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2009年3月29日 (日)

田川紀久雄日記

鈴木良一さんから原稿が送られてきた。ありがたい。原稿と一緒に入っていた手紙には「わが友は田川さんと同じ頃発症し、八ヶ月ばかりで逝きました。ひとは、目的を自覚して生きることが強くなることだと教えられました」と書かれてあった。
手術や抗癌剤を拒否して生きることは、確かにそれなりの強い目標をもって生きていないと心が折れてしまう。他所にとってはつまらないものであっても、死ぬまでその目標に向かって生きられるものがあれば、末期癌もそれほど怖れるものではない。ひとはいつしか誰でもが死ぬ運命にあるのだから。逆に末期癌になってしまえば、何も怖れるものがない。死の心を受け入れてしまえば、日々の人生が楽しくなるものだ。でも人の心はもらいものでもある。そのもろさに打ち勝つには、一つの情熱が大切なのである。
ここ詩語りの稽古で時々言葉と身体が一致する境地になることができるようになってきた。その境地をライブにどうして活かしていくかが、これからの問題である。東京に住んでいたころ、わりあい舞踏を見にでかけたものだ。そのなかで福原哲郎さんが恋ヶ窪で行なっていたイベントに何度か見にいった。哲郎さんの舞踏をみていて時々、こちらの身体に戦慄を感じることがあった。私の語りもそのような、人の心に戦慄を与えることができるまで高めていきたいと思っている。舞踏家で日々付き合っていたのが川尻育であった。彼女も癌で亡くなってしまった。彼女から得たものは日々の稽古であった。ちょっとでも足がふらつく舞踏家を非難していた。語りも聲のでない詩人なんて詩を語る資格がないものだ。一流であることは、たゆまぬ努力があってなれるものである。ワールドベイすボール見ていてイチローウの姿には感動した。心が折れそうになりながらも、最後は彼が勝利を決めた。
私はもっともっと多くの場でライブを行ないたい。心が弱っている人の前で行なってみたい。どうか神さまもっと私に仕事を与えてくだっしと祈りつづけている。お客の前で人は強くなれる。そのためには毎日稽古を続けていくしかない。坂井のぶこさんが働いているあいだは、私も語りの稽古に打ち込んでいる時間を持って生きている。

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