日記
プロは、あらゆる努力をして試合に望む。試合はその日の運もあるだろう。そして最大の敵は自分自身であろう。そして、自分との闘いに勝つか負けるかだけのことだ。プロの試合はいつ見ても心がどきどきしてくる。
詩の言葉は、病める人の心にどれだけ届くのか。
詩人の声は、どれだけ病める人のこころを癒すことができるのだろうか。
こびた声で朗読を行うのをみていると腹がたつ。私は本当の癒しを求めて、闘いに続けていたい。つまり魂の叫びが、人の心を癒すのではないかと思っている。相手を癒すというより、自己との闘いが聞くものの心を惹き付けると思うからだ。
末期癌になって、ほんものの癒しを求めている。そこには妥協のない戦いがあるからだ。詩人の朗読もプロ意識を持たなければ、人の心を惹き付けることができない。それは旨く語るというより、魂の叫びを声を発することができるかどうかではなかろうか。心の一番深いところから声をいかに発していけるかが問題なのだ。
抗癌剤の治療で、食事がまずく感じる。何を食べても美味しく感じられない。せめて詩人の魂からの声が聴くことができたら、少しは癒されるのだが・・・。
生きていられる間は、ひたすら魂の声を求めて闘い続けていたい。そして出前の仕事は入れば最高の幸せを感じるのだが。
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