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2008年12月31日 (水)

日記

今年最後の日になった。世の中はめちゃくちゃになっている。それなのに国の対策はすこしも進展しない。でも人は何かの希望を持って生きていないと病気になってしまう。小さな希望でも一人ひとりが見つけ出していかねばならない。国はそれを支援するためには生活の基盤をしてもらいたい。安心して生活ができることがあってこそ、希望が生まれてくるものだ。
末期癌者は、明日が見えないが、今日精一杯生きていたいという強い意志がある。それはまさにいのちの歓びでもある。私はこのいのちの歓びを見つける旅をしてきた。それが来年できる詩集『生命の歓び』でもあった。そして来年は『いのちの庭』を探し出す旅にでる。
人は他者の歓びに出会うことによって、人は成長してゆくものだ。そしてその歓びに係わりあうことができたら、最高の人生を送ることができる。
今年は天童大人氏の企画の『詩人の聲』に参加できたことに歓びを見出された。来年も聲の道をより良いものにしてゆきたい。そこがわたしの生きる原点なのだから、自分との闘いをもっと厳しいものにしてゆきたい。納得のできる語りの世界を作り上げていくしかない。それが私の夢でもあるからだ。
今年は沢山の人に助けられてきた。そして多くの人からカンパを頂いた。そのおかげでここまで生きてこられた。本当に有難うございました。みんなが幸せであるように……。

2008年12月30日 (火)

日記

昨日佐野さん一家と昼食会をした。人との付き合いは大切にしてゆきたい。
四日ぶりに浜川崎の猫と逢う。何かに怯えている様子であった。一体彼らの身になにが起きたのだろうか心配だ。
野間さんの原稿が入る。次号の操車場が出来上がるのが四、五日遅れる。正月に入るんでいたし方がない。野間さんが朗読をするには無理だということ。来月は私一人で行なってみようと思う。前に向かって生きていくことだ。七日までに詩集が出来上がると嬉しいのだが、どうなるかは解らない。聲もいまのところ一進一退だ。でもこのような経験は自分にとってプラスの方向につなげてゆきたい。魂をこめた語りができればそれで良しと思う。今年は思ったより良い年であった。なにしろここまで生きてこられた。日々いのちの大切さを感じながら生きている。それにしても世の中は大変である。リストラされた人達のことを思うと心が辛い。何も出来ないでいる自分に苛立ちを感じてしまう。人の役に立つ生き方を一つでもしてゆきたいと思っているのに、腰の痛みで思うように行動ができない。来年こそはと思いながら生きていたい。

2008年12月29日 (月)

日記

夜逃げに追い込まれている人が増えている。政治家は地元に戻り選挙対策で国民無視。体を張って国民の生活を守ろうとする政治家は誰もいない。誰にも相手にされない人々の救済こそ早急に行なわなければならない。総理よあなたの土地と家屋敷を売って困窮にあえいでいるひとをなぜ救の手を差し伸べないのか。毎晩ホテルのバーで飲んでいないで、もし家屋敷を売ってすぐ行動を起こせば、人気は一気に高まるはずだ。パフッォーマンスと呼ばれても良いではないか。でもあなたは所詮麻生株式会社の社長が、適任なのかもしれない。あなたは国を救うのではなく、国を滅ぼす人でしかない。
大手企業の利益は役員や株主に配当している。そのお金があれば非正社員の救援に回せばよいのに、それを行なう会社は全くない。つまり非正社員は、ゴミと同じように使い捨てなのだ。この時代をいまこそ変えていく方向に向かわなければならない。人のいのちはゴミで在ってはならない。いのちは愛を持って守らなくてはならないものだ。来年はいのちを守る詩が書ければと願っている。次の詩集はいのちを守る旅がテーマになる詩集を作りたい。独りでも多くの人の心の支えになる詩を目指して生きることが、この病に打ち勝つ方法でもある。
詩誌受贈 『えじし通信・15号』

2008年12月28日 (日)

日記

昨日妹と会う。思ったより元気であった。できたらグループホームへ妹を入れていくことをお願いする。金銭的に大変だが、妹の望む生き方をさせてやるべきだ。私も来年から出来たら『いのちの授業』を行なってゆきたいと思っている。人に生きる勇気を与えてやることが出来たら生きている意味も生まれてくる。
ガザ空爆死者195人と朝刊の記事。平和はますます遠去かってゆく。神様はいまの地球をどう見ているのだろうか。人間の愚かさをただ見ているだけなのだろうか。
工場が正月休みにはいったせいか、金星がいつもより美しく見える。猫が浜川崎にいなかった。
詩誌受贈 『野の草など・19号』

2008年12月27日 (土)

日記

いまの不況は人災である。そして被害を受けた人達は自己責任だといわれている。人災である以上、この不況を乗り越えることも可能である。大企業の利益追求の資本主義体制は終焉している。国民も消費資本主義体制に甘んじていてはならない。最後のつけは国民の一人ひとりに圧し掛かってくる。
この寒空の路上に蒲団を敷いて寝ている姿をテレビの画面に映しだされているのをみると心が痛む。数ヶ月前までは誰もが予想もしていなかっただろう。今の私も多くの人たちに助けられていきている。今の私には何一つとて彼らに手を貸すことができない。虚しさが募ってくるばかりだ。マザー・テレサの「愛の反対は憎しみではなく、無関心です」という言葉が蘇ってくる。それ以上に感心があっても何もできないことはとても辛いことでもある。だからこそ、国に早く対策をという気持が強くなる。国の無駄使いがあまりにも多すぎる。それを是正できない自民党では、もう国民は付いていけない。学力調査にしても、無駄金の一つであると思える。調査をする費用があれば、先生の数を増やしてもらいたいものだ。いま教育現場は地獄である。心の籠もった教育が出来ない。英語で授業などというより、もっと日本の伝統文化を教えることの方が先ではなかろうか。先の戦争のことも知らない子供達が増えている。戦争をしない国、福祉に力を入れる国づくりの教育をしてもらいたいものだ。
佐野カオリさんから林檎を頂いた。あたたかい気持が嬉しい。『詩と思想』の新年号が送られてくる。本物の詩人は、なかなか表に出てこないものだ。詩人同士の付き合いの良い詩人だけがもてはやされてはならない。商業詩誌より、詩誌を丁寧に見ることの中に優れた詩を発見する。詩誌がおくられてくる度にわくわくする。

2008年12月26日 (金)

日記

昨日テレビで「あなたの聴きたい歌」を途中までみていた。聲の出ない歌手そして音程も狂ってうたう。かつての素晴らしかった聲の持ち主の聲を聴くのはかなしいものだ。つねに聲を鍛えていないといくらプロとはいえ悲惨な姿を大衆の前にさらすことになる。
私も昨日公園で稽古をしていたが、前々日前には、それなりの聲で稽古ができたのに、昨日はまるで駄目であった。これはやはり病人の悲しさなのだろうか。体調によってこんなにも違う聲しかでない。我ながら情けない。たいせつなのは、言葉を丁寧に語ることに尽きるように思える。そして感情をこめて語ることが大切なのだ。その簡単であるようなことがなかなか出来ない。
学園に電話をして明日妹に逢いに行くことにした。我が家はみんな癌でなくなるのだろう。母も父も癌でなくなっている。
世界的に見ても、日本の政府の対応の遅さにあきれる。師走をむかえて寒空に放り出される人がいる。一日も早い救援策が求められているのに、手をこまねいている。来年の国会も波乱しそうだ。もたもた揉めている時間があるのなら、早く国会を解散して思い切った政治をしてもらいたいものだ。
コピー用紙を買いに行ったら、値段が高くなっている。便乗値上げではなかろうと思われる。包装紙の色を変えて売るなんて酷いはなしだ。
泉谷栄さんから、リンゴジュースや沢山の食べ物、お酒が送られてきた。そして詩誌『阿字』も。彼のエッセイもいつものように快調である。泉谷さんは、本当に友達を大切にする。それは長い病気との付き合いから生まれたものなのだろう。彼も胃に癌があるのに、いつも心配してくれているありがたい。

2008年12月25日 (木)

日記

暮れの電気代や水道代の払いがピンチ。カンパしていただいた医療費代から切り崩して普通預金に入れるしかない。
毎日語りの稽古をしているので、なんとか昔の語り方が戻ってきたように感じられる。しかし、そう思うのも三回に一度しかない。努力しても出来ないことがある。つまり身体的な問題だ。でも稽古をしないより、やはり努力することを忘れたら、金銭を取るライブは出来ない。天才といわれるスポーツ選手も人にはいえない隠れた努力がある。努力しない天才など存在しない。私も身体が動くうちはひたすら努力を続けていたい。来年の四月のイベントにも向けて頑張らなくてはならない。いま『詩人の聲』と他のライブの目標があるから、こうして頑張って生きていられる。癌の恐怖からも詩語りライブがあるからいくらか逃れることができる。なるべく癌のことを忘れて語りの稽古に打ち込むことによって前向きで生きていられる。稽古は私の癌への特効薬なのかもしれない。癌の治療を拒否した以上、夢中になって生きていくものを持たなくては、癌と闘っていくことは難しいものだ。先日の川崎詩人会でも、田川さんが一番元気に思われる、といわれた。確かに表面的にみれば身体も昔のように太ってきている。顔の艶も良い。だれもが私を見て、末期癌者だとは思わないだろう。腰の痛みさえなくなれば、元気な人と何の変わりはない。これも毎日語りの稽古が出来ているからだ。時々公園で人に邪魔されてできない時もあるが。聲の力がいくらかでも戻ってくると稽古が楽しみになる。楽しみであることは生きる免疫力を増してくれる。楽しみの語りこそが人に聴かせる語りを生み出してくれるものと信じて生きていたい。

2008年12月24日 (水)

日記

クリスマスイブなのに、心が楽しくなれない。仲間が誰もいないで独り暮らしの人は夜も淋しいだろう。それに世の中はリストラの大波が押し寄せている。ベルリオーズの幻想交響曲をクリュイタンス指揮で聴いたが、第四楽章の断頭台への行進の風が世界中を吹き荒れている。いま大切なのは人への思いやりと愛情である。その心を維持していくのが難しい世の中になっている。私の心もこの世の中の重さに押しつぶされるような感じがする。
語りの稽古をしていてもいまいち集中力がない。聲が自分の思っているのと違っているからかもしれない。八王子での川崎詩人会の時、丸山さんを訪ねて画家が訪れてきた。その人が私を見て、かつて銀座の画廊で凄い朗読をしていた人ではないでしょうかといわれた。あのころそれほど人が集まらなかったが、私達の語りを凄いと受け止めていた人がいたのだと思うとなんとなく嬉しかった。あの時の緊迫した語りをもう一度蘇らせたいとねがっているのだが、なかなかそこまでいくことが今は出来ないでいる。こんな時代だからこそ、生命力に満ちた語りを行ないたいのだ。激しく燃え上がる語りを。
腰の痛みは相変わらず続いている。横浜まで妹に会いにいかねばならない。妹が手術をしたが、内蔵が癒着していて手術をすることが出来なかった。妹に何とかしてやりたいと思いながら何もしてやれない。27日ごろ逢いにゆきたい。ユニクロで妹へのプレゼントにフリーズの上下を坂井さんから買ってきてもらった。
朝晩がとても寒い。いつも朝の4時半ごろに起きるのだが、起き上がるのも辛くなってきている。このプログも五時頃から書き始めるのだが机にむかうのもしんどい。
皆が少しでも楽しく生きられることをイブの日に祈りたい。人々への愛があれば、つらい時代の中でも生きていけるものだ。神は人に試練を与えることによって神の道を教えているのかもしれない。

2008年12月23日 (火)

日記

未曾有の不況だ。いままでかってない状況だ。ホームレスたちが集めている空き缶も普段の半額しかならない。なにもかも価値が半減している。この冬空の下で生きるのはつらいものだ。
2009年4月26日のジャズと詩朗読の広告を『詩と思想』にいれることを福田美鈴さんから承諾をとる。土曜美術社の高木社長と電話で値段の交渉をする。川崎詩人会も前向きに進んでいきたいものだ。川崎詩人会発行の『新しい風・13号』を会員に発送をする。
昨日は浜川崎に猫の姿がみえなかった。駅前の居酒屋も店を閉めていた。猫と逢えないのは寂しいものだ。
麻生内閣は一日も早く解散して、次の政権を得た政党が思い切った改革を行なうことだ。このまま中途半端な対策では、この不景気を乗り切ることは無理だ。日本沈没の度合いが早く進んでいる。三年度景気が回復したら税率をあげるといっているが、回復するための道筋が見えてこない。日本一国ではどうにもならない問題でもあるのだ。全世界を変えるぐらいの大きな構想が求められている。
来年は前向きで生き抜くことが必要だ。末期癌に負けてたまるものか。もっともっと人明かりを求めて生きること。そして生活の糧をなんとかしてゆく努力をすることだ。つねに夢をもって生きていこう。

2008年12月22日 (月)

日記

昨日は楽しい川崎詩人会の忘年会であった。久しぶりに宇田禮さんがお見えになった。宇田さんは戦争中に飯田に疎開した。その飯田に古本屋が一軒もなかったそうだ。井原修さんに尋ねてみてくれとのこと。一度は飯田市に行ってみたいものだ。私の周囲には飯田の町に関わった人がふえてきている。
福田美鈴さんの提案で、川崎詩人会が来年の四月十九日に横浜のドロフィでジャズマンの金井英人さんを招いて朗読会を行なうことに決まった。ここでの演奏は二度目になる。
川崎のアートセンターで平田俊子を招いて詩の朗読会が一月十日・十一日に行なわれるという。どうせマイクを使った朗読であろう。詩人の聲を問うことのない詩の朗読であろう。萩原朔太郎受賞詩人という名で行なうのはいかがなものか。朗読と賞の受賞とは何ら関係のない話だ。賞に一度も関係のない私などは永遠に公の場での仕事がないことになる。
天童大人氏が企画している『詩人の聲』が来年で三百回を迎える。詩人の聲は何処に向かって進んでいくのだろうか。来年は一つの正念場を迎える。私も聲の出が悪くなってきているが、いのちをかけた聲との闘いを行なってゆきたいものだ。末期癌者でもここまで聲がだせるのだということを示してゆきたい。壮絶なる闘いをしてゆきたい。癌になったことによって本当にいきた聲がだせるような詩人になったといわれたいものだ。

2008年12月21日 (日)

日記

日本の大企業は、独自な日本的な商売の方法を捨ててアメリカ方の経営方針に移行したことによって企業の破綻をまねいてしまったのだ。日本の商売は従業員も家族と思って大切にしてきた。使い捨ての商売はなかった。金儲けだけが商売ではなかった。人を育てることも商売の一つであった。これからの企業は自然を大切にしていくことを求められている。自然と人間の暮らしの調和をもとめた企業が未来に生き残れる。自動車も排気ガスのださない車づくりを目指していくべきだ。そのためには技術の開発こそが必要だ。金銭面で大変なことは解っているが、このときこそ未来の車を作るべきである。環境にやさしい車を。
来年度予算をみると、国民の暮らしの不安は拭い去ることができない。ますます不安が増すばかりだ。
身近な自然を取り戻す運動がいまこそ大切なのである。緑のある公園をつくることだ。都会ではスズメの数が減ってきている。相続税で庭のある家が壊され、その跡に安易な建売の家が作られる。そこには瓦のない建物が次から次へと建てられていく。庭にあった鳥達の遊び場も消えていく。
西八王子の丸山氏の部屋で川崎詩人会の今年最後の例会を行なう。

2008年12月20日 (土)

日記

いつも語りの稽古をする公園でメジロをたくさん見た。雀たちと一緒になって遊んでいた。緑の多い公演には鳥達が集まってくる。メジロをみていると心が和む。それに対して聲があまり出ないので、語りにも気が入らなかった。聲の力が語りにとって一番必要とさせる。
カラヤン指揮『アイーダ』を全曲聴く。オペラ歌手たちはなぜあのような聲が出せるんだろう。詩の朗読は、聲だけがすべてではないのだが、語りは九十パーセントが聲の力で聞かせるものである。このところ気分が落ち込んでいる。来月の上旬にライブがあるというのに心配だ。『生命の歓び』を三味線で弾き語りをおこないたいと思っている。魂の叫び聲を出してゆきたいものだ。
政府の雇用対策が遅い。みていていらいらする。金利もまだ下がってしまった。国民はつねに政府の対策の犠牲になる。私の預金の全高は四万円ほどしかない。毎月綱渡りの生活だ。詩集を売らねば生きていけない。それにしても詩語りの出前の仕事が欲しいものだ。詩人が金を稼ぐには容易ではない。宮澤賢治の作品の語りを行ないたいものだ。昨日柳田邦男氏のテレビで童話のことを話していた。地方の学校で朗読の映像もあった。それを見たせいかもしれないが子供達の前で宮澤賢治を語ってみたくなったというわけだ。坂井のぶこと組んで語る宮澤賢治は誰にも負けない自負がある。
坂井さんのお姉さんから越後のル・レクチェが届いた。1903年にフランスから新潟県に導入された西洋なしである。いままで食べたことのない西洋なしの味であった。心が少し豊かになった。この西洋なしをチーズで一緒に食べるともっと美味しさを感じる。青カビの生えたチーズが美味しい。

2008年12月19日 (金)

日記

企業からスポーツの撤退が起きている。かつての西武のオーナーがアイスホッケーが好きだった。そのアイスホッケーが活動のを中止する。雪印の事件のときもスキーのジャンプが廃止になった。いった企業の倫理とはどこにあるのだろうか。サッカーは地域を全面に押し出して運営を行なっている。これからのスポーツは地域型の応援に移行すべきだと思う。マイナーなスポーツは社会の景気によって左右される。安心して運営のできるスポーツの体制を作らない限り、優れたスポーツ選手は育たない。
大企業は非定期労働者の解雇を行なっている。労働者は企業にといって家族であったはずだ。その家族の生活を省みることをしなくなった企業は、企業とはいえない。こんな時代だからこそ、経営者は発想の転換を行なう力がなくてはならない。安易な方法で問題を解決しようとする経営者は、無能としかいえない。みんなが助け合って生きられる健全な社会を築き上げなくてはならない。
長谷川忍さん、堀本恭三さん、それに高橋馨さんからカンパをして頂いた。私もささやかな正月が迎えられそうだ。三浦大根でナマスを沢山作って、それで正月のおかずは出来上がる。そして泉谷栄さんからもらった津軽のお酒で心が豊かになる。私は人明かりによって助けられている幸福者である。来年こそは人明かりのできる人間になってゆきたいものだ。
詩誌受贈 『坂道・5号』

2008年12月18日 (木)

日記

午前中に検査のために病院に行く。
自然の生き物と人間が共存して生きる生き方が難しくなっている。熊も町に出てくると撃ち殺されてしまう。そして猫や犬も年間に何万匹と処分されている。サルも街中に現れる世の中である。日本では自然の動物対策が遅れている。加藤一二三が猫のことで住民から訴えられている。浜川崎でも私たちは猫に餌を与えているが、それをも見て非難する人達もいる。浜川崎は無人駅である。電車の運転手がときどき猫に嫌がらせをしている姿を見る。
猫や犬はペットとして飼われている生き物である。人間にとって一番身近な生き物だ。それを人間の身勝手で処分して良いものだろうか。地域の住民が立ち上がって共存する社会が生まれて来ても良いはずなのに、なかなかそうにはならない。自分勝手の人達も多い。その人達が訴えれば、保健所も無視していられない。地域で避妊手術を行い自然に減らす方法をとるべきだ。自然の生き物と共存するために税があがるのなら許されるが、不景気の世の中で税の値上げの話は社会不安を煽るだけだ。
いま人々はこの世の中に神や仏を受け入れることを忘れている。愛を受け入れることは、大自然の愛を受け入れることを忘れてはならない。人間中心の生き方は地球を破滅させるだけだ。人間も自然のほんの一部の生き物である。そのことを忘れてはならない。

2008年12月17日 (水)

日記

昨日ある詩人から、年賀状を書くために私がまだ生きているかどうかを知るために電話があった。末期癌と宣言した私は、詩人クラブなどで朗読もしたことがある。あれから一年も経っている。私の生死がわからない詩人も多いことだろう。死んだ人に年賀状を出すのも変なものである。「操車場」も手つくりのため、「漉林」のときほど送ってはいない。それにこのブログがあることも知らない詩人も多い。詩誌が最近めっきり送られてくる数が減った。もう田川も死んだのだろうと思っている方も多いかもしれない。まだ年賀状も書いていないが、生きている証拠にやはり出すべきなのだろう。
会社を解雇された人達の為に、国を挙げて雇用対策を懸命に行なうべきだ。正月をあたたかい部屋で過ごせるためにも。そしてブラジル人(外人労働者)にためにも国を挙げて彼らを共済すべきである。
人助けの基本は、全体で人を見るのではなく、あくまでも一人の人間と関わりあうことが原則ではなかろうか。その理念を失った場合、全体も見れなくなる。つまり人の痛みを感じない人助けは、空念仏に終わる。聲の力を早く回復して、多くの語りを行ないたいものだ。
抗癌剤の治療をやめて一ヶ月になる。腰の痛みや肩の痛みがほとんど変わらない。今一番大変なのは歩くことである。ちょっと歩くだけでも息が切れて足の痛みを感じることだ。三味線を持って弾くのもちょっと辛い。三味線のかわり「にらい」を使うしかないのかも。でもやはり私は三味線にこだわっていたい。
生きていることは困難があるから、それと闘って生きる楽しみが生まれてくるものだ。生きるいのちの楽しみを一杯味わって生きていたいものだ。

2008年12月16日 (火)

日記

養護老人ホームが、いま経営面で危機にさらされている。リストラや倒産で老人ホームに払えなくなってきている家族がいるからだ。個室だと十万円、四人部屋だと六万円ほど支払いがある。福祉の施設は、個人部屋の建設をするようになった。確かに個人部屋は必要なのだろう。でも今は、個人部屋より、一人でも多くの人を入居させてもらいたいものだ。養護老人ホームでも空がなくて入居したくてもなかなか入れないのが現実である。給付金で二兆円を支給するならば、福祉施設に援助金をいくらかでもまわすべきである。弱い立場の人が、もっと弱い立場に追い込まれてゆく。そうすれば家族同士の事件も発生するかもしれない。老人が老人を支えなければならない世の中は悲しいものだ。一生懸命働いてきた人が老後不幸になることだけは避けたいものだ。
政府は予算案を出したが、今の困っている人達がその恩恵をうけるには時間がかかりすぎる。そして、いますぐ対応する政策が打ち出せないでいる。企業も底なしの地獄の沼に吸い込まれている。
この不況の中でも、努力と知恵で切り抜けようと必死に闘っている人達も多くいる。そのような人達の姿をみると生きる勇気が湧いてくる。
詩集『生命の歓び』を印刷所に版下を送った。来年の一月の中頃には出来上がってくるだろう。この詩集を売って、なんとか資金を作りたいものだ。末期癌を宣告されてから一年半で四冊目の詩集になる。カンパをして頂いた方には感謝の気持で謹呈したい。そして最後の詩集『未来への旅』にむけて作品を書いてゆきたい。そして語り続けていくことだ。自分に負けたら、誰もが応援しなくなる。多くの癌患者たちの為にもこの末期癌と闘って生き抜いてゆくことだ。

2008年12月15日 (月)

日記

昨日NHKの浪曲特選をみた。国本武春と東家三楽が出演していた。国本武春は聲がでていたが、東家三楽は聲が出ていないうえに浪曲のリズムが狂っていた。浪曲師で聲が張りがなくなったらある意味で悲劇である。いま私も聲と闘っているが、深く考えさせられた。でも浪曲は、今の時代には合わない。時代感覚がないのだ。新作を行なっていかなくては若者には聴いてもらえないのだろう。
詩人の朗読を聴いていても今の時代を感じるものが少ない。そいて朗読といえどもある程度は聴いていて楽しく感じられなくてはならない。楽しくなくても人の心を惹き付ける聲をもつことが必要だ。それがないと聴いていても退屈してしまう。詩人の聲を聴いてもらえるにまでなるにはまだまだ時間がかかる。
中国では失業者が大量にでている。そして都市の人と農村出の人では格差が著しい。同じ中国人でも差別がある。共産主義とは一体なんなのだろう。国があまりにも大きすぎることによって不条理な問題が発生してくる。報道などを見ていても気の毒になる。共産主義と資本主義的な社会の矛盾のなかで中国人は生きている。
資本主義社会が終焉をむかえているのに、次の社会のシステムが見えてこない。新しい社会つくりこそいま求められている。一時的な社会不安の解決ではどうにもならない。国民が安心して生きられる社会の仕組みを変えていく思想がいま求められている。基本になるのは人への思いやりと愛情である。人への愛のない社会は人類を滅ぼすだけである。せめて詩人であることは、人への愛をどう表現していくのかが求められている。詩的な言葉遊びでは人の心を掴むことはできない。心の底から生まれてくる温もりのある言葉がいまは必要なのである。
詩誌受贈 『鮫・116号』

2008年12月14日 (日)

日記

シューベルトのアレグレット ハ短調D915をリヒテルの演奏で何度も聴く。シューベルトの晩年の作である。リヒテルの演奏は悲しさと温みのある演奏だ。眠れぬ夜に聴くには最適な曲だ。
自然の生き物と共存して生きる生き方を探っていかねばならない。人間がこの世の最高の生き物ではない。小さな虫や小鳥と少しも変わらないのだ。神や仏がこの世に生み出したものは、すべて平等なのである。自然破壊を毎日みていると人間の愚かさを痛感する。浜川崎の猫を見ているとみんな愛おしく感じられる。でも中には猫嫌いの人がいる。餌箱に煙草を投げ入れて行く人もいる。五匹の猫もみんな性格が異なっている。観察していると楽しいものだ。月に猫の餌代に五千円もかかる。猫の笑い顔をみると心が癒される。これも私の病の治療費の一部だと思っている。
昨日DVDや本をブックオフで売ったが、ほとんど金にならない。部屋が狭いので捨てるよりいくらかでも売って金にしたかった。今の世の中は、物を買うより、物を処分する時代になっている。ますます世の中は不景気になるだけだ。
忠臣蔵の討ち入りが十二月十四日である。これは新暦での話である。温暖化の時代にはやはり討ち入りは旧暦でないとおかしい話になる。農作物も旧暦で行なわれていた。地方にも独特の暦があった。旧暦の方が人間の温かさを感じる。独自性が失われてしまった社会では、地域に活力が失われていくだけだ。不景気な時代だからこそ、豊かな独自性を目指していくことが大切である。マイナス思考より、プラス思考に転換してゆく道を見出すことである。

2008年12月13日 (土)

日記

円が80円台になってしまった。予想も付かない不況に追い込まれている。いま心の支えになるものが消えていく。大切なことは孤独にならないことだ。常に人と人との交流を求めていく中で心の癒しを得ることもできる。つらいことは人に打ち明けることも必要なのだ。自分だけにしまっていてはますます孤独が深まるばかりだ。詩を書くことでなく覚められることもある。自分ひとりだけの詩もあってもよい。苦しみはしまいこむことをしないことだ。何でも良いから吐き出すことが大切なのである。相手の苦しみを心棒強く聴く心もまた求められる。何でも話し合える友をもつことだ。楽しい食事をしながら話し合うのも必要なのだろう。川崎のアゼリアに紅茶を飲ませる店がある。果物つきで600円のお店。そこに奥様達がいつも数人で話し合っている光景をみる。なんでもないことを永遠に話し合っているような気がする。そうすることによって日常の鬱憤を晴らしているのだろう。今のこのような時代には必要な時間なのかもしれない。何でもよいから楽しいことを見つけることが大事である。そのためには友をもつことだと思う。川崎詩人会の例会が21日の西八王子の丸山氏の部屋で行なわれる。食べなからの楽しい宴会になりそうだ。二月に一回の例会であるが私にとっては楽しい時なのである。『詩人の聲』でも朗読する人達が集まって飲みながら話し合ってみたいものだ。
佐川亜紀さんからカンパが送られてきた。ありがたい。お金がなくなると生きていることが寂しく感じられる。鬱にならないように生きていかねばならない。鬱が癌にとって一番のマイナスなのだ。生きる希望を持って生きることが自然治癒なのでもある。

nixtuki

2008年12月12日 (金)

日記

町工場はいま大変だ。仕事が入ってこない。工場主がアルバイトに出かける。不況を越えて絶望しか見えてこない有様だ。いまの自民党がばらばらで何にも決まらない。これでは経済対策も何に一つと手も打てない。政治も末期的表情だ。古い体制だけが幽霊のように生き残っている。天下りを減らすことも出来ない。無駄な税金の垂れ流し政策が罷り通っている。これでは税金の値上げも国民は理解しないだろう。実際は税率を上げないと社会保障費がでてこないのが現状だ。政治の求心力を失った麻生内閣は、何もできないで立往生である。
このところ腰が痛むので何もしないでいることが多い。手の痺れもまた強く感じるようになってきた。この原因がどこからきているのか医師にも解らないという。困ったものだ。
来年から、漉林小冊子を作る予定だ。その第一回が『末期癌日記』①②③④である。操車場と同じ体裁で30ページ前後の厚さで作る予定。すべて手作りで行なう。定価も500円。生活費を稼ぐための私の残された方法はこれしかない。漉林書房は、小さな出版社である。それなりに意味のある本作りをしてゆきたい。何処からも収入のない私は本を売ることで生きるしかない。そしてできればDVDも売り上げをのばしてゆきたいものだ。いまカンパを頂いている人には感謝の気持で一杯である。今年も何とか生きてこられた。ありがたい。来年はライブに聴きに来られる人が増えることを願っている。

2008年12月11日 (木)

日記

沖縄の泡瀬干潟もどんどん開発されている。渡り鳥の生息地が失われてゆく。人間快楽のためにリゾート開発で自然破壊が進んでいる。貴重な生き物が沢山生息している。諫早湾の干潟を埋めたと同じように、全くの自然破壊でしかない。それに国交省はダムの建設があと百基必要だといわれている。自然を守ることより、いかに税金の無駄遣いをするかに焦点があてられている。これでは自然環境が守ることができない。環境庁の発言力もまったくない。沖縄の最大の干潟もリゾートでなくなってしまう。そしてそのリゾート開発も失敗に終わるだろう。無駄な予算が税金で賄われてゆく。全国でいろんな所でリゾート開発が行なわれてきたが、そのほとんどが失敗に終わっている。自然を生かした観光を作ることが必要なのに、人工的な観光では、歴史的にみても大きな損失なことが明確に解ることなのに、目先の計画だけで国と県は膨大な予算を注ぎ込んでいく。
聲の力が衰えていく。不安感が募る。でも聲の衰えていく中で、人に聴かせる語りの道があると思う。いまそれを探りながら語りの稽古に励んでいる。ゆっくりと丁寧に言葉を発すうrことが求められる。それを身体に浸み込ませるには時間がかかる。長い間の語りの癖が身に積み込んでいる。それを拭い去るには多くのライブを積み重ねながら新たな語りのスタイルを作らねばならない。生きてゆく目標を作ることによって、末期癌に免疫力を高める効果を生み出してゆく。私はつねに自分との闘いに挑んでいく姿勢を失わないことだ。来年の一月七日の詩語りライブが楽しみだ。
詩集受贈 里中智沙詩集『手童のごと』

2008年12月10日 (水)

日記

大企業の大量解雇が起きている。底なしの沼に落ちていくような感じがする。正社員すら解雇の対象になる。資本主義の末期的表情である。解雇された人達のことを思うと胸が痛くなる。
今日午前中に胃カメラの検査である。胃カメラをなんども行なっているがいつも嫌な思いがする。
操車場の発送が終わる。今年よくここまで生きてこられたことが不思議に思う。来年はまったく予想がつかない。目標を作って生きていかないと不安に落ち込む。しかし、目標がなかなか遠くに思えてならない。体力が減退しているせいかもしれない。寒さのせいか気力が落ちている。なかなか楽しいことを見出すことが難しくなりつつある。こうして机に向かってパソコンを打っていても腰が痛む。
詩集の校正と版下の作成が終わる。あとは印刷所に送るだけだ。一月下旬までには刷り上げたいものだ。

2008年12月 9日 (火)

日記

末期医療でまだモルヒネを使用する医師がすくない。癌の痛みで苦しむ人が多い。モルヒネがまだ麻薬だと思いこんでいる医師いる。緩和ケアの認識が足りないのだろう。どんな病院も末期癌の痛みに対処できる医療機関を作ってもらいたいものだ。痛みからの解放は生きる歓びにつながるものである。ただ痛みだけでは死にたいという思いにかられてしまう。
いまの大不況も末期癌の痛みと同じだ。これを治療できる政治家がいないということは悲しむべきことである。これには思い切った政策ができる政治家が必要である。国民の痛みを少しでも軽くして未来に希望が持てる政策を一日も早く打ち出してもらいたいものだ。いま一番必要なのは福祉対策ではなかろうか。安心して住める社会づくりが人に勇気を与えてくれる。一人で苦しむのではなく、地域が個人個人を支えあっていける世の中を作り上げることだ。
操車場の製本を今日行なって発送までこぎつけたいものだ。腰や腕が痛むのでちょっと辛い仕事である。人の心に温みを与えられる詩誌であり続けたい。文学は人に生きる勇気を与えてくれるものを目指していかなくてはならない。最近の詩や小説も人に不快をあたえるものが目立つ。人に読まれる詩誌作りをいつも目指して発行を続けたい。

2008年12月 8日 (月)

日記

朝日新聞の朝刊に麻生首相の支持率が22パーセントであると書かれている。いま経済が氷河期をむかえている中で、経済の建て直しが出来ない自民党では国民が苦しむばかりだ。これでは自民党も選挙に打って出られない。選挙の時期の判断を誤った麻生首相の責任は重い。
歩かねばと思って川崎に出たが、腰の痛みで歩くことが辛く感じた。
操車場の印刷が遅れている。Sさんから今日校正のゲラが届く予定だ。それから印刷、製本に入る。発送は十日頃になる。
バッハのロ短調ミサ曲をカールリヒターで聴く。重苦しい演奏であるが胸にどっしりと響いてくる。それに対しいてレオンハルトの演奏は対極的である。どちらも素晴らしい演奏である。バッハの音楽は演奏者によってまったく違って聴こえてくる不思議な世界である。いま一日四五時間は音楽を聴いている。そして寝る時も聴いたまま寝る。これは音楽療法で睡眠に入ることが出来るからだ。
部屋に本が増えてきているので処分しなければならない。狭い部屋では本を置くことができない。それにもうそれほど本を読む時間もない。いま私にとって必要な本は、癌に関する本と、自然を扱った本である。仁部富之助氏の本をよんでいると、昭和十四年ころに渡り鳥が急激に減っていくことが書かれている。これも戦争へと日本が進んでゆく中で起こったことである。鳥や動物たちにとっても戦争は悪である。平和を守ることがいかに困難なことであるか。憲法九条の問題もこれからどうなってゆくのか。戦争の不条理がテレビのドラマになっているが、人間だけではないのだ。自然を守ることがいかに大切であるかを学んでいかねばならない。

2008年12月 7日 (日)

日記

五日に桃山晴衣さんが亡くなった。渋谷のジャン・ジャンに何度か聴きにいった。CDも数枚ある。竹久夢二の物語を土取利行(夫)との語ったものは朗読史上残るものであろう。それに『梁塵秘抄』も心に残るものである。六十九歳で亡くなるのは惜しい。胸部の腫瘍で死去。
昨日かつて詩語りのDVDを見て過ごした。初めて客観的に見られた。語りの力が衰えているいま、どうすれば聴き手の聲が届けられるか悩んでいるからだと思う。三味線を会場に持っていく力がない。三味線を入れることで間ができ、聞き手にゆとりを与えられる。来年の一月の公演では、三味線を入れて『生命の歓び』を語ってみたい。そのためにも、腰の痛みと両肩の痛みがいくらかでも緩和してくれることを祈るだけだ。
失業対策が遅れている。これは至急に行なわなければならない。二兆円の寄付金を取りやめて失業者に回すべきだと思う。本当に困っている人にこそ寄付金が必要なのである。これからまだまだ不況の波が押し寄せてくる。自殺者もでてくるだろう。つらい世の中になってしまった。だからこそ、いまいのちの大切さを訴えてゆきたい。そしてどんなに苦しい時もいのちの歓びを感じる心をもちたいものだ。『生命の歓び』は来年二月頃までに発刊したい。借金をしてまでも作りたい。そしていろんな場所で語れるようにしてゆきたい。いま聲の力を維持することに日々努めていくしかない。

2008年12月 6日 (土)

日記

昨日の国会中継を見ていたら、麻生首相のやる気のない答弁にあきれ果てた。脳はすかすかになっている。本当に弱者の気持ちがわからない人間だ。こんな首相は一日も早く引退をしてもらいたい。こんな首相が続いたら、日本は本当に沈没をしてしまう。
坂井信夫さんから『索通信』の原稿が入った。ありがたい。穂谷さんからはリンゴがおくられてきた。毎年のお楽しみである。今日と明日で『操車場・19号』の印刷と製本を行ないたい。
このところ嫌な夢にうなされる。腰や肩が相変わらず痛む。心の心棒が緩んでいるような気がする。日々の張り合いが薄れてきているからだろう。聲が思い切りでないことが多分原因であると思う。いくら精進をしても、これではどうにもならないという不安があるからだ。そしていま私の癌がどうなっているのかさっぱり解らないということも鬱の原因に繋がっている。お金があったら旅をしたいものだ。温泉にでもゆきたい。

2008年12月 5日 (金)

日記

病院で検査したら肺活量が減少していた。これでは語りで息がきれるのは当たり前だ。またあれだけの聲がでたものだ。来週は胃カメラの検査だ。今月は三週間にわたっての検査がある。ちょっと鬱になる。昨日も肩の痛みで眠れなかった。バッハの平均律をリヒテルで聴いたが、かえって眼が覚めてしまった。シフの演奏で聴けばよかったと思った。
紫圭子さんの原稿が入る。表紙を印刷しまっているが、もう一度刷りなおしを行なう。私のことを褒めて書いていただいたが、逆に厳しい眼で批判してもらいたかった。末期癌になってから、満足な語りを一度も行なっていないのだ。息の乱れがある。それに思い切った聲が出せなくなっている。毎日の精進でやっと出せる聲である。自分でも情けないと思っている。でも精一杯闘って生きていくしかない。聲を出すことで生き甲斐をもつことができるのだから。もっともっと頑張っていきていくしかない。末期癌でもこうして生きている人がいたのだといわれるような生き方をしていたい。
ここのところ毎日解雇の話題が新聞に載っている。坂井のぶこさんのことを思うと胸がいたむ。いま彼女のおかげで生きていられる。なんとか稼がなければいけない。詩集の自費出版の仕事がはいると良いのだが。来年はいくらかでも漉林書房の仕事をしたいものだ。

2008年12月 4日 (木)

日記

今日初めての定期検査日である。昨夜は肩の痛みであまり眠れなかった。やはり癌の不安はなかなか拭い去らない。癌患者は、孤独になってはいけない。できるだけ前向きで生きることが求められている。一人で悩まないことが大切なのだ。私は、出来る限り癌患者の書物を読むことによって、勇気付けられる。癌という言葉を聴くことが嫌いな人もいる。でも現実を受け入れながら日々を生きていたほうが充実感を味わえる。死を意識しながら生きられることはある意味では生きる喜びの中で生きているともいえる。生きていることの大切さを味わいながら、周囲の人達に愛の光を当てて生きていられる。
いま語りにあらたな気持で挑戦して生きねばならないと思っている。もう一度腹の底から聲をあげたい。癌であることに甘えているような気がした。身体のギリギリのところまで追い込んで語ることが必要だ。
やっと坂井信夫さんの原稿がはいった。七日の日曜日には印刷ができそうだ。坂井さんは一つのものを追い求めて作品(詩集)をし仕上げていく緊張感は凄いものを感じる。
自民党は選挙にためにいい加減な予算の基本方針を決めた。これでは何のための選挙であったのかわからなくなる。方針転換をするならば、国民の審判を仰いでから行なってもらいたいものだ。未来の日本がまったく見えない。日本沈没が始まりかけている。国民よ目を覚まして、闘う姿勢が生まれればこの沈没をさけられる道が見出せるはずだ。私も癌に負けないで闘って生きてゆきたい。そして人への愛を求めて・・・。

2008年12月 3日 (水)

日記

野間明子さんから、蜜柑をいただいた。先日のライブの厳しい批評をいただいた。正直に言ってもらえるのは野間さんだけだ。ありがたい。批評があってこそ、前進ができるというものだ。褒められることより、厳しい批評の方が自分の為になる。それにしても腰の痛みはどうにかならないものか。このところ寒いせいか気分がいくらか落ち込んでいる。元気を取り戻さなければいけない。ジュリアード弦楽四重奏団でバッハの「フーガの技法」を聴く。バッハがいきていてこの四重奏団を聴いたら驚くことだろう。このとこと、この演奏を何度となく繰り返し聴いている。いくらか心が癒される。
いま日本の政治が末期的である。麻生首相のい茶番劇など見たくもない。そして小沢さんの頓珍漢な発言にもあきれる。党としての威厳もなにもない。党首が勝手なことをやっていては国民には評価されない。麻生さんや小沢さんの人気は17パーセントしかない。指導力がないと国民は受け取っているからだ。経済対策があまりにも遅い。国民の暮らしが日々苦しくなってきている。いま最悪の政治状況である。医療の現場を一日でも早く改善を政治の力で解決してもらいたいものだ。
今月の操車場は一週間ほど遅れそうだ。毎月発行できることが、今私の生き甲斐の一つである。

2008年12月 2日 (火)

日記

長谷川洋三著「『般若心経』の研究」(恒文社)がある。ここでは空のことを(み仏の御命)と訳している。私も法華経の捉え方と以前から似ていると思っていた。この本は昨日買って読み出したところだ。
詩の朗読もなんとかして医療の現場に役立つものとして育成してゆきたいものだ。なぜなら詩の心は一番いのちと関わっているからである。いのちと関わりあっていながら、社会的に受け入れられていない。そのことは社会の責任ではなく詩人の責任である。詩人馬鹿が多すぎるのだ。だから詩が大衆からあまりにも乖離してしまった。そして朗読という世界で詩のいのちを取り戻そうと試みても、詩人の聲があまりにも力がなさ過ぎる。つまり生命力が気迫なのだ。いのちの尊さといいながら、詩人はその聲を作る努力を怠ってきた。それが現代詩の致命的な欠陥になってしまった。詩人たちが聲の力を養って、いろんな場所に出ていって活躍しなければならない。そのようなパワーが生まれてくればいくらかでも世の中は変わっていくのだが、そのような詩人は私の周囲を見渡してもいないものだ。『詩人の聲』の天童大人氏の企画から出てくるのだろうか。一月末に300回を迎える。何人が本当の意味で成長したのだろうか。私のこの企画のイベントで自分の仕事が明確になりつつある。あとは体力的な問題が解決すれば何もいうことがないのだが、ますます腰の痛みを感じるようになってきた。自力でこの末期癌と闘って生きていくしかない。その中で心そのものを語れる聲を作ることである。見果てぬ夢を追いかけて生きていたい。

2008年12月 1日 (月)

日記

腰の痛みが何処からきているのか不安でならない。一番怖いのが癌の転移である。この不安を乗り越えるのは、自分の好きな道を行い続けることだろう。
芸術を通じて人の心を治癒する方法がある。その中で一番行なわれているのが音楽療法である。好きな音楽を聴くことで心が癒されるからだ。そいて次に絵画の世界である。こちらは自ら筆をもって描くことで歓びを味わうことが生まれてくる。そして詩の朗読が最後に来るのかもしれないが、いまのところ朗読で心を癒す仕事をしているのは時野慶子さんたちであろう。私の場合は複数の人達の前で行なうが、時野慶子さんたちは、個人を対象にして行なわれている。その場合は、相手の話を心をこめて聴くところからはじめるのだろうと思う。聴かせるというより、相手の言葉を真剣になって聴くことが一番大切なのだろう。そしてその中から、その人にあった作品を聴かせることが良い仕事に繋がると思う。そのためには、自作詩だけではなく、多くの詩の朗読に挑戦していく必要がある。相手と一緒になって語ることができれば、絵を描くと同じように生きる歓びを見出してゆけると思う。そのためには、言葉を読むのではなく、言葉の心を読める詩人に成長していかねばならない。私の詩語りもいまは、言葉の心を表現できる語りを目指して行なっていかねばならない。先月のライブはその一歩を踏み出したともいえる。ちゃんと目標に向かって語りを深めていくことが、これからの『詩人の聲』で行なっていくことである。そうすれば、この末期癌も乗り越えて生きられるかもしれない。

   
 天童 大人 プロデュース 
プロジェクト La Voix des poètes (詩人の聲)
 ―「目の言葉」から「耳のコトバ」へー 
 12月の予定
第274回12月11日(木) Star Poets Gallery 河野聡子(4)
第275回12月12日(金) Star Poets Gallery 白石かずこ(12)
第276回12月18日(木) ギャルリー東京ユマニテ 小池昌代(4)
第277回12月19日(金) ギャルリー東京ユマニテ 中村恵美(12)
第278回12月22日(月) ギャルリー東京ユマニテ 白鳥信也(3)
第279回12月24日(水) ギャルリー東京ユマニテ 薦田愛(17)
第280回12月26日(金) ギャラリー華 原田道子(3)
第281回12月27日(土) ギャラリー華 森川雅美(初)

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