日記
堀本恭三さんから手紙とカンパを頂いた。手紙の文面に七十三歳の人が私と同じように胃の末期癌である。その人は自分の意思で抗癌剤の治療をやめた。そして一年過ぎても元気で生きていることが書かれている。癌には個人差が多様なので勧められないともかかれている。
赤萩栄一著『がんの治療をやめるとき』(保険同人社)のは、抗癌剤を中止して二年すぎてから癌が急に大きくなってきたことが書かれてある。
抗癌剤を中止することはまるで博打をおこなうようなものなのだろうか。私も、身体が耐えられなくなったらやめるつもりだ。
末期雄癌を宣告されて一年三ヵ月を過ぎた。これが抗癌剤の効き目でこうして生きていられるのか、それとも自分自身の生命力がここまで生かさせてくれてきたのか、本当のところ何も解らない。歩くのが辛いのは、抗癌剤のせいなのかそれとも背骨の歪みからくるせいなのかそれもわからない。何も解らないで私はこうして生きて詩語りライブを行い続けている。
ライブを行なうことで大切なことは、お客が来る来ないを気にすることより、今まで精進してきたものを全力でお客様に披露することである。たった一人のお客でも心をこめて語ることである。この詩の世界では、良い語りを行い続けてゆけばお客が増えていくという保証はどこにもない。でも今の私には詩語りが生きているうちに一度でも多くできることが有難い。今日はライブの日だ。『生命の尊厳』を思い切って語ろう。新宿では昔歩行者天国のとき、路上ライブをずいぶんとやってきた。新宿で行なうことは数十年ぶりである。
新国立劇場の芸術監督問題で揺れている。任期が三年では短すぎる。せめて五年間は必要に思える。運営財団は、もっと監督の自由に任せておくべきだ。
いま私の生活は、人のカンパなどで何とか治療費をまかなっている。情けない話だ。そのためにも詩語りで恩返しをしたいと思っているが、それも出来ないでいる。もっと詩語りの出前の仕事が欲しいものだ。いろんな人達に助けてもらって生きている。いまは、それを素直に受け入れて生きていく以外にはないのだ。


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