていくことが今は大切である。癌の治療にはまず、心がいきいきしていることが求められる。進行癌でなければ、癌はそれほど怖いものではないと思う。つねに前向きで生きていられれば自然と癌は消えていくものだ。
この宇宙で地球だけが人間が住める地なのである。その地球を破滅へと追いやっているのが文明なのだ。豊かさが公害を生み出し環境を破壊していく。自分だけの幸福は社会をゆがめていく。幸福を求めることは社会全体の幸福が中心になっていかねばならない。これは政治だけでは解決しない問題だ。最初の一歩は、人の心から始まる。
癌になってよかったと今は思う。でも人によっては癌で苦しみ亡くなっていく人もいる。安易に癌になってよかったと言うべきでないが、いのちの美しさや尊さを身にしみて感じさせてくれた。このことを詩に書き、多くの人に伝えてゆきたいものだ。手作りの漉林叢書をつくるのもそのためでもある。それと治療費を稼がねばならない。生きていることが楽しくありたいものだ。

2009年7月23日 (木)

田川紀久雄日記

午前中は病院。
山口県の老人ホームの災害は、人災である。建物は立派であるが、建てる場所に問題があった。自然を甘く見てきた。山の木を切っても、コンクリートで災害を防げるとおもってきた行政のあり方に問題がある。三浦半島でもどんどん山を切り崩して住宅を建てている。素人がみても危ないと思う。それでも平気で山を切り崩し、住宅を建て続ける。
昨日の皆既日食をテレビで観ていたが美しいものだ。昼間なのに水星が見えるなんて不思議に思えた。
衆議院選挙が八月三十日にあるが、自分の都合で政治を観るのではなく、日本の将来を見つめて判断しなければならない。自民党は好きではないが、といって民主党に本当にかまされるのか。どちらの党にも思想が感じられない。日本がどこに向かっていくのかまったく何も見えてこない。
私は癌患者の中で詩語りを行なってみたい。その日が来ることを思い、温みのある語りが出来ることに精進をしている。抗癌剤の副作用に苦しみながらも一歩一歩前向きで生きつづけていたい。

2009年7月22日 (水)

田川紀久雄日記

泉谷栄さんから食料が送られてくる。ありがたい。彼もいま狭心症で悩んでいる。お互いに大変だ。抗癌剤の副作用に効く薬はないのだろうか。でもまたその薬で別な副作用ができる。西洋医学の怖さを身にしみて感じている。臓器のその一部を直すことが西洋医学では優れているが、身体全体のことをまったく考えていない。ここが東洋医学との違いだ。お灸をしていると、ツボで身体の血液の流れを感じる。一つのツボをお灸していても別なツボに刺激を与える。いまパソコンを打っていても指先の激しい痺れを感じている。明日は病院で血液検査とCTの結果を聞くことになっている。
妹とあって前とほとんど変わっていないので安心をした。電車賃やレストランでの飲食代に数千円を使ってしまう。生活を切りつめてももう切りつめようがない。
パソコンも長い時間打つことが出来ない。亀岡新一さん仕事がなかなか進まない。でもこの仕事をしないと病院代がでてこない。頑張って仕事をしなければならない。抗癌剤の後遺症がこんないつらいものかといま身にしみて感じている。
高橋馨さんの原稿が届く。
詩誌受贈『柵・272号』

2009年7月21日 (火)

田川紀久雄日記

朝起きたときはとても腰が痛んだ。でも今日は妹に会い東戸塚まで行くかねばならない。
亀岡新一画集の原稿が坂井信夫さんから送られてくる。長い時間椅子に座れないので困っている。それに右腕が痺れていくらか痛む。
抗癌剤の副作用は死ぬまで続くといわれている。なぜ医師はそのことをきちんと説明してくれなかったのか。多くの癌患者が抗癌剤の副作用で苦しんでいる。廃人になる可能性もある。癌で苦しむというより、抗癌剤で苦しむとはおかしな話だ。いのちがたすかったのだから我慢するしかないというのは変な話だ。
現代医学とは一体何なのか。漢方で治したいが生薬が手に入らないので困っている。薬事法の改正でおかしくなっている。何百年と続いていた薬が手に入らないとはこまったものだ。私が抗癌剤の治療に耐えられていたのも、漢方のお陰だと思っている。
詩語りを続けていくにも、この抗癌剤の副作用との闘いの日々が強いられる。藤井武全集の本を読むことでいくらか精神的にも助けられている。自分の使命に忠実に生きていれば自ずから解決の道は開かれてゆくものだと信じている。語る言葉の一つ一つにいのちを吹くこんで語るように努力を積み重ねていけば、かならず人に感動を与えられることができるはずだ。一日一日を大切に生きていくしかない。

2009年7月20日 (月)

田川紀久雄日記

浜川崎の猫ランランに赤ん坊が五匹いることを発見する。父親猫が子供達の面倒をしている。線路沿いのみぞにうまく隠れて育っていたのだ。写真を撮る。いつか浜川崎の猫の展覧会をして見たいものだ。それとも手作りの写真集を出すことにしたほうが。これからも写真を撮り続けていこう。
コンヴィチュニー指揮・ゲヴァントハウスでベートヴェンの田園を聴く。私はこのゲヴァントハウス管弦楽団の音が好きだ。それとコンヴィチュニーの演奏も大好きだ。彼のブルックナーの演奏も素晴らしい。二十代のころLPの二枚組みの第九を買って涙流しながら聴いたものだった。
A5版で末期癌ブログ日記を手作りで製作することにした。B5版より手にとって読みやすいからだ。生活費を稼ぐにはこれしか方法がない。頒価1000円である。ちょっと高いが何とかして売っていきたいものだ。それと詩語りライブの「人明かりを求めての旅」のテキストも製作してゆきたい。こちらは約50ページほどである。つねに前向きで生きていくしかない。冷蔵庫も壊れてきている。生きていくにはお金がかかる。秋ごろまでに新漉林叢書として刊行してゆきたい。

2009年7月19日 (日)

田川紀久雄日記

卜部昭二さんからは詩集が送られてはこなかったが、「柵・271号」に中原道夫さんが『時間船』を丁寧に紹介している。長い人生を時間船にたとえている。古い友達であった。詩人クラブなどで、まるで弟子のように「たがわくん」と呼んでいた。これには閉口した。私は卜部さんのお弟子でもなければ彼が先生でもない。私は詩人たちを呼ぶときは、なになにさんと言う。どんな年下でもそうだ。詩人というものはそれぞれ独立した存在者である。詩人の人格を尊重することが大切なのである。
この度の中原道夫さん柵の本棚」に紹介されたことは私にも嬉しかった。どのような詩集なのか解らないが。以前漉林書房で格安で作っていた。だから他所で上梓したことがいえなかったのだろう。すぐ分かることなのに。金子秀夫さんも「焔」で紹介している。
私は嫌いな人はいるが、作品などではちゃんと評価をする。いいものは良い。悪いものは悪い。ただそれだけだ。
熱帯夜が続いている。寝苦しい夜であった。坂井のぶこさんが二日続けての連休であった。のんびりうと過ごした。

2009年7月18日 (土)

田川紀久雄日記

全英オープンゴルフが行なわれているゴルフ場は凄いところだ。石川遼の試合を見ていたが、18番は大変なところだ。自分の思うようにはさせてもらえない。一つ一つ経験を積んでいくしかない。
詩の朗読もライブの経験がその人のスケールの大きさを作ってくれる。つまりお客の厳しい眼が芸を向上させてくれる。仲間しか集まらない場では、朗読する詩人に甘えがでる。そこではなかなか真剣勝負ができない。だからこそ、ライブが終わった後の反省会は大切なのだ。ただの批判であってはならない。前向きな話し合えが出来ることがよいのだが、なかなかそこまではいかない。良いアドバイスができる人がいない。朗読する詩人たちが数人集まって研究会を開くことが大切ではなかろうか。かつて私が目白の喫茶店でおこなっていた『見せもの小屋』の朗読会のような場が必要である。
浜川崎の猫のランランをみていると、見知らぬ猫がいると、餌を分けてあげる。猫は個人的な行動を取っているかに見えても、そこにはルールがあって類として社会を作り上げている。猫をみていると人間の自分勝手な生き方が愚かに感じてならない。

2009年7月17日 (金)

田川紀久雄日記

藤井全集の第二巻から読み始めている。ゆっくりと読んでいきたい。
坂井信夫さんから「索通信⑦」が入った。
銭湯に行くにも足が痛く大変だ。お灸の効果がまだでてこない。
秋田のあゆかわのぼるさんからDVDのお礼状が届いた。あとは誰も返事がない。いままで私の聲を聴いたことのない詩人に送ってみたが、詩人は朗読にあまり感心がないようだ。
山本萠さんから十月の私たちのライブの案内の文章がとどく。文章の中に「いのちを賭ける」という言葉が出てくるが、一般的にはいまは「懸ける」の方を使う。でも賭けるの方が私もすきだ。「賭ける」はウンを天にまかせて行なう必死の行為のように思える。私の詩語りの「ウンを天にまかせて」いるところがある。思いつきではなく、必死の行為でなくてはならない。この必死の行為が聲の緊張感を生むのだと思う。技術プラスその人の生き様が人の心を捉えていくものだと思う。詩人たちの聲を聴いていてこの生き様から生まれてくる聲がなかなか聴くことができない。詩人の朗読は詩人だけしかできないものがあるとかつて言ったことがある。それはこの必死の聲が大切だということなのだ。また自作詩を語る意味もそこにあるのではなかろうか。まだ私の聲を聴いたことのない方がDVDを聴いてもらいたいものだ。「人明かりをもとめての旅・1」を通常2200円のところを300円(切手可能)で限定30部をお分けしています。(七月末日まで)

2009年7月16日 (木)

田川紀久雄日記

CTを終わった後に気分が落ち込んでしまった。ドンート穴に突き落とされた感じだ。猛暑に身体がついていけないせいかもしれない。こうなると何もする気がなくなる。
本当に人の心に届く聲ができているのだろうか。温みのあるあたたかい聲を作りあげたい。しかしなかなか思うようにいかないものだ。この不安を感じながらも精進を怠っては先に進むことはできない。進歩しないと思うときこそが、一番大切な時期なのかもしれない。そう簡単に眼に見えて進歩することなどはありえない。それはほんの最初のうちだけだ。『詩人の聲』に参加している人たちはどのような稽古を積み重ねているのだろうか。聲というものは正直だから、努力を怠っている詩人の聲には聴いていても魅力は感じてこないものだ。回数が多いから上手になるのではなく、日々精進をしている詩人だけが人の心を掴む朗読に到達していくものだ。聲というものを甘く見ている詩人には未来がない。苦しくても、お客が集まらなくても真に努力をしている詩人には未来が必ずある。いま詩人にとって大切なことは、まず日々聲を出すことを怠らない生活を作ることから始めていくことである。詩人たちの聲が世の中を変えていく日がくるかもしれない。そのためには死に物狂いで自分自身との闘いの中で生きていく以外にはない。いまは私がたった一人でこの道をあるいているが、いつの日にか私の後についてくる詩人が生まれてくることを願っている。

2009年7月15日 (水)

田川紀久雄日記

今の政治はあきれてものが言えない。廃案になった「障害者自立支援改正案」はなんとかしてもらいたかった。脳死は人の死なんて変な話だ。これでは人間は物でしかない。政治家は国民のことなどちっとも思ってはいない。みんなケツノ穴が小さいものたちばかりだ。
昨日の長谷川穂積の試合は凄い。それに対して粟生は、攻めないでは試合に勝てるわけがない。粟生にとってはいい勉強になったのではないのか。
今日はCTの検査だ。検査も疲れる。腰の痛みはお灸で治療しているがなかなかよくならない。
零細企業はいま大ピンチである。景気がいくらか回復しているというが、そんなのは嘘パッチである。坂井のぶこさんが勤めているところも労働時間を短縮していく計画が持ち上がっている。大変だ。これ以上彼女の収入が減っていったら私たちは生きてはいけなくなる。何とかして詩語りの仕事を増やしていかなければならない。いま「いのちの研修」が盛んに行なわれているそうだが、私のところにも講師としての仕事が舞い込んで来てほしいものだ。

2009年7月14日 (火)

田川紀久雄日記

脳死の問題がこうも簡単に参議院で決まってしまうなんておかしな話だ。人間の死という重大な問題が、衆議院選挙のために決着するなんて許せない。自民党も民社党も信用が出来ない。末期癌になって、死という問題がいかに生にとって大切かを感じている私にとって、この移植の問題は、もっと慎重に話し合うべき問題であった。人間の死はたんなる死ではなく、生という現象の続きの問題である。死を見つめることによって、よりよく生という現象も明確になってくる。いま私はそのことを詩で書いている。「未来への旅」の最終章はこの生と死の問題が明確に表現しれていくと思う。
昨日は今年最高の暑さであった。外での語りの稽古もちょっと大変である。汗をふきふきしながら行なうしかない。生という時間を精一杯生きることによって死の尊さも見えてくるものだ。詩語りの聲はこの生に対して一つの答えになっていかねばならない。そのように努力することの中でしか人明かりが生まれてこないものだろう。なぜ自作詩を語るかは生と死との関わりの中でしか答えはえられない。だからいい加減に行なうことは許されない。ここに魂の聲が生まれてくるのだから。それ以外は偽者なのだ。私は詩語りの極意を掴むためにはまだまだ一人で歩き続けていくしかない。死の崖淵で何かを掴みかけている。この経験を多くの人たちの伝えていける日がきっと来ると信じていまは精進をして生きているだけだ。

2009年7月13日 (月)

田川紀久雄日記

都議会選挙は民主党の勝利で終わった。国民は自民党の政治に背を向けた。これでは衆議院選挙は自民党は闘うことはできないだろう。もっと国民の目線で闘わないとどうにもならない。問題は国民のお腹を満たすのか、その財源をどこから作るのか。税金をあげるのか。福祉の問題を切り捨ててきた政府への不満が爆発したような気がする。未来の夢を持てない日本では国民は無気力になるだけだ。
昨日は足が痛くほとんど歩くことが出来なかった。妹に会いにいきたくても今の状態ではどうにもならない。『癌との闘い』という短いエッセイを書いた。それに詩を半分ほど書いた。
朗読に対して大切なことは作品をどれだけ語りきれるかが問題なのだ。ただ聲が大きければよいというのではいけない。やはり聴き手が感動するように工夫して読むことが求められる。それにはテキストが語るに値するものかが問われる。朗読は奥深い世界である。並みの努力ではどうにもならない。著名人だからといった甘いなど朗読の世界では通じない。詩人たちの世界では聴き手が本物の朗読を聞き分ける力がまだない。腐った畑には決して実はならない。良い畑を作るにはどうしたらよいのだろう。実をもとめることより、良い土をつくることから始めなければならない。土を食べてみて美味しい土を作ることが先決である。

2009年7月12日 (日)

田川紀久雄日記

井原修さんからお米が送られてくる。長谷川忍さんからカンパをいただく。15日のCTの検査費がでる。それに坂井のぶこさんの18日の病院代にも、本当に助かる。
家もおんぼろでガタがきている。修繕しなければならないところがたくさんあるが、いまはそのまま放り投げている。亀岡新一さんの詩にもわたしと同じようなことが書いてある詩がある。部屋が狭く、二人が座るのがやっとである。今は雨露がしのげられるだけでありがたい。いまは大切なことは心の畑を耕すことである。
いくら頑張っても報われない時がある。でもその時が人生で最も大切な時なのである。長い試練がその人を強くしてくれる。長く辛いときこそ、一番幸せなときなのかも知れない。私もそう思って詩語りの道を歩んでいる。人があれこれ言うのは無責任でいっているだけのことだ。成果を求めて生きているのではない。その試練に耐えて生きている今というそのときこそ私の人生そのものなのだある。この意志が末期癌の予防に繋がっている。
浜川崎のランに友達がいることがわかった。子供を生んだはずなのに、子供の姿が見えない。何かがあったのだろう。一週間前にはとても淋しそうな顔をしていた。リュウの姿はここ一ヶ月見えない。心配だ。野良猫が真剣に生きている姿を見ると勇気づけられる。
Kさんより手紙が来た。人集めにやはり悩んでいられるようだ。いまはあせらず自分の畑を耕すことが、明日の日に繋がってゆくのだと思う。同じ悩みをもつものが励ましあって生きていくことも、畑に肥やしをあげるのと同じことになる。

2009年7月11日 (土)

田川紀久雄日記

熊谷さんと亀岡新一詩集の件で会う。
藤井武全集(全10巻)を5000円で買う。神田で買うと割合高い値段がついている。私はキリスト教ではないが、日本人とキリスト教については深い関心がある。
詩人同士が朗読について真剣に話し合うことがない。『詩人の聲』に参加している人たちとも私は朗読について話し合ったことがない。操車場に朗読について書いてくれと言っても、返事すらなかった。それは朗読にたいして自分の意見を持っていないからだろう。朗読にたいして熱き情熱がまったく感じられない。
Q氏に対しての問いに対してのことで、いろんなひとから励ましの電話や手紙をいただく。いろんな問題が起こるから、それを乗り越えて生きてゆくことに楽しみも覚える。真剣に生きていれば何ものにも怖れることはない。でも末期癌である今の私には、出来る限りストレスになることは避けて生きていたい。つねに未来に夢を持って楽しく生きていくことが必要なのだ。心の温もりのある人だけと付き合っていきたいものだ。嫌な場所には出かけていかないこと。そして嫌いな人物とは会わないでいること。我儘な生き方が癌への免疫力をつけることに繋がっていく。いまを生きることが私の日々の課題なのである。そのためには他人には優しく、そして自分には厳しい生き方を求めて生きていたい。

2009年7月10日 (金)

田川紀久雄日記

凄い棋士がいたものだ。藤沢秀行という人だ。癌を三回も患い最期まで闘い続けた人だ。その彼の書が素晴らしい。こんなき気魄をこめた書を今まで見たことがない。最後に床の上でかいた『強烈なる努力」という字がいい。囲碁も美しく差さなければいけない。つねに人格を磨くこと。努力を怠る人間は認めない。
聲は人に聴いていただくものだ。朗読は聲の力で人を惹きつけるものである。だからこそ、並大抵の努力ではどうにもならない。秀行氏がいうように、強烈な努力がなければたった一人のファンもうまれない。そして人間的にも素晴らしくなくてはいけない。いまどきそんな詩人などいない。詩人はまず努力を嫌う。私の語りを招いてくれる人がいる限り、やはり強烈な努力を持続していくしかない。立って語りを行なうのも困難ではあるが、それに耐えて聲の精進を行なうことだ。見果てぬ夢を追いかけて生きることは癌への免疫力にも必要なことなのである。藤沢秀行のような字の聲を作りあげたいものだ。私の身体がボロボロになってもひたすら努力を行い続けるだけだ。横浜や新潟そして三鷹でのライブで人間の存在の深さを語れる聲で詩語りを行ないたい。
人は大変なことでしょうと言うが、私は少しも大変だとは感じない。好きな道を生きていられるのだから。青年時代まで人前でうまく言葉が話せなかったことを思えば、今の私は幸せなのだ。数人の詩人にDVDを送ってみたが、どのような反応が返ってくるのか楽しみだ。抗癌剤の治療を中止しかから、やっと本来の聲を取り戻しつつある。私の詩語りを企画していただける人が増えてくればありがたい。そして人間の器をもっともっと磨いてゆきたい。

2009年7月 9日 (木)

田川紀久雄日記

泉谷栄さんから『阿字・129号』が送られてきた。栄さんのエッセイの語り口が自然体になっている。彼はいかに友達を大切にしているかが良くわかる。落ち込んでいる私に勇気をあたえてくれる手紙まで入っていた。操車場に関わっている人たちが書かれているのも嬉しい。それに福田美鈴さんのことも書かれてある。
泉谷さんの身体も大変なのに、文章はいきいきとしている。不思議な力強さを感じる。それにまた膨大な原稿枚数だ。おどろくエネルギーである。彼が癌に犯されているなんて想像もできない。栄さんは病の総合商社である。だからこそ彼の生に対する執着が人に生きる勇気を与えるのだろう。
操車場の発送がやっと終わった。亀岡新一詩集の版下の作成は楽しい。同時に画集の製作も進めていく。彼の絵を見たいものだ。絵も詩も私とどこか似通っている。そして彼の畑仕事は、私の詩語りに相当する。畑仕事は手が抜けない。まさに詩語りと同じだ。
ここ数日リンパ腺の痛みを感じる。ちょっと嫌な感じである。でも血液検査では何も異常が出ていないのでそれほど心配すうrことはないのかも知れない。いま血糖値が高いのでそれを抑える薬をここ二ヶ月も飲んでいる。
いま漢方が手に入らないので困っている。次から次へと悪法が作られる。大手の薬品会社が儲けるだけの話なのだ。漢方は古来からの民間療法の一つである。それを買えないようにするとは、これでは漢方薬局も廃業に追い込まれていく。癌の免疫力をつけるにも生薬は必要なのだ。いまの政治は国民無視の政治なのだ。

2009年7月 8日 (水)

田川紀久雄日記

操車場の印刷と製本を行なう。今朝はその疲れから腕や肩が痛む。まったく感覚がない。
昨夜は蒸し暑く眠れない夜であった。ワインで初めて新潟の「岩の原」を飲んだ。千円ほどのワインだが絶妙の味である。個性のあるワインだ。創立者の川上さんの魂がいまも生きている。
詩語りも、人の心に惑わされずに、自分を信じて精進をおこなうことだ。新潟では葡萄を作るには適していない地である。それがこのような美味いワインができるなんて驚くしかない。
山本萠さんから電話が入る。十月に萠さんが個展を三鷹で行なう。そのとき宮澤賢治の「青森晩夏と銀河鉄道の夜」を語ってもらいたいとのことだ。ありがたい。手の痺れで三味線はつかえないが、肉聲で魂を込めて語りたい。日々の欠かさない精進が語りの誘いをいただくのだと思う。人によって捨てる人があれば、受け入れてくれる人も現れてくる。
熱海では交通費や公演料も一銭もなかった。そしてその後の批判には心が痛んだ。私の趣味で詩語りを行なっているのではない。自分のいのちと引き換えに行なっているのだ。夕鶴のように自分の身を削って行なっている。趣味で朗読を行っている詩人とは訳が違う。八月・九月・十月と語りの仕事がある。それに向けて精進ができる。やはり目標があると一段と精進にも力がはいる。入場料を取る以上、お客に心のお土産をさしあげられる語りを目指に生きていたい。

2009年7月 7日 (火)

田川紀久雄日記

このところ不眠が続いている。タチアナ・ニコラーエのバッハの平均律を聴いて過ごしている。グールドやリヒテルより今の私には心を癒してくれる。一音 一音が丁寧に弾かれている。それでいて温かい演奏である。詩の朗読もこのように語れれば最高なのだが、なかなか難しい。
新彊ウイグル自治区でのデモで死者140人が出る。なんともやりきれない話である。
それと大阪のパチンコ店の放火事件も心が痛む。四十一歳の男が出頭してきた。{殺害は、誰でもよかった」と供述している。このところ殺人事件が起きてりるが、人のいのちの重さがまったく解らない人が増えている。
自然環境問題も一部報道されているが、日本人の国民にはそれほど浸透していないように思える。ただテレビや新聞の中だけに止まっているような気がする。日本の政府がなにか本気にならないでいる。オリンピック誘致で石原さんは東京を緑のある地にしたいと最初は言っていたが、このところ緑地化の問題が消えてしまっている。東京にある運河を綺麗にしてもらいたいものだ。それと日本橋にある高速道路を早く撤去してもらいたい。
今月はわからないがお金がどんどん出て行く。もう生活費が底をついている。鬱的な気分もお金がなくなっているからそうなのるかも知れない。
腰や手の痺れはひどい。出きるだけ足腰の運動をするようにしているのだが、思うように出来ない。

2009年7月 6日 (月)

田川紀久雄日記

歳をとると、なんとなく鬱的な状態の日々が続くときがある。その鬱的状態を避ける方法は、小さなことに歓びを感じることだと思う。他人からみればどうという事のないことでも、自分にとっては歓びを感じることがある。
いまは人前で行なうライブより、日々のなかでの稽古が楽しい。同じ繰り返しをおこなっているように思えも、決して同じことをやっているのではない。ほんのちょっとした発見もある。言葉の中に血と愛をどうしたら混入できるかを工夫している。頭で思っても出来るものではない。これは厳しい修業の中からしか生まれてこないものである。この日々の闘いの先にしかライブでの歓びがない。お客が多くあttまったからという歓びは本当の歓びには繋がらない。本当の歓びは自分の内なる世界から生まれてくるものでなければならない。そしてライブを聴いたお客が本当に良かったと思える仕事をしていくことだ。そこに詩語りの人明かりの世界が誕生してくる。
緩和ケアが話題になるが、まだまだ病院での対応ができていないように思える。これは制度をに問題があるのではなく、医師一人ひとりの問題である。本当に患者を思う心が生まれてこなければどうにもならない。
老人問題も、老人達に生きる希望や歓びを見出す努力が必要なのである。そのようなケア対策がなされていない。これには地域社会の体質を変えていくことが求められる。医療の問題も老人たちの生きるための活性化が図られれば、随分医療費も少なくなるはずだ。老人達が家にこもらないで生きられる地域社会を作ることがいま一番求められている。人はいつまでたっても社会的な生き方を求めているはずだ。助け合う心が世の中を変えていく。

2009年7月 5日 (日)

田川紀久雄日記

詩の出版社が行なうイベントで朗読などで呼ばれるのは、吉増剛造や谷川俊太郎氏らである。詩の世界に夢をもてないのは、いつも著名な詩人しか招かないからだ。詩の世界ぐらい権威的なことを外してゆきたいものだ。政治の世界も酷いが詩の世界も閉鎖されていて酷いものだ。そして詩人たちも自分の眼や耳で確認しないでただ著名というだけで群れていく。詩の世界が芸能界のようになったらおしまいだ。それは詩人一人ひとりの問題なのである。しっかりと自分の畑を耕している詩人がほとんど見当たらない。となりの畑を気にしてもいたし方がない。毎日自分の畑には鍬をいれなければならない。そして風や雨や太陽などと会話をしていくことが自分の心を耕していくことだ。
誰にも振り向いてくれなくても、自分の畑から素晴らしい野菜や果物を作っていけば、いつかお客は招かなくても、向かうからやってくるものだ。だから黙々と畑を耕すことだ。心の畑は耕すほど豊になっていく。ミミズさんとも仲良くなれる。いろんな生き物たちが、いろいろとアドバイスをしてくれる。汗をかいたら美味しいお茶でも飲めばよい。
操車場も来週の初めには発送ができる。よくも26号まで漕ぎ着けたものだ。今月号から坂井信夫さんは新しい詩の連作がはじまった。高橋馨さんは、まだまだ続く「つれづれのベルクソン」。井原修さんも長谷川忍さんも野間明子さんも坂井のぶこさんもちゃんと自分の畑をたがやしている。読みたい方は、年間購読をお願いいたします。部数に限りがありますので、詩誌との交換はいたしておりません。
佐野カオリさんから山形の新種のさくらんぼが送られてきた。毎年ありがたい。多田農園のさんくらんぼは日本一だ。

2009年7月 4日 (土)

田川紀久雄日記

人間にといっていのちのあり方が問われているにもかかわらず、いのちそのものが粗末にあつかわれている。これは経済の問題に原因がある以前に、人間という存在のありようが問われていなっからである。医療の問題にして首切り問題にしろ、その世界の体制そのものに問題がある。営利主義の世界では、もうそこにはいのちのあり方など存在していない。人明かりの世界は、まず自分より相手への思いやりが求められる。経済優先主義で育ってきた現代の人間には、頭では理解できても身体がともなっていかない。
今の不況の社会では、未来がなに一つとて見えてこない。戦後のときは、生活は悲惨であったが、まだいまより生きる活力があったような気がする。それは戦争が終わったという気持が、どんな辛い状態でも耐えていきていけると誰もがおもっていたように思える。
末期癌と宣告されてからの私は残されたいのちの質を少しでも高めた生き方をしたいと望んでいる。
それは人に恩返しをしたいという強い気持である。六十年以上生きてきた中で一番自分にとって懸命になっていた世界は、詩を書くことと、絵を描くこと、そして最後には詩語りを続けていくことであった。そして人の前で行なえるのは詩語りの世界である。人と人との交流が人の心を豊にしてくれる。共に一緒に生きていられる現場が、私のいのちを豊にしてくれる。でもなかなか人集めができない状態が続いてきた。それは他者のせいではなく、自分の語りの技が未熟であったからである。だからこそ努力を続けなければならない。いままで私の語りを聴きにこなかったお客が私を育ててくれたのかもしれない。いつの日にか感動を与えられる語りを行ないたい。その強い気持がいまの私を作り上げてきたといえる。だからすべての人たちに感謝をしている。
先日清元の聲を聞いていて、ああななんと美しい聲なのだろうと思った。でも今の人たちはほとんど日本の聲の美しさに耳を傾けようとはしない。日本はこれからますます自分の顔を失っていく。臓器移植もいのちの問題である。もっともっと死について語り合う時代にきている。あわてて法案を国会で通過させてはいけない。死の豊かさを私は、いま詩で書いている。それを人の前でもっともっと語ってゆきたい。
坂井信夫さんの原稿が届く。操車場の印刷を始めようと思ったのだが、機械が調子がわるい。機械にはまったくのお手上げだ。

2009年7月 3日 (金)

田川紀久雄日記

政治家が政策論争をしないで個人的なことがらの批判をくりかえしている世の中では、ますます国民にとっては遠いせいじになっていく。夜眠れないので、ウィンブルドンでの女子テニスの放映をみた。スポーツは嘘がないところが良い。お互いが全力をだしあって闘うすがたはみていて感動を呼ぶ。時速200キロい近い球が飛んでくる。そのボールを打ち合うのだから凄いとしかいいようがない。
お客と共に感動ができる世界は素晴らしい。私の語りもお客に感動を与えたい。いまの詩人たちの朗読では、聴き手を惹きつけることができない。まず、なぜ朗読をしているのかさえ見えてこない。それにテキストと向き合う練習量があまりにも少なすぎる。練習をしない方が詩人の朗読にはいいのだという人までいる。詩人仲間しか集まらない詩の朗読はいつまでたっても社会に開かれていなかい。
私はもっと孤独になっていくこと。原則として出前語りしか行なわないこと。自分自身を追い込むことで、開かれた語りを生み出すことに命懸けで取り組むことである。毎日稽古を続けていることがいまは楽しい。まず稽古の鬼になることから、新しい語りの世界を作るしかない。どこまで癌細胞に耐えていけるかわからないが、本物の語りを目指して生きていることが、今の自分を活かさせてくれる。いま出前の仕事が二つある。そこに向けて生きていられる。それだけでもいまはありがたい。

2009年7月 2日 (木)

田川紀久雄日記

八月二十日の横浜ライブが正式に決まった。「整体協会・横浜稽古場」である。これは『詩人の聲』に聴きにきてくださった方からの話である。西洋的な教育によって日本人の聲を失った。聲は身体全体から発させることが必要なのである。癌の治療に、身体全体から発する聲は、私の癌を間違いなく治療してくれている。いま行なわれている詩人たちの朗読の聲とは異なっている。田川紀久雄の聲はどう評価されているのか、などと愚かな質問を投げかけることなど無用なことだ。ひたすら自分を信じて生きているだけだ。信じる生き方を貫き通すことで、私の聲を応援してくれる人がでてくる。そのためにもたゆまず精進をしていくことだ。
公園での稽古は、鳥や虫たちが私の聲を聴いてくれている。そして風も私を応援してくれる。生き物たちへの聲を聴きながら毎日精進をしていける。これはなんてありがたいことなのだろう。生きていることの素晴らしさをつねに感じていられる。明日のことを何もわずらうことはない。今日精一杯生きていられればそれで良い。私の心の畑を耕すことが大切なのだ。そのためにも科学肥料を使わず、自然を活かしたものづくりに徹することである。
今の政治の状況をみていると愚かなことばかりだ。いつの時代も国民無視の世の中であった。政治では何も変えられない。その前にまず自分自身を変えていかねばならない。嫌な世の中と嘆いてみたところで始まらない。それより人明かりを目指して努力していくことが今は必要である。そうすれは自ずから道が開けていけるだろう。ただただ今は辛抱して生きることだ。

2009年7月 1日 (水)

田川紀久雄日記

一度失業してしまう、なかなか仕事に就けない。いま失業者の数も最高である。国は一部に会社に融資をしても、本当に貧しい人たちを助けようとはしない。生きていてもストレスがたまる。
亀岡新一さんの詩集の版下を作成していて、彼の悶々たる気持がよくわかる。踊らされて、踊らされて生きているのだ。本当に裸踊りでもしいなければ腹の虫がおさまらない。でも私は、人明かりを求めて毎日公園で一人語りを行なっている。少しでも人明かりの聲を求めて死にものぐるいで生きている。腹の中は癌細胞が一杯でも癌には負けていられない。体はぼろぼろ、心もぼろぼろになっても生きている限り一ミリでも先の人明かりの聲を求めたい。

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