詩作品
野良猫の風太
田川紀久雄
ホームレスの立ち去ったあとに一匹の猫が住んでいる
このまえ仔猫がいたと思っていたが
その仔猫の姿がみえない
母猫といっても二歳になるかならに猫だ
高架貨物線の下に
布団が積み重ねられてある
その脇で寝起きをしている
私の家から浜川崎駅にいく途中で見かけた猫
だれも餌を運んでくる人はいない
人もほとんど通らない
JFEの通用門までほんの僅かな距離だ
その猫の名を風太くんと名付けた
それはテレビで話題になった風太君に似ていたからだ
朝餌を持っていくと猫はまだ眠っている
人にはなつかない
気配を感じただけでも逃げてしまう
浜川崎にいた猫は
小屋を
取り壊されてから
時々しか現れなくなった
それでも乗客の幾人かは
餌を持ってくる
人見知りをしないぶん
愛されているのだろう
女はその猫のことを小説にした
川崎に越してきてから唯一の友達といえる
誰も話す相手がいなかった
女にとっては初めて住む町
そして今度は風太くんを友達にしようとこころみるのだが
野良猫の風太はなかなかこちらに近づいてこあに
二階の部屋には連れてこれない
せめて食料だけでは運ぶことにした
野良猫が生きるということは並大抵のことではない
誰かが保健所に訴えれば連れていかれて処分されてしまう
私たちの生活費も二人で一日千円以内
贅沢な生活は出来ない
でも風太くんにやる餌代ぐらいはなんとかなる
風太くんの元気な姿が
私たちを励ましてくれる
お互いに頑張ろうというささいな優しさの中の
生きる喜びをみいだせる
明日の生活が見えてこない
風太くんも明日どうなるのかわからない
高架貨物線の近くには産業道路が通っている
ときどき車に轢かれた生き物を見かける
お互いに貧しいものどうしが
今日精一杯生きられればそれで有難い
ときたま風太くんの姿が見ないときがある
そんな時は心配で
あいつどこにいるのかと探しまわったりする
猫は隠れるのが上手である
人には見付からない
猫だけの幸せな場所があるのかもしれない
ホームレスの立ち去ったあとに一匹の猫が住んでいる
その猫は私たちより
生きることにかけては数倍も巧みである
それなのに
餌はあるのだろうかと心配する
そんな一日一日が
今の私たちにとって生きる楽しみになっている


コメント