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2008年7月 8日 (火)

日記

車谷長吉著『世界一周恐怖航海記』(文藝春秋)を読む。高橋順子さんはよく車谷さんと結婚したものだ。男と女の世界は解らないものだ。高橋順子さんとは一度あっている。大西さんに紹介された。神保町の裏通にある地下の喫茶店(ペコ)で。そのころまだ高橋さんは青土社の社員であった。作家になるには世捨て人になるしかない。詩人もそうだと思う。私もほとんど会社務めをしたことがない。車谷さんのように板前の経験はある。仕事らしい仕事をしたことがない。若い頃は、いつもこんなことをやっていて良いのかと自問自答して過ごしていた。といって詩人になろうと思ってもいなかった。といって絵描きにもなりたいとも思わなかった。絵を本格的描き始めたのが宇野マサシにあってからである。足立にいたころ彼は毎日のように私の所に来ていた。そして浅草に飲みにでかけたものだ。金もないのによく飲みにでかけたものだ。金がないから飲めたのかもしれない。矢野文夫さんにも長谷川利行のいきつけの浅草を案内してもらった。何か懐かしい。昨日テレビで『あんどうーなつ』を観たからかもしれない。この物語は浅草の下町の和菓子屋の物語だ。
浅草は小さい頃からよく親に連れられて行ったものだ。浅草に親戚があったせいもある。エノケンの芝居も観た。瓢箪池でも遊んだ記憶がある。
いま末期癌になって、思うことは生きて語りを行いつづけたいということだ。下手な芸でも日々精進をしていれば、それなりの味が出てくるものだ。幼いとき病弱であった私は、言葉も上手く話せなかった。人前で自由に話せることが夢だった。その夢がいまはそれなりに出来るようになってきている。生きることは苦しみである。その苦しみと向き合ってきたのがこの詩語りである。浅草で多くの芝居を見て歓びを知った。そして私も人前で、人に感動を伝えてみたいと無意識に思っていた。芝居でなく、詩語りに打ち込んだのは、一人で出来るからだ。この夢を末期癌になって、より深めた境地で語りができるように努めたいと今は思っている。そして末期癌でも生きようとすれば、それなりに人生の歓びを見出せる。困難の状況に合うことによって、より人間になってゆく。そして人明かりの人生を見出してゆきたいものだ。
明日は新宿のギャラリー絵夢でライブを行ないます。一人でも多く方に聴いてもらいたいものです。

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