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2008年1月14日 (月)

日記

本屋に行っても図書館に行っても、『現代詩手帖』の本が置いていない。詩は庶民にとって無用な世界なのだろうか。今の詩人達は、あまりにも庶民感覚を忘れてはいないだろうか。人々の生活の中に詩が生きていない。現代詩で口ずさんで読める詩が何篇あるのだろうか。文学(詩)は、人に楽しみと生きる勇気を与えてくれるものであった。だから私も詩を書き始めたのだろう。今年はもう『詩学』という詩誌もなくなっている。一度も詩学とは係わりを持たなかったが、かつて詩学と係わっていた大西さんにはいろいろとお世話になった。いま詩の世界から少しずつ離れてみると、いろんなものが見えてくる。一番感じるには、やはり庶民感覚を失っていることだ。特に、『現代詩手帖』がそうである。図書館から、『現代詩手帖』が消えている理由もうなずける。
現在天童大人氏が企画している巡回朗読会から、巷の世界で活躍できる詩人が何人生まれてくるのか楽しみだ。天童大人氏の朗唱が18日にある。聴きたいと思っていたら、当日は一日入院日である。いつか彼の即興詩の朗唱を聴きたいものだ。そしてDVDに残しておきたいものだ。
詩は高尚なものではない。あくまで人の心に届くものであらなければならない。優れた詩ほど、普通の人の心に響いていくものだ。詩壇で活躍している詩人たちも本当はなんら巷での活躍はしていない。ある意味では存在していないと同じようなものだ。
操車場は詩人たちより、詩に係わっていない人たちに評判が良い。詩人たちから励ましの手紙はないが、普通の人たちから励ましの言葉を頂く。いま医療費で生活が大変なのでそれほど詩誌を送っていない。送っている部数は約80冊程度だ。できるだけ詩人たちには購読してもらえる詩誌作りをしてゆきたい。そして私の詩集も買っていただきたいものだ。『見果てぬ夢』『生命の旅』各2200円です。

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